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2006年1月

2006/01/31

神戸南京町で月歴正月”春節”を過ごす!

年始の「初春」という言葉が生きる、暖かい月歴(いわゆる旧暦)の正月元日でした。

29日は、春が近いことを思わせる穏やかな日差しを浴びながら、月歴(旧暦)正月を祝う、神戸南京町の”春節祭”を楽しむことができました。

いつになく厳しいこの冬の寒気ですが、暦の上の「大寒」も過ぎた29日の月歴正月元日は、本当に穏やかな一日でした。過去の習慣による言葉を使うためか年始の賀状では「迎春」とか「初春」って書きますが、「小寒」を前に本当は最も寒い時期への途上をその種の言葉で表すことに、どこかしっくりしない抵抗感がありました。しかし、月歴(旧暦)正月を偶然、神戸在住の中国人の友人に迎えられ、神戸南京町で迎えることができました。

kobechinaspringfesta06 元日が日曜日となったこともあり、なんとも大勢の人が狭い地域へ繰り出し押しかけ、神戸の中華街である「南京町」は大変な人出となりました。その混雑をかき分けるように、神戸の華僑総会の人を中心に南京町で「春節祭」の催物が華々しく繰り出されました。

見物に集まった人達の興味をかき立て、目を集め、感動の声を上げさせ、なかなかのものでした。近くの外国、難しくない簡単に経験できる「日本のようで日本でなく、中国のようでまるで中国ではない、神戸南京町」に集まった、たくさんの人をそれなりに中国風の正月行事を見せ感動させるに充分でした。やはり晴れ晴れした人の顔と出会えると自然に嬉しくなるものだ。本当に今年こそ平和であってほしい。中国も子供じみた屁理屈を述べ立てず、居直り強盗のような姿勢を改めてほしいなぁ。日本も、いたずらに中国を挑発せず、冷静に大人(たいじん)のごとく振る舞い堂々としていてもらいたい。

日中が本当に対立し、関係が悪化したときに、一番困るのは、神戸や横浜に在住する在日華僑の人達(実際に彼らは日本以外に棲む国はないの)だし、彼らを大切な友人として接し毎日過ごしている者としては、本当に困るよなぁ。月歴(旧暦)正月の中華街や南京町を訪ね繰り広げられた”春節祭”を楽しんだ人達も同じことだろう。

日本と中国は、お互いが嫌いだからと言って、存立する位置を変えることはできない。一衣帯水の密接不可分の関係にある。長い歴史を共有し文化も交流を重ね共有したり独自化しながら、それぞれが文化を確立し社会を形成してきた。

大きな意味で考えれば、「兄弟姉妹」の関係ではないか。改めて”春節祭”で考えてみた。

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2006/01/30

パレスチナの平和を実現するために、アメリカは冷静に議会選挙を評価せよ!

「パレスチナ議会選挙」について、パレスチナ人の友人が送信してきたメールを意訳し掲出したところ、ブログを見た多くの友人知人からそれぞれの意見が届けられた。

このブログで取り上げるテーマを、どこまで拡げるのか?とする意見が多いように思う。あるいは「パレスチナは、遠い存在だったこともあり、真剣に考えたこともなかったので、分かりかねる」というのもあった。

いくつか気になるメールに対しては、回答メールを返したが、多くは、そのままにしているので、改めて、「パレスチナ議会選挙」についての考え(評価)を整理した上で掲出しておきたい。そして、できるだけ、パレスチナの苦悩について考えて頂ければと願う。

「パレスチナ」の地に、「ユダヤ人」の「イスラエル国家」が建設されたのは、第二次世界大戦後である。「パレスチナ」の地に住み慣れた「パレスチナ人」を蹴散らし、追い払い、「ユダヤ人の国家・イスラエル」を強行建設したのである。それは、ヒットラーによる様々な「ユダヤ人」に対する迫害と蛮行を許したヨーロッパ諸国は自らの贖罪として、当時、パレスチナを占領していたイギリスの支援を受け、世界各国に散らばる「ユダヤ人」のために「イスラエル」という「家」を建設したのである。

この時以来、「パレスチナ人」は、「パレスチナの地」から追い払われ難民となったのである。「パレスチナの地」は、「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」それぞれの聖地である。それらを共同して統治するなどの知恵も出さないまま、一方的に「パレスチナ人」を追い払ったのである。かつて、「ユダヤ人」が「パレスチナの地」を追い払われたことに対する報復のように、蛮行を繰り広げ「イスラエル」は「パレスチナ」の土地を強奪したのである。

理由無く住み慣れた土地を追われた側が、自らの土地を取り返す闘いを始めるのは当たり前のことだ。これに対し「イスラエル」は「神から約束された土地」である。2000年にわたる流浪を経て「約束の地」に戻ったのだと主張する。従って、「自分達が留守にしていた間、勝手にユダヤ民族の土地を占領した者たちは追われるべきである。ユダヤ民族は神から約束された地に戻っただけなのだから」と考えているわけだ。

「誰も、2000年近い歴史を遡り、神との約束文書を確認することなどできない」。このように主張すると、「神を冒涜する行為だ」とユダヤの友人から激しく糾弾された経験がある。「神との約束」という彼らの宗教律に対する公然とした批判は許されないそうだ。当方には絶対に理解できない「ユダヤ教の原理主義」である。

以来、「イスラエル」は自らの「ユダヤ教国家」を死守するために、周辺を固め、「パレスチナ人」を支援する「アラブ・イスラム国家諸国群」と激しく対立し、国家防衛の聖戦を主張して周辺国家と戦争を繰り返し、その都度、軍事力にモノをいわせ周辺地域を拡大占領し、またもや占領地から「パレスチナ人」を追い出し、当初の国境線を拡大し占領地を自国領土とする強盗行為を繰り広げてきた。不幸にも、イスラエルによる占領地から逃げ出さなかった「パレスチナ人」には、一切の権利も主張も認めず圧殺し続けてきた。

1973年10月に発生した「イスラエル」と「アラブ諸国」の全面戦争を、僅か一週間で圧勝した「イスラエル」は占領地に、世界各国から呼び寄せた「ユダヤ人」を入植させ自らの領土と化すことに持てる力を尽くした。この時の戦争は、「アラブの産油国」が「イスラエル」を支持する世界各国へ「石油」の輸出を停止し、世界は「石油ショック」に洗われることになった。この「石油が輸入できない」という洗礼を受けた日本は、アラブのことなど素知らぬ顔でいたはずを、いきなり宗旨替えしたのか「アラブ産油諸国」を重視する政策へ一気に転換した。<<よくやるわ!>>

この時の戦争で、「アラブ諸国」を始め「パレスチナ人」も「イスラエル」と正面戦をしてみても勝てる見込みがないことを思い知り、以降、「パレスチナの解放(復帰)」を目指す闘いは正面戦から「ゲリラ」組織で「テロ攻撃」による闘いへ転換していく。

しかし、「イスラエル」は、一回の「テロ攻撃」に対し、素早い軍事行動に出ることで、さらに占領地を拡大するという報復行為を行う。「パレスチナの解放」を目指す勢力は、次第に、活動拠点を追われ、隣国の「レバノン」へ逃れ、「レバノン」を拠点に「パレスチナ解放」闘争をテロ活動と部分的な正面戦を繰り返すゲリラ行動に出る。これらに手を焼いた「イスラエル」は、ある時期を機に「レバノン」へ戦線を拡大し進撃し「パレスチナ・ゲリラ」とこれを支援する目的で周辺国から集まった「アラブ・ゲリラ」を徹底的に殲滅した。このとき、故アラファトが率いる「ファタファ」は「レバノン」から這々の体で逃げ出した。パレスチナの解放組織は、故アラファトが率いる「PLO」が高名(理由は後段)だが、「イスラエル」による「レバノン」侵攻までは「PFLP」が武力闘争を一手に担っていた。「ファタファ」は最初から腰抜けだったのだ。

姿を変えて踏み止まった「ハマス」は、故アラファトが率いる世俗的で汚職まみれの「ファタファ」とは異なる姿勢を貫き、「パレスチナの解放は自らが担う」ことを明らかにする目的もあり「イスラム原理主義」をより明確に掲げ組織強化を図り、武装組織の訓練を強化した上で、果敢に「爆弾によるテロ攻撃」をイスラエルの占領地で続けた。「イスラエル」の各地は、「ハマス」が繰り広げる「テロ攻撃」で崩壊寸前の悪夢に襲われた。「イスラエル」は再び「ハマス」を殲滅させるとして「レバノン」への攻撃を徹底し、美しい「レバノン」の首都は廃墟と化した。それでも「ハマス」は「パレスチナ・ゲリラ」による「イスラエル」への「爆弾テロ攻撃」は止めなかった。

この間、アメリカとイギリスは手を拱くとなく、国連の場で徹底的に「アラブ諸国を非難し、『イスラエル』を擁護した」。自分達に都合の悪いパレスチナ問題の本質を議論することなく「パレスチナ・ゲリラ」を諸悪の根源と非難し、「国際秩序の維持」を訴え続けた。実に甘美で都合のよい主張を繰り返したのだ。世界の世論の大方は「パレスチナ・ゲリラ」は恐ろしいというイメージで固めることができた。このため「パレスチナ・ゲリラ」は諸悪の根源であり、世界の秩序を破壊する悪徳であると、世界の多くへの刷り込みに成功した。

次に、アメリカとイギリスは、「パレスチナ・ゲリラ」の分断作戦に出る。一概に「パレスチナ・ゲリラ」といっても、故アラファトのように、取り敢えずビジネスとして「アラブの正義、パレスチナの正義」をスローガンにするだけの、汚職まみれ腐敗の権化、自らに金さえ入れば何もしない故アラファトに率いられた「ファタファ」というのもいる。これを手なずけ抱き込むことで「ハマス」を「爆弾テロ集団」と規定し世界に呼び掛け協力させることで殲滅する。その後に、手なずけた「ファタファ」も民主的でないとかなんとか屁理屈をつけて殲滅することを考えたのだろう。

1980年代に入るとアメリカの各政権は、急に「ファタファ」の頭目の故アラファトに接近し持ち上げ、キャンプデービットへ招き入れ、「パレスチナ国家」の樹立をアメリカが後押ししているかの演出もして見せた。実は、これ以上「ハマス」が「イスラエル」への「テロ攻撃」を続けたら肝心の「イスラエル」が保たなくなり全面崩壊する恐れがあったから、アメリカもイギリスも必死だった。

この事実を冷静に考える能力を欠いた強欲で世俗的なだけがウリの故アラファトは、アメリカとイギリスが反省したと大きな勘違いと誤解をしたまま、「イスラエル」との協議を受け入れ「パレスチナの正義」を平然と裏切り、国際社会で自らが率いる建前のゲリラ組織「PLO(パレスチナ解放機構)」を既存国家の国家機構と同等の条件で認知させ、各国から巨額の援助金を手にし己の懐へ入れて平然とした。

「パレスチナ」の解放は、故アラファトの専売特許ではない。いかに「PLO」に参加しても、自分の収入のために「パレスチナの正義」を裏切り、公然と「イスラエル」と妥協する故アラファトを許すパレスチナの解放組織は、故アラファトが率いる「ファタファ」以外からの賛同はなかった。

この故アラファトの妥協(裏切り)以降、「ハマス」を始めとする「パレスチナの解放組織」は、従来にも増して「イスラエル」への「テロ攻撃」を(一斉に)強化した。逆に、故アラファトは、パレスチナの国家元首気取りで、「ガザ」に各国から掻っ払った資金で活動拠点を構築し、ゲリラの頭目を捨て去り、西洋人の嫁をフランスから呼び寄せ(直ぐにフランスへ逃げ出されるが)、公然と千夜一夜の世界に漬りきり、持ち前の「賄賂取り放題政治」を自らの威令が及ぶ範囲内で開始した。この見事な腐敗ぶりを眼にした「パレスチナ難民」は一気に故アラファト離れを加速し、異端視してきた「ハマス」の正当性を認め「ハマス」への支持を強めた。

hamas060131jordan 「ハマス」は、「パレスチナ難民」からの強い支持を受け「イスラエル」への「テロ攻撃」に拍車をかけた。この間に、金まみれ汚職と腐敗の世俗の恥辱者、故アラファトは齢を全うし死去した。その翌日には、フランス滞在中の故アラファトの西洋人の嫁は電光石火の如く早業で、公然と「アラファトの遺産をよこせ!」と恥も外聞もなく主張した。「イスラエル」から「パレスチナ」を追われ「難民生活」を強いられている「パレスチナ難民」は、これまで少しでも尊敬してきた故アラファトを軽蔑し強く非難し「ファタファ」への憎悪を明らかにした。(写真はハマスを支持するヨルダン川西岸地域へ追われたパレスチナの人々)

近頃は「イスラエル」も「ハマス」を始めとする「パレスチナ・ゲリラ」との闘いに疲れ切り、国家としての政権が崩壊しかねない事情を抱えているため、何とか「パレスチナ」側と妥協し「ヨルダン川西岸」からの名誉ある撤退をしてでも「パレスチナ」との「平和・共存」を希求するようになった。

そのため「パレスチナ国家」の建設を認めることも含めた提案を示し始めている。しかし、「パレスチナの中心市街地」の帰属、あるいは共同管理などについては最適な案は欠いたままである。

このような20世紀の半分を超える歴史的憎悪と宗教対立の末に、何とか、平和を希求する声に応えなければ仕方がない環境に「イスラエル」も「パレスチナ」も至ったわけである。

「イスラエル」も選挙があった。穏健な世論を背景にする「シャロン首相」は過労による「脳溢血」とかで斃れ闘病中である。一方の「パレスチナ」は「議会選挙」を実施した。その結果、これまでに重ねられた様々な背景もあり「ハマス」が劇的な勝利を手にした。

すると、アメリカを始めヨーロッパ各国が、「ハマス」はテロ集団だと言い募り「国際的な非難」を浴びせている。恥ずかしくないのだろうか。自分達が想定した形にならなかったからといって、民主主義の成果としての民意の反映を公然と無視しようとする姿勢は、民主主義を主張し喧伝する側としては、余りにもお粗末というほかない。アメリカを始めとする「ハマス」非難の主張を認めることはできない。アメリカの良心ある市民は、この事態をどのように見ているのか。「パレスチナ」で「ハマス」が圧勝したことで初めて本当の意味での「イスラエル」との間で「平和と共存」について議論できる機会が提供されようとしているのだ。

この事実を、真摯に受け止めるべきではないか。アメリカはヒステリーの権化「ライス国務長官」が例の猜疑心に包まれ狡猾で疑い深く欲深いいやらしい目つきで、公然と「ハマス」批判を展開し圧力を強めている。本当にIQ200(所詮はハリボテの上げ底だろう)を持つ人物かどうか疑わしいことだ。冷静に考えたら「ハマス」との話し合いは素晴らしいことだ。それよりもやはり、胡散臭い「汚職まみれ、腐敗しきった」故アラファトが率いた「ファタファ」だけが、「パレスチナの平和」を語ることができる(認められる)のか?それなら、「パレスチナの民意(ハマスの選択)」は、アメリカの気に入らないからといって平然と踏みにじられても構わないのか。世界は「アメリカ」のお気に入りでなければ「生存」することを許されないのか?それが、民主主義を広めるアメリカの姿勢であり本質なのか。

なら、やはり「アメリカ合衆国」は「ユダヤ人資本最優先国家アメリカ」とでも国家の呼称を変更したらどうか。「ハマス」との交渉パイプがないからといって、まだ、戦争を強要するアメリカの姿勢は世界で断罪されなければならなくなる。アメリカは自由と民主主義を世界に発信し続ける国である。もっと大きな度量を示して貰いたい。

「パレスチナ」の地に生きる大切な友人を持つ者として、「パレスチナ」の行方を案ずる大切な友人からの「議会選挙成功」を喜ぶメールを受け、同時に、アメリカとヨーロッパ各国が一斉に「議会選挙」の結果を認めないとする論調を懸念し悲しむ友人のメールを受けた上で、これだけのことを日本の冷静な皆様へお示したいのです。

[パレスチナ人の大切な友人を持ち、『パレスチナの平和』を求める日本の友人として]

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2006/01/29

欧米は「パレスチナ議会選挙」の結果を冷静に認めよ!

またまた、アメリカは自分が気に入らないと、ダブルスタンダード論を展開し始めた!

パレスチナの議会選挙が終わり、これまでの政権与党「ファタファ」がイスラム原理を主張する「ハマス」に、ほぼ40対70の大差で敗れ去った。当然、政権運営が変わることになる。この事実を前に、アメリカがブッシュを先頭にまたもやゴネ始めた。

いわく「ハマスは、武装テロ集団であり、『イスラエルの殲滅を綱領で宣言』している。断じて、ハマスの勝利を認めるわけにはいかない」のだという。

「へっー!」。パレスチナ議会は、アメリカが大好きな、とっても民主的な方法で、議会選挙をしたのじゃなかったっけ?アメリカは、自らの想定と異なる選挙結果を受け入れることができない。それは、民意を反映した民主主義の原則を否定することになりませんかねえ。おかしな物言いですね。それじゃ、世界中のどこの国でも、アメリカの大好きな民主主義手法の選挙で、アメリカの意向と異なる選挙結果が出たら、「世界に向けて、公然と異議を唱える」の?馬鹿馬鹿しいというか子供じみているというか?なんという国なんだろう。

これまで、散々、「世界に民主主義政権を樹立する」と公言して憚らず、むしろ「他国の政治に介入し『アメリカ流の民主主義を押しつけてきた』んじゃなかった」っけ?

その典型は、イラクでしょうが。白昼堂々、あらゆる理屈を探して公然と戦争を仕掛け、一国を破壊し尽くし政権の座にあった国家元首を捉え、難癖をつけて国際法廷で裁きをつける、とか何とか勝手な理屈でやりたい放題じゃない。この一連の作業として「イラク国民議会選挙」なるものを実施したところじゃないですか。この結果も善くも悪くも「民意の反映」でしょう。

一昨年には、ウクライナの大統領選挙にも口を挟んで、現体制を創り出すことに強い支持を示したじゃないですか。選挙前から選挙監視人を組織し、勝手に他国へ送り込み選挙が公正に行われるかどうか見守(監視)らせたじゃないですか。そして、まず実施された選挙結果を公然と批判し、やり直し選挙をさせ(求め)て、その結果、欧米寄りの現体制を創出させましたね。これはウクライナ国家への公然とした内政干渉ですよ。ロシアは形式的に非難しましたが、それ以上のことは控えました。内政干渉になるからです。

しかし、ウクライナで、アメリカは、ヨーロッパ各国をけしかけ動員して、自らの野望「(民意を反映する方法による)民主主義政権を世界に樹立する」を押し通しました。

昨年秋には、イランの大統領選挙で、アメリカが望まない大統領が選出されると、これまた公然と批判し、アメリカの不平と不愉快さを世界に向けて述べ立てました。

この度の「パレスチナ議会選挙でも同じ言動」を見せています。いまや世界唯一の超大国を自認するアメリカが、動揺しているわけです。その理由は「自らが想定しなかった、選挙結果を受け入れることができない」という小児のような論理のためにです。

それなら、アメリカは、自らが口を挟む地域は『独裁制』でよいのですか?それなら、それを正しく受け止めるべきです。そうではなく『民意を反映した民主主義』が正しいのだとするなら、例え、アメリカの想定外であったとしても、その結果を受け入れる度量がなければ、世界の超大国、民主主義の権化としての自意識過剰なモデル国家が泣きますよ。

この度のパレスチナ議会選挙を評し、ハマスの勝利を公然と非難した事で、アメリカは、自らの国家制度を資金面で支える「ユダヤ」資本を防衛するためだけに存在することを、自らの口から出た論理で証明してしまいました。これは「身から出たサビ」と笑い、見過ごすわけにはまいりませんね。だって、アメリカの子分ともいうべく「ヨーロッパの主要国」がアメリカに同調し「ハマス非難」を公然と展開するに及んだわけですから。

そのうち、日本も同様にアメリカから圧力を受け、ご機嫌伺いで大好きな「国際社会に歩調を合わせる」とかなんとか便利な言葉を並べ立て、「ハマス非難」をやりかねないですから。

アメリカとヨーロッパ主要国は、自分たちの描いた形の枠組み(イスラエルの絶対存立とユダヤ社会の絶対安全保持)でない「パレスチナ問題の処理」は受け入れないということを、全世界に向けて言い放ったわけです。

パレスチナの人民は、いつまでたっても、アメリカの顔色を窺いながら「気分を害させない」ように細心の注意で「アメリカの意向に沿う、選挙をしないといけないのでしょうか」。全くおかしな話です。パレスチナのことはパレスチナ人民(彼らの選択以外に適切な方法はない)に委ねればよいのです。

いかにアメリカとヨーロッパの資本がユダヤ資本で、イスラエルがアメリカやヨーロッパの別枠国家だとしても、ユダヤが提供し供給する資本は資本市場の問題であり、ユダヤ資本はイスラエルの国籍を別に持つわけではないのですから、アメリカは全世界に向けて教条主義的に押しつけてきた民主主義の結果を受け入れるべきです。そうでなければ、「全世界はユダヤの植民地」であることを証明するようなモノです。だったら「イスラム原理主義」の主張が正しいということになります。

phamasbosshaniya ハマスは、「自らの武装組織はパレスチナ国家の軍隊として編成する」と宣言しています。存在を許された主権国家が自らの軍隊を保持することを、いかに超大国のお気に召さなくても禁じることはできません(日本に対しては『憲法』で禁じましたが)。それこそ主権国家に対する重大な内政干渉であり越権行為です。アメリカは、これまで、自らの勝手な価値観を彼らの手で世界に押しつけてきたのですから、この度の「パレスチナ議会選挙」の結果を粛々と受け入れ、パレスチナ人民が希求する「パレスチナの平和」実現に向けて努力すべきです。(写真はハマスの指導者ハニヤ師)

パレスチナの人々がなぜ「ファタファ」を選ばず「ハマス」を選んだのか、アメリカは真剣に総括すべきです。故人となりましたがアラファト氏とその家族、またアラファト一族の周囲を固めた側近者たちの手で繰り広げられた『各国からの援助金を掠め集めた資金争奪にまつわる骨肉の醜い争い』はなんですか。世界の諸国は、アラファト一族の懐を潤すために資金援助を続けてきたわけじゃないですよ。世界各国から提供された資金は、「パレスチナの正義の実現」と「パレスチナ人民の生活向上のため」に提供した分も膨大だったと思います。それをアラファト一族はくすね続けてきたわけです。つまり、アラファト一族は「アラブの正義、パレスチナの正義」を売りにした自分達一族のビジネス(利益)追究を展開していたことになります。これは腐敗を超越しています。つまりアラファト一族は北朝鮮の金正日一派と何ら変わらないわけです。

この度の選挙は、その事実がパレスチナ人民に見透かされ、バレてしまった結果に過ぎないわけです。そのアラファト一派だけを交渉相手に持ち上げ続けた、アメリカの戦略的失政ではないのでしょうか、この度の結果は。

ハマスもそれくらいのことは、充分認識していると思います。従って、パレスチナの政権を担ったからといって、いきなりイスラエルへ宣戦布告したり、テロ攻撃を強化して仕掛けることは再考すると考えるのが大人の思考方法でしょう。

それとも、ブッシュ大統領という人は、こんなことすら考えられない思考力しか持ち合わせていないのでしょうか。ブッシュ政権には何たって、IQ200だなんて嘘八百のライス国務長官もいる(一番危険だけどね)じゃないですか。尤も戦争大好きラムズフェルドおじさんも控えているからどうかとは思いますけど。

もう少し冷静になって欲しいですね。その上で、ブッシュ大統領が「パレスチナ議会選挙の成功を祝す!ハマスの勝利を喜び、これからパレスチナの平和を達成するため、共に手を携え協力しよう」くらいのメッセージを示すべきでしょう。これは、アメリカが自らまいた種の結果ですから、お得意の「ダブルスタンダード」を捨て、世界の平和と安定のため、本当に謙虚に受け止める必要があります。

[パレスチナの友人より]

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2006/01/28

ベトナム、ハノイのテット(旧暦正月)前の風景!

早いもので、私もハノイで6回目のテト(旧暦正月)を迎えます。皆さん、いかがお過ごしですか?

今日は28日大晦日、昨日あたりから帰省ラッシュ。ハノイ市内のオートバイも激減。
排気ガスも少なく、爽やか、暖かいテトになりそうです。

テト前のベトナム。テトを理由に全て値上げ、値上げして浮いた分で従業員のテトボーナス払っているようです。また誰も文句言いませんから、変な外国人1人がいきがっても馬鹿みたい、仕方ないか?と諦めています。
ちなみに、床屋10,000VND-15,000VND(\100)、フォーボー8,000が10,000VND(\75)、オートバイの洗車6,000-10,000VND。
飾り物のモモの木など小さい物でも50,000VND。ベトナムハムの有名な店などは行列です。
hanspring06 それを金目当て?の公安が取り締まり。
よく言われるように、これぞとばかりにベトナム人は箪笥預金、庭壺預金、全部引き出して、思いっきり買出ししてますね。日本には無くなってしまった風情が、時々見られて、心和みます。

国営企業の社員の考え方、相変わらず。良いお年を!  [ハノイの素浪人]

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ナマのベトナムが分かる。週刊ベトナム・ニュース47号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成18年1月28日 土曜日 第47号
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■ こんにちは!!

