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2006/12/17

ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第93号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成18年12月16日 土曜日 第93号
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■ こんにちは!!

Vnnationalflag_63いつもお世話になっておりますベトナムからニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その93 今週のヘッドライン

* 12月11日(月) 台風ドリアンの爪痕
* 12月12日(火) 旧家の保持とベトナムアイデンティティー
* 12月13日(水) 台風ドリアン政府救済措置
* 12月14日(木) 賛否両論の無痛分娩
* 12月15日(金) 恒久通常貿易関係承認
* 12月16日(土) ベトナム航空IATA加盟

12月11日(月) 台風ドリアンの爪痕
*木曜日の朝、台風ドリアンが南部ベトナムに上陸し、数千の船舶と家屋を破壊し、少なくとも15名の犠牲者を出し、南中部海岸沿いに住む数万人の人々が、月曜の夜まで避難を強いられることになりました。当初、Tuy Phong地区を襲うと予想されていた台風ドリアンは、その後、進路を変え昨夜、荒れ狂いながらBinh Thuan省沖合120kmに浮かぶPhu Quy島に上陸したのです。

激しい嵐は820艘の漁船を沈没させ、ふたつの養魚場を押し流し、2000軒に及ぶ住居や校舎を破壊し、ライフラインの全てが停止し、怪我に因る重症者が多数発生するほどの甚大な被害を生じました。Quy Nhon省Bai Xep国境警備隊は昨日、Bai Ran海岸沿いで、二つに折れた各座した石油運搬船を発見。そこから大量のオイルが漏れ海面に流失し、汚染を広げている。また、La Gi町では約200軒の住居と校舎が倒壊し2名の死者と2名の軽症者を出し、2艘の船が沈没し、302メートルの防波堤が吹き飛ばされました。

今朝、Binh Thuan省人民委員会の委員長と多くの地元役人たちがPhu Quy島に被害実態調査の為に赴き、1300梁のテントを島民に支給することになっている。委員長は軍に対し被害者救出の要請も併せて依頼する。加えて、冬春用穀物の作付けは台風ドリアンが通過するまで即時中止の命令がメコンデルタ各省行政当局から下された。「仮に今のこの時期に作付けをすれば、台風ドリアンの影響で大きな損害を強いられることになるだろう。」とAn Giang省農業僻地振興課Nguyen Van Phuong課長は憂う。現在までに40万ヘクタールに及ぶ穀物の作付けが完了しており、これらを守る為にバリアを築き洪水対策に備えなければならないとPhuong課長は語った。

(辛口寸評)
ホーチミン市あたりは滅多に台風が上陸することが無いので、中部で被害が出ていても、対岸の火事よろしく今ひとつ実感と緊張感が湧いて来ないものだ。先日、とある夕食会に招かれた際、同じくゲストで出席されていた中部フエに拠点を置く日系日本酒メーカーの代表者と親しく会話する機会があり、たまたまその話題が台風になったので、中部での台風の様子を伺うと、「兎に角、空全体が巻上げたような黒雲で列を成し、海側から低い唸りにも似たゴーゴーと言った巨大な風の音を従えやって来る様は、武者震いするほど心から恐ろしく感じます。」と怯えるような口ぶりで語ってくれたのが、強い印象として残った。中部は、殊、台風に関して言えば日本の沖縄の様なもので、ベトナムでは最も台風の被害に遭い易い土地柄である。相手が自然なだけに、有効な手だてが無いが、被害者に対する政府の一刻も早い救済措置を講じて欲しいものである。

12月12日(火) 旧家の保持とベトナムアイデンティティー
*急速なベトナムの経済成長に伴い、我が国の地方から古い形式の住宅が消えつつあるが、その一方で、これら古いスタイルを踏襲した新型住宅の建設が都市郊外に次々と建設されているという。
ベトナム中の大勢の人々が、伝統的な連続した木組の欄間と二枚瓦を持つ住居の改修と保存に取り組む動きへの参加に積極的な姿勢を見せている。中部Quang Nam省に住むLe Van Tangさんは、この動きを創り出した先覚者で、歴史的構造物の保存及び古いスタイルの住居デザイン・建設を営むQuang Vinh管理協議会社の設立者であり、代表者なのだ。

