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2006/01/30

パレスチナの平和を実現するために、アメリカは冷静に議会選挙を評価せよ!

「パレスチナ議会選挙」について、パレスチナ人の友人が送信してきたメールを意訳し掲出したところ、ブログを見た多くの友人知人からそれぞれの意見が届けられた。

このブログで取り上げるテーマを、どこまで拡げるのか?とする意見が多いように思う。あるいは「パレスチナは、遠い存在だったこともあり、真剣に考えたこともなかったので、分かりかねる」というのもあった。

いくつか気になるメールに対しては、回答メールを返したが、多くは、そのままにしているので、改めて、「パレスチナ議会選挙」についての考え(評価)を整理した上で掲出しておきたい。そして、できるだけ、パレスチナの苦悩について考えて頂ければと願う。

「パレスチナ」の地に、「ユダヤ人」の「イスラエル国家」が建設されたのは、第二次世界大戦後である。「パレスチナ」の地に住み慣れた「パレスチナ人」を蹴散らし、追い払い、「ユダヤ人の国家・イスラエル」を強行建設したのである。それは、ヒットラーによる様々な「ユダヤ人」に対する迫害と蛮行を許したヨーロッパ諸国は自らの贖罪として、当時、パレスチナを占領していたイギリスの支援を受け、世界各国に散らばる「ユダヤ人」のために「イスラエル」という「家」を建設したのである。

この時以来、「パレスチナ人」は、「パレスチナの地」から追い払われ難民となったのである。「パレスチナの地」は、「ユダヤ教」「キリスト教」「イスラム教」それぞれの聖地である。それらを共同して統治するなどの知恵も出さないまま、一方的に「パレスチナ人」を追い払ったのである。かつて、「ユダヤ人」が「パレスチナの地」を追い払われたことに対する報復のように、蛮行を繰り広げ「イスラエル」は「パレスチナ」の土地を強奪したのである。

理由無く住み慣れた土地を追われた側が、自らの土地を取り返す闘いを始めるのは当たり前のことだ。これに対し「イスラエル」は「神から約束された土地」である。2000年にわたる流浪を経て「約束の地」に戻ったのだと主張する。従って、「自分達が留守にしていた間、勝手にユダヤ民族の土地を占領した者たちは追われるべきである。ユダヤ民族は神から約束された地に戻っただけなのだから」と考えているわけだ。

「誰も、2000年近い歴史を遡り、神との約束文書を確認することなどできない」。このように主張すると、「神を冒涜する行為だ」とユダヤの友人から激しく糾弾された経験がある。「神との約束」という彼らの宗教律に対する公然とした批判は許されないそうだ。当方には絶対に理解できない「ユダヤ教の原理主義」である。

以来、「イスラエル」は自らの「ユダヤ教国家」を死守するために、周辺を固め、「パレスチナ人」を支援する「アラブ・イスラム国家諸国群」と激しく対立し、国家防衛の聖戦を主張して周辺国家と戦争を繰り返し、その都度、軍事力にモノをいわせ周辺地域を拡大占領し、またもや占領地から「パレスチナ人」を追い出し、当初の国境線を拡大し占領地を自国領土とする強盗行為を繰り広げてきた。不幸にも、イスラエルによる占領地から逃げ出さなかった「パレスチナ人」には、一切の権利も主張も認めず圧殺し続けてきた。

1973年10月に発生した「イスラエル」と「アラブ諸国」の全面戦争を、僅か一週間で圧勝した「イスラエル」は占領地に、世界各国から呼び寄せた「ユダヤ人」を入植させ自らの領土と化すことに持てる力を尽くした。この時の戦争は、「アラブの産油国」が「イスラエル」を支持する世界各国へ「石油」の輸出を停止し、世界は「石油ショック」に洗われることになった。この「石油が輸入できない」という洗礼を受けた日本は、アラブのことなど素知らぬ顔でいたはずを、いきなり宗旨替えしたのか「アラブ産油諸国」を重視する政策へ一気に転換した。<<よくやるわ!>>

この時の戦争で、「アラブ諸国」を始め「パレスチナ人」も「イスラエル」と正面戦をしてみても勝てる見込みがないことを思い知り、以降、「パレスチナの解放(復帰)」を目指す闘いは正面戦から「ゲリラ」組織で「テロ攻撃」による闘いへ転換していく。