いつもお世話になっておりますベトナムからニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その47 今週のヘッドライン

* 1月23日(月) カンボジア東部レポート前編
* 1月24日(火) カンボジア東部レポート後編
* 1月25日(水) 世界が認めたサッカーボール
* 1月26日(木) ソンミ大虐殺の英雄
* 1月27日(金) 暮れの花市 始動!
* 1月28日(土) テトの過ごし方

1月23日(月) カンボジア東部レポート前編
*   前々から当地で物流事業に携わる友人から一度、カンボジア7号線を東進しベトナム国境までの物流量と道路事情を見に行こうと誘われていたが、首都プノンペンとシェムリエップ以外にうちの商売(菓子)が、カンボジアの地方で販売展開が出来るようになるまでにはまだまだ時間が掛かるだろうと、長く出掛けることを躊躇っていたのだが、丁度、プノンペンの日系企業と販売契約書締結を完成させる仕事が出来たのに併せ、ついでに将来のカンボジア物流を考える為にも一度この目で確かめる事にしたのだった。本日は、その現地レポートをしようと思う。

   今回もサイゴンからプノンペンは国際バスを利用して1号線を移動することにした。これまで片道10米ドルだったが、今年から2ドル値上がりし12米ドル。ただバスの走行ルート沿いであれば、予約時にどこで乗りたいと申し込めば、予約時に運転手の携帯電話の番号をくれ、当日、指定した場所でピックアップしてくれるのは楽である。ベトナム国境のあるモックバイ迄は道路も格段に良くなっており、僅か1時間15分ほどで到着する事が出来るし、ベトナム側及びカンボジア側双方とも出入国手続きは全てバスの係員が代行してくれ楽だ。ベトナム検問での出国手続きに掛かる時間は凡そ30分程度、相変わらず係員は無愛想だが業務は機械的に淡々とこなしてくれる。

  カンボジア・ヴァーベット検問は今回からこれまで建築中だった建物が3週間ほど前に完成し、それと共に業務もそこに移されていた。カンボジアの寺院を思わせるオレンジ色の瓦を葺いたそれは朝日に燦然と輝いて、まるでテーマパークに吸い込まれて行くような錯覚に陥る。尤も、中は安普請で内と外のギャップが激しいが、まあこれはお愛嬌って事にしておこう。こちらも、手続きに掛かった時間は凡そ30分。双方一時間で入出国手続きは完了した。以前だとこの手続きだけで軽く2時間は掛かっていたので、それからするとかなりのスピードアップだ。

     因みにこれまでカンビジアのビザ代は、ホーチミン市のカンボジア領事館で取得するとUS25$を取られていた。(本来のビザ代はツーリストでUS20$なのだが、各国カンボジア在外公館の小遣い稼ぎで、下駄を履かせて販売されていたものが、カンボジア政府から厳禁の通達が最近だされたとのこと)ところがヴァーベットの新しい事務所には何とビザ料金が明確に張りだされており、ツーリストが本来の価格・ビジネスがUS25$になっていたのには感心した。

  ヴァーベットからプノンペンまでの間、僅か二カ所のみ架橋工事をしていた以外は概ね舗装道路の状態は悪くなく快適な旅を続けることが可能で恐らく架橋工事もこのまま資金不足とか他に何事もなければ2ヶ月ほどで完成すると思われる。メコン川は相変わらずフェリーにバス毎乗って運ばれて行くのだが、これも5分ほど待つだけで苦にならない。カンボジア在住日本人ビジネスマンの話に因ればここに橋が架けられるには未だ15年くらい掛かるのではないかとのことだったが、現在の交通量であれば、別に架設する必要性は感じられなかった。

  プノンペンには午後12時半に到着。途中、出入国手続きで1時間を要しているので、実質的な移動時間は僅か5時間でサイゴンと結んでいることになる。飛行機であれば片道30分程度の飛行時間で済むものの、空港に移動し2時間前にチェックインして、現地でも入国手続きや市中心部までの移動時間を考えれば4時間弱は掛かってしまうことを考えれば、バスで出掛けた方が安くて遙かに便利である。セントラルマーケット付近にあるバスターミナルに降りると、近くの中華料理屋、山東飯店に入り昼食を取る。ここの焼き餃子は天下一品だ!元々、焼き餃子はこの店のメニューにはなく、水餃子しかなかったのだが、カンボジア在住日本人の誰かが焼き餃子を出すように勧めたらしい。焼き餃子をつまみながら、よく冷えた青島ビールをごくっと一杯。まさに至福の時を体現することで出来てしまう。プノンペンへお出かけの際は、是非一度、足を運ばれたい。

  昼食を終え、予め手配しておいたパジェロに乗り込み、一路7号線を東に進んで行く。つまり、ルートは異なるもののベトナムへ向けてまた走り出したというわけだ。

1月24日(火) カンボジア東部レポート後編
*   プノンペンからコンポンチャムへ続く7号線は意に反し、きれいに舗装されているばかりか、1号線では見られなかったセンターラインや路側帯と道を分ける白いラインが引かれており、快適そのものだった。途中、一度のトイレ休憩を挟みコンポンチャムの街へは丁度3時間後に到着。
街に入り直ぐ目に入ってきたものは、海老茶色した4メートルほどのモニュメントだ。その台座には日の丸とカンボジア国旗が描かれており、「きずなばし」と書かれていた。そう、この橋こそ日本のODAで2001年に完成したメコン川を跨ぐカンボジア唯一の架橋なのだ。

  日頃、ODAと聞いても、自分とは全く関わりのないことで別に意識することもないが、目前に架かった立派な橋に目を遣れば、嫌でも自分が日本人であることを意識するものだ。橋の形を喩えると首長竜を河の真ん中に足を折り沈ませたような感じで緩やかな曲線を湛えている。橋の種類的には桁橋になろうか単純な作りのように見えるが、先の曲線が橋全体に優雅さを与えていた。取り敢えず一緒に行った友人と、「きずなばし」をバックに記念撮影。そしてメコン川河畔にあるコンポンチャム最大のメコンホテルに宿を取ることにした。エアコン付きの部屋がUS10$。ファンのみがUS5$の超安値!迷わず、リバーヴューのエアコン付きを頼んだが、生憎、河側の部屋は全て満室。僕ら以外の客は全て西洋人で占められていた。気を取り直し、裏部屋に荷物を下ろすと、コンポンチャム市内に出てみることにした。

  どんな街だろうと期待したものの、市中心部は一周2キロ程度でしかなく午後6時を回っていたこともあって、人々の活気ある姿は見られなかった。しかし、途中メコン川沿いにキラキラ輝く大仏が目に飛び込んできた。このお寺の名前はWatt Nokor。境内にはセメントづくりで色鮮やかなお釈迦様が数多く飾られ、釈迦誕生から入滅までの様子がそれらで判るように並べられていた。特に目を引いたのが画像にもあるように、いかりや長介に似た大仏の姿だ。不謹慎と思いながらも、そのユニークな顔に爆笑してしまったので、ここで読者の皆さんにお裾分けしたい。

  余談だが、プノンペンの取引先から聞いた話で、コンポンチャム自体、街の人口規模は小さいものの、カンボジアの中の地方で見ればコンポンチャム州全体の人口はプノンペンを除けば最大だという。

  翌朝ホテルを5時出発。未だ薄暗い中をきずな橋を渡った。延々と続く道に障害物はなく極めて順調なドライブを一時間ほど続けると、ベトナム国境の看板が目に入り、右にハンドルを切る。ここから国境の検問所までは未舗装道路だが、ほぼ90%はアスファルトを張るだけのところまで完成している。多分、1~2ヶ月後には舗装が完了すると思われる。カンボジア側国境検問所へは6時半頃到着した。既にカンボジア側では木材などを満載したトラック20数台数珠繋ぎで検問が開くのを待っている。
検問所の横の茶店でミー(ラーメンのようなもの)を食べながら、検問所の様子をしばらく伺うことにした。ユニフォームを着込んだ係官5~6名が隣のテーブルで僕らと同様、ミーを食べている。カンボジア人にしてはでっぷりと皆好い体格をしている。きっと賄賂で潤っているのだろう。

  ほどなくして、検問所の係官を掴まえ中立地帯を見学させてくれと友人が頼むと、すんなりOKの返事が戻ってきた。もちろん係官はベトナム語が達者だ。パスポートくらい預けておけと言われるかなと考えていただけに、余りの簡単さにこちらが拍子抜けしたくらいだ。じゃあと敬礼し、検問をくぐる際、件の係員は「ベトナムに入らないでね~」と笑顔で手を振ってくれた。こちらも「よっしゃよっしゃ」と答礼し、あくまでも自然体で内部を撮影しまくり、この調子ならベトナム側へも行けるかもなんって、少しチャレンジしてみようと考えたが、中立地帯が終わるポイントにも係官が言って、それでも素知らぬ顔して通り過ぎようとすると「駄目駄目、そっちへ行っちゃ駄目」と追い返されてしまった。仕方がないので、引き返し途中、荷口の積み替え所兼保税倉庫のようなところに立ち寄った。中で働く従業員はどうやら殆どベトナム人らしくベトナム語があちこちから聞こえてくる。手を振ると皆、笑顔を返し愛想がいい。

  隣の建物はどうやらカンボジア国境警備隊のオフィスらしい。平屋だが、庭に停まっている車はランクルやレクサスなどの高級車が5~6台あり、実入りの好い仕事であることが伺える。実際、カンボジアの物流を良く知る日本人の話では、ベトナム側には各国境毎に国際運送を扱う“座”又は“株仲間”があって彼らが一手に荷を独占しカンボジアへ物資を送るのだが、同じような座はカンボジア側にもあって、双方が密接に連携しているという。インボイス価格は完全アンダーヴァリューで、一応 タリフに基づいた税金を納めるほか、トラック一杯“通関協力金”の名目で約US1000$を渡すらしい。内2割が現場の係官の余録となり、3割が所轄の税務署の余録となり、残りが国庫と言う名の上納金になるという。どおりで係官たちは、良く肥えて血色がよい筈である。

  小一時間ほど見学して検問を後にしたが、近い将来、このルート、ベトナム・サーマット=カンボジア・TRAPEANG PHIONG PIRが人々の往来用に開かれるようになるのも時間の問題だろうということで今回のカンボジアレポートを締めたい。

1月25日(水) 世界が認めたサッカーボール
*   有名サッカー選手が使うボールがベトナム南部Dong Thap省の若者によって作られているといえば俄に信じられないだろう。Nhi My村のフットボール輸出チームリーダーNguyen Xuan Myさん 33歳曰わく、彼らが作ったボールがAndrei Shevehenko、Zinedine Zidane、Dodoer Drogba、Adrian Mutuなどに使用されているんだと自慢げに語る一方、一流選手達の華麗なボールさばきの妙技がNhi My村の人々のボールに支えられていることを知らないという。「ここで作られたボールはヨーロッパや南アフリカに輸出してきました。そして、サッカーボール作りのお陰でこの村の経済/雇用に貢献しているのです。」とDong Thap省共産党青年部書記Le Thanh Congさん。

  前出のMyさんが、ボール作りの道に入ったきっかけは、サッカーボール作製者養成コース生徒募集のニュースを聞いた時に始まる。彼女は直ちに友人を誘って受講を申し込んだのだった。「始めたばかりのこの頃が一番大変だったわね」と当時のことを思い出すMyさん。革製ボールの加工は難しく、余分なところに力を入れすぎてしまい、指先が破れ血を流したり、腫れを作りながら作業を続けたと言い、やっとの思いで初めて自分で作り上げたボールも形が歪で満足の行かないもので、泣き出したかったという。
しかし、他の人に出来て自分に出来ないはずはないと周囲の友人達と励まし合いながらボール作りに専念していったそうだ。Myさんは今では後進の育成に努め“君の作ったボールは有名選手が蹴るのよ”を合い言葉に日夜 自身のボール作りの他 指導にも当たっているという。もう一人のボール職人Tran Thi Hieuさん。19歳は名人と呼ばれ日に4つのサッカーボールを縫い上げるという。これまでに返品されてきたものはひとつとしてなく、一針一針丹念に糸を通してゆく。

  Nhi My村青年団団長Pham Thi Tien曰わく、村のボール作りは地元の大きな経済的成功だと胸を張る。既に2004年3月以来、11500個の高品質サッカーボールを海外に輸出し返品は極僅かだ。Cao Lanh区青年同盟書記Phan Thi Ai Xuanさんは、現在、訓練中のNhi Thanh村のフットボール輸出チームも時期に輸出事業に参加することになりだろうと打ち明けた。
「誰でも20日あればサッカーボール作りが出来るようになります。しかし、やる気があり苦労を厭わない人ならば私は3日でボール作りを教えます」とMyさんは笑顔で答えた。

(辛口寸評)
へ~~~そうなんだ~~~という記事である。Dong Thap省と言えば、お米、そして養魚が盛んな地域といった認識しか持ち合わせていなかった筆者には意外な事実だった。サッカーボール作りで有名な国と云えば、アジアならインドやパキスタンが挙げられる。ただこれらの国々では未就学児童が労働者として酷使され、近年、批判が高まっている。だから、ベトナムに生産拠点をシフトしてきたと考えるのは早計だろうが、Nhi My村でボール作りが2004年3月から始まったことを考えれば、ひょっとすると何某かの関係はあるのかも知れない。ひとつだけ云えることは、今後、ベトナムで売られているサッカーボールに対しての見方が変わると云うことだ。世界のプロフットボールプレーヤーが認めた高品質の球、是非、日本への土産のひとつとして加え入れたい。

1月26日(木) ソンミ大虐殺の英雄
*   元米軍ヘリコプター操縦士でベトナム民間人をソンミ大虐殺から救ったHugh Thompsonさんの遺体は米軍栄誉葬の中、ルイジアナ州ラファイエットに埋葬された。Thompsonさんは1月6日、ルイジアナ州アレキサンドリア近くの退役軍人病院で癌により62年の生涯を閉じた。彼は平和主義者と讃えられ、葬儀には大勢の人々が彼の死を悼んで集まった。

  Thompsonさんの副操縦士で事件に遭遇したLarry Colburnさんも彼の葬儀に参列したひとりだ。葬儀には21の弔砲が打たれヘリコプターが旋回していた。星条旗に包まれたThompsonさんの棺を見つめながら、Colburnさんは「Hughこそ、一発の砲弾も使わずにソンミ大虐殺問題を解決した男だ」と呟いた。1968年3月16日上級准尉だったThompsonさんは、ソンミ村でベトナム民間人救出の為、部下と共にヘリコプターで急行した。ある米軍将官にしてソンミ大虐殺は、アメリカ陸軍の歴史始まって以来 最も恥ずべき所行であったと評した。

  歴史家に因れば、ソンミ村に住んでいた民間人504人が米軍により虐殺され、内210名は12歳未満の子供だったという。その日、Thompson元上級准尉とその部下Colburnは敵地偵察の命を受け飛行を続けていた。ソンミ村上空を通過しようとした時、そこに信じられない光景が彼らの前で繰り広げられていた。何と米兵達が村人を虐殺していたのだ。Thompson元上級准尉は殺戮を繰り広げる友軍に向かいガンポイントを合わせ、友軍に対し殺戮を止めなければ射撃すると警告を発したのだと、当時 ソンミ大虐殺軍事法廷で扱った主任検事のWilliam Eckhardsさんは語る。

  Thompson元上級准尉は殺戮を止めると直ぐさま二機の僚機に怪我を負ったベトナム民間人の救出に当たるよう命令を下し、治療の為に病院へ搬送したのだった。

(辛口寸評)
  人間は極限状態に置かれたとき、理性を失った野生化した動物となり本能が赴くままの行為に走るという。それは恐怖によって引き起こされ、更に群集心理が働くのだ。筆者は平和を望むひとりだが、薄ら甘いサヨクではない。平和の中で、充分な理性が保たれた中で、反戦平和などと唱える輩を見ると反吐が出そうになる。ソンミ大虐殺を引き起こした米兵達の行為を肯定する積もりもないが、ゲリラ的に神出鬼没のベトコンに対し、彼らも心臓が張り裂けそうな精神状態の中での任務遂行であったことは容易に推測出来るというものだ。喩えは軽いが、肝試しで暗闇にひとり残され、彷徨い歩く時の心理状態 それに加え、常に死と隣り合わせの状態に置かれたとしたならば、朧気ながら理解して貰えるだろうか。つまり戦争そのものが人間を狂わせるのである。誤解を恐れず更に云えば、Thompsonさんの行いは確かに人道的見地に立てば賞賛されるべきものである。しかし、地上に彼が居たとしたなら どうだっただろうと筆者はふと考えてしまう。

1月27日(金) 暮れの花市
*   ホーチミン市やハノイ市のような主要都市の住民は旧正月テトに備え家を飾る花や盆栽の購入計画をはじめる頃だが、今年はそれらの選択肢に例年以上の幅が出るようだ。花市場では盆栽やエキゾチックな蘭の花々、加えて輸入生花も多く販売される。今週、日曜日の朝4つの特設市場がホーチミン市内の一区では9月23日公園とKe Van Tam公園、Go Vap区ではGia Dinh公園で、七区のSaigon South新郊外地区でオープンした。中でも9月23日公園で開催される花市場は最大級の規模で700軒ものブースが軒を連ね、Gia Dinh公園は200軒、Le Van Tam公園で60軒となっている。

  市内の公園を管理するGreen Tree & Parks社の報告に因れば、出店者数は昨年対比で150%の増だといい、出店者の中には一週間も前から様々な大型の花々を持ち込み在庫を貯めている者もいるという。春祭りは本日1月24日から一区のTao Dan公園で2月4日まで開催され、ここでも花々や盆栽の販売が行われる。今のところ旧正月用生花購入の客足は僅かだが、それでも美しく並べられたそれらを見ようと大勢の市民がつめかけている。本格的な売買は25日以降になると思われる。

  今年は変わった形の盆栽や蘭などで市場が埋まるだろう。野生のマンゴから造られたマンゴ盆栽やネコヤナギ(?)なども並べられ凡そ1.2m~1.5mドン(US75~94$)の値が付けられ、通常の盆栽が10万ドン(US6.25$)であることを考慮すれば非常な高値で取引されることになる。小型の盆栽(アプリコット)は通常価格は10万ドン。しかし樹齢100年を超えるものには60mドン(US3750$)の値が付けられるという。輸入生花はやや高値で取引され一輪6万ドン~(US3.75$~価格応談)まで幅広い。今年の桃の木の発育は順調で昨年より花が綺麗であると報告されている。これらの価格は一本あたり25万~70万ドン(US15.63~43.75$)の価格帯になるという。

  ハノイ市でも同様で、伝統的な桃の木をはじめイエローデイジー・カメリア・カヴァルワイン・アザレアなどが市場に並び、加えて南部名産のアプリコット盆栽や輸入蘭などが販売されるという。

(辛口寸評)
この日曜に筆者は国営デパートに所用で出掛けた折り、Nguyen Hue通りに立ち寄った。普通、自動車専用車線として使用されている真ん中の二車線は封鎖され、着々と花市設営準備が進められていた。Nguyen Hue通りの入り口付近にはエントランスを飾る石の偶像が並べられる作業が行われていて、例年以上にイベント性を持たせたしつらえになるようだ。恐らく今週中、テト正月までは大勢の人出があることだろう。この時期、サイゴンに滞在される人は是非お出かけ下さい。

1月28日(土) テトの過ごし方
*   このところテト休暇を利用し、比較的経済に余裕のある28~40歳のカップルたちは外国旅行に出掛ける風潮が拡大してきている。これまで旧正月は伝統的に家族が寄り集まって自宅で過ごすといった流れで来たが、これら核家族として暮らすカップルたちは大家族の元で正月を祝うことなく、テト休暇は自分たちを日頃の仕事の疲れから解放することに使おうとしているようだ。

  ハノイで貿易会社を営むNguyen Lan Huongさんは旧正月二日目に当たる1月30日から5日間 ご主人と共にシンガポール旅行に出掛けるという。
「正月に自宅に閉じこもりテトを迎えるために飾りや食事にお金を掛けるのは馬鹿げているわ。この時期 例年物価も上がるしね。そんなことにお金を使うくらいなら、テトは海外でリラックスし、のんびりと過ごした方がましよ」とHuongさん。テトを海外で過ごそうとしている人々にとって、ホリデーはとても重要だと考えている。ホーチミン市でマスコミ関係の職場に勤めるVu Dang Hungさんは、この時期をカンボジアで8日間過ごす。Hungさんは、ベトナムから離れた場所でホリデーを楽しむことは単にリラックスだけに留まらず、外国の文化・歴史などを知る上でとても勉強になるという。「今回、カンボジア行きを決めた理由はアンコールワットへ出掛けるためです。何と言っても世界七不思議のひとつですからね」と独身のHungさん。

  ハノイの旅行会社で管理職を務めるNguyen The Hungさんによれば、このところベトナム人のテト休暇を利用した外国旅行の需要は年々伸びてきており、特にここ2年余りで急激に増大しているのだという。実際彼の会社で企画したシーズン中の外国ツアーはテト元日20日前にして完売している。
このような風潮は伝統的家族主義に基づいた考え方と矛盾しており、本来、テトには遠くに働きに出ている各家族メンバーが自宅に一堂に会する機会を与えてきたし、これからもこの素晴らしいベトナム家族の伝統が長く存続して欲しいものである。

  ハノイ市で新聞社勤務Nguyen Huy Ducさんの仕事納めはテト元旦5日前だ。休みに入ると直ぐに帰省の準備に取りかかり生まれ故郷Nam Dinh省に住む家族や親戚たちへのお土産を用意しなければならない。「私がテトに帰省する一番の理由は年老いた母に会うためです。テトのような重要なイベントに母をひとりにさせるわけには行きませんし、それに故郷へ戻ると子供の頃を懐かしむことが出来るからです」と今年35歳になる記者ははにかんで言った。「アメリカに暮らす私の叔父もテトには里帰りする予定です。以前、独身時代の彼はひとりで帰省していましたが、今では所帯を持ち奥さんと子供たちを連れての帰省です」とDucさんは続ける。

  「我々は仕事や子育てなどに日々追われた生活を送っています。しかしテトには家族を連れベトナムに帰省し、伝統的な正月を祖母や親戚たちと楽しみたいのです」とQuach Van Quangさん。テトはベトナム人にとって重要な家族のイベントと言えるのだ。が、しかし全ての海外に暮らすベトナム人がテト帰省するわけではない。アメリカ越僑のBui Diepさん曰く、カリフォルニアの彼のコミュニティーには多くのベトナム人が住んでおり、みなテトが近づくと祖国のテト話で盛り上がり、年寄りたちからはテトが如何に素晴らしいものであるかを感動的に語って聞かせてくれるという。「私もフラワーマーケットの草いきれの匂いやバンチュン(正月用ちまき)の香りを良く覚えている」とDiepさん。

  テトは全てのベトナム人にとって彼らがどこに住んでいようが大切な歳時記なのだ。大切なのはそれぞれがそれぞれのやり方、方法を用いてテトを祝うことではないだろうか。

(辛口寸評)
本日の辛口寸評は私事で恐縮だが今年 筆者の家族は帰省せず、サイゴンで過ごすことになっている。かみさんの実家は北部ソンラ省、ざっとサイゴンから片道2000キロの彼方にある。隔年毎に家族と共に実家・日本への帰省と繰り返して来ているが、運良く昨年暮れ義妹の結婚式があり、実家からも日本からも家族がそれの出席に集まったので、今回はどこへも行かずひたすら二週間の正月休暇をサイゴンで過ごす次第なのだ。ただ、やはりテトが近づくにつれ、かみさんをはじめ家人もどことなくそわそわしており、北部の実家の両親や兄弟たちと日々、電話でたわいもない連絡を取り合って慰めとしているようだ。元々、テトに実家へ帰省しなくてもいいと言い出したのはかみさんなのだが、どこかでやせ我慢をしているのかも知れない。さて、今日は仕事納め、給料とボーナスをスタッフやワーカーたちに無事支払い終えた。身も心も漸く年の瀬が始まったベトナムです。

以上

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2006/01/27

コイズミ鈍一郎アンチャンに蛍の光を!

国会(衆議院予算委員会)での論戦が始まりました。
ヨコスカ・マンボ・コイズミ鈍一郎とその手下の退場に向けて、最終ゴングを激しく打ち鳴らそう!

これまで、「ハリボテ詐欺手法の選挙」でバブルな水増し議席を獲得し、得意満面だった我等が「ヨコスカ・マンボ・コイズミ鈍一郎アンチャン」も、いまや、①ハリボテ・イノシシ・ホリエ、②ヒューザー・オジャマモン・オジマ、③米国産「BSE狂牛病」牛肉輸入の不透明、④皇室典範改正強行突破策略(破綻?)など、四面楚歌ですなぁ!
ザマー見ろぃ!

この国会では、コイズミ鈍一郎と座敷犬タケチンが仕組み続けた、「本邦の国家破綻への道」に終止符を打たなきゃなんねぇ~んだぁ。
経済なんか全く分からないくせしゃ~がって、いかにも「マクロ経済も、ミクロ経済も、よく分かったようなバカ面の」狂牛病ブタリオン・ジャガイモ・タケベ。もう忘れられてるかも知んないけど、コイズミ・アンチャンの番犬ニカイ「経産できてんのかぁ?」。
長州キヘイタイ・ハヤクチ・アベカワモチ、野党から「ヒューザー案件で」真実を迫られたからって、いきなり赤ら顔になって早口で呂律も回らず、頭も回らず、いつもどおり聞き取れない意味不明に陥ってよぉ、怒ってみても仕方ねぇだろうがよぉー、バ~カぁ。
タケベと一緒に早く辞めちめーなっ。その方が、よぉ、テメーも楽になるぜぇ!

それでは、こいつらのしでかしてきたことを、高杉良先生の告発記事でお復習いしてみましょうかねぇ。告発記事は昨年(2005年12月27日)の「夕刊フジ」からですよぉ。

引用開始→ 小泉と竹中は即刻退陣を…高杉良氏が緊急提言
「中小企業の人に読んでほしい」 <<ZAKZAK 2005/12/27>>

 株価が1万6000円まで上昇し、景気も回復基調が続いているが、これが小泉内閣の「構造改革」の成果であるかの礼賛ムードに強く異論を唱えるのが経済小説の第一人者、高杉良氏だ。12月28日発売の「月刊現代」2月号に『小泉-竹中亡国コンビ退場勧告』と題した“痛憤の緊急寄稿”が掲載される。「一刻も早い退陣を」と訴える高杉氏の真意とは-。

 これまでも小泉-竹中路線を厳しく批判してきた高杉氏は、「この4年8カ月の間、実際に小泉内閣が何をやってきたのか、冷静になって考えてほしい」と語る。

 郵政民営化法案、特殊法人改革といった「小泉構造改革」について、提言では《中身は、はなはだ実効性の乏しい内容》《今の日本経済にとっての最優先課題は郵政民営化ではない》と断ずる。

小泉純一郎首相と竹中平蔵郵政担当相の「改革コンビ」の実態を暴く高杉良氏
 不良債権処理問題では、竹中プランのもと、メガバンクなどの銀行に貸出資産の厳格査定と、それに伴う貸倒資金の積み増しを強いた。これについて、高杉氏は《きちんとした景気対策が早い段階から行われていれば、そもそも必要のないはずの巨額の引当を強要した》と指摘する。

 その“証拠”として高杉氏は、三菱UFJフィナンシャル・グループを筆頭とするメガバンクが9月中間期決算で、バブル期を超える連結当期利益を計上したことを挙げる。三菱UFJの利益がトヨタ自動車の利益を上回ったと話題になったが、実はこの相当部分を不良債権処理の貸倒引当金戻入益が占めている。これは資産査定自体に問題があったのではないかというのだ。

 《1年や2年で必要のなくなる巨額の引当を要求する金融当局を、到底プロとは認定できない。(中略)金融行政の大失態、検査原理主義の敗北》とし、《罪深い資産査定を行わず、銀行が自己資本を1-2%増強しさえすれば、何千何万という人が職を失わずに済んだ》と鋭く批判する。

 高杉氏は、「金融庁の査定がいかにいいかげんだったかということ。いまだにむちゃくちゃな査定を続けているようだ」と怒りを隠さない。

 株価・景気回復についても、竹中プランにより7000円台まで下落した平均株価が、りそなの国有化という「変節」により上昇に転じたことから、《竹中プランは日本を不況に陥れこそすれ、景気回復には無効だった》との結論を導き出す。

 「それなのにまるで、景気回復が小泉、竹中氏の手柄のように見られているのが許せない」

 提言では、竹中氏の盟友といわれた木村剛氏についても言及している。

 木村氏が会長を務める日本振興銀行は、設立認可が短期間に下り、その後、内紛や不明朗な融資をめぐる問題も浮上。現在、金融庁が同行に検査に入っているが、高杉氏は、《日本振興銀行こそ金融庁の厳格検査が必要不可欠》と皮肉る。

 「厳格査定など一連の竹中プランで、どれだけの中小企業が苦しめられたか。年間3万人の自殺者の中にも、こうした人たちが相当含まれているはず」と高杉氏。首相は来年9月で退陣を表明しているが、「万一続投するようなことがあると、日本がますますおかしくなる」という問題意識が筆を執らせたという。

 高杉氏は今回の退場勧告を「サラリーマンや中小企業の人に読んでほしい」と力説する。一方で、「小泉チルドレンでも竹中氏のブレーンでも反論できるならしてみてほしい」と話している。  ←引用終わり

で、反論があったとは聞いていない。勿論、市井の輩だと高を括っているんだろう。また、市井の輩の言うことなんざぁ相手にしね~よっ、ってとっかなぁ。
そうじゃなくって、実は、そのとおりだから、やっぱ、反論できねぇ~んだよぉ!そうだろうホントんとこはさぁ!

本当に反論してみろよぉ!どこの先進工業国で、これだけの底無し不況があると言うんだ?この前の衆議院本会議での代表質問で、共産党から指摘されたジニ係数は、ホントのところは悪化し続けているんじゃないのか?鈍一郎アンチャンは名前どおり鈍くって理解できねーんだろうけどよぉ!「報告を受けた統計数字じゃ変化はない」って言い切ってたけどよぉ、その統計数字ハリボテじゃぁねぇのかぁ?テメーら全員、信用デキネーよぉ!

座敷犬タケチン、ハリボテ・イノシシ・ホリエの選挙応援でやったこと、忘れちゃいね~よなぁ。笑っちまうぜぇ!クサイ芸しゃ~がってよぉ!

おなじみ、狂牛病ブタリオン・ジャガイモ・タケベよぉっ、ハリボテ・イノシシ・ホリエは「息子です、弟です!」ってたよなぁ。忘れねぇ~ぜぇ!ちっとは恥ってモノ持ち合わせちゃねぇのかい。北見へ雪下ろしにでも、早く帰ぇーった方がいいぞぉ!

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2006/01/25

皆さん、ペットも飼える「小菅グランドリンク」へようこそ!

バッシングを受けると巧妙な言い訳を!

「個人として行ったことで、自らの不明は恥じる」という狂牛病ブタリオンに冒されたジャガイモ・タケベ。「責任があると言われたらそうかも知れない。メディアにも責任がある。他党で当選後に覚醒剤で逮捕された人もいる」といろいろな言い訳を考え、開き直りたい気持ちは分からないではないけど、それって、ヨコスカ・マンボのコイズミ鈍一郎、一国の面としてはどうかと思うよね。もっとわけが分からないのは「党から要請されたから、応援したのであって、自分とは全く関係がない」との論理を押し通そうとする座敷犬タケチン。ここまでいうと座敷犬タケチンの人としての倫理観を疑ってしまうねホントに。やっぱり座敷犬はおウチのなかで飼い殺しなさって下さいネ。表へ出んな、バッキャ野郎!