この会社はベトナム各省から集めて来た古い家屋をQuang Nam省Vinh Dinh町から凡そ、1.2キロ離れた国道1A号線沿いの特別地区に移築したのだ。数年前、この通りにある築300年の古い家が倒壊の危機に陥った際、Tangさんは過去6年にわたり4bドン(約3千万円)を投じ、購入し保存に乗り出したのだった。今日、この特別築には古い家並みが4000平米にわたり移築されており、このあたりの観光地のひとつとなっている。

多くの専門家は、文化・建築・芸術的な価値をこの地域が生み出しており、家並みの中でも群を抜く建物は高さが5m、敷地面積は250平米にも及ぶという。しかし、この通りの家並みはQuang Vinh社にとってほんの序の口に過ぎず、順次 各家屋の改修並びにアップグレード化に力を注いで行くとゆくという。Tangさんは、Hoi Anの有名なKim Bong大工村出身の元大工である。Hoi AnとMy Son遺跡が1999年ユネスコの世界遺産に指定された年、彼は今の会社を興したのである。

中世の生活様式に魅せられたTangさんは、Quang Namに残されている古い家々を訪ねて回り、丹念に垂木・欄間・二重張り瓦などを勉強したのだった。現在 ベトナムの古い家屋は痛みが進んでおり、手入れや改修も滞りがちである。その一方で、遺産保存会によって立ち上げられた改修事業は、それに必要な資金提供が満足に行われていないのが実情である。そこでTangさんやその他の彼と興味を共有する人々が国の歴史の保存に立ち上がったというわけなのだ。

ハノイの多くの人々は画家のThanh Chuongさんのように地方から古い家を集め、移築して我が家とするのが流行りだしているという。
「Tangさんや私のような人々は、歴史的価値ある構造物を保存したいと考えています。ベトナムの文化を残すことは我らの誇りなのです。」
とChuongさんは胸を張る。Chuongさんは、これまでにNam Dinh省の私寺、Bac Ninh省のふたつの家屋、Hoa Binh省の亭を買い求め、Ha Noi市郊外のSoc Son区に移築し自ら住んでいる。そこでは、それら家屋を利用し、数千点にも及ぶ古いベトナム民具などを展示されている。

「文化というものは直ぐに棄て去られてしまうものなのです。しかし、一度人々の記憶から忘れ去られた技術や伝統様式はもはや後になって戻すことが出来ません。ですから、我々が率先してこれら古い建築物を残す事に因り、歴史の中の先祖の生活様式或いは建築技法などを偲ぶことが出来るわけなのです。」とChuongさん。ハノイ芸術大学の学生で画家の卵のLinh Nguyetさんは築100年を超える私寺を購入し、彼女の農場があるBac Ninh省に移し替えた。Bac Ninh省Tien Son区は、古い家並みが集中しており、伝統的な営みを今に残す地元民の暮らし振りが若い画家を魅了しているので、一目、Tien Sonを訪れればベトナムの過去にタイムスリップしたように感じることが出来るのだ。

画家のBui Hoai Maiさんは、そんなTien Sonに魅せられ過去にここで過ごした一人である。古い家のデザイン専門家でもある彼は、滞在中、地元の人々から請われれば保存法などを伝授したという。
バイク売買で億万長者に伸し上がった、Doan Gia Tuanさんは11bドン(約8150万円)を投じて、Hoa Binh省Luong Son区に自宅を購入した。その家は築300年でBac Giang省にあり500mドン(約370万円)で売りに出されていたのを購入し、移築・改築工事を施し彼の母屋としたという。

これらの改築事業は決まって計画通りには進まないものだ。例えば、地方の古い家屋のオーナーたちは売却拒否や異常な高値を提示されたりすることが多々あるからだ。古いスタイルの家屋を建設する動きは、ベトナムの文化財を保護する事に反映し、外国文化の流れに対し、際立った存在感を残すのに繋がり有益といえよう。更に言えば、これらの家々は調和が取れて美しくその環境に合っており、これらの所有者は審美眼と文化的価値を高めるため保存に努めているのだろう。

(辛口寸評)
ホーチミン市内は至る所、建築ラッシュである。道路の拡張工事を始め、古い小さな建物が解体され、大きな商業ビルの建設が着々と進んでいる。特に、空港から一区の繁華街に抜けるNguyen Van Troi通りの変貌ぶりが目につくのだが、後1年もすれば、きっと筆者が知っていたこの通りの様子は完全に一変してしまっているのだろうと容易に想像することができる。ただ、ちょっぴり寂しくもある。

