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2006/08/27

「靖国」について、頂戴した賛否のご意見へ!

Kiri57世論調査によると、日本人の半分程度は、8月15日に小泉首相が行った「靖国神社」参拝を支持しているとのことです。それはそれで結構です。
しかし、不思議なことは、なぜ、そのような馬鹿げた「世論調査」を、いちいちする必要があるのか?という点です。政権自体も困惑していることの裏返しでしょう。情けないですね。

それはさておき、
16_kiku_2ここで申し上げている点は、「靖国神社」が主張している中身は、国際社会では理解されにくいと指摘しているのです。日本人のメンタリティとして、内向きに議論している間は、何となく、どことなく分かり合えるのかも知れませんが、国際社会で他の国の人には理解できない内容です。

「靖国神社」を奉賛される日本人でも、(世界の)誰にも理解できる平易な表現で、正確に議論すれば、説明できないのではないでしょうか?
自分自身が、充分に理解できないことを、世界が理解してくれることはありません。
正確に理解してもらえるように説明する事が大切なのであり、「心の問題」だと策を弄する言い方では説明になっていないと考えます。

ほとんど無名に近い兵隊を戦場に駆り立て、それをまた増産する上で、政治の上で仕組みとして過去に有効性を保持した「靖国」にまつわる論理は、現在の国際社会で展開される論理性の前で、ほぼ破綻しているのではないか?と考えるわけです。
取り巻く社会の側が、理解できない論理(ありうると思いますが)を、押し通したいのであれば、押し通そうとする側の極めてローカルな国内問題に閉じこめておかなければなりません。

ところが「靖国」は、「国内問題」であると同時に立派な「国際問題」でもあるわけです。

それは、明治維新政府による政体で展開された数多くの政策に派生し、第二次世界大戦により幕を降ろされた「大日本帝国」に懸かることを、現在の「日本国」が引き継ごうとする点(それを求める勢力)の論理に問題の本質があると考えます。

現在の「日本国」は「大日本帝国」が第二次世界大戦で無条件降伏した後に、「連合国」の占領を受け、「連合国」による政策と制度を引き継ぎ、いまに至る政権を構築してきました。

「靖国神社」はこの過程で、一連の政治・制度改革を受け入れ、一宗教法人として存立しているに過ぎません。一般論としては、そこが、どう考えようと、とやかく言う筋合いの事ではありません。

しかし「靖国」は、明治維新と大日本帝国陸軍創出の雄であった「大村益次郎」により編み出され、後には戦争に兵隊を駆り出すための巧妙な仕組みと役割を与えられた極めて政治性の高い存在に他なりません。従って、今もなお政治性が高いわけです。

諸外国に理解できないのは、「戦争で死んだ兵士が、なぜ神になるのか?」の一点に尽きます。様々な信仰があり、様々な宗教的立場の人があるにも関わらず、どうして全ての兵士が「神道」に集約(強制)され(なければならない?)るのかという点に集約されます。
軍隊という単一組織に位置づけられる間は、多少の制約も受け入れざるを得まいでしょうが、それでも「信仰」については、「個々人の心の問題」であるがゆえに、制約を受けるものではありません。しかも、死亡した後に自らの意志に関わりなく「神道」により「神」にされることは、どのような意味を持つのか、この点について「靖国神社」は全く合理的な説明を欠いています。
基本的には「できるわけがない」。人為的に、ご都合主義で政治制度として創出された仕組みであるため、政治が優先するために難しいのです。

「靖国」で、よく指摘されることは、「西郷隆盛」は明治維新の一方の立役者でありながら、最終的には「政府」と対立し「西南戦争」を起し自刃しました。そのため「西郷隆盛」は、政府に弓引く賊であり、「靖国」には祀られないわけです。「靖国」は、つまり時の政権で勝ち馬の側に位置する兵士を奉賛する施設であり賊の側に位置する敗残者は祀られることはないのです。これを表徴するのが「西郷隆盛」の一件であると説明されます。
従って、「靖国」は高い政治性を持つ特別な施設と考えなければなりません。