別の報道記事では、ハリボテ・イノシシ・ホリエは「共同作業」が大嫌い!だったようで、共同作業が大嫌いで目立ちたがり、命令したがり、って野郎はどこにでもいるよね。「群れない」ってのは一見、格好よくも見えるけれど。共同作業が嫌いな野郎が国会議員にさせて何をさせるんだろう?ジャリンコ・スギムラ・タイクツゾーもそうだけど、己の名前を売りたいだけのバカ野郎じゃねぇ~か。これが分からなかったって、どんな面接してるんだろう。第一、ホリエなんぞへは、ジャガイモタケベがお願いしたんじゃねぇ~のかぃ。

それでは、傑作絶妙の言いわけハイライトを見てみましょう。

「堀江応援」首相が発言修正「不明と言われれば…」(読売新聞)
 小泉首相は24日、自民党が昨年秋の衆院選で、ライブドア前社長の堀江貴文容疑者を支援した問題に関して、「(候補者が)全く問題ない人かを調べるのは難しい。『不明だ』と言われれば、甘んじて受ける」と語った。

 首相はこれまで「(事件と)自民党幹部などの堀江氏応援は別の問題だ」として、道義的責任を否定していたが、自民党執行部などへの批判が強まる中で、発言を軌道修正した。

 ただ、首相は、「メディアが、(堀江容疑者を)時代の寵児(ちょうじ)みたいに取り上げたことはどうなのか。民主党でも当選した人間が不祥事を起こしている。覚せい剤で逮捕されたり」とも語った。

 堀江容疑者による今回の事件を、市場重視を掲げる小泉改革のマイナス面とする見方については、「今回の逮捕の問題と小泉改革の問題は別の問題だと思っている」として、改めて否定した。

 首相官邸で記者団の質問に答えた。
[読売新聞社:2006年01月24日 23時06分]

ライブドア事件めぐり、党内で強まる「武部たたき」(読売新聞)
 ライブドア事件をめぐり、自民党内で、昨年の衆院選でライブドア前社長の堀江貴文容疑者を応援した武部幹事長や竹中総務相に対する批判が強まっている。

 「道義的責任」を両氏に帰することで野党の追及を乗り切りたいとの考えに加え、9月の党総裁選や来年の参院選に向け、主導権を握ろうとする武部氏の発言を封じ込める狙いもありそうだ。

 ■同情論なく…

 24日午後、国会内で開かれた総務会で、加藤紘一・元幹事長は、「金ですべて片づくような考えの持ち主を応援したのはいかがなものか。『判断は誤り』と率直に認めた方がいい」と突き上げた。加藤氏は竹中氏についても、23日、「(堀江容疑者に)“政府保証”を与えた」と批判した。

 これに対し武部氏は、堀江容疑者が会社社長を続けたため、公認も推薦もできないと拒否した経緯を改めて説明。久間総務会長も、「党の公認手続きの俎上(そじょう)にものっていなかった」と武部氏を援護した。

 ただ、その久間氏も、総務会後の記者会見で、「私は人騒がせな人とは関与したくなかった」と本音を吐露した。また、片山参院幹事長も記者会見で、「応援に行くときも慎重だった方がよかった」と批判した。武部氏への党内からの集中砲火がやまない一方、同情論は全くと言っていいほど聞こえてこない。

 ■参院側の事情

 参院側には、先の衆院選後、郵政民営化関連法案の「造反組」が処分され、武部氏が地方組織への締め付けを強めたことへの反発が尾を引く。参院選での集票力が期待できる地方議員や「造反組」との関係改善が必要だと考えるからだ。参院執行部には、参院選の候補者選考に、武部氏が関与することを阻止したいとの考えもあると見られる。

 また、総裁選の実施方式で「国民参加型」を探る武部氏に対し、「国民的人気の高い安倍官房長官を利す狙いだ」との声もある。激しい批判の背景には、総裁選の運営をめぐって、武部氏をけん制する狙いもあるとの見方も出ている。

 こうした動きに武部氏は、「選挙応援は個人としてのものだ。謙虚に反省すべきは反省する」としながらも、憤懣(ふんまん)やる方ない様子。竹中氏も、閣議後の記者会見で、「堀江氏がやってきたことに、選挙応援で“政府保証”を与えたとは考えない」と強く反論した。
[読売新聞社:2006年01月24日 21時56分]

百科事典を暗記、共同作業はイヤな顔…幼少から堀江流(読売新聞)
 東大時代の1996年に起業して10年。逮捕から一夜明けた24日、ライブドア前社長の堀江貴文容疑者(33)はトップの座を去った。幼少期から「別格」だった堀江容疑者はやがて、40社を超えるインターネット関連企業グループを率いるに至った。しかし、同社の右肩上がりの株価と裏腹に、実際に何をし、目指す企業なのか、社員ですら「よく分からない」と語る。堀江容疑者が目指したのは実業なのか、虚業なのか――。

 午後8時から東京都内のホテルで行われた、ライブドアの新社長就任会見。

 「今までは堀江というピッチャーで4番バッターが、執行部分に大きな力を発揮していた。それはそれでいいが、そこにも結果的に問題があった」。平松庚三(こうぞう)社長(60)はそう説明した。堀江容疑者は自らの判断で社長の座を降りたことも明らかにした。

 外国法人を含め連結子会社は44社。関連会社も5社。従業員は計約2500人に上るグループ企業。堀江容疑者が大株主であることに変わりなく、その影響力は依然として残る。

    ◎

 「親ばかながら、とにかく賢い子どもだった」。堀江容疑者が高校時代まで過ごした、福岡県八女市。父親の奉文(ともふみ)さん(62)は言葉少なに語る。

 小学校低学年のころ、祖母が読むお経や、父が買い与えた百科事典を暗記しては「このトンボの名前知ってる?」など、人に聞くタイプの少年だった。当時を知る同級生の男性(33)は「とてつもなく勉強ができ、『堀江君はすごいね』と話していた。周囲から別格の人と思われていた」と話す。

 九州で最難関校の一つ、久留米大付設中学・高校(久留米市)に進学。同じクラスだった福岡市内の男性(33)は、「社交的ではなく、いつも1人。体育祭の準備や後片づけを手伝わなかったので、『いい加減にしろよ』と、どなりつけたこともあった」と語る。東京都内の証券会社に勤める同級生(33)は、「共同作業が苦手で関心の無いことには、露骨にイヤな顔を見せた。『お金で心が買える』という発想も、人と交わることを嫌ったからではないか」と話した。

 東大時代は、自転車部競技班に体験入部したこともあった。当時の部員は、堀江容疑者がある時、「競輪に興味がある」と話したのを覚えている。「自転車競技そのものに関心がある様子はなかった。賭け事が好きだったのかも」と振り返った。

    ◎

 「株式の時価総額で世界一を目指す」と常々話していた堀江容疑者。本来、企業の株価は、商品やサービスで顧客を満足させた結果として表れる“通信簿”だ。しかし、ライブドアの場合は、業績よりも堀江容疑者がメディアに頻繁に露出することで株価が上がった。

 相次ぐ企業買収や事業再編のため、グループの全体像は見えにくく、社員ですら「うちが何で稼いでいるか、よく分からない」と言う。インターネット関連企業と言われながら、実際にグループの経営を支えているのは金融事業で、看板であるインターネット・サイトの運営などの収益はわずかなものだ。

 堀江容疑者の逮捕につながった、「バリュークリックジャパン」(現ライブドアマーケティング)による企業買収では、買収される「マネーライフ」の企業価値を、実際より過大に評価した結果、ライブドアグループに多くの株売却益が転がり込んだ。その過程では、株式分割で株価をつり上げる“工作”も行われていた。
[読売新聞社:2006年01月25日 03時16分]

ホリエのオヤジってぇのは、やっぱ、親子だねぇ、バッカ丸出しだよ。「親ばかかながら、賢い子だ」ってぇのは、多少物事の暗記力や記憶力がよくったて、世の中の規範や人としての規範を持てねぇ~野郎は、はっきり言って「クズじゃねぇ~のか」。これじゃ、親子揃ってバカ丸出しじゃねぇ~かぃ。笑っちゃうよぉ。バッカオヤジが賢かったっていうハリボテ・イノシシ・ホリエは博奕打を目指したのかぃ?博奕打ちの人生を全うするにも「流儀」ってものがあらぁなぁ。「仁義」も切れねえ野郎は、博徒の世界でも、やっぱ「掟破り」じゃねぇのかぁ?

金があれば何でもできるらしいから、金で「小菅」を改造してみなよ、改造するときゃぁ、ヒューザーのオジャマモン・オジマへ依頼して、平成設計に設計任せてさぁ、構造計算は勿論あのアネハだよ。貯めた金が惜しくって潰しちまったけど木村建設を指定業者にしてさぁ、電気が足りなくって暗けりゃよぉ、ズルハゲ篠塚って野郎のテカテカ頭が役に立つぜぇ~。でぇ、こいつら使うには、ウチカワだよウチカワ、あのタヌキオヤジにコンサル料払わなきゃなんねぇんだよぉ~。例え、頭のいいハリボテ・イノシシ・ホリエでもさぁ。金なんざぁ、腐るほど持ってるだろう。ペットも飼える「小菅グランド・リンク」なんてぇ~のはどうでぇ~!

先につくっといてやると、後に続くこいたらのためにもなるし、感謝されるぜぇ~~!

狂牛病でブタリオンになっちゃったジャガイモ・タケベ、「下手な言い訳ナンゾつべこべ言わずに、さっさと幹事長辞めろぃ!、テメーみてーなクソ野郎が幹事長やってやがるから、ダメになっちまうんだよ。とっとと北見へ帰れぇ~。クソバカ野郎」。それとも・・・・・かぁ?

ヨコスカ・マンボのコイズミ鈍一郎、「クサ~イ、言い訳芝居の出来そこないばっか、やってんじゃねぇよぉ~、テメーもバカ能力の限界越えてんだから、もう、とっとと辞めて、飼い主ブッシュのテキサス牧場へ帰ぇれぇ~」。それともやがて・・・・・・かぁ?

座敷犬タケチン、「テメーのバカ面ナンざぁ見たくもねぇやぁ~、師匠のアメリカへ逃げさせてやるから、メンドリ・ライスにでも突かれ、新古典派のバカ野郎どもに喰われてしまえぇ~」。テメーも・・・・・・かぁ?

テメーらの大好きな「自己責任」って言葉で送ってやるぜぇ~。ついでに見えきってもいいからよぉ~。最後だから「いよっ!ドブイタヤぁ~!相も変わらず、クサイねっ~~!」。

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2006/01/24

「ハリボテ・イノシシ・ホリエ」バッシング、狂気のテレビ報道!

日本のテレビ・メディアは自殺したいのか?

昨夜の大騒動は一体何なのだろう?ホリエ本人が東京地検で逮捕されるや否や「特番」報道を続ける。テレビはどの局も競い合うように。ホリエ・バッシングの大洪水、止まるところなく垂れ流す。つい一年前には、ホリエを持ち上げ、時の英雄のように報道し続けていたのはどういう了見なのか?日本は、いつから中国や北朝鮮と同じ報道姿勢の国になり下がったんだろう?

何よりも、突然の「特番」にレギュラーアンカーマンを始め、関係者が待機していたとしか思えない番組作りの姿勢に驚愕させられる。東京地検からリークされていたのか?余りにも迅速だったではないか。しかし、もっと大切なことは、どの局も一貫して「特番」扱いの報道をしたことだ。これはファシズム社会、独裁社会と同じではないのか。

確かに、午後に東京地検は「ホリエ」の任意聴取を開始しているけれど、その段階で「逮捕拘留」をテレビ各局は「特番」予定していたのか。夜半の東京でヘリまで飛ばし、首都高を霞ヶ関から小菅へ走り抜ける車両群の中継は、競い合うに値することか?それは、この間、テレビ各局が「ホリエ」に対し「美人局状態」だったことを否定するため、ここまでバッシングしていると「自慰的行為」を視聴者に見せ、自らの潔白を言い逃れるためにデキレース行為か?

いずれにしても、持ち上げた次はバッシング、テレビ各局は自分の手が綺麗だと言い続けるために、視聴者をオモチャにしてバカにしているのか?観てらんねーやぁ!やってらんねぇーよ!

日本のメディア、特にテレビ各局は自殺行為をしているとしか思えない。「ホリエ」みたいな実態のない「ハリボテ・イノシシ」は無視すればよいのだ。泡のような輩を吟味もせずに、やたら英雄のように扱い偶像化し、持ち上げ続け、ハリボテ化に手を貸し続けた責任はテレビ各局にもあるだろう。その論点と意味で、日本のジャーナリズムにとり、この間の一連の「ホリエ」騒動は、日本のジャーナリズム、とりわけメディアには自殺行為だった。

「ハリボテ・イノシシ・ホリエ」が率いる「ライブドア」なんて、麻原の「オウム」とよく似た構造だろう。狂気が集団化されたみたいな輩の集まりじゃないか。この点では、ヨコスカ・マンボのコイズミ鈍一郎が率いる「コイズミ・チルドレン」なる「コイズミ・ユーゲント」と全く同じで、潰れたテープレコーダーと同じで、どいつに聞いても同じ事しか答えられない。つまりアホーの集まりに過ぎないじゃないか。人に対する話の仕方も、「オウムのアサハカ麻原」も「ハリボテ・イノシシ・ホリエ」も「ヨコスカ・マンボ・コイズミ鈍一郎」も、人の話を切り捨てる点で、同じ喋り方しかできないじゃないか。つまり「自分はあっても、周囲の人はない、見えない」ってわけだ。これを置き換えれば「悪い意味での唯我独尊、もっと平たく云えば、おっちょこちょいの『オタク』世界」なんだろうね。

つまり、こいつらの共通点は、「ライブドア」は、例え世間で「ハリボテ・イノシシ」と揶揄されようが「ライブドア」は「ハリボテ・イノシシ・ホリエ」のための会社であり金儲けの手段に過ぎず、「オウム真理教」は世を救済する宗教などではなく、「アサハカ麻原」を救済するために唯一存在する「アサハカ麻原」の金儲けの手段だったし、方や「ヨコスカ・マンボのコイズミ鈍一郎」にとって実は「構造改革」なんぞ、どうでもよくって、鈍一郎アンチャンが首相になってみたかったから、「ちょっとスローガンにしただけなんだよ。中身を問われても、始めっから中身なんてないから説明なんてできないよ。構造改革なんてどうでもいいじゃないか。それより俺がなりたいから首相やってんだよ。全く、廻りの奴らは分かっちゃいねーんだ」。

こいつらは、全員、テメー勝手に、自分のためにあらゆることをやってきたのだ。だから、シラも切る、世間の価値観や評価からしても無責任を貫き通せるんだ!なぁ~るほど、なぁ!

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2006/01/22

負けたらアカン!「阪急電鉄」「阪神電鉄」の経営陣へエールを贈る!

「プリヴェ・チューリッヒ」松村謙三君に告ぐ!

「阪急HD」の株を買い占め筆頭株主になったととか、あんさんエライ勢いでんなぁ~。どこぞの国で、腐ったブタ野郎の命令受けて「お金、刷ってはりまんのかいなぁ?」。それとも「何でっか、『ハリボテ・イノシシの会社』と同んじこと、してはりますのんかぁ?」まあ「どっちにしても変わらん程度のこと、さらしとんやろぉのぉ~!」。

「程度の悪い若造が、ちょっと小銭持ったからぬかして、偉そうにしくさって、何が筆頭株主じゃぇ、コラ、ワレ、ナメとったら、アカンゾ~!ナメたらアカンゾ~、ワレ」。

松村へ告ぐ。
①公共交通機関としての電鉄事業について明確な方針を示せ。
②沿線文化事業としての「宝塚歌劇団」について明確な方針を示せ。
③本邦の映画文化を創造し続けた「東宝」について明確な方針を示せ。

その際、いずれの事業分野についても、これまでの事業(単年度、継年度にわたる事業赤字についても)を明確に総括せよ。その上で、90年を越える阪急電鉄の歴史と、この間、沿線株主が有形無形の支援を差し延べてきた歴史を踏まえたことを認識した総括と今後の展望を示せ。

station_img01 加えて、阪急電鉄の沿線を始めとする阪神間の市民が守り育ててきた誇り高い「宝塚歌劇団」の今日までの経営について、明確な総括と、今後の方針を明らかにせよ。「短期の自己利益を目的とした投機対象ではない」との自覚があり、筆頭株主として責任を持つなら明らかにせよ。文化破壊をするなら沿線市民を始め関西文化圏を形成する広範な市民から鉄槌が下されるだろう。

次は、「東宝」についてである。「宝塚歌劇団」同様に明確な方針を示せ。「東宝」は映画制作と映画配給を行う事業会社である。阪急電鉄が電鉄創設者、故小林一三翁の意志を受け継ぎ手塩にかけ大切に育成してきた事業である。これも阪急電鉄沿線の株主には大きな誇りである。「東宝」が持つ「日比谷」の土地をタダで手に入れようとすることは許さんぞっ!

「われわれ阪急電鉄の沿線に居住する株主は、阪急電鉄が大赤字で決算に苦しんでも、あるいは順当な黒字を計上しても、すべて、鉄道事業のプロたる経営陣に全幅の信頼を寄せ、『事故のない安全で快適な鉄道事業を沿線に遍く提供し、地域社会の文化と発展の一端を担う事業を株主として支える』ことに高い誇りを持ち、阪急電鉄と心中するくらいの強い決意を持っている」。従って、記録的な赤字を計上し無配に苦しんでも、沿線に居住する主要な株主は、不平も言わず辛抱強く業績の回復を祈るように見守り続けてきた。

この間、阪急電鉄の経営陣は、粘り強く辛抱強く経営の基調を転換させるべく尽力した。その最大が、2004年には関係会社を経営統合し「阪急ホールディングス」を誕生させた。この間、何よりも、鉄道事業の現場を預かる「鉄道員」の一人ひとりが「私鉄総連」の組合員であると共に、自らが勤務する「阪急電鉄」の経営困難を自覚し、阪急電鉄経営陣の示す方針を粛々と受け入れ配置転換に従い事業の再建に献身的なまでに協力し続けた。

別には、流通分野にも力を注ぎ、鉄道事業の落ち込みをカバーするために、大変な努力を重ね経営の多角化を目指し最前線で取り組み、ここ数年の奮闘努力の成果がようやく業績に顕れつつある状況を見せ始めている。

kouen_image01 これまで、ほぼ一貫して膨大な赤字経営を余儀なくされた「宝塚歌劇団」についても、この15年ほどの間、劇団経営には衝撃的なまでの数々の改革を進めた結果、ようやく単年度「黒字」化を果たした。もし、阪急電鉄が「宝塚歌劇団」運営を切り離し放置していたら、ここ40年ほどの阪急電鉄は潤っただろう。逆に関西の文化軸でもある、「宝塚歌劇団」は崩壊していただろう。関西のどこかの私鉄がその傘下においた歌劇団のように、もう幕を降ろしている。
その場合、沿線の市民から、強い罵倒を受けたであろう。「阪急電鉄」と「宝塚歌劇団」は一体である。加えて「東宝」はその外郭を構成し、本邦の映画文化を示す上で不可分の関係性にある。既に、充分な経営効率や有効性を考え「グループ」経営として確立している。素人に口を挟まれるような筋合いのものではない。

阪急電鉄は、20年ほど前に、プロ野球球団「阪急ブレーブス」をオリックスへ売却した。この時点でいえば「阪急ブレーブス」も「宝塚歌劇団」も経営上は赤字でお荷物だった。いかに関西の私鉄を代表する優良企業と称された「阪急電鉄」も、既にその頃には、膨大な赤字を背負う二つの事業を維持できる状況にはなかった。
二者択一を迫られ、あるいは二者放棄を迫られ、苦悶した結果、阪急電鉄は「阪急ブレーブス」をオリックスへ売却し、「宝塚歌劇団」を維持したのである。そして、この時期から「宝塚歌劇団」の恒常的黒字化を目指し劇団運営の抜本的改善に取り組むのである。
長い歳月を経て、今日、ようやく黒字化の目処を得たところである。ちなみに「宝塚歌劇団」は財団法人でもある。
しかし、そのようなことはどうでもよいのだ。私鉄経営者としての「阪急電鉄」首脳陣の苦痛の判断を、沿線に居住する市民株主は強く熱い支持をし続けている。

これらが相乗効果を見せ始め、ようやく21世紀についての展望が見え始めたときに、突然と顕れたのが「プリヴェ・チューリッヒ松村謙三」なる輩が率いる「企業再生投資ファンド」による「阪急HD」株の買い占めである。
そして、この輩が提示した中身が「宝塚歌劇団」と「東宝」の経営統合だという。
「笑わしたらアカンがな。ジャカ マッシイ わぇ」と返してやろう。
「阪急HD」は、既に経営統合する過程で「最も効果的なグループ構成」を考え、現在の形に落着させている。最高に調子のよい時のよい点だけを引き出し、過大に評価し、自分に都合のよい妄想で「株の買い占め」を計り、己の短期利益実現を計るためだけを目的に経営陣へ迫る。これは株式取引を利用し形を変えた社会への威迫・脅迫・暴力であり、観ように依れば「白昼強奪」と見えなくもない。
幸いにして、「阪急HD」の経営陣、とりわけ小柄な角社長は、「提案は断固拒否し、断固闘う!」との姿勢を示している。沿線に居住する市民株主として、その姿勢を熱く支持する。沿線に居住する市民株主は、阪急電鉄と共に生活する人たちである。そして、沿線に居住することに誰よりも何よりも高い誇りを持っている。阪急電鉄の沿線各市は、阪急電鉄の創始者、故小林一三翁が掲げた市民社会の理想に強い共鳴を示し、自らの力で市民社会を創り上げ文化を育ててきた誇りがある。絶対に、例え合法を装う要求であっても、理不尽で不法な「白昼強盗」の物言いに屈してはならない。

我々が経営を委託した「阪急HD」の経営陣の現在時点の姿勢を評価し熱い支持を贈る。これは、「阪急HD」と「プリヴェ・チューリッヒ松村謙三」の闘いではない。健全な市民社会を護る闘いである。我々は、断固として「プリヴェ・チューリッヒ松村謙三」提案案件の排除を求める。

ついでにムラカミ不安怒にも警告しとくでぇ~!

同様に、「阪神電鉄」株を買い占め、阪神間の市民の誇り市民球団ともいうべく「阪神タイガース」の球団経営に「イチャモン」をつける、台湾からの出張遠征者の末裔「村上ファンドの村上世彰」へも、阪神間の市民社会を護る闘いを提起したい。

「阪神タイガース」が黒字になったのは、ここ5年程度である。選手の活躍で徐々に甲子園球場に人が集まる起点となったのは、球団創立50周年であり、あの劇的なセリーグ優勝と日本シリーズを制した1985年である。それ以降の20年ほど一進一退を繰り返しながら徐々にである。

子供の頃から甲子園球場に足を運び、既に40年以上の歳月が流れたが、現在のように年間60試合開催し、一試合5万人の座席が手に入らないと言い始め、毎試合「満員御礼」状態となったのは2002年シーズンからである。

20年前は、アルプススタンドは巨人戦以外の試合では閉鎖されていたのだ。勿論、内野席(現在のネット裏グリーンシートも、一塁側イエローシートも、三塁側オレンジシートも)は、巨人戦以外なら試合開始前に、「ちょっと行くか」の勢いで出かけ、球場で買うことができた。そして内野席が七分も埋まっていると「今日は、多いなぁ!」という状態だったし、外野席なら、確か5回裏が終わった後の入場券は巨人戦でも割引され安くなったのだ。

この状態の「阪神タイガース」は、勿論、強そうに見えても、根っから弱かった。5月まで上位に踏み止まれば「年間の観客動員が150万人はいける?」といわれ、もし7月後半まで上位戦線を占めれば「年間の観客動員が180万人か?」といわれもしたのだ。
それでも、関西(特に阪神間のファン)は甲子園球場へ足を運び、何時でも入場券を買えるにも関わらず高額な「年間座席指定」を契約し「ダメトラ・阪神タイガース」を応援し続けたのだ。

スタンドから「コラ~、お前ら、PL学園と、試合しても負けるんちゃうのんかぁ~」と容赦のないヤジを飛ばし、自虐的な自分を見出しながらも応援してきたのだ。
現在の「阪神タイガース」は仮の姿ではないかと、思わず自らの眼を確かめながらも、本当に強くなった「阪神タイガース」に無常の喜びを感じる自分に驚きもしているのだ。

だから関西(とりわけ阪神間の市民には)では、「阪神タイガース」は自分の所有球団であり、「阪神電鉄」に預けて経営させている、という感覚を持ち続けている。

「阪急電鉄」は「宝塚歌劇団」を「阪神電鉄」は「阪神タイガース」を所有し経営しているが、阪神間の市民は、「預けてある。任せて、やらせている」という感覚を持っている。
ちなみに、阪神間とここでは云うが、「阪神タイガース」の阪神間の西は兵庫県全域、南は和歌山県全域、東は奈良県全域、北東は滋賀県彦根市程度、北は京都府全域である。そのコアが大阪市と神戸市に挟まれた阪神間の各市域であることを付言しておく。
つまり、阪神電鉄と阪急電鉄の沿線そのものである。阪神間の市民は、「阪神タイガース」と「宝塚歌劇団」を自らが育ててきたという、強い自負心を持っている。
自分達が、自ら「金を払って、足を運んだ、そして見続け、育て上げた」という強い一体感を所持しているのだ。それが阪神間を中心とした関西全域の文化を形成してきた誇りである。

従って、村上世彰が「阪神電鉄」の43.7%の筆頭株主であることを豪語して、傘下子会社の「阪神タイガース」の経営に口を挟むなら、これも従来までの「阪神タイガース」の経営を完全に総括し、黒字と赤字の関係性を十二分に把握した上で、プロ野球についての経営哲学を明らかに示して貰いたい。示さなければならない。
文化に手を入れ口を挟むなら、その対象となる「文化」について、自らの見識と今後の展望を示さなければならない。
「誰かにやらせる」と、資本家らしい発言を我々は予測するが、それでは無責任なのであって、到底許容することはできない。鉄道事業者が沿線の市民に支持され、その生活に責任を持つのと同様、沿線の「文化」に対しても大きな責任を負っている。
短期利益獲得を目指す「村上世彰」や「松村謙三」は、安易に「企業価値」の最大化を主張するが、その際、沿線価値について考慮しているとは考えられない。鉄道事業は、鉄道運営だけではなく様々な文化を創出しその過程で沿線社会を構築してきた。
沿線の市民は全ての人が、村上や松村が好きこのんで使いたがる「利害関係者(=ステークホルダー)」そのものである。この二人の輩は、それについての思慮や分別を欠いている。

「阪神電鉄」が村上に買い占められたときは、「阪神電鉄」の株主ではない者として、間接的な利害関係者であっても、直接の関係性を有しないため、悔しい思いで眺めるしかなかった。
しかし自らと密接不可分の「阪急HD」の株を、得体の知れない鉄道素人の松村に買い占められ、自ら誇る「阪神間の文化」の象徴でもある「阪急電鉄」の部分的所有者として、勝手なことを云わせるわけにはいかない。両社の経営陣に対し、「白昼強盗」の居直り論理と徹底して、闘うことを求めたい。

「コラ~、松村、若造が、ちょっと小銭、持ったからぬかして、エッラソ~にさらすっな!」
「ナメたらアカンゾ~、ワレ、オンドレら、ヘソの穴から世間見したろかぇ!」

ムラカミ不安怒、オヤジの台湾へ帰れ!戻らんかぇ!渋谷の家、引き払ろうた方がエエゾッ~!
松村、行ったことないかも知らんけど、チューリッヒぬかすんやから、チューリッヒへでも逃げたらどうやぁ。チューリッヒの地下でヒッピのできそこないに麻薬でも打たれてまえ!二人とも早いコト、逃げた方がエエゾ~!白昼強盗は許さんでぇ~!

お断り:使用の写真は阪急電鉄運営のWEBからダウンロードしています。

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2006/01/21

ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース46号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成18年1月21日 土曜日 第46号
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■ こんにちは!!