しかし、「イスラエル」は、一回の「テロ攻撃」に対し、素早い軍事行動に出ることで、さらに占領地を拡大するという報復行為を行う。「パレスチナの解放」を目指す勢力は、次第に、活動拠点を追われ、隣国の「レバノン」へ逃れ、「レバノン」を拠点に「パレスチナ解放」闘争をテロ活動と部分的な正面戦を繰り返すゲリラ行動に出る。これらに手を焼いた「イスラエル」は、ある時期を機に「レバノン」へ戦線を拡大し進撃し「パレスチナ・ゲリラ」とこれを支援する目的で周辺国から集まった「アラブ・ゲリラ」を徹底的に殲滅した。このとき、故アラファトが率いる「ファタファ」は「レバノン」から這々の体で逃げ出した。パレスチナの解放組織は、故アラファトが率いる「PLO」が高名(理由は後段)だが、「イスラエル」による「レバノン」侵攻までは「PFLP」が武力闘争を一手に担っていた。「ファタファ」は最初から腰抜けだったのだ。

姿を変えて踏み止まった「ハマス」は、故アラファトが率いる世俗的で汚職まみれの「ファタファ」とは異なる姿勢を貫き、「パレスチナの解放は自らが担う」ことを明らかにする目的もあり「イスラム原理主義」をより明確に掲げ組織強化を図り、武装組織の訓練を強化した上で、果敢に「爆弾によるテロ攻撃」をイスラエルの占領地で続けた。「イスラエル」の各地は、「ハマス」が繰り広げる「テロ攻撃」で崩壊寸前の悪夢に襲われた。「イスラエル」は再び「ハマス」を殲滅させるとして「レバノン」への攻撃を徹底し、美しい「レバノン」の首都は廃墟と化した。それでも「ハマス」は「パレスチナ・ゲリラ」による「イスラエル」への「爆弾テロ攻撃」は止めなかった。

この間、アメリカとイギリスは手を拱くとなく、国連の場で徹底的に「アラブ諸国を非難し、『イスラエル』を擁護した」。自分達に都合の悪いパレスチナ問題の本質を議論することなく「パレスチナ・ゲリラ」を諸悪の根源と非難し、「国際秩序の維持」を訴え続けた。実に甘美で都合のよい主張を繰り返したのだ。世界の世論の大方は「パレスチナ・ゲリラ」は恐ろしいというイメージで固めることができた。このため「パレスチナ・ゲリラ」は諸悪の根源であり、世界の秩序を破壊する悪徳であると、世界の多くへの刷り込みに成功した。

次に、アメリカとイギリスは、「パレスチナ・ゲリラ」の分断作戦に出る。一概に「パレスチナ・ゲリラ」といっても、故アラファトのように、取り敢えずビジネスとして「アラブの正義、パレスチナの正義」をスローガンにするだけの、汚職まみれ腐敗の権化、自らに金さえ入れば何もしない故アラファトに率いられた「ファタファ」というのもいる。これを手なずけ抱き込むことで「ハマス」を「爆弾テロ集団」と規定し世界に呼び掛け協力させることで殲滅する。その後に、手なずけた「ファタファ」も民主的でないとかなんとか屁理屈をつけて殲滅することを考えたのだろう。

1980年代に入るとアメリカの各政権は、急に「ファタファ」の頭目の故アラファトに接近し持ち上げ、キャンプデービットへ招き入れ、「パレスチナ国家」の樹立をアメリカが後押ししているかの演出もして見せた。実は、これ以上「ハマス」が「イスラエル」への「テロ攻撃」を続けたら肝心の「イスラエル」が保たなくなり全面崩壊する恐れがあったから、アメリカもイギリスも必死だった。

この事実を冷静に考える能力を欠いた強欲で世俗的なだけがウリの故アラファトは、アメリカとイギリスが反省したと大きな勘違いと誤解をしたまま、「イスラエル」との協議を受け入れ「パレスチナの正義」を平然と裏切り、国際社会で自らが率いる建前のゲリラ組織「PLO(パレスチナ解放機構)」を既存国家の国家機構と同等の条件で認知させ、各国から巨額の援助金を手にし己の懐へ入れて平然とした。

「パレスチナ」の解放は、故アラファトの専売特許ではない。いかに「PLO」に参加しても、自分の収入のために「パレスチナの正義」を裏切り、公然と「イスラエル」と妥協する故アラファトを許すパレスチナの解放組織は、故アラファトが率いる「ファタファ」以外からの賛同はなかった。