しかし、この「靖国」を支えた制度で、「大日本帝国」は第二次世界大戦を遂行した後、「大日本帝国」は「連合国」に「無条件降伏」したのです。
勝者の側に立ち生命を捧げた兵士を奉賛し続けた「靖国」は、(世界的には)敗者の側に追い込まれました。つまり「靖国」を必要とし、かつ支え続けた「政治的な論理と制度」が為す術もなく崩壊してしまったわけです。
いまもなお「靖国」にすがる人達の多くは、この事実を受け入れられないのだろうと考えます。
なおかつ、現在の「日本国」は「大日本帝国」を受け継いでいるとお考え(信じておられる)だろうと見受けます。この点をどう評価するかで「靖国」への姿勢と態度が変わります。

もう一点、なぜ、国家を破綻させ(るに至っ)た戦争指導者と彼らに駆り出され、無碍に貴い生命を落とした兵士が、共に崇められるのか、あるいは、なぜそうしなければならないのか?について、「靖国」は論理的に世界に向けて説明できていません。
この点への指摘があります。

「日本国」は、「戦争を自ら企図し、結果として国家を破綻させた」戦争指導者を自らの手で裁いていません。もちろん、「無条件降伏」により「大日本帝国」は消滅したわけですから、裁く側の主体とはなりえません。これを占領者としての「連合国」が「東京軍事裁判」として裁きました。この点について「靖国」を奉賛される側の人達は、「東京軍事裁判」を認めると、ご自身の存立基盤を揺るがしますから、納得できないわけで、「東京軍事裁判」は占領者である「連合国」による一方的な裁判で無効との主張を繰り返しておられます。従って「A級戦犯などいない」という論理です。この視点に立てば「靖国」への合祀も論理的に一貫するわけです。
続いて、現在の「日本国」を規定する「日本国憲法」も占領者としての「連合国」から押しつけられたから「無効」との主張です。

つまり、「日本国」の存在そのものが「無効」と主張されているように聞こえます。

どなたでも、世界に向けて、論理的かつ合理的に説明できるのであれば、それをなさったらどうですか?と申し上げているのです。
「それができない」から、非論理的な感情論や暴力で、押さえ込もうとしているわけでしょう。
「その程度の行動能力では、世界で友人を失いますよ」と指摘しているのです。

「靖国神社」が、これらの点について論理的に説明できないのは、既に、論理的に破綻しているからではありませんか?
それを「日本国政府」が代わって説明しようなどという愚かな行為は止めたほうが善いですよ。そんなことをしたら「政教一致」になってしまいますからね。

しかし、自らの存立が無効だと言われている「日本国政府」が、「靖国」に表徴される諸件を「正当」であると、論理的に説明するのは究極の自己矛盾ともいえますから、難しいですね。やはり、論理的には破綻していますよ。

もし、「靖国」の仕組みを正当と主張される側の意見に「日本国政府」が与することは、何よりも、「靖国」が果たしていた、従来の機能性を「日本国政府」が、図らずも認めることになりますからね。それは、非常に難しい事態を招きますね。より困難な事態をね。

しかし、内閣総理大臣として小泉純一郎氏は、「靖国」を8月15日に公約実現のために参拝されたわけですから、その意義について「心の問題」だなどという、姑息な話ではなく、正々堂々、世界に通じる論理で合理的に説明されるべきではないか?と提議しているのです。

それが、海外で活躍される、多くの日本人へのメッセージにもなるわけです。
その上で、改めて「靖国」に懸かるテーマは、議論が生ずることでしょう。
明治開国と維新により、できた明治政府の統治機能としての「靖国」を、機能面でも充分に総括しなかった、ツケが回ってきているわけです。そのように見えてしまうのです。
現代政治の思想として「靖国」と、どう向き合うかが、世界から問われています。論理的に合理的な説明ができればよいのです。それだけです。

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