いつもお世話になっておりますベトナム ニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その46 今週のヘッドライン

* 1月16日(月) 越南 傾城 阿波の鳴門 
* 1月17日(火) ジョブ・ホッピイング
* 1月18日(水) ホーおじさんコレクション♪
* 1月19日(木) 鳥インフルエンザの現状と日本のマスコミ
* 1月20日(金) 秘・食品検査の実態レポート
* 1月21日(土) ホーチミン市新版商業取引投資促進プログラム

☆★朗報のお知らせ★☆

週刊ベトナムニュース平成17年度版 初版50部が一週間で完売。
その後も 各方面から追加注文のご要望を頂き、急遽50部増刷することにいたしましたのでご報告いたします。ご希望の方はお早めにお知らせ下さい。

1月16日(月) 越南 傾城 阿波の鳴門 
* 14歳以来 盲目のNguyen Trung Thanhさんは本を読むのが大好きだ。今年48歳、周囲の人々から“本の虫”の愛称で子供の頃から呼び親しまれてきた彼だが、今も新刊本が村の書店に届くと聞くとワクワクするそうだ。Thanhさんが視力を失ったのは1971年、ベトナム戦争最後の年だった。彼とその家族は爆弾を避けるためシェルターに身を潜めていた近くで爆弾が炸裂し、その破片が彼の視力を奪ったのだった。この事件以来、竹かごを作り生計を立てていた彼の母は息子の治療費を稼ぐためそれまで以上に働き、ハノイの病院で診せたがThanhさんの視力が回復することはなく、それと共に彼は中学での勉強を諦めるしかなかったのだ。

 しかし彼の読書に対する欲求は萎えるどころか更に高まり消えることはなかった。Thanhさんは彼の母が営むカゴ屋へ買い物で来るお客さんを掴まえては最近発売された読んだ本の内容を抜粋し聞かせて貰う日々が続いたという。そんなある日 お得意さんでThanhさんに好意を寄せる若い女性が彼の為に本を読んで聞かせてくれるようになり、二人はやがて結ばれ夫婦になった。今日でもこのころ耳にしたベトナムの多くの小説を覚えており、それもこれも母のお店で過ごした日々が役に立っていると語る。

 彼ら夫婦は今も大変貧しく近くの川で採れた蟹や貝を売りながら生活を支えているが、Thanhさんの読書に対する情熱は変わらない。
毎日 彼の奥さんと子供たちはThanhさんの為に3~5時間掛けて本を読んで聞かせてくれる。これら本の中にはアンデルセン童話や最近話題のベトナム人作家の作品も含まれている。仕事の合間にThanhさんは詩を書いており、1995年には詩にエッセイを散りばめた詩集を出版した。「詩を書くのはとても時間が掛かるのです。点字で文字をひとつひとつ打ち出してゆくため、熱が入り過ぎて指から血が出るような事もしばしばなんです」とThanhさんは照れていう。最近 発刊された詩集“ハートの子守唄”は彼の友人たちの協力で完成したものだ。

 Thanhさんが今 力を入れている作品名は“隠された方法”は全400ページに渡る大作で彼と彼の娘さんたちがベトナム北部各地へ御伽話をしながら転々と行脚した時の事を題材にしたものだ。11年前、Thanhさんは、娘のNguyen Thi Kieu Loanさんを伴い各地を周り自分の作った詩を通りすがりの人々に聴かせながら、お金を稼いでいた。
「傷痍軍人さんが時折 街の辻にたち歌を唄いお金を得ていますが、私には歌の才能がないので詩を聴いて貰うことにしたのです。尤も、私につきあわせたばかりに娘は上の学校にやることが出来ませんでした」とThanhさんは当時の様子を振り返る。

 彼の作る詩は主にフランス植民地下のベトナム人の窮状を訴え掛けるものだが、他に1930年代のベトナム上流階級の生活を風刺した作品などもある。「旅先で、人々は我々親子を歓迎し“お話父娘”として親しんでくれました。特に彼らは偉大なベトナムの詩人 Xuan Dieu・Nguyen Binh・Han Mac Tuが書いたロマンスストーリーを我らが演じるととても喜んでくれました」とThanhさん。数年間の旅芸人生活にピリオドを打ったのは、娘さんが学校へ戻りたいと言い出したからだという。旅の途中 学校の前を通ると彼女は決まって淋しそうに涙を流していました。もちろん 彼にその姿は見えないが、充分娘の気持ちは判っていたという。加えて。彼自身いつまでも他人の作品で演じることを、潔しとしなかったからだ。

 今では娘のLoanさんも詩作や物語の創作に励んでおり、彼女が書いた“あの頃”は1998年、Youth Pioneersマガジン主催の文学賞を受賞し、先月、彼女の最新作“赤ん坊の川”を挿入し出版された。

(辛口出版)
ベトナムではThanhさん一家に限らず、障害を持つ多くの人々が旅芸人となって各地を回る。その生活は大変辛いもので、毎日毎日、行った先の知り合いの軒先や納屋などを転々としながら、芸を売って歩くのだ。幸いこのような行脚は主に乾季に行われるため、雨露の心配はないものの、それでも身に堪える仕事に変わりない。特に目の見えないThanhさんの場合、どうしても家族が先導となって連れ添わなければならない。多くは農作業の働き手として大人を自宅に残す為、子供がその役を引き受けるわけだ。
とはいえ年端も行かぬ幼子である。しかも、同じくらいの年頃の子供が学校へ行く姿は眩しかろう。今回の記事では、父娘とも才能が開花し、出版という形で日の目を見た話だが、こんな事は滅多にない。
このような生活がベトナムには未だあることを読者の皆さんに覚えておいて欲しい。

1月17日(火) ジョブ・ホッピイング
* 若い会計士のNguyen Tri Thanhくんは人生を謳歌しているという。なぜなら、いくつもの職を変え、ついに希望する職場に就職することが出来たからだ。大学3年の時、彼は経理担当として初めて私営企業でアルバイトとして働いた。「僕にとってお金が目的ではないのです。一番大切なのは、働くことにより専門蓄積の集積と経験を積むこと、次に職場環境 そして最後に出世かな」とThanhくんは語る。先の私営企業で二ヶ月間働いた後、ふたつ目は国営企業で職を得、その後、私営企業2社に短期間 席を置いたという。

 Thanhくんが大学を卒業する時に彼は既に4つの職歴を備えており、アルバイトをした前出の企業はそれぞれThanhくんに彼らの会社へ入社するように勧めたが、彼は何れも断ったという。その後 Thanhくんは、外資系企業に履歴書を送り難しい就職試験をパスし、初任給US250$で職を得たのだが、数ヶ月後 彼は辞職した。彼にとって外資系企業の仕事運びは職能的で大いに参考になったが、彼にしてみればそれらの知識習得は2~3ヶ月もあれば充分だと考えた結果だった。今日のベトナムにはThanhくんのような優秀な若者たちにとって、転職は日常茶飯事であるし、職場に対する見極めも早く、職業斡旋所では、こんな若者たちを称し“腰掛けスタッフ”と呼んでいる。彼らには次の共通の特徴が見られる。モチベーションが高く、事務処理能力が優れ、順応性に富み、チャレンジ精神豊富な事だ。

 もう一人は過去3年間に4回の転職を果たしたPham Anh Phuongくん曰わく、彼がこれまで働いてきた職場からは様々な重要な経験を得ることが出来たものの、これは僕自身が起業する為に必要なもので、誰かに雇われ続ける積もりはないのだと。人々が転職する理由をPhuongくんに尋ねたところ、彼らは自由でより活動的な環境に身を置き、有能なスタッフには出世が約束される職場を求めるからだと説明してくれた。最近多くの若者の職場環境に対する意識の変化が現れている。これまでは、身内のコネを頼って就職を決めてきていたものが、己の実力を頼りに武者修行を繰り返し独自で進路を掴み取る風潮が出てきているのである。

 彼らの共通するものは、就職先での高い収入よりも、将来の独立に対する野心が深いことだ。ベトナムに進出してくる多くの外資系大手企業は最先端の技術や職務遂行知識を持ち込み優秀な若者たちはそれらをどん欲に吸収し、更なる高収入を得る職場への足掛かりとしている。
「昇給・昇進の機会をじっと待つより、駄目な企業はとっとと見切りをつけてある程度経験を積んだら転職するに限るね」と前出のPhuongくん。

 しかし一方に於いて転職回数が多すぎる人間を、企業は嫌う傾向にあるのも確かである。「ある求職者は面接時に、2年間で6~7回の転職し経験豊富だと自慢する人もいますが、実際問題として彼らの経験は転職回数のみで、各職場で与えられたタスクを如何に遂行し求められる良い結果を出してきたかと言えば疑問です」と外資系化粧品メーカーの代表Mai Van Phucさんはいう。韓国系衣料会社マネージャーのLe Van ThanhさんもPhucさんの意見に同調するひとりで次のように述べている。
「転職を繰り返す人々は、我々が与えた仕事に幸せを感じるかと考えると懐疑的にならざるおえません。それに直ぐに職を変えてしまうような人に対し、責任ある仕事なんて任せられません。企業の多くは求職者に対し、仕事を愛することができ、我慢強くやり抜く人材を求めているものなのです。」

 ただ、大企業と異なり中小企業では恒常的に優秀な人材不足に悩んでいるため、このような優秀な“腰掛けスタッフ”の存在は短期であってもありがたいもので、彼らの存在が中小企業経営者の経営に対する姿勢を変えさせているとも言えるのだ。彼らの意見を採り入れ、給与体系や管理システムの見直しのきっかけとなっており、優秀な人材を惹き付けようとする努力に繋がるからだ。転職はあなたのセルフモチベーションの高さ、現在の状態に順応する適応力を発揮し、次なるステップへ導くかも知れない。が、しかし、時間には限りがあるもので、どちらが良いという問題ではないが、そのことを充分に理解し計算に入れた上で行うべきであろう。

(辛口寸評)
更に上を目指しての転職は大いにすべきである。但し、それぞれ所属した企業で結果を残し、それを勲章としての転戦であればだ。筆者も経営者として面接に携わることが多いが、書類選考の段階で、正当な理由なく最低ひとつの会社で2年以下の職歴しかない者 加えて、極端に相場と懸け離れた給与を求める者は落とすことに決めている。確かに、企業の発展を図る上で、優秀な人材な喉から手が出るほど欲しいし、本当に期待通りの仕事をこなしてくれるのであれば、筆者の給料以上出しても構わないと考えているが、転職回数の多い者は所詮、銭だけのつきあいで、記事のコメントにもあったように安心して責任ある仕事は任せられないのだ。
ベトナムに限らず、どこでも経営者は自社の人材難を嘆く向きが多い。ヘッドハンティングに因って一過的にそういった人材が手にはいるかも知れない。しかし、人材難を嘆く前にこれらの経営者が、自社の持ち駒である社員の能力を有効に出し切っているのか、或いは育てようと努力しているのか、それを今一度、胸に手を当てて考えて欲しいのだ。必要な人材は経営者が手塩に掛けて育てるのがどこまで行っても本筋ではなかろうか。弊社でも多くの人を採用しまた多くの人が去ってゆく。理由は千差万別であっても、筆者が常に思うのは自分の経営者としての魅力のなさに起因しているに間違いなく、辞めてゆく社員を責めるのではなく何故彼らは僕を見限ったのか反省し、次の活かすことにしている。

1月18日(水) ホーおじさんコレクション♪
* Soc Trang省在、お百姓さんのNguyen Van Nhungさんには彼独自のホーおじさんへの尊敬の仕方がある。Nhungさんは800点以上のホーおじさんに関する絵画や書類を収集しているのだ。1969年9月初旬、当時11歳だったNhungさんは祖母の家に出掛けると、祖母が大切そうに一枚の写真を胸に大切そうに眺めていた。写真の男性を訪ねると「彼がホーおじさんよ」と優しく教えてくれたのだった。1975年サイゴンが解放されると、徐々にNhungさんはホーおじさんが誰で、何故、ベトナムの人々が深く彼の事を敬愛して止まないのか判ってきた。以来 彼のホーおじさんに関する収集が始まったのだ。

 風変わりな自転車に跨り、図書館や役所、それに新聞社に通ってはホーおじさんの資料を買い求めたり時には既存コレクションと交換したりして集めて回り、どうしても手放してくれない貴重なものはコピーをさせて貰ったり、絵画などは画家を雇って描かせたりしたのだという。毎年、ホーおじさんの誕生日には家中をNhungさんはホーおじさんコレクションで飾り付け、ベトナムの偉大なリーダーの誕生日を祝うのだ。Nhungさんは暇を見つけると、こつこつコレクションの整理に時間を掛ける。

 何年か前 Soc Trang省文化情報課主催ホーおじさん生誕記念展示会の際、殆どの展示された写真にはキャプションがなかったが、Nhungさんの膨大な資料による知識の裏付けから、それぞれの写真がどのようなシチュエーションで撮られたものか理解するのに大いに役立った事があった。展示会に集まった人々は口々にNhungさんの博識を讃え、文化情報課は彼に6枚のホーおじさんの絵を贈呈した。コレクションを始めて既に30年の歳月が流れ、彼の収集品は800枚以上の絵・写真 ドキュメントなどの資料は数千枚に及ぶという。彼の収集品は多くの人々の知るところとなり、近隣のBac Lieuからも問い合わせの手紙が届くほどだ。

 藁葺きの自宅スペースの半分以上が収集品の保管に当てられているNhungさんの家はCau Lo川沿いにあり、全てのコレクションは大切にラミネート加工が施されている。本当は、ちゃんとしたケースに保管したいのだが、そこまでの資金的余裕はなかった。噂を聞きつけたホーチミン市行政局は、Nhungさんの貴重な収集品保管の為に家を新築し真新しい保管庫を贈ったのだった。加えてホーチミン市や近隣の省の住民たちからホーおじさんの資料が送られるようになった。善意の人々の厚意はNhungさんのコレクションをより厚みのあるものにしており、Nhungさんは貧しいながらこれからもそんな人々へ感謝の意を込め、ホーおじさんの収集に努力してゆきたいと微笑んでいる。

(辛口寸評)
この世には様々な蒐集家がいるが、ホーおじさんコレクターといえばやはりベトナムならではであろう。好きこそ物の上手なれではないけれど、収集品が溜まり知識が深まったお陰で、無料で新しいお家をゲット出来ただなんてまさにホーチミン氏を偶像化してしまったベトナムならではのことだろう。聞き伝えではあるが、生前 ホーチミン氏は、死んでも祭り挙げるようなことはしないで欲しいと後進の指導者たちに遺言を残したそうだ。しかし、後進の中には彼のように傑出した人材はなく、また、だからこそ故、ホーチミン市をベトナム国家の象徴に据え、その下で後進のリーダーたちは権力を分散し合議制を主軸とした指導体制を築く必要があったわけだ。経済発展著しいベトナムではあるが、天国のホーチミン氏は、どんな気持ちでこの風景を眺めているのだろう。時にやるせなくなるのではないだろうか、、、。

1月19日(木) 鳥インフルエンザの現状と日本のマスコミ
*  ハノイ市動物健康課の報告に因ると、いくつかの鳥インフルエンザ感染地区は徐々に鳥インフルエンザ安全宣言をし始めているものの、引き続きウイルス発生には注意深く観察して行かなければならないとしている。安全宣言をする為に各感染地区は21日間、家禽に新たな感染がないことが条件であり、今のところ安全宣言を行った省は北部6省だが、WHOの定めた21日間安全宣言基準期間にHa Giang省、Nghe An省、Quang Tri省、Cao Bang省がこれに続くと見られている。

 昨年10月に鳥インフルエンザが再発した際、党中央鳥インフルエンザ防止・管理常任委員会は各自治体と一体になってその拡散防止に全力を投入し、全家禽類に大々的にワクチン接種を行い感染拡大を食い止めようとしたが、失敗に終わった。そこで党委員会は政策を変更し感染地区の家禽類凡そ400万羽を10月から処分したのだった。また、市動物健康課に因れば、10月以来、殆どの自治体で二回目のワクチン接種を完了しているという。

 鳥インフルエンザの拡大が止まったことにより、食用家禽の重要が高まりを見せ始めホーチミン市郊外の養鶏業者は養鶏再開を求めているのだが、ホーチミン市人民委員会鳥インフルエンザ防止・管理委員会副委員長Nguyen Thien Nhan氏は、未だ禁止されている養鶏が小さなスケールで行われていることに難色を示している。Nhan氏は市内各地区の人民委員会に対し、養鶏禁止を徹底し続けることはもちろんのこと、違法養鶏の取締りを徹底するよう通達を出した。

 別の農作業に一過的に切り替えた養鶏業者を助けるために、禁止期間の事業支援補助金給付をホーチミン市人民委員会は発動した。給付対象者には3ヶ月間に6mドン(US370$)の他 2年間の特別融資10mドン(US620$)を年利6%で受けることが出来るという。また、職替えを余儀なくされた労働者に対しては失業手当を月額50万ドン(US31$)を支給し、職替えの為に最寄りの職業訓練校へ3ヶ月間通う場合は、その授業料を負担するとしている。加えて規模の大きな養鶏業者が市内からの移転を決めた場合 最大9年間、無担保・無利息の融資を行い、且つ100km以上市内から離れた場所に移転する場合、移転費用総額の10%が負担される。Nhan副委員長は今後とも市民に対する鳥インフルエンザの啓蒙活動を引き続き行うとしている。

(辛口寸評)
現在、ベトナムで鳥インフルエンザは小康状態といったところで、市民生活に大きな影響は出ていない。食卓でも普通に卵・鶏肉料理が並べられている。ただ、日本からの観光客数は例年に比べて減少傾向にある。これは日本のマスコミが、徒に読者の不安を煽ったからに他ならない。特に週刊誌辺りはその際たるもので、現地に出先機関も持たない癖に、東京の出版社の机上で少しでも雑誌の売上を増やすべく紙面をセンセーショナルに書き立てるからだ。マスコミに惑わされることなく現地情報や鳥インフルエンザ予防については、外務省の発表する鳥インフルエンザ情報を読まれること、それとこの週間ベトナムニュースをご参考にしていただくのが良いと思う。

1月20日(金) 秘・食品検査の実態レポート
*  ベトナム政府は先週より安全基準値に満たさず国内市場で取引されている食品の摘発を開始した。これら違法食品販売はハノイやホーチミンで常習的に行われているが、テト休暇を前にその販売量が増加する傾向にあるのだ。特にハノイでは不衛生な環境で生産並びに販売されている食品が店頭に並べられはじめており、食品衛生法違反で摘発された業者は、何度も同じ違反を繰り返す傾向にあるという。Ly Quoc Su通りの米穀店は、安全基準値を守らず販売をしたかどに因り、Hoan Kiem区保健所の査察を受け20万ドン(US12.5$)の罰金を科せられたものの、その後も改善されることなく、罰金を払いながら違反を続けているという。

 ホーチミンではクリスマスホリデー以来、数十名に及ぶ人々が食中毒で市内のCho Ray病院やSaigon病院に緊急入院する羽目に陥ってしまった。市内Hoc Mon区の食品検査官曰わく、テト商戦に突入することになると無許可の屠殺業者が操業を始め、とりわけ同区で摘発された最も大きな違反事例は二頭の牛と350キロに及ぶ牛肉をNguyen Van Dungが自宅で加工し市場に流していたものだった。ホーチミン市健康課主任検査官のNguyen Duc Anh氏は、今後も旧正月に向けて食品衛生法違反食品の集中取締りの強化をして行くという。

 保健省食品衛生課Chu Quoc Lap副課長は各自治体の食品検査官の要員不足に問題があると指摘した上で、現行50名の検査官を3~4チームに分けて対応をしているが、これで全ての食品検査をカバーするのは難しいという。加えて、これまで安全基準を満たしている業者に対し検査官が発給してきた安全証明書の取扱が別の部署に移ってしまった為に、実態調査をしてもその発給部署との現実乖離が生まれ、正確な行政手続きが行われなくなってしまっているという。故に安全証明発行は従来のように検査官の職務として戻すべきだと説明する。その上で、食品検査官にはこれまで以上の検査権限を与え、罰金や業務停止などの罰則をその場で与えられるようにすべきであると述べた。

(辛口寸評)
毎年、テト商戦が始まる11月を境に、地区の食品検査官が工場、つまり生産現場の視察にやってくる。しかも1チーム 弊社の小さな工場にも7~8名が雁首揃え大名行列さながらにやってくる。実際問題として、従業員50名程度の規模の工場に、このような大勢の検査官が必要かと言えば、答えは否だ。そもそも2人乃至3人もいれば充分対応出来る。何故、これだけ来るかと言えば、みんな小遣い稼ぎにやってくるわけで、検査官の査察といいながら、実際、資格を持った検査官は数人に過ぎず、残りは小遣い稼ぎの尻馬に乗って小遣い稼ぎにやってきた役所の仲間や下手をすると、検査官の親族や友人なんてことが良くある。
メーカーに対し、難癖つけ賄賂を要求してくるわけだ。その辺りは当然、メーカー側も心得ているので、一人頭幾らで予め心付けを渡す。ベトナムローカルのメーカーで叩いて埃が出ない企業は先ず99.99%ない!と断言できる。そもそも食品衛生法の中身自体が国際基準に基づいた(丸写しした?!)ものであり、それを厳密に守れるほどの体力を持った食品会社は存在しないと云える。それは例え株式を公開しているような大企業でも事は同じだ。検査官もこの時期、小遣い稼ぎに専念し、旧正月に備えるので、多少の事は賄賂で通してしまう。検査官の数を増やすより先ず、不正の温床となるような食品衛生法をベトナムの現実に即したものに修正・運用し、違反企業に対しては厳正な罰則規定を設け、そこから罰金を役人で分配して貰わない限り、いつまで経っても堂々巡りの繰り返しに終わるだけだろう。

1月21日(土) ホーチミン市新版商業取引投資促進プログラム
* これまでホーチミン市は、外国投資家を惹き付けるために優遇措置を提供してきたが、今年から投資計画を持ち込む可能性のある投資家に対しより詳細な優遇措置を提供してゆくという。ホーチミン市人民委員会副委員長のNguyen Huu Tinh氏曰わく、投資案件毎の詳細なインセンティブを盛り込んだ2006年度版商業取引・投資促進プログラムを今月中にも立ち上げるとしている。このプログラムから徐々に現行、投資誘致プロモーションセミナーなどで活用してきた手法を刷新し、外国投資家が興味のある投資先に対し直接、話し合いを持てるようにして行くとしている。従来の一般的な情報は既にメディアや関係官庁のウェブサイトから充分に対応できるので、より深くより直截的で投資家にとって有効な情報を速やかに与えられるようにするわけだ。

 産業分野に関し、ホーチミン市は今後ともセメント・電気・電子・機器製造技術分野の投資を呼び込んで行きたいとしており、加えてサービス業で必要な逓信・通信・金融・会計・IT技術の導入も積極的に図って行きたいと、Tinh氏はいう。投資の可能性が高い全てのプロジェクトは、投資家の所属地域先毎に各分野に分けられ、今年は北米・欧州共同体・中国・などがホーチミン市の主な誘致推進国として目標を定めている。これ以外の目標として、外国パートナーと組んだベトナム製品の外国への拡販を推し進め、同時に行政改革により一層拍車を掛け透明性の高い投資環境を構築して行くとしている。昨年、ホーチミン市は総額US945m$の直接外国投資の呼び込みに成功しており、対2004年度の20%の増加を果たしている。

(辛口寸評)
外国企業誘致インセンティブについては、ひとまず国が策定したガイドラインが設けられているものの、画一的なものであるため 昨今では各自治体が各々独自のインセンティブを設け投資家にオファーし始めている。これは政府にとって頭の痛い話であり、各自治体に対し指導を行っているもの効果はさっぱり上がっていない。なぜなら、国のガイドラインは各自治体の実情を充分考慮し、配慮なされて作られたものでないからだ。しかも、都市と地方のインフラの差は年々広がっているとなれば、同じ土俵で誘致を行いなさいという方に無理があるというものだ。
今回、ホーチミン市が纏めようとしている2006年度版商業取引・投資促進プログラムが、国の意向に沿ったものなのかどうかは筆者は知らない。ただひとつだけ言えることは、市のインセンティブは今後 欲しい産業分野だけに特化されてくるであろうということだ。既に、主な軽工業分野は充分に出そろっている感があるホーチミン市にとって、必要なものに手厚く そうでないものは進出を認められないという二極化が始まって行くことだろう。                       以上

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2006/01/19

次はムラカミ不安怒 ヵ?

ライブドアなんてイ~ラナイッ!ハリボテ・イノシシ・ホリエなんてどうでもイ~ヨォッ!要らね~っよぉっ!

ガンバレ!東京地検特捜部!次はムラカミ不安怒かぁ~!期待してるよぉ~~!

ホリエやムラカミを英雄だ、みたいなことを言い続け、持ち上げ続けたブタ野郎はみんな同罪だろう!どこかの国のシロブタ・ジャガイモ・タケベも低いIQを駆使して、己の身に降りかかりそうな火の粉を払うのに必死だろう!テメーなんざぁ、最初から「狂牛病丼喰ってプリオンじゃなくってブタリオン」かも知れねーから、もう逃げるっても考える能力ねえかも知んねぇ~なぁ。

座敷犬タケナカ・チン、どう思ってんだ?人喰った面下げやがって「ホリエ、ホリエ~って吼えてやがったじゃねぇかよぉ~」。どんな風に、どんな面下げて歩きゃがんだよ?ヨコスカマンボのアンチャンコイズミ、国債(刷り増し借金)バブルの「株と土地上げ」で景気回復したってよぉっ~く言うよ!国債の刷り増しで金廻すなら、北の腐った豚野郎の偽札と同じじゃねーか!

テメーら、みんな同罪だよ!何が構造改革だ、バッキャ野郎!

その昔、東大の学生で「太陽金融」って「手形パクリ」の「錬金術」を流行らせたクソ野郎がいやがったけど、ハリボテ・イノシシ・ホリエがやってるこた~、そいつと同じだろうが!手形のパクリが東証のシステム利用で「市場(資金)パクリ」に姿変えただけじゃねぇ~か。このクソ野郎の話の仕方は、オウムの上祐と同じ遣り口じゃね~か!タケチンも同じ喋り口だよ。テメーらみんな。立派な教育の成果だろうよって拍手を贈ってやりてーやね「バッキャ野郎ってね!」つけてね。金貸しのクッソ牛野郎ミヤウチ、テメ~も同じ事やってんじゃねぇ~のか?シモン委員辞めてテメ~のシモの世話でもした方がいいんじゃね~かぃ?

その昔、東大は、やせ細った「大河内一男」って総長がさ「太ったブタになるより、痩せたソクラテスになれ」って、卒業式で、けだし名言を述べたけど、卒業しなくてもさ、赤門の中で飯喰った野郎という点では同じだよ。「腐ったブタ野郎を中退で世に彷徨い出しちまった」けど、「痩せたソクラテスどころか『ハリボテ・イノシシ』になっちまったじゃねぇ~かよぉ~」。台湾からの進駐組野郎はサラ金と金貸しの牛野郎と組んで、例のヒンガラ眼とハイキートーンで自己弁護しかしね~しなぁ。どいつもこいつも品がねぇやぁ~ね。

東証も、「詐欺と博打」に場所貸した責任は取れよなぁ。これって犯罪だろうが!いろいろ小理屈つけても「場所貸した責任はのこるぜぇ~。ホリエ、ホリエって、中身も見極めねぇ~で、持ち上げたメディアも責任大きいぜ。まだ、ニューズ・ウィークの米国人編集者みて~な寝言野郎は『ホリエが果たした役割』って持ち上げてやがるけどよ~。見えね~んだよ、仲間だからよっ」。フジテレビ、この際、テメ~らも責任とったらどうでぇ~!お奨めしてやるよぉ~。西京銀行テメ~んとこも同じだぞぉ~。

コイズミ、9月まで続投なんて、悪足掻きしね~でさ、トットと逃げた方がいいんじゃね~かぃ?どこへって?何をいまさら言ってんだぃ!テメ~の逃げ先なんざぁ、テキサスの牧場か、北の喜び組だろう~がぁ!あの腐った豚野郎も中華喰いすぎて戻ったらしぃ~じゃねえか!豚に拍車がかかってるぜぇ~。おそらくなぁ。嘘がバレちまうまでにさぁ~。

そうそう、タイトルのムラカミ、テメ~もオヤジの故郷、台湾へ帰ェ~った方がイイゾォ~!もうちょっとしたら、プロ野球始まるからなぁ!ぶっ飛ばされるの嫌だったら、帰ェ~た方がイイゾ~!叩けばホコリも出ようからなぁ!例のヒンガラ眼に高~い声で喚くのかぃ?面白れぇ~や。観ててやろうじゃねぇ~か!

東京地検特捜部、期待しているよぉ~!遠山桜、あの桜吹雪を見せて貰いてェ~ねェ!大向こうから「いよぉっ~、待ってました、霞ヶ関、遠山やぁ~!」って声かけるぜぇ~。

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2006/01/18

国会もなめられたもの?!

衆議院は、ようやく、ヒューザー小嶋進を証人喚問してみたけれど?!

衆議院の特別委員会は、低級な男を相手に咬み合わない「証人喚問」をしてみたものの、質問者の衆議院議員の調査能力や議論(立論)能力のなさを露呈し、挙げ句の果てに小嶋進から「その質問は、刑事訴追を受ける可能性がありますから、答えを控えさせて頂きます」を27本連発され、為す術もなく時間となり幕を下ろしてしまった。

この中継をご覧になった多くの皆様が、衆議院の特別委員会の委員長なんて「あの程度のことか?」との疑問をお持ちになったのではないだろうか。全く、議事整理能力を欠いていたのではないか?何よりも、頻繁に補佐人との協議を繰り返す小嶋進へ形式的な注意を与えるだけで、自らが発した「補佐人が限度を超える助言をするなら退室を命じる」は、あれだけ執拗に繰り返しても遂に発動されることはなかった。国会も「随分なめられたものだ!」あきれてモノがいえない。しかし、ワラジ面の伊藤公介はホッとしているだろうし、売り出し中の安倍アンちゃんもホッとしたことだろう。

衆議院は、何か事が起きると「証人喚問だ」と騒ぎたがるようだが、果たして本当に真実に迫れたことは一回でもあったのか?与党の公明党は質問者が引き下がる最後に、野党の民主党の国対担当を詰るパフォーマンスを忘れないなど、相変わらずのあざとさを見せて自分が正義の味方だと印象づけることには熱心だったけど、それは本質とは何の関係もない。そんな足の引っ張り合いよりも、小嶋進に迫りきれない程度の調査能力と立論力でどうする考えなのか?