この故アラファトの妥協(裏切り)以降、「ハマス」を始めとする「パレスチナの解放組織」は、従来にも増して「イスラエル」への「テロ攻撃」を(一斉に)強化した。逆に、故アラファトは、パレスチナの国家元首気取りで、「ガザ」に各国から掻っ払った資金で活動拠点を構築し、ゲリラの頭目を捨て去り、西洋人の嫁をフランスから呼び寄せ(直ぐにフランスへ逃げ出されるが)、公然と千夜一夜の世界に漬りきり、持ち前の「賄賂取り放題政治」を自らの威令が及ぶ範囲内で開始した。この見事な腐敗ぶりを眼にした「パレスチナ難民」は一気に故アラファト離れを加速し、異端視してきた「ハマス」の正当性を認め「ハマス」への支持を強めた。

hamas060131jordan 「ハマス」は、「パレスチナ難民」からの強い支持を受け「イスラエル」への「テロ攻撃」に拍車をかけた。この間に、金まみれ汚職と腐敗の世俗の恥辱者、故アラファトは齢を全うし死去した。その翌日には、フランス滞在中の故アラファトの西洋人の嫁は電光石火の如く早業で、公然と「アラファトの遺産をよこせ!」と恥も外聞もなく主張した。「イスラエル」から「パレスチナ」を追われ「難民生活」を強いられている「パレスチナ難民」は、これまで少しでも尊敬してきた故アラファトを軽蔑し強く非難し「ファタファ」への憎悪を明らかにした。(写真はハマスを支持するヨルダン川西岸地域へ追われたパレスチナの人々)

近頃は「イスラエル」も「ハマス」を始めとする「パレスチナ・ゲリラ」との闘いに疲れ切り、国家としての政権が崩壊しかねない事情を抱えているため、何とか「パレスチナ」側と妥協し「ヨルダン川西岸」からの名誉ある撤退をしてでも「パレスチナ」との「平和・共存」を希求するようになった。

そのため「パレスチナ国家」の建設を認めることも含めた提案を示し始めている。しかし、「パレスチナの中心市街地」の帰属、あるいは共同管理などについては最適な案は欠いたままである。

このような20世紀の半分を超える歴史的憎悪と宗教対立の末に、何とか、平和を希求する声に応えなければ仕方がない環境に「イスラエル」も「パレスチナ」も至ったわけである。

「イスラエル」も選挙があった。穏健な世論を背景にする「シャロン首相」は過労による「脳溢血」とかで斃れ闘病中である。一方の「パレスチナ」は「議会選挙」を実施した。その結果、これまでに重ねられた様々な背景もあり「ハマス」が劇的な勝利を手にした。

すると、アメリカを始めヨーロッパ各国が、「ハマス」はテロ集団だと言い募り「国際的な非難」を浴びせている。恥ずかしくないのだろうか。自分達が想定した形にならなかったからといって、民主主義の成果としての民意の反映を公然と無視しようとする姿勢は、民主主義を主張し喧伝する側としては、余りにもお粗末というほかない。アメリカを始めとする「ハマス」非難の主張を認めることはできない。アメリカの良心ある市民は、この事態をどのように見ているのか。「パレスチナ」で「ハマス」が圧勝したことで初めて本当の意味での「イスラエル」との間で「平和と共存」について議論できる機会が提供されようとしているのだ。

この事実を、真摯に受け止めるべきではないか。アメリカはヒステリーの権化「ライス国務長官」が例の猜疑心に包まれ狡猾で疑い深く欲深いいやらしい目つきで、公然と「ハマス」批判を展開し圧力を強めている。本当にIQ200(所詮はハリボテの上げ底だろう)を持つ人物かどうか疑わしいことだ。冷静に考えたら「ハマス」との話し合いは素晴らしいことだ。それよりもやはり、胡散臭い「汚職まみれ、腐敗しきった」故アラファトが率いた「ファタファ」だけが、「パレスチナの平和」を語ることができる(認められる)のか?それなら、「パレスチナの民意(ハマスの選択)」は、アメリカの気に入らないからといって平然と踏みにじられても構わないのか。世界は「アメリカ」のお気に入りでなければ「生存」することを許されないのか?それが、民主主義を広めるアメリカの姿勢であり本質なのか。

なら、やはり「アメリカ合衆国」は「ユダヤ人資本最優先国家アメリカ」とでも国家の呼称を変更したらどうか。「ハマス」との交渉パイプがないからといって、まだ、戦争を強要するアメリカの姿勢は世界で断罪されなければならなくなる。アメリカは自由と民主主義を世界に発信し続ける国である。もっと大きな度量を示して貰いたい。

「パレスチナ」の地に生きる大切な友人を持つ者として、「パレスチナ」の行方を案ずる大切な友人からの「議会選挙成功」を喜ぶメールを受け、同時に、アメリカとヨーロッパ各国が一斉に「議会選挙」の結果を認めないとする論調を懸念し悲しむ友人のメールを受けた上で、これだけのことを日本の冷静な皆様へお示したいのです。

[パレスチナ人の大切な友人を持ち、『パレスチナの平和』を求める日本の友人として]

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