小嶋進の高笑いが聞こえてきそうだ。国会は検察ではないのだから「事件の解明」などできるわけもない。そんなことは「警視庁」や「東京地検」へ任せとけばよいのだ。そんなことより、被害者に対しヒューザーあるいは小嶋進は「いつ、どのような方法で、どう補償するのか?」を問いつめるべきだ。「瑕疵担保責任」があることをヒューザーの社長としての小嶋進は認めたのだから、そこから衝くべきではなかったのか。また、前回もそうだったけれど「各党の利益のために『証人喚問』するのではなく、衆議院として代議制民主主義の責任ある機関として、各党が調査を協力し質問を分担し合い証人喚問すべき」だ。余りにもお粗末だった。これでは、「証言拒否」を乱発した小嶋進の勝ちになり「悪しき前例」を造ってしまった。この点は、基本的な議事整理能力を欠いた委員長の責任ではないか。

とあれ、中継を見守った多くの皆さんが、「小嶋進は本当に救いがたいまでの悪い野郎だ」という心証を強められただろう。この点は小嶋進の負けである。小嶋進は「証人喚問では勝ったものの心証形成では負けた」のである。小嶋進のような軽薄短小の小心者が確信的に犯した構造的自己利得行為による詐欺の共同正犯を決して許してはならないのだ。小嶋進のような野郎は反社会的な言動に走りたがり、また自らを時に鼓舞するようにその種の言動を繰り返したがるが、実は小心者なのである。軽薄短小なだけで大した野郎ではないのだ。だから、司直の手で「ちょっと、話を聞かせて貰おうか?」と拘留してじっくり取り組む姿勢を見せてしまえば、数日で落ちてしまうのだ。東京地検特捜部が起こした昨夜のガサ入れで、また名前(悪名)を売ったハリボテ・イノシシ堀江も同じタイプなのだ。腹など据わっていないし、基本的には饒舌なだけのクソ野郎だから、聞いてないことまで喋くるのだ。

昨年末にもコラコラコラムは主張したけれど、この件は、早いこと司直の手による解明が待たれるのである。早いこと小嶋進や姉歯を始め木村、篠崎らの身柄確保を図り、接触させずに取り調べを始めるべきなのである。素人が触れる事件の構図ではないのだ。公明党と自民党が捜査に圧力さえかけなければ簡単な事件なのである。真っ当な国民は、この件で適当な幕引きをさせないように見守り続ければよいのだ。

小嶋進のヒューザーと似たり寄ったりの「ダイナシティー」を喰う「ライブドア」へ強制捜査が入ったのだから、○暴フロント企業の錬金術を徹底解明して貰いたい。後ろの正面でうごめく奴らも一網打尽にして貰いたい。そして、こいつらがいかにいい加減な詐欺師の仮面を着けてきたかを明らかにして貰いたい。

こいつらを高く評価してきた、白豚ジャガイモ・タケベと狂犬ヨコスカ・マンボ・コイズミ鈍ちゃん号に座敷犬タケチンのトリオは、衆議院選挙にハリボテ・イノシシ堀江を立てたのだから、論理的に説明のできるソーカツをちゃんと示して貰いたい。それができなければ、詐欺の共同正犯に当たる可能性を排除できないかもネ~。「内閣が清く正しく美しい」ことを盲目的に信じ続ける善良な市民は期待していますよ~~~!

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2006/01/17

前を向いて歩き続けたい!

1995年1月17日0546時から4017日が経過しました。

ひたすら、前を向いて歩きたい

一生懸命に歩きたい

一瞬にして失くした6434名の尊い生命を背負い

前に向かって歩き続けたい

今日も、あれから4017回めの陽が昇り、また沈む

もう動かない、尊い生命、それぞれの貴重な人生を背負い

前を向いて歩き続けたい。

私たちには、11年目でもあり、11年目ではありません。やはり4017日の日を越す過程にすぎません。それぞれの年月が区切られるのではなく、毎日毎日は1995年1月17日0546時から連続した時間であり日々にすぎません。

11年目だと、特別視され、今日の日だけに焦点を当てた報道騒ぎや、回顧する姿勢にはどこか相容れない心情が生じ、どことなく居心地の悪い違和感が生じます。私たちには、あの日から11年目ではなく4017日めの通過点に過ぎません。これからの日々も、あの日以降のこれまでの日々と同じように「前を向いて歩き続ける」しかないのです。静かに。

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2006/01/15

ベトナムからの週刊ニュース45号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成18年1月14日 土曜日 第45号
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■ こんにちは!!

いつもお世話になっておりますベトナムのニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

 翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り 言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

 誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

 尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その45 今週のヘッドライン

* 1月9日(月) ベトナムの家庭内暴力
* 1月10日(火) ホーチミンで最新医療施設着工
* 1月11日(水) 労組未設置企業に罰則
* 1月12日(木) 青田苅りの効果
* 1月13日(金) テト正月用 鶏肉需要準備完了!?
* 1月14日(土) テト飾り生花需要高まる

1月9日(月) ベトナムの家庭内暴力
* 中部Quang Ngai省の小さな村では今日も、茅葺き屋根の小屋からNguyen Thi Diuさんが泣きながら飛び出してきた。「頼むからぶたないで!!」と懇願して逃げ回る彼女を酔いどれ亭主は後を追い回して打とうとする。Diuさんが亭主に暴力をふるわれるのは今回が初めてのことではない、何度も家を出ようとしたがその度毎に連れ戻されるのだった。彼女は省の婦人連合にも相談したものの、家族の問題に介入出来ないのだと言われてしまった。畑仕事に熱心なDiuさんは一日14時間働きながら4人の子供を育て家庭を切り盛りしている。
「私にはこの生活から逃げ出すことはできないの。離婚はしたいけど、村の人々の手前、家族に泥を塗ることはできない。それに4人の子供たちには父親がいるでしょ」とDiuさんは疲れた顔で言った。

 Diuさんとは別に、ホーチミン市の大学で講師をしているNguyen Kさんのケースは妻を都合のよいセックスの道具としか見ていないような亭主と即刻、別れたいと考えている。しかし、Kさんが彼女の両親に離婚話を切り出すと彼らは怒り出し罵ったという。周囲の人々から某さんの家庭は幸せでお金持ちであると考えられている。故に彼女の両親は娘が離婚などして家名に傷を付けることを怖れているのだ。家族の伝統的な慣習から行けば、個人の意志を犠牲にしても世間体を気遣うことが優先される。某さんは彼女の家庭の悩みを仲の良い友達にも相談したことがないという。今年32才になるKさんは家庭内の問題を抱えながらも魅力的で仕事も精力的にこなす。

 DiuさんもKさんもベトナム国内に多く存在するDVに苦しみ声に挙げない女性たちの一部にしか過ぎない。伝統的にベトナム社会では妻たちは個人の意見を主張しない夫の所有物として考えられてきた。
 このため、民生委員の多くが女性の権利を向上させて行くことが難しいと捉えている。国家社会問題委員会のTran Thi Minh Chanh副委員長に因ると、ベトナムのDV問題は他のアジア諸国と比べて危機的な状況にあり、人々の古来からの因習を是正しない限り解決には繋がって行かないだろうという。それは裕福と貧しい女性とかに関係なく、或いは都市や田舎の差なく広がっている。なぜなら、人々の考え方の中にDVは一般的な事象に過ぎないといった認識が根強く残っているからだとChanh副委員長はホーチミン市で開かれたセミナーの席上語った。女性たちの多くは彼女たちの母親や祖母たちがそうであったように、彼女らの義務は夫に従うことなのである。

 セミナーでは北京で法律事務所を構える中国人弁護士Chen Min女史は、中国でもDVは社会の主要問題として持ち上がってきているとした上で、女性たちがこれまでの考え方から脱却し、新しい生き方を模索することは簡単でなく、中国の状況を言えば、特に地方社会に於いて女性は体力的にも知力的にも男性に劣るといった意見が大勢を占めており、DVに悩む女性たちの多くは精神的な障害を抱えているという。被害者の女性たちは泣き叫び、一旦、短い期間だけ里に戻ることはあるものの、結局また暴力をふるう夫の家に帰って行くのだ。

 専門家に因ると、DVは4つのカテゴリーに分けられるという。肉体的暴力・性的虐待・言葉の暴力、それに無視だ。女性に対するDVの主原因は家計問題・飲酒・嫉妬・不義密通などだが、被害者の多くは彼女たちの亭主には妻に暴力を働く権利があると思っている。家族性別研究所研究員Nguyen Huu Minh氏は、政府や関連機関、もちろん各自治体の婦人連合も含め、女性たちへ積極的に彼女たち女性の人権に関する啓蒙活動を行い、DV抑制に力を注いで行くべきだと訴える。仕事の斡旋・彼女の子供たちへの無料健康診断・DVから逃れてきた女性収容施設の建設、そしてDVを起こす夫たちへの女性の人権に対する教育を施し、その上で女性をDV被害から守るための法律の制定が必要であると結んだ。

(辛口寸評)
ベトナム人のかみさんを持つ筆者も、たまに彼女を張り倒してやりたいと思うことがしばしばある。何か問題が生じてそれを指摘すると、先ず言い訳に奔走し、ああいえばこういい、絶対に自分の非を認めようとしないのだ。こんな時、日本人であれば、ひとまず頭を下げておき、その上で自分の意見を相手に語り納得させて行くので、手の施しようもあるが、我が家の場合(ベトナム人の場合として差し支えあるまい)、下手をすると問題の原因がこちらにお鉢が回ってくるのだ。ええ加減にせえよ!!と思わず、こめかみの血管が浮き上がりそうになる。
それでもかみさんに手を出さない。女性には手を挙げないが筆者の信条であることはいうまでもないが、それ以前にかみさんに暴力をふるえば身ぐるみ剥がされて家を追い出されるのは、筆者の方だからだ。実は僕、家ではマスオさんの立場なんです(T_T)

1月10日(火) ホーチミンで最新医療施設着工
* ホーチミン市で、ベトナム初のサイクロトロン研究室を備え、最先端医療で病気診察可能な病院の建設が始まった。有限会社Medic Medicalセンターは、市から一般病院建設の為に提供されたサイトにUS 5m$の最新医療設備を導入するという。ここには、初期脳障害や心臓病の検出可能な2つのPETスキャナーも併せて装備されることになる。
 現在、該当するベトナム人患者はPET検診を受けるためにわざわざシンガポールまで行かねばならないとMedic Medicalセンター代表 Phan Thanh Hai博士はいう。シンガポールでの検診代はUS2000$と高く、これと同じだけの旅費を強いられてきた。

 PETは陽電子を排出し、レントゲンで患部の人体の断層撮影、代謝プロセスの言及が可能となる。サイクロトロン研究室が5月に完成の暁には検診費用はこれまでの半額US1000$に収まるだろう。Medic Medicalセンターの計画に因れば、400床のベットを備えた病院と4年後に医科大学を立ち上げ、Binh Tan区の4.7hrの敷地に建設するという。
 同センターでは、腫瘍・泌尿・心臟血管などの障害に対応した検査機器も設置されることになるとHai博士は語った。

(辛口寸評)
近年、ベトナムでは次々と最新医療設備を整えた病院が建てられている。これらが出来るまで、経済的余裕のあるベトナム人や在留外国人の殆どは、深刻な病状が現れ精密検査の必要にかられたり、或いは緊急手術などの事象が発生すると、近隣諸国のシンガポールやタイに搬送され、治療を受けてきた。これらの患者の費用は殆ど保険でカバーされるとはいえ、見知らぬ異国へ しかも病気の身体で過ごすのは、何とも憂鬱なものだろう。また、家族にも有形無形の負担を強いることになる。このように新しい設備を備えた病院が増えて行くことは大いに喜ばしい。今後も国と一体となってベトナム医療の拡充に邁進していって欲しいものだ。

1月11日(水) 労組未設置企業に罰則
* ホーチミン市内の工業団地や輸出加工区の各行政権限者(HEPZA)は、管内で労働組合結成を認めない企業に対し、操業許可の取り消しを行って行くという。HEPZA代表Vu Van Hoa氏に因れば、市内15カ所の工業団地内や輸出加工区内において労働組合結成率は未だ低い水準にあり、全企業数802社のうち労組が設けられているのは346社に過ぎず43%に留まっているという。「労働組合を持たぬ企業は、労働者の生活を保障できるわけがなく、従って良い製品が出来るとも思わない。また、企業に於ける労組の存在は雇用者と労働者の架け橋となることを経営者は理解していないのだろう」とHoa代表。

 既に操業開始より、数年が経過しているにも拘わらず、多くの企業が労組を持たせていない。これ即ち、これまでHEPZA自体が企業に気兼ねして彼らに対する指導が徹底されていないことに付き、結果、労組の設立が遅れるのだとHoa代表は帰結している。事実、工業団地や輸出加工区では行政権限者側の人手不足が指摘されており、労組設立指導にまで手が回らないのだ。最近、ホーチミン市共産党・HEPZA、そして既に労組を持つ工業団地・輸出加工区に進出する企業代表者が一堂に会し、労働組合設立の重要性を話し合ったという。
 HEPZAは管内の企業に対し各種許可を発行責任を持つが、同時に違反企業に対し取消権限を持つ。労働組合設立を加速させるために労組未結成の企業は迅速にその設立に向けて取り組まなければならないとHoa氏は結んだ。

(辛口寸評)
筆者の会社は従業員僅か50名そこそこなので、労働組合を持つまで至っていないし、尤も、多くの中小ローカル企業で組合を持っている会社は稀である。工業団地や輸出加工区へ進出してくる多くの企業は外資系で、比較的雇用規模が多いので、労組設立率は高いと考えて来たが、どうやらそうでもなさそうだ。
確かに従業員の立場に立てば労組設立の重要性は理解できるのだが、各進出企業にもそれぞれ事情があるのであり、そういったことを審査せず、労組を認めなければ操業許可の取消というのは余りにも拙速だと考える。現に労働組合がなくても、労働者は労働省及びその関連機関に訴え労働関連法に基づいて行政指導や仲裁が出来るのだ。また、中規模以上の企業の中にはアジテーターのような輩が必ず存在し、雇用問題が発生すると裏に潜んで労働者の煽動を行うのがベトナムである。
行政として労組設立に力を注ぐのは結構だが、余り強硬に企業の労使問題にHEOZAが介入するのは如何なものかと筆者は考える。

1月12日(木) 青田苅りの効果
* このところ企業経営者の求人に関する考え方が変わりつつあり、経験者採用より大学在学中に青田買いを行うところが増えてきたとホーチミン市内の大学関係者はいう。ホーチミン市経済大学就職担当職員Nguyen Quoc Nam氏に因ると、優秀な成績で卒業見込みの学生に対し、多くの企業が就業前の内定者に社費で職業訓練を受けさせるのだという。

 巨大セメント会社Holcim Viet Namは60mドン(US3773$)を優秀な内定者に奨学金を設けると共に、ホーチミン市工科大学へセメントや職業訓練に関する研究所設立資金US25000$を提供している。Proctor &Gamble Viet Nam社などは同様に内定者に100mドン(US6289$)の奨学金を計上し、彼らの職業訓練費用に充てている。同社人事部部長Dang Thi Thu Ha氏に因れば、これまでに2000人近くの内定者が、この職業訓練プログラムを受講したという。

 Saigon Softwareパーク人事副部長Tran Minh Trong氏は、優秀な新人を企業に採用し、職業訓練を施すことにより、組織が活性化されるばかりでなくダイナミズムを生み出す力となるのだ。手垢が付いた経験者を採用するより、企業組織全体に機動力が発生するという。だからこそ、最近各企業は新人採用並びに職業訓練に力点を置き、就業後の経験不足を補おうとするのだと結んだ。

(辛口寸評)
これまでベトナムの企業はどこも、経験者(特に専門職に於いては)採用が当たり前であった。そのメリットは即戦力であることに尽きる。しかし他方では企業とそれら社員との関係はあくまでも“給与”平たくいえば銭のつきあいだけでしかなく、従って他に良い条件の職場があれば簡単に転職してしまうというデメリットがある。そこで、企業は白羽の矢を立てた優秀な学生に奨学金を付け就学中から、職業訓練を施し 即戦力としての教育を受けさせると同時に、予め対象の学生とは就業後の会社が彼に期待する仕事と待遇・昇進などを明確に提示し、学生に目標を植え付け、そして会社に対する忠誠心も養わせる事を狙いとしているわけで、画期的な出来事といえよう。
しかしながら筆者は思うのである。企業側の新しい採用姿勢については賞賛するものの、ここはベトナムである。家族主義が根強く、独立願望が誰にでも潜む内は、いくら美味しそうな餌を与えても、これからも転職は頻繁に行われるだろうし、企業に対する忠誠心を植え付けようとしても、それは無理な話であろう。加えて、このような措置が採れるほどの体力がある企業は僅かでしかない事も添えておこう。

1月13日(金) テト正月用 鶏肉需要準備完了!?
* 今月下旬に迎えるテト(旧正月元旦)に向け家庭用鶏肉の供給は豊富に市場に出回るだろうと、ハノイ市畜産課課長Bui Quang Anh氏は予測する。ベトナム国内240カ所の鶏舎で行われているワクチン接種作業はここ数日の内に完了し、安全な鶏肉が市場に卸されてゆくことになるという。

 Phan Van Khai首相は商務省に対し、ワクチン接種検査済みの鶏加工業者から安全な鶏肉を買い取るよう指示すると共に他の関係省庁とも密接に連携し、市場に安全な鶏肉を流通させるよう求めている。ハノイ市畜産課の報告に因ると、6つの省にまたがる15の鳥インフルエンザ汚染があった地区の家禽については汚染終了宣言まで21日間様子を見る必要があるという。昨年10月初旬より鳥インフルエンザが発生した24省に跨る285の地区では既に4百万羽の鶉・鶏・アヒル・鳩その他の選別が強制的に完了しているという。

(辛口寸評)
鶏はテトを迎えるベトナム人にとって欠かせない品である。食料としての価値はもちろんの事、この国で鶏は日本の神事に欠かせない五穀と変わらぬ位置づけが成されているため、「なし」では済まされぬ必須アイテムなのだ。このため国としてもテトを前にした安全な鶏の供給は何にも増して優先される。
これまでの政府の鳥インフルエンザに関する国民の啓蒙活動により、随分、安全性に関する理解は高められている。しかし、地方や僻地へ行けばまだまだ、ワクチンを受けず、何もせず隠れて鶏を養っている家庭は多い。このため、この時期に地方へ帰省や仕事などで出掛ける外国人は注意が必要で安易に鳥類を口にすべきではない。もちろん、外国人が観光で訪れる都市部のレストランやホテルなどでは、この辺りは徹底されているので、余り心配の必要はないだろう。

1月14日(土) テト飾り生花需要高まる
* テトを目前に控えた今 街のあちこちでは色取り取りの花々が道ばたで販売されるようになり、需要の高まりを見せている。ハノイに於いて、今年は特に世界各地から寄せられた輸入生花に人気が集まっているという。昨年の天候不順が国内生花の発育に悪影響を与え収穫が減り、その分、輸入生花に人気が集中しているとハノイ生花市場で花屋を営むBui Thi Xuanさんはいう。

 ベトナム北部の各生花市場の報告でも、昨年の悪天候が収穫に響いたと裏付けている。Tu Liem区Tay Tuu村で生花を栽培する農家Nguyen Thi Haiさんのお宅では、ダリアやバラを1080平米の耕作地で栽培をしているが、今年は例年の半分しか収穫がないという。極端に寒い時期が続き、生花の発育を妨げたのが理由で、通常、4ヶ月で収穫可能なダリアだが昨年は5ヶ月も掛かり、バラ栽培も同様だったとHaiさんは説明する。

 テト生花需要に対応するため、北部各生花卸業者は外国産や中部高原地帯のDa Lat省から仕入れを起こさなければならなかった。輸入生花は一般的に国産よりも高嶺であり、国産のバラ一本の値段は1000~1500ドン(US0.06$~0.93$)に対し、オランダからのそれは凡そ10倍になる。同様に蘭一株は30万ドンから程度の良いものは数百万ドンにもなり、国内産のものと比べると2~3倍の高嶺がつく。今年の輸入生花価格は昨年と比較して20%ほど割高になる物の、人々の財布の紐は事正月用飾り物生花関しては緩いようである。

(辛口寸評)
どこのベトナムの家庭でも生花もさることながら並んで桃の木とキンカンの木は正月飾りに欠かせない。これからテト迄の間 都市部・地方に関わらず街の中心部に位置する目抜き通りなどでは週月用の花々や木々が販売される。サイゴン市内でもご多分に漏れず、市庁舎からサイゴン河に抜けるNguyen Hue通りは車やバイクの乗り入れが完全シャットアウトされ、そこが特設の花市場になりテト前の市民の風物詩となって道行く人たちの目を楽しませてくれる。
輸入生花が今年は多くなるようだが、これもベトナムの好景気を反映した姿なのであろう。話は少し外れるけど、筆者のようなベトナム人に親戚を持つものはテトに配偶者の実家へ行くわけだが、毎年出掛けるたびに何かが豪華になっている。それは今回の記事のように生花であったり、或いは飲み会で呑む酒の銘柄であったりするわけだが、以前、結婚したばかりの頃の酒と言えば、一本100円程度の蒸留酒ルアモイやジオなどが一般的な宴会の飲み物として主流を占めていたが、最近ではジョニ赤・ジョニ黒などが振る舞われるようになってきている。この分で行けば そう遠くない将来、ベトナムでも当たり前にレミーやドンペリ、或いは日本の酒などが浸透してゆくかも知れない。

以上

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2006/01/14

腐った「豚野郎」は首領様と言われ続け、狩猟から逃げ続け、遂に広東省で夜逃げの準備!

ジャンパーとお得意の下品きわまるサングラスに出腹の豚野郎の映像が中国広州から配信され、全世界に流されたようだ。

どこまでも隠しとおす考えを貫いているようでも「頭隠して尻隠さず、の例話のように『頭も面も隠せず出腹も隠せず』に下品な豚野郎は、隠れたつもり」らしい。思わず笑い転げてしまう下劣で酷いニュースだ。

豚野郎の今日の動向は、”広州市の宿泊ホテルを出てシンセン経済特区へ、特別車を連ねて周囲の迷惑も考えず集団暴走を繰り返しながら移動、シンセン到着後、係員の案内で、二~三の模範工場を取り敢えず(観ても分からないけど)視察、そのまま同経済特別区に用意された宿舎に喜び組を従え投宿、中国側の接待に応え、喜び組と一緒に爆弾酒を下品に飲み干す”ということらしい。世界の注目を集めることができて、偉大な(バカ野郎の)首領様・豚野郎は満足しきっているに違いない。

引用開始→→→将軍さまテロ“貝”避策、中朝両政府ともに沈黙(夕刊フジ)
 北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)総書記(63)の消息が途絶えている。特別列車で10日に中朝国境を越え、13日に広州に入った可能性が高い。だが、中国各地から分身の術まがいの“同時出没”を伝える情報が流れ、果ては「北朝鮮に滞在」というものまで情報が乱れ飛んだ。広州でさえ“状況証拠”だけで、目撃証言がまったくないことに加え、中朝両政府が動向について“貝”になっていることも、混乱を招く一因になっている。その隠密旅行のワケとは?

 ●広州に滞在か●

 広州市内の高級ホテル「白天鵝(ホワイトスワン)賓館」では12日夜から、警察官や武装警察100人以上が警備に当たる厳戒態勢を敷いた。

 ホテル側も「13、14の両日にわたり国家が全館を借り上げた」と語ったため、元首級つまり金総書記一行が宿泊している可能性が高まっているわけだ。

 ホテル内にある店舗の女性販売員も「金総書記が13、14両日にここで開かれる会議に出席する」と滞在説を後押し。滞在の憶測が一時流れた北京や上海には、交通規制や警備強化などの措置は取られていない。

 ●情報が混乱●

 金総書記は10日早朝に中国の丹東(タントン)経由で瀋陽(シンヨウ)に到着。その後、瀋陽から別の列車か乗用車で北京入りしたとみられる。だが、その後の各メディアの報道はバラバラとなった。

 韓国MBC放送は、金総書記が訪中し、北京で健康診断を受けているとみられると報じた。さらに、中国の胡錦涛国家主席と首脳会談を行うとみられると伝えた。

 一方、韓国の聯合ニュースは金総書記が特別列車ではなく飛行機で上海入りしたと報じた。

 金総書記は上海視察を終えた後、広州市に入ったという。その間、一行は高麗航空の専用機を利用し、内陸部の武漢を11日から12日にかけて訪れたもようだとも報じた。

 北京の外交筋は「金総書記一行がいくつかの代表団に分かれ、各地を視察している可能性がある」とし、中国各地から情報が相次ぐ背景を分析した。

 ●両国政府は貝●

 もともと報道態勢などない北だが、朝鮮中央放送と平壌放送は、金総書記の訪中について沈黙を続けている。

 中国側は外務省の孔泉報道局長が記者会見で、「現在のところ把握している情報がなく、提供できない」と述べた。

 だが、「各国には特殊または自らの方法があり、理解と尊重が必要だ」と語り、事実上訪中を認めるとともに、秘密扱いは北側の要求であることを示唆していた。

 ●北国内に●

 タス通信は、平壌の消息筋の情報として、金総書記は中国を訪問していないと報じた。

 同筋によれば、10日に中朝国境を越えた謎の列車には「所用のため訪中した最高指導部に近い人物」が乗っており、金総書記の家族の一員の可能性が強いという。同筋は「自分の知る限り、金総書記は国内にとどまっている」と述べた。

 ●テロ警戒●

 超VIPの元首なのに、まったく旅程が極秘なのはなぜか。

 コリア・レポート編集長の辺真一氏は「一昨年4月に起こった竜川(リョンチョン)駅で大規模な列車爆発事故の影響が大きいのでは」と指摘する。

 辺氏は「あの件は事故と処理されているが真相は闇の中。そして、脱北者グループなど国外には金総書記を殺すことで政府転覆を虎視眈々(たんたん)と狙う人たちがたくさんいる」と話す。

 所在確認情報が錯綜していることに関しても、「行きより帰りのほうが危険。国賓待遇を受けるのに十分な軍や政府の高官も随行しているだろうから、彼らを各地に散らばらせる陽動で所在を惑わせ、帰国の日時を特定しづらくさせているのかもしれない」と話していた。[産経新聞社:2006年01月14日 17時25分]←←←引用終わり

下品極まりない豚野郎は、”どこまでも偉いのである。頭やIQがよいという意味で偉いのではなく、権力を持ちすぎ狙われ狩猟(テロ殺)されるのがコワイからエライ(状況は厳しい)のである。あるいは、余りにも馬鹿げたことしかできないから、「エラ~~~~~イッ~」のである。”  ここまで来ればもうホントに下劣マンガ以下だよ。それでも首領様・豚野郎は「エラ~~~~~イッ~」のである。

自らが誇らしげに領導する人民が飢えていようがどうだろうがそんなことはどうでもよいのだ。とにかく経済破綻したから、兄貴分だと威張る中国へ密かに出かけようとしたら、「広州を観よ、シンセンに見習え」と喧しく迫られたし、「オイラには分からねーけど、煩いから行くかってことで、こんな生温いところまで来てしまったぜー!暑いね、クッソ暑いや~」と喚きながらの一日だろう。

中国は、中国国内で「米ドルの偽札やら、覚醒剤やら、造りくさって、なんて豚野郎だ!ちぃっとは、性根を入れ直させようぜ、このまま放っといたら、何をしでかすか分からないし、ちぃっと、性根を入れ替えさせて『自国の経済再建に取り組ませたらどうか、成功事例を見せてやれ』といって」連れ回しているのだろう。テメー達も20年前は、技術や資本のお零れを貰うために、一番嫌いな日本詣でを繰り返したくせに、でかい態度と偉そうな面して、豚野郎に説教しているのだろうが、これも笑ってしまう。大盗人、小盗人を領導するの図式だいずれ変わらぬ、頭の温いおめでたい野郎どもだ。

一方、わが邦のコイズミ鈍ちゃん号は、ヨコスカ・マンボ・ズボン穿いて「食育の教え」を説くため開催された会場へ、わざわざ出向いて「いまは外国から食料輸入をしているが、食糧の自給ができるような攻めの積極農業への思考が大切だ」と宣った後で、小学生と一緒に「チャーハン」作りに飛び入り参加した、なんて、またぞろお得意ポピュリズム満点の臭い演技を見せたという。「いょっ~、ドブイタ・ヨコチョー!」って、大向こうからかけ声を貰って満足なんだろうかねぇ?!

隣の豚野郎は、マカオの銀行に、偽札と麻薬資金をマネーロンダリングさせていた事実を、米国から「この桜吹雪に見覚えはねーか?」って動かぬ証拠を突きつけられ、挙げ句は世界に向けて指摘公表され、警告を受け、その銀行が世界中から取引停止を喰らい潰れてしまった瞬間に、慌てふためき、後見人やら兄貴分やらと言い続ける中国へ泣きを見せに行ったじゃないか。コイズミ鈍ちゃん号も、小学生と「チャーハン」作って遊ぶなんて臭い演技してる暇があれば、どうして北朝鮮へ経済制裁発動しないんだ?!
北朝鮮なんて、確実にぶっ潰せるじゃないか?飼い主の米国ブッシュ親分が怒るのか?ブッシュなんて、いまや竹藪の中で藻掻いてるだけじゃないか。ここは一番、歌舞伎の大見得をきって見せて貰いたいね!そしたら「いょっ~、ドブイタ・ヨコチョー!」って大向こうから声かけさせて貰うぜ。ついでにお捻りも弾むぜ!ホントに!どうだ。

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2006/01/12

小泉首相はトルコ訪問!北の領首様はコソコソ隠れて中国へ夜逃げの準備か?

日本の首相は正月気分でトルコへ、北朝鮮の首領様はコソコソ隠れて中国へ!

北の首領様は行き着くところまで行き着いた挙げ句、夜逃げの準備か、首領豚が狩猟されないようにか、中国に『泣きを見せて』でも何かを掻っ払うつもりか、いやはや、世界中で悪事の限りを尽くし、遂に、中国国内でも悪事のし放題だったことがバレてしまい怒りを買っているらしいので、ひたすら謝罪表明の体を装う目的で訪中したのかどうか分からないが、いずれにしても、既に国家としての経済は完全に破綻し、中国から投資を受け(中国経済の植民地になることで)維持しようと懸命なのだろう。愛想笑いを振りまかないと自らの息の根も止まってしまう。

首領豚は→”相変わらず、鬼畜の米国は、一生懸命創り出した見事なまでに芸術的な「100US$」札を、偽札だなんて世界中に言いふらし、とうとう全世界に向けてマカオの銀行との取引停止を呼び掛け実現させやがった。オイラの所へ、金が入ってこねーじゃねーか。ヤイコラ、一体全体、どうなってんだ。キャツらが、芸術的な紙幣の作り方を知らなそうだから、代わって造ってやって世界で流通させてやっただけじゃねーか。だいたい、中国もそうだ、『血を分け合った兄弟』なんて都合よいことを、自分達のことに巧く嵌め込むくせに、オイラが困ってることには、いつも冷淡でしかもでかい態度だ。クッッソ~”←この程度の発想だろう。

米国は、北朝鮮が「偽札と覚醒剤」で得た資金をマカオでマネーロンダリングしていることを掴むや否や、マカオの銀行の名前を挙げ警告し世界中に取引停止を求め閉鎖に追い込んだ。この結果、北朝鮮へ資金が流れなくなり、北朝鮮はいよいよ崖っぷちに追い込まれたようだ。また、中国も北朝鮮が、覚醒剤を始めあれこれ中国国内でも悪事を繰り返すことを腹に据えかねているらしい。遂に、米国から動かぬ証拠を突きつけられたのが「マカオでのマネーロンダリング」だったらしい。マカオは特別行政区とはいえ、既にポルトガル領ではなく中国の領土である。中国も、笑っていられない事情に直面させられたわけだ。

昨秋、中国は胡錦濤国家主席の北朝鮮訪問を実現させた。その直後に、首領様は自らが狩猟されることを恐れコソコソ隠れて中国を訪問する。北朝鮮は、豚が戻った後に、例のとおり、一方的に「偉大な首領様は、昨秋の中国主席の首領様訪問を受けた。それに対する答礼の篤い気持ちで中国を訪問し、・・・・・・偉大な数々の成果を上げられた!これは、朝中両国人民にとり・・・・・・!」と中身のない話をでっち上げ長広舌の放送を自国民にではなく世界へ自慰的に流すわけである。一国の元首が友好国を訪問することを、なぜ隠さなければならないのか?子供じみた話だ。この首領様は自国民が飢えていようとのうのうと豚のようにまるまる太りきっている、いつでもどこでもどこからでも狩猟の対象なのだろう。だから、子供の家出のように、あるいは夜逃げのように隠さなければならないのだろう。ばかげた話で、あまりの幼稚さに笑ってしまう。

一方、こちらも相も変わらぬ脳天気正月気分の「信長気取りのコイズミ」は、トルコ共和国を公式訪問し「中東和平」を話し合っているのだと! 思わず「ヘッ~!?フ~ン」。そして挙げ句に果てが「(自民党の)後継総裁は時期が来れば、自らの希望は述べる」と発言したと報じられている。これまた「へェー~ェ!」と感想を述べるほかない。つい先日はジャガイモタケベに「国民的参加型の総裁選挙」を指示していたじゃないか。同行記者団へのリップサービスかも知れないけど、「朝令暮改」のような話は頂けないね。

一方、エロタク・ヤマタフ山拓も、自らの縄張りと考えているベトナムを訪問中で、ファン・バン・カイ首相グェン・ジー・ニエン外相らとの会談で「日中間の関係回復がASEAN地域を含むアジアの安定に重要」との発言を受けたと、これまた都合よく記者発表するなどして、自分はコイズミと盟友だが、コイズミほど変態ではないと、総裁選向けに相変わらず自らに都合のよい話を展開している。本当に懲りないタフな変態野郎だ。いずれにしても、日本の主要な政治家が海外で重要な発言を行うことは問題だ。大切な政治テーマは国内できっちり行って貰いたい。自分にぶら下がるお気に入りの番記者を伴い海外へ出たときは、リップサービスしても意向をそのまま記事にしてくれるから便利なことは理解できる。でもそれなら、北朝鮮のやっていることと殆ど変わらないではないか。

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2006/01/10

ベトナムの外資企業で大規模スト!

ベトナムの外資企業で遂に大規模ストが発生!もっとやれ!ベトナムの労働者は外国資本の巧妙な搾取と徹底的に闘え!

引用開始→→ベトナム南部の商都ホーチミン市を中心に、外資企業で今年に入り、賃上げを求める数千人単位の労働者による大規模なストライキが頻発している。一月に予定していた最低賃金引き上げを保留した政府への反発も一因となっている模様。海外からの投資減退を懸念する政府は対応策の検討に入った。地元紙などによると、スト参加者は四万人を超え、過去最大規模の争議に発展。最初のストは四日、ホーチミン市に隣接するビン・ズオン省で起きた。韓国系繊維メーカー、ハル・ソンと台湾系繊維メーカー、チューテックスで、それぞれ五千人以上の従業員が賃上げを求めた。ホーチミン市にある米国資本の繊維メーカー、コランでも同日から約五千人の従業員がストを開始。会社側は建物や工場設備の破壊を避けるため、工場を一時閉鎖した。五日にはホーチミン市の韓国系玩具メーカー、ダヌ・ピナやビン・ズオン省の台湾系オートバイ部品メーカーなどで新たなストが発生した。六日時点で日本企業でのスト発生情報はない。ベトナム労働者連合会は政府に最低賃金引き上げの前倒し実施を求めると表明、引き上げを保留した政府への不満を示している。ホーチミン市人民委員会は五日、六両日、ストが発生した外資系企業の代表者を集め、事態の収拾策を協議した。<<日本経済新聞:2006/01/09朝刊>>←←引用終わり

これまで、外国資本の投資に奔走し続けたベトナムで、政府の意向と労働者の意向が公然と対立する事態となった。ベトナムは1985年に「ドイモイ政策」と呼ばれる「社会主義・市場経済(=経済開放)」政策を採用し、特に1992年以降にはより強い外資導入政策を展開してきた。当初の投資家は、シンガポール、台湾、香港の華人資本が中心で、あるいは彼らを介した迂回投資だった。これらの資本に共通していることは、家父長制度の便利な解釈を助長する”お得意の「儒教」論理”を唱え続けた。小規模な家内工業的な業務や小商人の商業をベトナムへ移転させたに過ぎなかった。僅かな額でも投資した彼らは、ベトナムが抱える苦境を逆手にとり、あるいは足元を見て低賃金でベトナム人をこき使った。

次に続いたタイからの資本(これも華人資本)も同様、先人に倣うことを忘れなかった。日本から進出した資本だけは、さすがに、そこまでの扱いはしなかった(ナイーブすぎて、できなかったのだろう)。続いてベトナム投資に加わった韓国資本は、やはり、徹底的にベトナム人を低賃金に押さえ込んだ。加えて、台湾系や韓国系の企業ではベトナム人への暴力行為が相次いだ。とりわけ、韓国系企業では業種を問わず、ベトナム人労働者への暴力行為は日常茶飯事だった。韓国系企業は「暴力行為」と都合のよい「儒教思考」を主唱して統治するのが常套手段となった時期もあった。

1997年以降、日米欧からの大型投資も活発化する傾向を見せ、ベトナム側の期待を大きくさせた。しかし、いずれの投資資本も、”ベトナムは低賃金でありながら、多くの人民の識字率も高く手先が器用で、努力を重ね勤勉である”と勝手な「幻想神話」を創り上げ、低賃金政策の継続を暗に求めて投資参入を開始した。

ベトナム人(50を超える多民族、主流を占めるキン族)は、四千年の歴史を持つ民族であり、誇り高く貴重な文化を保持している。未開の種族と同様に捉える傾向が強い側の思考は一体全体どのような発想なのだろう。そんな連中は人としての資質を疑わざるを得ない。

現在、ベトナムで、外資の導入(投資)に際して、何らかのコネやお零れに預かれば、それこそ「膨大なお金を懐にする」ことができる。このため、ハノイやホーチミン市を始め全国各地で外国からの投資に結びつきそうな所では、人々は、あらゆる手段を駆使して「露払いか太刀持ち」を求めて殺到し激烈な争いが展開されている。有力なコネを手に入れる第一の手段は「親戚」が最有力で「遠縁」も含まれるかも知れない。次は「恩や義理」であろう。中央政府や各地の人民委員会の有力ポストに、二種類のいずれかに該当する人物がいれば、それはもう「露払い・太刀持ち」を手に入れる機会に大きく近づけたわけである。もし、その人物が共産党の委員でもしていれば相当高い確率となる。次は、より有力な案件を抱え決裁権を持つ人物へ接近するための「紹介と、そのための”チップ”」がモノを言う。これら一連の動きを難なくこなすことができれば「露払い・太刀持ち」が約束され、「考えられないほど大きなお零れ」を入手できる。

しかし、一般的に多くの人が等しくこの種の一連の行為に参加できるわけではない。ほとんどの人は、農業を捨て村を出て、働き口のある都市へ向かう。まるで日本が明治維新から昭和の最後まで100年間繰り返した光景と同じように。しかし、日本とベトナムの違いは、都市で待ち受ける仕事の資本家が、外国資本であり、それらの多くが「低賃金でこき使う」ことを前提に、大きな口を開けて待ちかまえ酷使される点である。日本は、苦しくても、多くが日本人の資本による事業だった。「和を以て貴しと為す」という聖徳太子以来の道徳的美徳もあった。

暴力的な外国資本は、ベトナムに、それを許さないのか、平然とベトナム人の「人権を無視」する。最低賃金はベトナム政府が必要に応じて改訂を決定する。これまで確かに猫の目のようにコロコロ改訂し続けたことや、法制度が十分でないこともあり「人治主義の典型で担当行政の係員により法解釈が変わり」一貫性に欠けることも手伝い、外国資本には不評だった。しかし、いつまでも低賃金を押しつけ続けることはできない。外国投資の影響もあり、ハノイやホーチミン市を始め工業地域の消費者物価は上昇し続けている。賃金労働者の生活は圧迫され続けている。

低い労賃とは逆に、ベトナムで製造される製品の質と価格(労賃)は全く均衡を欠いている。輸出先の市場での値付けとの乖離は余りにも大きい。この間の利益は誰が得ているのか。加工貿易という観点で捉えても「内外価格差」が余りにも大きすぎるのだ。ベトナム人労働者のほとんどは、この事実を、論理的に説明できないだろうけれど、肌や皮膚感覚で何となく感じ取り不満を溜めている。余りにも不均衡で不公平だから。自分たちは公正に処遇されず「外国資本に公然と搾取されている」と感じ取っているのだろう。不平を述べると、韓国系や台湾系の企業ではすぐ「暴力行為」を受ける可能性も否定できない。だから、統一国家を手に入れてから30年を迎えるこの年に、大規模ストに打って出たのだ。

漏れ聞こえる範囲では、2月1日から「新最低賃金」が公布され適用されるという話もあるようだけれど、全面的、本質的な解決はまだ先のことだろう。願わくば、ベトナムの労働者連合会とその幹部が、真にベトナム的な幹部の自己利益に釣られ「意味不明なボス交と妥協をしない」ことを求めたい。徹底的に闘った方がよい。なんといっても、ベトナムはベトナム共産党の一党独裁による社会主義を掲げる国なのだから、その労働者が外国資本に無尽蔵ともいえる搾取的労働に従事し続けなければならない理由はないのだから。

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2006/01/09

あまりの大雪と異常な積雪に・・・・・

この冬の寒波と大雪について、改めて考えると恐ろしい話です。

この寒さによる大雪は、いつまで続くのでしょうか。なんといっても生活の場で積雪が4m近くになると、もうどうしていいのか分からなくなるのではないか。うっかり手も出せないでしょう。何よりも雪の重みに家屋はどこまで耐えられるのでしょうか。

異常な大雪による積雪に見舞われた地域の各自治体は、ようやく自衛隊に災害出動を要請し「一人暮らしの老人家屋で屋根の雪下ろし」を依頼したとのことです。大雪に見舞われた各地では、大変な雪下ろしによる重労働で疲れも見えます。何よりも、雪下ろし作業中の転落死が急増しています。その点で、少し遅いのではないかと思いもしますが、やはり最後は自衛隊に出動を願うしかない。今日の降雪は、多少なりともマシなようですが、それにしても4m近い積雪とは・・・・・・・・・

もともと、豪雪地帯の中越地震被災地の皆さんには、この積雪量は、より辛く過酷なことになっているのではと、考えてみても、対処する能力を欠いた者には手も足も出ません。そのうち、積雪地帯では、大規模な雪崩が起きることを考えた方がよいのではないかと懸念し心配しています。実際に、湯沢や苗場のようなスキー場でも、想定外の積雪量で雪崩が生じていますし。

まだ、一月の上旬を越えようとするところ冬はまだ中程です。実際、二十四節気の「小寒」を過ぎたところ、旧暦(月暦)では12月の半ばです。まだまだ、この厳しい寒気と大雪は続くのでしょうから。

一方、西日本各地は異常な乾燥が続いています。ちょっとした裸火の取り扱いを間違えると短時間のうちに全焼するなどの大火を招いています。これまた、逃げ遅れた老人や幼い子供たちが犠牲になったと報じられています。真に傷ましく悲しい話です。

こんな状況の下で、都心では、防寒商材が引っ張りだこで、飛ぶように売れています。雪国で異常積雪に閉じこめられた皆様には、本当に、申し訳ありませんが、流通の軸であるアパレルを始め、繊維の加工事業者は「想定外の事情に、顔の緩みが止まりません」。別に他人様の不幸で稼いでいるわけではありませんが。最初は「想定以上の寒さで、冬物商品が売れ続ける」ことを喜び、これまで損失を出し続けた損失回復を願いましたが、ここまで異常な展開となると、喜び続けることは・・・・・と、別の懸念が生じます。

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2006/01/08

公私協働としてのNPOを育成しよう!

NPOは形成途上(発展途上)ながら、様々な分野で、大きな可能性を秘めている。自律し健全な市民社会を形成する上からも、税制を含めた制度整備と政策改革を求めたい。

大阪経済大学が春季・秋季の通年にわたり主催された「NPOについての講座」を聴講した感想レポートです。

時代環境や社会の急激な発展の過程で生じる様々な社会的要請(主として、行政的な分野における役務の提供)に対し、既存の行政システムが、その全てについて、必要にして迅速かつ充分な対応ができるわけではありません。その主な理由は行政の組織が、現実に複雑化し続ける社会に対し柔軟に処する仕組みやモデルの準備を基本的に欠いているためです。

行政の機能は、公的社会要請に対応する仕組みを自ら組織し処することを原則にしていますが、担当する係員は、必ずしも、対象となる公的社会要請に精通しているわけではありません。ときには正確精緻に対応する技術や能力を備えているか否か、疑問を払拭できない場合もあります。

公的性格の強い社会的要請と行政役務に生じる隙間を、自律した民間(市民)組織が埋めることができれば、少なくとも、実際の社会はもう少し快適に機能させうるのではないかと思量します。この主題は地域社会ではもちろん、国のレベルでも求められる機能を同様に発揮しうる可能性を保持していると思量します。社会的要請という、いくつかの主題に基づいた様々な分野、部分をNPOが自らの領域と認識し、行政機能の下請けではなく、自律性を保ち主体的に担うことができれば、少なくとも、現行の行政制度や行政機能より効果的で有益な機能や役務を社会的に提供できるものと思量します。

例えば、社会的要請に対する行政機能とNPOの機能領域を議論し検証する上で、この度は、尼崎市や神戸市東灘区での貴重ないくつかの事例についてご報告を受け、必要な開示を得ることができました。聴講されました皆様には、行政機能とNPOが担う機能や活躍の場についての違い、あるいは具体的な役務(事業)案件についての理解促進には有益だったものと考えます。

行政組織は、市場論理に馴染まない原則で構築されています。ところが公的社会要請は時代や環境の変化により多様な影響を受け続け変化し続けることもあり、これらへの対処を確実にするには、市場の論理や民間の視点に基づく論点が不可欠です。行政は「(民間では社会的に)無駄(と指摘されること)を政策により制度化(し社会的安定を保つ)する」ことを目標に掲げてきたこともあり、行政組織に市場原理を求め、正面から成果主義を論じるのは制度上からも論理的にも無理が生じます。従って、この公的社会要請と行政機能の隙間領域を埋める機能や役務がNPOに期待されるものと思量するわけです。

公私協働論としてのNPOが期待を受ける分野は多いものと考えますが、今回の講座では、講師としてお立ち頂きました様々な分野の皆様により、たくさんの事例紹介を受け、現実には、提供役務と獲得対価の不均衡に改めて驚愕させられた次第です。これでは、NPOを堅実に発展成長させる上から考えても大きな障害であり、克服すべき社会的課題と改めて考えさせられました。やはり、高い社会的貢献性を求められる分野では、参加する側が「高いストイックな精神」を維持していないと現実には困難であると改めて考えた次第です。

NPOをボランティアの延長とお考えになる方も、一般的には、まだまだ多いように見受けました。より多くの方が、日常的にボランティアとして社会参加され役務を提供されることは、非常に有益であり素晴らしいことです。ただ、ボランティアは一時的、瞬発的には大きなエネルギーを発揮できますが、一時的なエネルギーだけで、社会的有用性の高い事業や役務を反復継続的に維持するには、いわば職業として専門的に従事しないと困難であることは、役務の提供を継続的事業として抱えられると直ちに理解できます。講座でのやりとりを拝聴することで、NPOが、社会的にどのように見なされているかについての一端も、今回の講座で多少は理解できました。

NPOは純粋に自律性の高い民間(市民)組織として機能する必要があります。しかし行政機構も本質的に抱える制度上の無駄を自ら克服し、公的社会要請を埋める社会機能としてのNPOへ緊張関係を保つ多様性のある相互扶助も不可避ではないかと思量します。一方、行政機構から何らかの支援を受ける組織で公正さを維持した組織は皆無に近く、腐敗堕落する懸念を抱えますから、提供役務と獲得対価の適正均衡を保つこと、また運営資金を確保することは、個々のNPOに課された大きな宿題といえなくもありません。その意味で、健全で自律性の高いNPOを育成し、豊かな社会を目指す上からもNPOへ多様な寄付を促進できる税制の改革が不可欠と思量します。

  今回の講座を聴講させて頂き、いろいろな実情に触れることができ、多くの検証をすることもできました。深甚より感謝申し上げます。大阪経済大学の諸先生方、関係各位の皆様、本当にありがとうございました。

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2006/01/07

週刊ベトナムニュース・44号

ウィークリー・ベトナム・ニュース
■ 平成18年1月7日 土曜日 第44号
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■ こんにちは!!

明けましておめでとうございます。ベトナム ニャットアインです。

本年も、ベトナムニュース どうぞ宜しくお願いいたします。
今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

  翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り 言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。
 誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

 尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その44 今週のヘッドライン

* 1月2日(月) 「米」輸出過去最高記録達成
* 1月3日(火) 密貿易者たちの旧正月商戦
* 1月4日(水) お金で買えない何かがある
* 1月5日(木) 不動産取引停滞
* 1月6日(金) カード所有者急増 利用者は??
* 1月7日(土) 男女雇用機会均等法改正案論議

1月2日(月) 「米」輸出記録過去最高達成
* 昨年末でベトナム産、お米の総輸出量は500万トンを達成し、この輸出額はUS1.6b$余となり、新記録を樹立した。An Giang省農務課Huyen The Nang課長は、今回の成績は世界市場での価格の値上がり及び、ベトナム米の品質・競争力の点が世界に認められた結果であるとした。

 Nang課長に因ると、昨年 An Giang省はベトナムの他の自治体より米作を推奨し増産に励み300万トンを収穫した。過去10年間で、同省は科学的生産方法を採り入れ米の質の向上に努めてみたという。An Giang省の米輸出量は2002年 30万トンから2005年は65万トンに増加し、これは国内一の輸出量を誇るものだ。An Giang省では 35000hrの水田に新たに“Phu Tan米”で登録した特別推奨米の生産にも力を入れている。この改良米がメコンデルタ米として世界市場で人気を博すことを期待しているという。

 Can Tho市のSon Ha農場で作られるお米は品質面で既に国外バイヤーの注目を集めることに成功し、Son Ha農場商標米はここ数年 世界市場でそのシェアーを伸ばし続けているばかりか価格の安さで取引が活発化してきている。省内の多くの米生産農家は彼らの耕作地への投資を拡大しているという。しかし、Nang課長は、今後 更に米輸出を増加させて行くために省の行政当局はこれからも高品質米及び多産米への研究開発・サイロ・倉庫への公共投資或いは農家の設備投資用の貸付金融資制度の整備を行って行かねばならないと訴える。

 An Giang単科大学学長Vo Tong Xuan氏はベトナム政府は農家が科学的な農業を行えるように適時 指導してゆけば、米の質はより高まり生産性は増して行くだろうと語った。

(辛口寸評)
 ベトナムはさすが米所、古くからその種類も豊富にあり、市場に行けばインディカ米からジャポニカ米まで50種を超す米が並べられている。また、近年では日本米も一部で作付けされているようで、当地の日本料理店や高級ホテルで利用されている。日本米はこの際、置いておきベトナム米に関して少し述べてみたい。
 当地に住む日本人の中にはベトナム米というと何となくタイ米をイメージしてしまい、食感がぱさつき何ともチャーハン以外に料理を思いつかない向きもあろうが、ジャポニカ米でキロ販売価格7000ドン(56円)以上の物を購入すれば日本米の食べ慣れた我々日本人に遜色ない質といえる。尤も温かい内に食べればだが。
 話は変わるが、ここサイゴンにも50軒以上の日本食レストランがある。それぞれに特徴があり、趣向を凝らした営業をしていて、我々在留日本人にとってとても有り難い存在となっている。しかし、ひとつだけ問題を挙げるとすれば、それはお米である。どんなに料理が美味くても、米が不味ければその店の評価は地に落ちると考えるべきだろう。別に日本米を使えというものではないが、どうも米なら何でも良かろうと考えている店が多いような気がしてならない。
 米の質に力を注がぬ店は消えるのが早いというのは、ここでも遺憾なく発揮している。

1月3日(火) 密貿易者たちの旧正月商戦
* テト正月に向けラオス・カンボジア・中国から莫大な量の密輸商材がベトナムに持ち込まれ、対策に追われるベトナム税関職員を圧倒している。密輸業者達は税関の捜査を難しくしているという。
 なぜなら、彼らは地元の地形を熟知した若者を雇い入れ、捜査官の無線を傍受し、捜査の攪乱を謀るからだとLang Son省Van Lang区密輸摘発捜査官Hoang Tuan Giang氏は語る。

 Tan Thanh区の税関職員に因ると、密輸業者は険しい山道をコースにとり、電気機器や資材・陶器、その他を中国から密輸し、運び込まれた密輸品はベトナム国内に入ると、バイク・車・トラックなどを利用し 更に南に移送されるという。Tan Thanh国境沿いに沿って暮らす住民の多くは自宅に秘密の地下倉庫を造り、そこに密輸品を一時、隠し保管するのだ。Lang Son省Loc Binh区も、密輸スポットだ。ここでは既に51件の密輸を摘発し、これまでに200万ドン(US12500$)相当に及ぶ密輸品を没収したと語るのは、同税関検査主任Hua Khong Anh氏。今後もテトに向け密輸摘発に全力を掲げて行くつもりだとAnh氏。

 南部Kien Giang省では、市場観察管理官のPham Ngoc Toan氏は、過去2ヶ月でカンボジア経由で運び込まれてきたタイ産砂糖46トンを没収したという。しかし、一方ベトナムからカンボジアに向けの5000~6000リットルに及ぶガソリンの密輸を取り逃がしてしまった。An Giang省の密輸業者は高性能のバイクを使い警察や税務捜査官の捜査を振り切ってしまうほどだ。バイク以外にもハイスピードボートを投入し、ガソリンを一気にカンボジアへ運び去るのだ。

 最近では、合成麻薬エクスタシーの密輸も増えており、つい先日、16万錠を摘発したばかりとToan氏の談。ホーチミン市市場観察主任管理官のHuyen Tan Phong氏は先月だけで62件の密輸事件を摘発し、電気資材・酒・タバコなどを押収したという。

 中部Khanh Hoa省公安部はニャチャンで自宅でグルタミン酸ソーダを密造し、商標侵害と無免許・無資格製造販売の疑いで、Le Kim Vienを逮捕した。Da Nang市市場観察主任管理官Ngoc Long氏が指揮する8班 昨年初めから100件の事件を取り扱い解決に奔走し、摘発された業者から430mドン(US26875$)の罰金を徴収した。8班はこれ以外に偽物・バイク用装飾品・3000個のヘルメット並びに酒類を没収した。

 国家密輸詐欺対策委員会では各省庁と関係官庁に対し、密輸業者への対処法並びに増加をどのように食い止めて行くかに焦点を当てた指示を行っている。これをもとに北部国境地帯を置く各省ではこれまで以上に監視の徹底化を図り、偽札・タバコの流入を食い止めている。加えて、違法な軽油・野生動物の輸出に目を光らせているという。中部各省に於いては、同様にタバコ・ソフトドリンク・麻薬取締りを強化するように指示されている。南西地域カンボジア国境沿い各省は密輸業者を泊める違法簡易宿泊所の提供禁止並びに稀少動物や人身売買を防止するための調整に迫られている。

(辛口寸評)
 旧正月商戦はベトナムで一年を通じて一番の盛り上がりを見せる。特に食品関係の消費需要は高く、密輸業者にとっても最も旨味の多い時期なのだ。ベトナムは中国・ラオス・カンボジアと国境線を面しており、総延長 実に2400キロになるといわれている。この区間を常時監視するのは物理的に先ず不可能であって、密輸品の摘発に国は躍起になっているものの、没収された品は氷山の一角に過ぎない。このことは、この時期にベトナム南部の台所と言われているチョロン市場へ行って見れば直ぐに得心することだろう。中国から密かに運び込まれた商品で棚は一杯になっているのが一目瞭然だ。
 筆者の会社は菓子屋を営んでおり、テト商戦はご多分に漏れず大事な描き入れ時である。しかし競争はベトナム国内商品や正規輸入商材との間だけで行われるのではなく、密輸品ともしのぎを削らなければならないのには何とも困ったものだ。密輸品の取締りは不可能といえ、何らかの有効的な施策を国にして貰いたいと切に願っている今日この頃である。

1月4日(水) お金で買えない何かがある
* ハノイのTran Hung Dao通りの歩道に駐められた物珍しい三輪車に小さな人集りが出来ている月曜の朝、集まった若者たちはリポーターを生業にするNguyen Phi Khanhさん所有のスタイリッシュなバイクを褒め称えていた。高性能でスポーティーなバイクの愛好者Khanhさんの自尊心と歓びを代弁するそのバイクはソビエト製のUral M72だ。
今年30歳を迎えたKhanhさんに因れば、彼のバイク趣味が始まったのは彼がハノイ国家大学の学生時代で、一番始めに手に入れたバイクは日本製Honda-CD125でバイク愛好者たちの間では“ブラック・プリンス”と呼ばれていた。

 Khanhくんはハノイバイク愛好者クラブの会員で、このクラブには現在25~40歳の年齢層に跨る20名ほどのメンバーで構成されている。
会員の職業は、絵描き・リポーター・建築家・作曲家・ビジネスマン等とバラエティーに富んでいる。彼にとって、Ural M72はとても大切なもので、単なるバイク以上の価値があり それはお金では買えない希少性を持つという。実際 バイク仲間たちの間からも彼と同じバイクはハノイにはこれ一台しか存在しないと信じられている。Khanhさんがこのバイクを手に入れたのはその噂を耳にしたことに始まる。直ぐさま彼はホーチミン市に飛び、噂の真相を確かめに行ったのだ。噂に因ると、ホーチミン在の元ベトナム戦争従軍兵士が、このソビエト製バイクを所有しており、手放そうとしているという。それがきっかけで幸運にもKhanhさんの手に渡ったわけだ。

 ハノイのVan Mieu通りで広告代理店を営むNguyen Van GiaoさんはKhanhさんの気持ちが良く理解できるという。彼もまた日本製日産インフィニティQX56を所有している。カーディーラーによると、この車の価格は税諸経費込みで1.5bドン(US93750$)もする。KhanhさんやGiaoさんのような人々はカーキチは他にも大勢いる。中古車屋を経営する

 この道15年のNguyen The Thuyさんも、彼ら同様、車をこよなく愛するひとりである。日産インフィニティやMarunoのような高級有名ブランド車の市場価格は定価より高く取引されているにも拘わらず、これらの所有者は全て信じられぬほどのお金持ちで、個性的な成功したヤンエグが多いとThuyさんは述べる。

 高額で維持費の掛かる自動車やバイクに乗ることで、彼ら所有者は人々に経済的可能性を見せつけるという要素もあるが、それ以上にオーナーのパーソナリティー、社会的地位並びに職業まで所有する車に反映させるのだ。世界の常識でいけば、高性能車を所有するオーナーの職業は映画俳優であったり、プロスポーツ選手であったりするのだが、ここベトナムではそのような職業の人々がこれらの車を所有するのは稀な方である。オーナーの殆どが30~40台のビジネスマンで、50台のそれが選ぶメルセデスやBMWの落ち着いた普通の高性能車を選ぶのとは対照的なのだ。Nguyen Van Giaoさんのような愛好者にとって車の購入動機はお金の高だけが全てでなく、個性的であることがより重用視されるのだ。熱狂的なバイク愛好者Nguyen Phi Khanhさんは“愛情こそすべて”だと言って憚らない。彼は愛車のUral M72をホーチミンから運び、3ヶ月の手間暇掛けてレストアし蘇らせた歓びは何物にも代えられませんよと言うと愛車に飛び乗り去って行った。

 個性的で高価な車を所有し街中を転がすことが、ハノイの社会性を変えつつある。ここではリッチな若者たちが恥ずかしげもなく彼らの高性能車を街で見せびらかしつつ走り回っているのだ。

(辛口寸評)
 バイクにしろ自動車にしろ、高額なものを所有することに価値を認める都市部に住む中流以上のベトナム人は新しいものが出ると、札びら切って手に入れようとする。これはベトナム人の家族を持つ我が家でも同様で、かみさん辺りは筆者にしょっちゅうアットマークを買おうのだの、ディランを買おうなどと口やかましく訴えることがある。もちろん その度毎に却下しているので、我が家には相変わらず8年前に買ったドリーム2と昨年新車で手に入れた安物のヤマハスクーターがあるだけだ。なまじ日本からやって来たばかりに、たかだか150CC程度のバイクにUS7000$以上も金を払う気が知れないのである。日本なら750CC以上の大型ですら3年落ちで30万円程度で買えるのに何を血迷って、小型に大枚叩かなければならないのだと考えたるだけで馬鹿馬鹿しく感じてしまう。車も同様で新車でもカローラ辺りで3万ドル近く、どうひっくり返ってもアホらしくて買う気が失せるというものだ。
 人は誰も若い内の一時期 良い車に憧れるが、それを否定はしないし、筆者もそのひとりだった。が、所詮、物である。余分なインカムがあれば購入も吝かではないが、見栄の為だけに無駄遣いするのは全く愚かである。自分に自信のない証拠を街で言いふらしているだけに過ぎない。
 自分に取って何が本当に必要なのかを良く見極めた上で、買うなら買えばいい。と、今日もスズキの軽トラで買い付けに行く貧乏会社の筆者なのである。

1月5日(木) 不動産取引停滞
* ベトナム不動産業界は不動産価格を吊り上げ販売した結果、不動産市場が凍結してしまったと批判を浴びる中、業界は現行の土地造成に於ける補償費政策並びに複雑な行政手続きにこそ問題があるのだと指摘している。住宅建築用地価は最近政策で決議され以前の10倍にも及ぶ補償費の上昇を受け急騰してしまったと業界。且つ、都市部と地方との住宅に関するレギュレーションの違いは市場に混乱を招き、不動産価格を押し上げる始末。

 例えば、ハノイ市のレギュレーションでは、市によって選ばれた買い手の基準価格とは別にハウジングプロジェクト費用の50%の設定を要求するばかりでなく、取得した用地の20%を市に戻すよう業界は強いられているため、残りの土地にそのしわ寄せが行き販売価格に上乗せしなければならなくなるという。複雑な行政手続きについては、まず行政審査に一年も掛かるため この間に金利の上昇が起こり、業界の資金繰りを圧迫に繋がっている。

 これら諸問題に対応するため、不動産業界は政府に対し地価の値下げに貢献することが可能になる安定的で常識的な政策を纏めて欲しいと要請した。土行政手続きの加速化及び地元住民の損害を減少させる為に設計された地造成の補償費に関し、首尾一貫したレギュレーションを再構築し政府は業界企業と地元住民と個別に契約を結ぶ現行のシステムを改善し当事者間のトラブルの原因にならぬようにして行かねばならないとのこと。

 我が国の不動産市場は過去一年間停滞し、ホーチミン・ハノイのふたつの都市で全体取引の68%がスランプに陥っているといわれている。
 潜在的な不動産取得を目論む個人や企業を需要に水を挿す、高額な地価は不動産業界によって意図的に吊り上げしていると批判され、不動産取引の停滞を招いているといわれている。しかし、取引減少の原因は政府が不動産業者に対し高い金利を背負わせて置きながら、販売価格削減を要求しているからに他ならないのだ。これにより、多くの不動産業者は倒産の危機に立たされている。

 天然資源環境省に因ると、ホーチミン市の不動産業者だけでこれまでの不動産市場への投資金額は50tドン(US3147b$)に及んでいるが、内半分は銀行ローンだという。

(辛口寸評)
 国の不動産政策にも問題はあるものの、やはり規制が作られるまで好き勝手の地上げをしてきた不動産業界に一定の歯止めを効かせるため現状があると業界は認識すべきである。元々、さしたる産業もないベトナムには土地バブルになる素地はなく、あくまでもこの国の将来性に期待した結果、金が不動産に流れたと見るべきで、バブルも大バブルを創出してしまったに過ぎない。つまり、どのみちこれ以上 余程、経済発展が進み、交通網の整備がされない限り、地価が上昇することはあり得ないし、また仮にそうなったとしても、既にレッドゾーンを完全に振り切った感のある地価は下がることはあっても当面上がることはないと考える。
 このことで思い浮かぶのは、筆者の出身地、岐阜羽島である。今を去ること40数年前 我が羽島市に新幹線駅が時の大物政治家、大野伴睦の鶴の一声で建設されることになった。当時、蓮田が広がるだけの辺鄙な土地に新幹線が停まるようになるというニュースは、地元を明るくさせた。当然 大手企業も工場進出に白羽の矢を立て、羽島市役所には、毎日のように企業誘致説明に企業関係者が訪れた。ところが、新幹線があるということで舞い上がって強気に出た市幹部達は、企業に対しインセンティブを与えないばかりか、逆に税金を他よりも多くくれそうな企業が現れるまでどれだけでも待つという暴挙に出たのだった。
 新幹線の開業は当然 地価も吊り上げて行き、と同時に進出を試みた企業関係者もソロバンに合わないと羽島への進出を断念していったのだ。焦った市幹部達で合ったが、もう遅い。高い地価だけが残り、企業の進出はなく、そこから上がる筈だった市の収入もなく今では東海地方のオレンジ・カウンティーと呼ばれる始末。それでも、一時、名神高速に岐阜羽島インターチェンジ完成で企業進出の期待が掛かったものの、出来てしまえば、物流の通過点としての価値しかなく、結局お金は自治体に落ちず、近隣自治体への通り道に過ぎない。
 さて、ベトナムの土地バブルを考える時、実際 羽島市で起こった事が筆者にはベトナムの縮図にしか見えないのだ。まさに同じ位置に立たされているといえよう。20年・30年先を見据えた政策作りが今、問われているのである。

1月6日(金) カード所有者急増 利用者は??
* ベトナム銀行カード協会に因ると、昨年、クレジットカード普及率は各銀行間の顧客獲得競争と相まって対前年300%を突破したものの、実際のカード使用者数に変化は見られないと発表した。協会の報告書ではベトナムの17の銀行で210万枚のカードを発行し、その内、160万枚は国内専用カードだった。6つの銀行で50万枚の国際クレジットカードが発行され1200カ所に据えられたATMとベトナム全国の12000カ所のクレジット取扱窓口で利用可能だ。

 ベトナム銀行カード協会のNguyen Thu Ha理事長の説明では近年、ベトナムでのカード利用市場は急速に推し進められた各銀行のクレジットカード業務の拡大と共にシャア獲得競争に伴い普及に拍車が掛けられたという。各銀行それに加え、クレジットカード会社各社はシェア拡大にしのぎを削り白熱化の一途を辿っているものの、一方でベトナムでクレジットカードシェアを広げてゆくには引き続き多くの試練が待ち受けている。先ず国内90%の商取引が未だ現金に因って行われており、8300万人の人口を誇るベトナムだが僅か600万人だけが、近代的な銀行取引を生活に役立たせているに過ぎないと報告書は伝えている。

 クレジットカード取扱方を取り巻く銀行から顧客への不正確な情報の発信が、その発展にネガティブなイメージを与えている。ベトコン銀行クレジットカードセンター所長Tu Anh氏は、各銀行が行うカード使用者拡大プロモーションの目的はシェア拡大を目的としているが、その一方でカスタマーケアが疎かになっていると指摘する。それ故、先ず顧客の満足を得られることを最重点に考えることが大切で、それが伴うことによって将来、カード利用者が増えて行くようにしなければならないと結んだ。

(辛口寸評)
 サイゴンでも街のあちこちにATMが設置され、人々が利用する姿をしばしば目にすることが多くなった今日だが、この記事からも判るようにそれら利用者の多くは現金を引き出す為だけにそれを使っているだけのようだ。クレジットカードだけを見てみると、実際筆者の身の回りで見かけるベトナム人たちで、クレジットカードを所持している人は少ないし、通常のショッピングは現金が今も基本である。クレジットカード・キャシュカード併せて600万人が所有しており、対前年で300%増加したといえ、多分、この数字は関係行政当局並びに銀行・信販会社のスタッフ+その家族で殆どが構成されたものに過ぎない気がするのは筆者だけだろうか?

1月7日(土) 男女雇用機会均等法改正案論議
* 先週、ホーチミン市内にあるいくつかの企業の代表が一同に会し、来年、国会で承認が予定されている男女雇用機会均等法案について討論が行われた。全ての参加者は、この法の中身に賛意を示すと共に、その必要性を主張した。しかし、一部の参加者からは、企業に於いて女性の役職者への積極的な登用を促す意見や、バイセクシャルの社員に関する事項を盛り込むべきだと提案された。

 ホーチミン市商工会のNguyen Van Xienさんは、国に対しバイセクシャル者に感心を持ち、彼らが社会構成員の一員として迎えられるべく手助けを行う必要があると訴えた。ホーチミン市共同組合のHuynh Thi Kim Hoang組合長は、政府や他の関係機関はこれまでも女性の雇用機会に関しいくつかの政策を打ち立ててきたものの、僅かな女性しか、その恩恵を受けていないと指摘した上で、これは伝統的な男尊女卑の考え方が根強くベトナムに蔓延っているせいで、今回の法律では各企業は国営或いは民間の区別なく女性の為に重要なポストを予め用意させるようにさせなければならないと語った。

 参加者の多くは男性労働者の配偶者出産時に15日間の出産休暇を盛り込んだ今回の改正法案を支持する一方、労働法やその他関係する法律も改正に併せた修正を行って行くよう提案した。その他の議題として、女性労働者の定年年齢や企業は全社員の内、少なくとも30%を女性で固めることなどが取り出されたが、どちらも論争を巻き起こした。現行女性労働者の定年は55才であり、男性のそれより5年早い。ある参加者は、55才になっても技術的にも精神的にも仕事に対し意欲があるものを職場から定年と理由で外してしまうのは、社会の損失であると意見が述べられた。これに対し、ベトナムゴム労働組合Lam Thi Minh Hien副組合長は、政府は30%の女性労働者雇用を実行する企業に対し、特例措置を盛り込んだが、これでメリットを受けている企業は僅かであると指摘する。
 その上で新しい法律では、この点に関しては企業の自由意志に任せるべきであるとHien副組合長。

 国会社会政策課Nguyen Thi Ky副課長は参加者の積極的な意見に感謝すると共に、今後、他の自治体でも意見を集め今後の法制化に役立てて行きたいと結び会合は終了した。

(辛口寸評)
 元々、社会主義国のベトナムでは男女平等が徹底されてきた。と、筆者は思ってきたところへ、この記事である。やはり、ベトナム全体から見れば役職者への登用率はベトナム女性労働者にとっては不満足のようだ。能力に因る区別はあっても、性による差別は行われるべきでなく、出来る人材なら男女の区別、或いはゲイ・レズの差別なく、個人的にはどんどん上級職へ登用して行くべきだと思う。定年年齢も同じにすればよい。ただ、企業に最低30%の女性だろうが男性だろうが労働者を確保しなければならないという法案には反対だ。これは女性だからということではなく、国が国営企業ならいざ知らず民間企業の自由裁量を法介入によりねじ曲げ、ごり押しするべきでないと考えるからだ。
 いずれにせよ男性がどんなに偉そうなことを言っても、所詮、人は皆、女性から産み落とされるのだ。男には出来ない真似である。そのことを男性が真摯に受け止めれば、女性をあだや疎かには出来ないと思うのだが、、、。        以上

<(_ _)>完売御礼<(_ _)>
 一冊の本にまとめた週間ベトナムニュース平成17年度は、お陰様で全て予約完売致しました。書籍の発送は2月初旬を予定しておりますので、到着まで今しばらくお待ち下さいませ。

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2006/01/06

業種毎の顔は自然に形成される?!

年があけ、新年のビジネスが始まりましたが、と言っても、実際には来週10日からということでしょうが。なぜって、4日に仕事始めだった会社も、5日に始めた会社も、どちらかといえば、今日6日まで、挨拶廻りだとか何だとか言い続け、実際には仕事にならなかったからです。マジメにご自分の仕事と取り組まれた方も、おありだったとは思いますが。

全体には、やはり、「年始のご挨拶廻り」に大半の時間を費やされて終わったのじゃないですか。それが無理のない平均的なところでしょう。

ところで、街を行き交う人たちの「服や髪型、持ち物(鞄などですが)」を何気なく見ていて、改めて驚いたことがあります。(別に驚くほどのことではない!とお叱りを受けそうですが)

一般的には、街は業種毎に形成されていることもありますが、その業種毎の街区毎に、そこを行き交う人たちの姿形が同じなのですね。

証券業界の人は、やはり証券業界の顔というか一括りにできそうな顔をしているし、何よりも、同じような種類の服や持ち物に収まっている。これは銀行も同じようなもので、生保や損保も、同じ金融業界の括りだから、よく似た服装によく似た髪型、何よりも鞄や小物などは、どうしてここまでって思わされるファッションでした。

ゼネコン業界や、それに関連する業界の人たちは、やはり、それなりに業界の姿形を顕した服装(趣味)、持ち物、髪型に見事に集約されていた。どうしてなのだろう。そのスタイルでないと、周囲が相手にしてくれないから?!住宅業界は、ちょっとだけオシャレだったような印象があります。

それに比べたら、繊維業界でも川下(消費市場)に近い側に位置する、ファッション業種に籍をおく者は、業界がシンドイって云ってみても、やはりそれはそれは、煌びやかだし、活力が溢れていてスマートだし、やはりセンスはずば抜けている。鼻高々だった。ザマー見ろ!

航空業界の人たちは、業務柄オシャレなはずだのに、どうなのかなぁ~?ってイメージだったね。原油価格が上がっても、そんなにビクビクするこたぁないでしょうが。

やはり、広告の業界は、本質的に「バサラ者」の集まりだから、わがファッション業種と同様に、オシャレとセンスアップには気を遣っていることが溢れ出したファッションだった。やはり、我々も同じだろうけど、「バサラ者」って云われようと、どこか世間から浮いていないとダメなんだ。

しかし、こんなに「カブイた」ことばかり云ってられるのか、今年の景気は?という懸念は残されたままだ。消費財を末端市場で売り続ける小売業は、意気が高いけれど、それを創出し生産し供給する側には、依然厳しい風が吹き荒れ続けている。今の寒さは、春物商材の展開に大きく影響するだろうから、ファッションビジネスという農業に近い業種のマーケティングやマーチャンダイジングを考え、それを含めた経営戦略と政策を担当する者としては、厳しい修行の途が待ち受け果てしなく続いている。

そういえば、女優の三林京子さんが、桂米朝師匠に弟子入りし、「桂すずめ」を名乗られ、上方落語の噺家としても立派に席をお努め中ですが、今年、頂戴した賀状は、噺家「桂すずめ」で引き締まったものでした。これだけ和服の似合う人も珍しい。ホントに惚れ惚れしてしまいます(ご迷惑な話で、すみません)。

人は本来、幅広く才能を発揮できるのに、どうして、業種の顔や制服みたいなファッションに幅を利かされ、閉じこめられてしまうのだろう。悲しいことだ。これからの日本は、型に填った確かな人材も大切だろうけれど、それだけではなく、創造性の豊かな人材で勝負しなければ、国際競争に勝てるとは思えないのに、本当に、現在を担う、各分野の事業経営者は理解できているのだろうか。日本は、本当に画一的で個性を潰し、息が詰まりそうな空気が、まだ経済はもちろん社会全体を支配しているように見える。

少子化を憂う前に、創造性豊かな分野の人材を大切にし、創造性を伴う知恵を競い合うことを、国の政策の第一番の軸に据えるべきではないのだろうか。街を行き交う人たちや、新年の賀詞交換会なる別段新しくもない場で、空気から感じ取れたことだった。

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2006/01/04

「福袋」のマーケティング

正月の初売りを景気づける「福袋」。本当は「夢袋」であってほしい!

多くの百貨店が販売する福袋は、最近、ホームページで中身が確認できる。そのため、各店の福袋を比較することも容易になった。中には、予約できる店もあるし、驚くことに昨年末に売り出す店も現れた。この場合、「年始福袋」ではなく「年末福袋」となるのだろうか。「福袋」は、何も年始だけの企画ではないのだから、マァ、どうでもよいことだが。

アパレル商材を扱ってきた側とすれば、その昔、年末に売り切れなかった商品や、持ち越し商品(つまり不良在庫)を見切り処分するアイデアとしてポジションを得た「年始福袋」だが、そこはやはり、不良在庫品を詰め込んだ内容だから、開けてビックリ「安く、悪い(不要品)」のイメージに染め上げられた「福袋」も多々あった。その意味で「福袋」はギャンブルな要素を持つ買い物だ。従ってババを掴むと「こんなモノ、い~らな~い」となるのは日を見るよりも明らかだ。

しかし、「福袋」は年始の商戦を象徴する「商材」だから、そうそう「余りモノを適当に詰め込んで」ギャンブルのような、当たるも八卦、外れるも八卦というわけにはいかなくなった。

現在、「年始福袋」は、4月頃になると、その年の販売実績を評価検証し、景気情勢を考え、ファッショントレンドを組み入れた翌年の「福袋商品構成」を企画する。あれやこれやと商品を組み替えながら、売れ筋商品をシミュレーションして、最終的に価格と内容の設定を終え、数量設計をした上で生産発注するのです。もちろん、見込み生産(見込み発注)になりますが、「福袋」で一儲けしようというなら、その程度の商品リスクは張らないと「福袋」で一儲けすることは難しい。

手際よく狙った「福袋」を入手された皆さん。開けて、ご満足でしたでしょうか?当たるも八卦、外れるも八卦の頃の「福袋」は「夢袋」でもありました。最近の「福袋」は事前に周到に準備された、謂わば新しい形の「セール品」でもあります。「夢袋」から「現実袋」へ巧妙に変転し続ける、今様「福袋」の今日この頃です。

それでも「福袋」は「夢袋」ですよね。

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2006/01/03

「箱根駅伝」は劇的だった!

今年も、「箱根駅伝」は、劇的な感動を与えてくれた。亜細亜大学のチームに拍手!

もうすっかり、正月の風景の中心に腰を据えた「関東大学対抗・箱根駅伝」は、ずぼらに正月を過ごす者に、適度な刺激と「競走」による興奮を与えてくれるが、今年の、「箱根駅伝」は例年にも増して感動的だった。

抜きつ抜かれつの争いが、多くの区間で繰り広げられた点で、近年稀に見る大会だった。特筆に値するのではないだろうか。

東京から箱根の山を往復して、その順位を争うというのは、単純にして壮大で、しかもどの場面でも走者の人間味が現れるから、見る側を惹きつけて止まないのだろう。

今年は、これまでのように「絶対に強いチームはない」ということを示すに充分だった。常勝チームは「番狂わせ」と嘆くかも知れない。下馬評では、ほどよい評価を得られず「分からない」チームと揶揄された、亜細亜大学チームは、本当によく頑張ったと思う。決して「稀有の勝利」ではなく、チームの総合力の勝利だった。必要な区間で必要な走者が無理なく着実に走り、確実に亜細亜大学の「タスキ」を繋いだことが勝利に結びついたのだろう。

今年の「箱根駅伝」を観て受けた印象は、どのチームも戦力が均衡していたことだ。どこかのチームが特別抜きに出ていた印象は見受けなかった。

流通業の商品構成と同じで、一つ(一人)だけ優秀な商品(走者)を持っていても勝てない、という明白な事実だ。全体が均衡を保ち、必要な時期に必要な働きをする。その個々の能力が他と比較した場合、それなりに抜きに出ているか、より有効な働きをする場合にのみ、全体が活性化されることを、より強く顕していた。その意味で、同じように長距離を走っても、マラソンと異なり、駅伝競技は、チームの総合力と監督の競技戦略が大きな要素を占めることを改めて実感させられた。

それにしても、5連覇に挑み惜しくも逃した駒澤大学、往路を制し復路のアクシデントに見舞われ勝利を逸した順天堂大学、複雑な走者構成で果敢に勝利へ挑戦した山梨学院大学、伝統の看板を背負い、挑戦を続けた日本大学、中央大学、法政大学、早稲田大学。下馬評では筆頭候補とされた東海大学。この他11大学も、それぞれの持ち味を充分に発揮していた。

ずぼらな観戦者は、走者の汗をテレビ画面で見守りながら、東京(大手町)から箱根(芦ノ湖)までの風景を同時に見守ることができた。エントリーされた学生諸君と関東大学陸連の皆様に深く感謝致します。大きな感動をありがとうございました。

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2006/01/02

週刊ベトナムニュース・43号

  ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成17年12月31日 土曜日 第43号
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■ こんにちは!!

 2005年一年大変お世話になりました ベトナム ニャットアインです。2006年もどうぞ宜しくお願いいたします<(_ _)>

 昨年最終週のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

 翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り 言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

 誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

 尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その43 今週のヘッドライン

* 12月26日(月) 意外なふたつのイベント
* 12月27日(火) 希望の光を灯し続けること
* 12月28日(水) 機械式時計で町興し
* 12月29日(木) 観光業界人材育成
* 12月30日(金) 代替燃料への取組
* 12月31日(土) ベトナム市場を狙え!

* 平成17年度「週間ベトナムニュース」 が一冊の本になりました!

12月26日(月) 意外なふたつのイベント
*    最近、ホーチミン市で変わった二つのイベントが開催された。ひとつはビジネス英会話競技大会、後のひとつは仮想株式取引大会で、どちらも学生に依って競われた。外国では一般的なこの二つ競技は、ここベトナムでは今でも普通ではなく、これらについて都市に住む若いベトナム人がどのような反応を示すのか報告するよう依頼された。
私はホーチミン経済大学でビジネス英語2005の決勝戦の見物に出掛けた。決勝戦が行われる会議場には既に1000人以上の若者が詰めかけている。会場内は熱気がこもり喝采が巻き起こる。私は隣の若い女性に「あなたはこの競技はじめから見てきたの?」と尋ねると、「ええ、そうよ 私の大勢の友達も競技に参加しているから」と応えた。

   見物人の一人 Ton Duc Thang大学2回生 Tran Thanh Hoaさんも、この競技を予選ラウンドから終いまで見てきた内の一人で、ビジネス英語を習い始めて3年になる。彼女がここへ来た目的は、参加者の流暢な英語を聞き自分の学習の参考にするためだという。同大学で金融を専攻する3回生のNguyen Thanh Lanさんは「参加者たちの操る英語能力に感銘を受けた。皆、自分の実力に自信を持ち、テーマは目新しいものとはいえないけれど、彼らの英語によるプレゼンは魅力的です」と語る。

   1400人を超える経済系学部に所属するホーチミン市内各大学・短大生が参加して行ったこのビジネス英語2005は初の催しであり、大会名から判るように参加者の考えを英語で発表するものである。先月行われた予選大会の後、Bingoチーム・Inter Coolieチーム そしてZenithチームの3チームが決勝戦に勝ち進んだ。決勝戦は4つのラウンドで戦われ、各チームは起業・市場開拓に関する戦略を英語で披露しなければならず、その後 ベトナムの有名企業の経営者やBritish Council職員から出される質問に答えて行くのだ。

   「僕らはここまで勝ち残るために数日間練習に費やし、ここへ来る前に何度も大学のクラスのみんなの前で発表もしてきました。見物人の熱気が一段と僕らの闘志に火をつけました。今回の参加経験はいつか本当のビジネスに飛び込んだ時 大きな支えになると思います」と語るのはInter CoolieチームのメンバーNguyen Quy Vanくん。優勝したチームには今大会のメインスポンサーであるホーチミン市Dan Xuan Trading & Service社より商品18mドン(US1125$)と奨学金US1000$が贈られた。

   ビジネス系学生の仮想株式取引大会は、多くの国々で盛大に行われる競技である。驚くまでもなく、今回のこの競技にはホーチミン市から多くの学生が参加した。この大会の主催者はホーチミン国家総合大学の経済学部に在籍する学生たちで、サイゴン証券取引所とTH Infomatics社の協力により催された。2000人近くの参加者には始めに10万米ドルの仮想資金が与えられる。勝敗はその資金を元に株取引を行い、その日に一番資産を増やした参加者が競技の勝者となるのだ。
午前9時に取引開始すると全ての参加者は株価が映し出された大きなスクリーンに一斉に目を向け世界トップテンの会社の株の動きを注視し、その中にはマイクロソフト・インテル・Sears等も含まれていた。

   優勝賞金を与えられたのは大学で会計学を専攻する2回生Nguyen Thi Tuong Vyさんに授与された。しかし、彼女が得た最も偉大な商品は その名をベトナム証券業界に馳せた事である。「売買は実際の取引と同様、息もつけぬような速いペースで進行しました」と語るのは別の参加者 BA専攻の3回生Nguyen Phuong Luanさん。この競技の参加準備のためにLuanさんは、証券取引に関する多くの本や新聞を読み漁り、大会では成長著しいマイクロソフト株に投資したという。経済短大に通うTran Phuong haさんの参加の為に数週間、ブロカーになる訓練をし大会に臨んだ。大会ではリアルな株取引について学ぶことが出来たという。

   主催者のひとりNguyen Minh Son氏に因れば、今回の企画をするにあたり9ヶ月を費やし競技用ソフトプログラムの開発をし、とても苦しい思いをしたが、意義深い大会が開催できて嬉しく思うと結んだ。

(辛口寸評)
英語弁論大会は有益であり、今後も英語に限らず他の外国語を用いた同様な大会が増えてゆくことを願っている。が、一方、仮想株式取引に関しては、唯でさえギャンブル好きのベトナム人に学生のうちから慣れ親しませるのはどうかと筆者は考える。
現状、ベトナム自体、大した産業がないので、土地以外にバブルになるようなことはないだろうが、やがてその時期が来たときに日本の轍を風様な気がしてならないのだ。こんなのはSexと一緒で黙ってても、時が来れば覚えることだし、わざわざ注目を引き若者の射幸芯を煽ってはいけない。学校の中で 教育の一環として粛々と教えてゆけばいいと筆者は思うのだが・・・。

12月27日(火) 希望の光を灯し続けること
*    定年に差し掛かった男性 Luong Dinh Khanhさんはこの度、無事、学士を取得し彼の長年に渡る学習の苦労が報われたのである。旧サイゴン政権時代に学生運動に参加したKhanhさんは逮捕・拘束されてしまい、大学を去らねばならなかった。40年前の出来事だが、彼は大学での学習意欲を片時も忘れなかった。

   そして彼が60歳になるまでその夢は果たせなかった。というのも彼は代用教員として採用され一日に15~20時間 数学・国語・体育・地理・外国語の授業を持たねばならなかったのだ。1997年についにその時が来たのは初老を迎えた60歳の時だ。彼の勤務先の学校は、昇進や高給を提示し、慰留を試みたが彼の決意は固く教職を捨て大学入試を決意した。「高校は独学で卒業資格を得ましたが、私は長い間、体系的な学習を望んでいたのです」とKhanhさん。

   Khanhさんは大学入試願書提出の為、Hue師範大学に出掛け申し込んだ際、大学職員は息子の為の願書を父親が代わって持ってきたとしか思わなかったという。大学職員は受験志願者がKhanhさんその人であると知ると、信じられないという顔で彼を見つめ、思わず恥ずかしさに顔を覆ってしまいたかったほどだったと往事を振り返る。貧しさの中で育ったKhanhさんは家計を支えるために富裕なよその家で牛の世話を始めることにした。牛の世話をしながら彼の友人たちから教科書を借りたり、稼いだお金でノートを買い毎日、独学で身を立てて行ったのだ。このような姿勢で、高等教育課程を修了した彼には当時、教師の道が開かれた。教員養成訓練は受けていなかったものの、教員仲間からアドバイスを受けつつ授業の仕方をひとつずつ習得していったのだ。

   時は下り、大学に合格してからもKhanhさんは図書館が閉まるまで毎日居残って研鑽していった。「私の様なロートルが若い学生に互して行くには人の二倍も三倍も勉強しなければ追いつきませんよ」と謙虚に語るKhanhさん。大学在学中、彼は一度も欠点を取ることもなく単位を次々と取得していった。彼の勉学に対する熱烈な気持ちは彼の子供たちに刺激を与えた。彼の今年30歳になる娘は既に二つの学士号を取得し、現在、三つ目のそれに挑戦中。33歳になる息子は8年生の時、落後してしまったが、今は元気に短大へ通っている。「社会的地位やお金がなくても心配は要らない。だけど、チャレンジ精神の炎を常に心に灯し続けることが大事です」とKhanhさんは結んだ。

(辛口寸評)
一般的にベトナムの大学は入試も難しいが無事潜り込めても日本と異なり勉強をしなければエスカレーター式に卒業させて貰えない。なんと言っても卒業までの4年間で半分が学校を去って行くほどだ。現役大生でも毎晩、宿題や予習・復習に覆われひいこら言いつつ勉強に励んでいる中を初老に差し掛かった人間が大学入試に挑戦し、無事卒業を果たしたのはまさに快挙であるといえる。まあ 生涯学習人間どんなときも努力し続けるのが必要ということなのだろう。

12月28日(水) 機械式時計で町興し
*    ドイツ東部の旧炭坑の町 Glashuetteで、熟練した時計職人によって生み出される素晴らしく緻密で複雑な時計は稀少価値が高い。風光明媚なこの町で伝統的な手法によって製造された時計たちは鑑定家やコレクターにとって常に垂涎の的であり、US500000$近くの値で取引される。時計製造はこの町に経済的な成功をもたらし、旧東ドイツの中で失業率は17%と最も低い。

   Glashuetteはドイツ第三帝国時代から第二次大戦終了時まで、スイスと並び称されるヨーロッパ随一の時計づくりのメッカだった。1990年に東西ドイツが統一すると高品質機械時計製造需要が急激に高まりに押され、再び時計づくりがこの地に蘇ることになった。チェコ国境沿いに近いA Longe & SoehneやGlashette Originalなどの有名時計メーカーから作り出されるプラチナやゴールド時計は数万ドルもし、スイス有名時計メーカーのPatek PhilippeやVacheronの向こうを張る人気を博している。

   「これら Glashuetteで作り出される時計たちはとても美しく素晴らしい出来です」と讃辞を称して止まないのは、時計雑誌Klassik Uhren編集長 Christian Pfeiffer-Belli氏。この二つのメーカーの経済的成功は、若干安めの時計生産を担う新興時計メーカーNomoのような他メーカーの励みになっているという。「Glashuetteの名は最もドイツらしい名前であり、偉大な時計の産地として古くからドイツ人に親しまれて来たんです」とPfeiffer-Belli氏。今後の経済成長見通しも有望で、特に経済復活が進みつつある日本市場からの需要が昨年から高まりを見せ始めています。

   Glashuetteの少し外れに位置するDresden郊外の森林に囲まれた渓谷の村Erzgebirgeは伝統的な時計職人にとって時計づくりに欠かせない完璧な環境が整っている。複雑な機構を備え、精密なパーツの組み立てに因り産み出される作品に世界の時計マニアを魅了し、家一軒が買えてしまうほどのお金を腕時計一本に惜しむことはない。ランゲ社の最も複雑な機械時計ターボグラフには1000を超すコンポーネントが組み込まれ、髪の毛の太さで633個の独立した部品からなる円錐滑車付き鎖引き装置はネジを巻かなくても自動にトルクを保つよう設計されている。ランゲ社のもうひとつの雄、ローターを駆動力に用いたトゥールビヨンは地球の重力の影響を受けぬよう設計されたメカニズムを持ち芸術性にも優れ、高い評価を受けている。因みに気になるお値段はUS447500$。

   精密な機構を宿した時計づくりはもちろんのこと、時計メーカーに神秘的雰囲気を持たせ付加価値とし年間2~3000個しか製造しない販売戦略は希少性を武器に市場を需要を更に深めている。信心深い初代フェルナンド・アドルフ・ランゲがGlashuetteに最初の時計工場を設立したのは1845年のことだった。彼は地元の人々を雇い入れ技術を教え込んだのが町の時計産地としての出発点だった。20世紀初頭、ランゲ社は有数な時計メーカーに並び称され、1898年にはドイツ皇帝ウィリアム二世によりオスマントルコ国王への公式贈答時計に選ばれ贈られた。宝石を散りばめられたこの時の時計は今もトルコ、イスタンブールのトプカピ宮殿博物館に飾られている。

   第二次大戦終戦で全てを失った初代ランゲの孫に当たるウォルター・ランゲは1951年に会社と工場が東ドイツにより接収されると、西ドイツに亡命。1990年にベルリンの壁の崩壊と共に故郷Glashuetteに戻るとパートナーのGuenter Bluemleinと共に会社のランゲブランド再興したのだった。
“復活の鍵となったのは1951~1990年の間だ”とGlashuette Original社代表、フランク・ミュラー氏はいう。“当時 西ドイツでは精巧で安価なクォーツ時計が市場を席巻し、国内時計産業に大打撃を与えていました。しかし、同じ頃、東ドイツでは国営企業として再生された各時計メーカーで国家の補助を得つつも細々と機械式時計作りの伝統を守ってきたのです”と同氏は結んだ。

(辛口寸評)
他人は認めないが、自称機械式時計マニアの筆者としては興味を刺激する記事だ。昨今、時計など持たなくとも、あらゆるところに時計表示がなされ、携帯電話にも時計機能は当たり前についているので、今更、アノログの機械式時計を持ち歩くなんてナンセンスかも知れない。でも、コチコチ時を刻む脱振機の音は時計職人の息づかいが聞こえるような温かみと安らぎを与えてくれるのだ。確かに、たかが腕時計に何千マンも掛けるのはバカバカしい気がしないではない。もちろんそんな高価な時計を腕に巻き、外に持ち出すことなど、機会もなければ、考えもない。

では、何故、世の時計マニアと呼ばれる人々は、そのような物に惹かれるのかと云えば、やはり綺麗に装飾を施された一点一点のパーツの集合体がひとつの芸術性を醸し出しているからに他ならない。女性が宝石を求めるようなものだろう。

自分にそんな時計を所有する価値があるのか?と問われれば、はっきり言ってそれはない。しかし、いつかはパテック・グランドコンプリケーション、いつかはランゲ・プール・ル・メリットの思いを秘めつつ自分のレベルアップを人生の中で目指す目標のひとつであるのなら、それはそれで男のロマンではなかろうか。

12月29日(木) 観光業界人材育成
*    副首相Vu Khoan氏は観光産業に従事するスタッフの質を高め、ベトナム経済の一翼を担うよう求めた。この分野での人材育成は観光業発展に重要な位置を占めるのだと国家観光業常任委員会委員長でもある、Khoan氏はハノイで開かれた会議の席上、訴えた。副首相はベトナムの観光資源開発や地域統合について議論する会議の中、経済のあらゆる
分野は、人の為に、そして人によってなしえられるべきものであると強調した。

   観光分野の多様化した人材開発育成は、管理者はもちろんの事、ツアーガイド及びホテルスタッフに至るまで、知識・技能・接客態度を急速に向上させ、伸びゆく観光産業に対応させて行かなければならないという一方、副首相は今年初めに始まったベトナム観光分野人材開発プロジェクトへ22.8mユーロを資金提供したEUに謝意を述べた。このプロジェクトの目的は、観光業に従事する人材育成に使われると共に、プロジェクト終了後は政府や民間関係団体が観光業従事者の質・量とも当地を訪れる観光客に満足を保証させることにあるという。

   ベトナム観光局人事課のNguyen Van Luu課長に因れば観光局は既に26カ国の国々と観光協定を締結し、加えてASEAN観光開発協定並びに国際観光協会等とも協約を結んでいるという。人材育成協力はベトナム観光業にとって最重要課題であり、これまでにこの分野の発展・促進に各国からUS40m$に及ぶODAが投入されていると付け加えた。2010年までに人材育成プログラムを推進させる専門家グループのリーダーNguyen Van Dinh教授はこれまでにベ観光局は人材育成を計るための資金を国際社会からばかりでなく、他の産業分野及び国際支援機関などから積極的に調達する努力をしてきており、それを有機的に使用することはベトナム観光業を基幹産業に育てるのに欠かせないと述べた。

   3日間に渡り開催されたベトナム観光分野人材開発プロジェクトの会議には内外から150名の参加者が集った。この中には、ベ観光局・国家観光常任委員会・政府関係機関・欧州連合代表事務所並びに欧州各国大使館の代表らが臨席した。

   昨日、ノイバイ空港に500万人目の観光客を迎えるに至った。フランス人のBas Matineさんがその人で記念の山水画が授与された。フランスからのベトナムへの入国者は今年、対前年同時期と比較して60%上昇し、内80%がハノイへの訪問客であった。ハノイツーリストサービス副社長、Cao Ngoc Lan氏に因ると、今年過去11ヶ月でハノイ市が稼いだ観光業売上総額は8tドンで、アメリカの旅行雑誌travel & Leisure誌が推奨するアジア観光地ベスト5にハノイが二度目のランクインを果たしたという。ハノイへの観光客の増加は年20%ずつ推移しており、1992年時点の5倍に拡大している。

   ハノイ市は2010年までに年間 570万人の国内観光客及び160万人の外国人観光客を受け入れたいとし、現在、国家総収入に占める観光収入の割合は既に10.38%になっている。市当局は今後も積極的な観光プロモーションを実施し、併せておみやげ物の開発やホテル・観光施設・観光サービス多義に渡り観光業界発展の為の社会資本投下を促進して行く意向である。

(辛口寸評)
ベトナム観光業界は、外資系関連企業がこれまで質・量・サービスとも国内産業の牽引車の役目を果たしてきた。しかし年々飛躍的に増加する観光客数に対応するためには、外資系企業だけのそれでは追いつかないのが現状で、ベトナム系を本格的に人材面で育成して行かねばならなくなってきたお家事情がある。

観光施設や開発などはハードの面なので、外国の提携先と連携するなりすれば整備は用意だろうが、それらを運営するソフト、いわゆる人材については現状、立ち後れており、サービス面で各社まちまち、産業に従事するスタッフの資質に委ねられており、マニュアル化やシステム化がきちんとなされていない。このため、うまく行くときは問題ないが、そ
うでないと折角の訪問客を国全体のリピーターに繋ぐ事ができなくなり将来に向けた客の取りこぼしをしかねないのだ。

旅行産業は極端に大きな投資を必要とせずとも外貨を手っ取り早く稼ぐ最も有効なビジネスである。ベトナムが国全体で観光業の発展に取り組む姿勢を明確にしてきていることは歓迎すべきである。

12月30日(金) 代替燃料への取組
*    代替エネルギーを作る発電所がPhu Quoc島には必要であるとエネルギー研究所職員はいう。同研究所所長Pham Khanh Toan博士は生物ガスまたはバイオマスを燃焼させ電力を作る発電所があれば島の電力不足解消に役立つばかりでなく、我が国最大のエコツーリズム資源を持つ島の環境問題もクリアーされるだろうし、代替エネルギー使用はPhu Quoc島経済発展に多大な貢献をもたらすことだろうとエネルギー研究所と先週、生物・生物量燃焼発電所の事前調査結果発表をしたCan Tho大学との共催で行われたセミナーの席上、語った。

   代替発電所建設促進コーディネーターでCan Tho大学のDo Ngoc Quynh博士は、11月に政府が承認したマスタープランのお陰で、島にやってくる観光客数は昨年の13万人から2010年には35万人までに拡大するだろうと期待している。同博士は、今後多くの観光客が島の観光業に経済的効果を与えるにも拘わらず、その分、電力不足は更に増大するだろうと指摘した。総面積568平方キロメーターの土地に住民85000人が暮らすPhu Quoc島では今年の電力需要は既に20234MWhが必要と試算されている。ベトナム電力供給公社が運営する既存の火力発電所は現在、7.5MWしかなく必要量の半分にも満たない状況だ。ベトナム電力供給公社は今年、既に23bドン(US1.4m$)の赤字を計上しており、このままで行けば今後5年以内に29%の電力需要が見込まれる中、対策に苦慮しているのだという。

   Phu Quoc島通商観光課の統計に因れば、島内26の区域の内3つの地区、Phu Quoc区・Thom区・Tho Chau区のみが電気格子と繋がれているだけだという。島民の20%が電力を小型発電機を用いた自家発電で賄わなくてはならず、KWhあたり6000~9000ドン(US0.38~0.56$)の出費を強いられ、この額は電力公社が提示する電力価格の実に20倍に匹敵する。既存の発電所供給電力はさておき、生物ガス・バイオマス燃料発電所から得られる主な利点は環境に優しいことである。なぜなら、燃焼に必要な重油は僅かな量で済むし、ゴミ問題解決にも繋がって来るからだとQuynh博士は訴える。加えて処理後の排出物は通常、年間1万トンの肥料が必要とされる500hr分の黒コショウ栽培地への有機肥料として転用出来る様になるだろうと同博士はいう。仮に化石燃料を代替燃料に替えて行くことは温暖化抑制に繋がるのみならず、化石燃料の温存にも役立ちますと、プロジェクトコーディネーターのひとりドイツ環境保護資源再生研究所のMartin Wittmaier博士は述べる。

   「現在 島内のDuong DongとAn Thoiのふたつの町で年間15.5mkgsのゴミが出るが、これだけで代替燃料発電所で0.5MWの電力を作ることが可能になるので、私としては今後益々多くの観光客が、ここPhu Quoc島に来るようになって欲しいのです。そうすれば代替燃料を増やすことが出来、有機肥料が増え一石二鳥となるのです。その上、生物ガス発電所のヨーロッパでの建設コストは凡そ2.5mユーロ(US2.94m$)ですが、人件費の安いベトナムならもっと安価に作り上げることが出来るはずです。」とWittmaier博士。

   ライプチヒ大学院のKatia Korff氏はPhu Quoc島の発電所建設プロジェクトはODA資金を活用しBOT方式を採用してはどうかと提案した後、Wittmaier博士はドイツ・ブレーメンのErzeugung社から既に30%分のプロジェクト投資に興味をしてしていると述べた。セミナーの席上、ベトナム政府産業振興課Pham Quyet Chi課長は、政府は必ず環境に寄与する生物ガスプロジェクトにインセンティブを提供するだろうと語り、彼はKien Giang省人民委員会並びにPhu Quoc行政当局に30%の外国企業からの出資を基に、プロジェクトの管理運営を行う持ち株会社設立を促した。

(辛口寸評)
グローバルウォーミングが叫ばれて久しい中、不完全ながらも京都議定書も正式に調印され、世界が二酸化炭素削減に動き出している。
CO2だけが温暖化の主原因かどうかは学者の間でも意見の分かれるところだが、フロンガス同様、ひとつの構成物質には違いなく、それが環境破壊防止に役立つのなら、筆者は大歓迎である。

多くの場合、京都会議に於いて途上国は環境問題については消極的である。中国然り、インド然り、パキスタン然りで彼らの言い分は十分に判る。先進国のみが、やりたい放題、環境汚染をばらまいておいて、その反省から今になって他の途上国に対し問題提起をし、先進国のいうことを聞けと云われても、“途上国は貧乏なままでいればよい”と言っているのと同じにしか聞こえないだろう。だが、世界の人々は既に、地球の気候が変化してきているのに気づき始めている昨今、少なくともKyoto Protocolに調印した途上国の国々は、アメリカに比べれば、地球に対する良心を持っているのだといえる。

ベトナムも途上国のひとつである。しかも、経済発展が目覚ましく進む中、環境問題は先送りしても、更なる発展を進めて行きたいのが国情であるが、敢えて現段階で環境問題に目を向け対策を講じる姿勢は高い評価をしたい。

12月31日(土) ベトナム市場を狙え!
*    ベトナム人観光客はマレーシアにとって同国観光業界の有望な市場になりつつあり、来年はベトナムから10万人の観光客が来ることを期待し見込んでいるとマレーシア観光促進協会Kamaruddin Bin Siaraf会長は相好崩して発表した。発言はベトナムを訪れたSiaraf会長率いるベトナム表敬訪問団の席上、話されたもので、ベトナム市場の有望性をその人口と急速な経済発展を裏付けにしてなされた。

   マレーシア観光動向統計調査に因れば、同国を訪れるベトナム観光客は今年9月時点で42000人に達し、対前年比で20%増加となった。今回、ベトナム側との事務レベル協議を主催したSiaraf会長はベトナムに対し、2国間観光協力を促進させるため、マレーシアはベトナム民間観光業界へ援助を申し出た。マレーシアはベトナム人観光客にとって人気の旅行先国になっており、毎年、マレーシア観光促進協会はベトナム人観光客販促に30万米ドルを費やしている。

   昨年 マレーシアの観光業界は全体でUS7b$の収益を上げ、それは同国GDPの5%を稼ぎ出している。

(辛口寸評)
マレーシアの人口は僅か2500万人しかおらず、国内の経済成長は近年停滞し、消費の伸びも頭打ちとなってきている。このところ、マレーシアにとってベトナムは観光客だけに留まらず、大きな人口を抱える一大消費地として魅力的に映っている。この為、特に製造業を中心にベトナム市場への足がかりを作ろうと、ここ3年前から、ベトナムに窓口を置くマレーシア系企業が増加しており、うちの筆者のところへも会社HPを通じて代理店契約を結ばないかとか、ベトナム流通システムを尋ねる内容の問い合わせが良くあるほどだ。

2015年にベトナムは総人口が1億を突破すると言われている。その時点でも40歳未満の消費人口は全体の5割を超すという。このまま順調に経済成長が続いて行けば、東南アジア第一の魅力的なマーケットになるのは間違いない。そんなわけで、筆者の会社でも10年しぶとく利幅が薄く美味しいお菓子を作り続け、明日のナビスコを目指してこの地で頑張っているわけである(笑)

「お知らせ」

* この度、平成17年度「週間ベトナムニュース」 が、加筆・修正を加え、424ページの一冊の本になりました!限定30冊、購入希望の読者さまがおられましたら、別途、ご連絡下さいませ。

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2006/01/01

2006年、今年この邦は?

2006年があけました。市井の凡人が考える今年のこの邦!

今年は、中央銀行の日銀が政策変更を行うだろうから、それへの対応が不可欠だ。この邦の経済は、まだデフレ状態が続いている。いわゆる消費者物価に表徴される分野の低価格傾向はまだ当分強いだろう。しかし、東京の地価を始め不動産価格は急激な上昇傾向への胎動を示し始めている。依然、行き場のない「投機資金」は世界的に溢れている。

20年前に、この邦が空前のバブル景気に入った頃と同じ状況を示している。あのときは、1985年の「プラザ合意」により、円の対ドルレート変更に伴う「危機感から、金融緩和を急いだ」ことにより、市場には行き場のない資金が溢れ、それが土地と株に向かった。それが呼び水となり、世界で有り余る「投機資金」が一気にこの邦の市場へ殺到した。

昨年は、「原油」が高騰した。これでボロ儲けした「投機資金」は、いつまでも「原油」の高値を好感することもできないため、徐々に処分し、一部は「金」市場でちょっかいをかけてみたけれど、「原油」のような巨大な利益を得ることはできないままだ。

この邦は、昨年、狂犬コイズミの大博打で、米国が求め続けた「郵政民営化」という売国政策へ思い切って舵を切った。しかも、単純明快な「郵政民営化に反対か賛成か?」だけを争点に据えて、まるでファシズム国家もビックリのIQの低い選挙戦で圧勝した。中国も舌を巻いているだろう。加えて、狂犬コイズミは織田信長だけでなく、多分密かに敬愛して止まない(?)ドイツやと言いながらも偉人と考える世界の罪悪戦争人が創出したのと同じように80人を超える「コイズミ・ユーゲント」を整備した。ジャガイモ・タケベという忠犬を従え、政策は座敷犬の竹チン有害が、一生懸命にブッシュ親分の顔色がよくなる政策を次々に打ち出している。経済政策は計算なんてできなくとも番犬のブルドック・ニカイへケイサン席をうち与えたし、表向きの看板犬には、早口で語尾の聞き取れない愛玩アベチンを据え、これを安芸のナカガワ柴犬に政策調整させ、首監獄には怪僧ラスプーチンと恐れられるベア・イイジマが控えている。もうコワイ物ナシだ。

このようなやりたい放題状態を、無頼の輩は「投機資金」の投機先として積極的に評価して、この邦への資本投資(投機)を再開したのが昨秋からだ。結果は、無頼の輩の想定を遙かに超えて、トウキョウストックは急上昇。慌てた日銀は量的緩和の見直しを主張。しかし、コイズミ親衛隊は、今度はあの手この手を繰り出して反対を叫ぶ。中央銀行の金融政策はコイズミの政治介入で、もはや政権の下請け機関に過ぎないばかりのていたらくだ。

無頼の輩は、「もっと、やれ!」とコイズミ座敷犬の竹チン有害を教唆する。元来、「米国」大好き「米国かぶれ」の竹チン有害は、元々確固たる考えなど持ってないし、あの国でも座敷犬だから、ご褒美に鈴の一つもつけて貰うと嬉しくってよだれタラタラで驚喜する。座敷犬竹チン有害が一番コワイのは、狂犬コイズミよりもナント、犬のくせして、メンドリ・ライスだっていうから分からないものだ。何で鶏がコワイのだ?去年は鶏年だったけれど今年は犬年だぞって、「そんな、わけの分からないことを言われても、あの目はコワイ。一睨みされたら、コワイものはコワイのれっす」キャンキャン吼え返すくらいが関の山だ。

座敷犬竹チン有害は、「コイズミ・ユーゲント」に護られ、徹底的に売国政策を貫き自らは無責任に徹している。打たれ強いのか、単なるアホ~か。

座敷犬竹チン有害を、後ろで操るのは、この邦では金貸しオ(タオタ)リックスなんて奴らだし、なにせこの会社は、一時のサラ金以上に悪辣な金貸しだ。元は銀座で昼間の報道ボスの脂ぎった爺さんが、自分の趣味を冒されるって、世間に向けて吼えようと聞こえないふりして耳を貸さないし大したものだ。それが自称”宮様”なんて周囲に呼ばせながら、座敷犬竹チン有害を操り、この邦の政策を大いに変更させている。もちろん、己の金儲けと自己増殖のためだけだ。

爺さんに、「テメーのところは、(実は台湾から遠征の)ムラカミ不安怒に金出してるじゃねーか!」って指弾されても、知らぬ顔で蛙の面に何とやらだ。ムラカミ不安怒を始め、久留米のイノシシ面を褒めてみたり、胡散臭い「ハリボテ・バブル」を「ファンドマネジメントの成功者」「IT事業の成功者」と褒めちぎり、「資金を効果的、効率的に活用するのは悪いことではない。非難されることではない」と一生懸命に庇うのだ。こいつらが、本当は巧妙にバブルを仕組んでいる。この仕組みに、世界の無頼の輩やならず者が「投機資金」をこの邦へ集中させ始めているのだ。

世界から投機資金を集めさせ、バブル崩壊後に「タダ同然で手に入れた土地や事業資産」を、バブル化させた景気の中で売り逃げて、もっと金儲けしようと考えているに過ぎない。

だから日銀に量的緩和政策を変更されては困るのだ。それは、世界の無頼の輩も同じで、この邦から、もっと資金を奪い取るためにも、量的緩和政策を変更されたら困るのだ。もっと市場をバブル化させて、つり上げられるだけつり上げて、一気に売り逃げする。すると、この邦は今度は完全に破綻する。だって国家財政は既に基本的には破綻しているのだから。持ちこたえられない。今回こそ、郵貯資金を根こそぎ奪い取ることができる。それさえできれば、この邦を完全に支配できる。

そのためにも、狂犬コイズミと座敷犬竹チン有害、忠犬ジャガイモ・タケベ、番犬ブルドック・ニカイ、安芸のナカガワ柴犬、看板犬のアベチン愛玩、怪僧ラスプーチンのベア・イイジマはワースト7だ。加えて、自称宮様、ムラカミ不安怒、久留米のハリボテイノシシでワーストテンが完成だ!

コイズミは、この4年ほどで、この邦の歴史と文化を徹底破壊した。この邦は、しっかりした文化とそれに裏付けられた高貴な歴史を保っている。それを単なる「博打場」にしてしまった責任はどうなるのか。単なる博打場だから、文化も高貴な歴史も関係のない単なる空間にしてしまうのか。それを一層強めるのか。売国政策が露見することを恐れ、この邦の文化や魂を大切にしていることを嘘でも見せるために、「靖国神社」への参拝を繰り返しているのか。そのような不純な思考なら、この邦の魂に対する冒涜ではないのか。

日銀は中央銀行としての独立を保つためにも、断固として「金融の量的緩和政策」の見直しに踏み切るべきだ。それが、コイズミとの違いを表見することになる。いま、苦しくても、世界の無頼の輩が狙う「投機資金」の流入と攻防戦を繰り返した方がよい。その方が、100年単位でより長期的に苦しむよりは堅実である。一時の貧乏は、苦しくても耐えられる。これまでの文化と高貴な歴史を踏み付けられ、足蹴にされることは耐えられない。ましてや、この邦の民よりも、遙かに程度の低い米国人や中国人のクソを嗅がされるのはご免被りたい。

鈍一郎コイズミは、9月に退任するという。そんな先まで延ばさなくてもよいから、今日でも、いま直ぐにでも退陣されたらどうか。そうでなければ、この邦の民は長い未来に対し救われないだろう。

看板犬のアベチン愛玩!次を受け継ぐなら、看板犬のアベチン愛玩は、もう少し「発声練習と、語尾を明確にする話し方教室へでも通って、話の仕方を練習した方がエエゾ~!」。看板犬のアベチン愛玩の話は、最後が聞き取れないから、聞いた方はどこかで欺されそうな気がする。打倒すべきは、「嘘で塗り固められた、こいつらの話」である。

これと闘い、これを乗り越えると、この邦は何とかなるんじゃないか~。その意味で改めて勝負の年でもある。悪い夢を見てしまったなぁ~。

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