子供の頃、梶原一騎原作・川崎のぼる作画の“巨人の星”というスポ恨テレビ漫画が放映されていた。その作品の中の風景で、星飛雄馬の父、一徹が、我が息子を野球の名門校に入れる学資を稼ぐ為、日雇い人夫として当時、仕事に事欠かなかった東京オリンピック前の建設ラッシュに湧く東京を舞台に働いている場面があって、建設の槌音や地面をはつる音などが、うるさく聞こえていた条件が、何故か可笑しなことに筆者の中で、今のサイゴンの状況と不思議にダブるのである。

12月13日(水) 台風ドリアン政府救済措置
* ベトナム政府は緊急に国家予算より150bドン(US9.4m$)を割いて破壊の限りを尽くした台風ドリアンの被災者の生活再建の費用を計上することになったと、昨日Nguyen Tan Dung首相はホーチミン市で発表した。今週始め南部海岸地域を襲ったこの台風の被害は今のところ62名の犠牲者の他、19名の行方不明者並びに1000人名の負傷者に及んでいる。家屋倒壊及び船舶の沈没などの経済的損失額は5.2tドン(US325m$)に達していると食料災害管理中央常任委員会は試算。

昨日、Dung首相はホーチミン市にて、台風後の復興を話し合うための緊急会議を主催した。この会合にはTruong Vinh Trong副首相と各省庁・自治体から出席した代表者たちが参集した。Dung首相は元々、この時期、シンガポール・マレーシア訪問を予定していたが、日程を延期し今回の会合を開き、台風被害者やその家族へ哀悼の意を表した。会合終了の弁で首相は、今年9番目の台風ドリアンは早い時期に軌道が測定され、関連省庁と職員を総動員して被害の最小限化を試みたと説明をした上で、南部上陸地域への対応が不十分であったことを指摘した。

引き続き、行方不明者の探索と負傷者の救護、それに被害を蒙った世帯への適切な措置がなされるようDung首相は指示を出した。
ベトナム政府は約200~500万ドン(US125~312$)を家屋の被害に応じて補填をする方向で調整中だという。Dung首相は自治体各指導者に対し、台風で被害を受けたインフラの復旧並びに被災地域の状況を速やかにまとめて詳細を報告するよう要請した。

(辛口寸評)
この他に台風ドリアンの影響で、Ben Tre、Tien Giang、Vinh Longの各省では台風以来セメントやビニールシートなどの建築資材などの価格が約5~10%上昇しており、それらの不足が目立ち始めているという。特に被害の大きかったBen Tre省Binh Dai区域においては、椰子の木が相当数倒れてしまったために、ココナッツまで手に入りにくい状況に見舞われているらしい。地区の人民委員会は不足の解消を促すために建設資材業者の意図的な売り惜しみなどに警戒し、順次、検査を実行し摘発すれば厳罰を持って臨む市場の安定化を図るとのこと。

12月14日(木) 賛否両論の無痛分娩
*人類がこの世界に誕生してから、母親は出産時の苦しみを担わされるようになったが、今日では現代医学と薬学の発達により、女性はもはや“産みの苦しみ”を味わうことが無くなった。しかし、このような素晴らしい事実が現実のものとなっても、多くの女性は母親になる通過として“産みの苦しみ”は重要な要素だと考え、無痛出産を拒否する傾向にあるのだ。

著名な医学博士Melzack Chart氏の指摘に因ると、出産時の痛みのピークは、一般的に指を切り落とす痛みと同等、或いは骨折時の二倍の痛みに匹敵するという。勿論、出産時の痛みの加減は人によって異なるだろうが、陣痛開始と分娩時に強烈な痛みが伴うのは同じであるというのだ。出産を控えた妊婦が、この人類誕生以来の挑戦にスムーズに向き合わせる為、様々な麻酔技術が違った角度から研究・開発されてきた。これらには、一般的なもの、地域的なものなどあり、投与方法も呼吸・注射・食物摂取などがある。

その中でも、最も効果的な麻酔技術は世界の産婦人科医療学会では硬膜外法が際立って優れていると認知されている。この方法は、麻酔薬を少しずつ必要に応じて妊婦の背中(神経ではない)に管を通して投入してゆくものだ。国立産婦人病院に勤務する麻酔薬の権威Bui Van Am医師は、この方法が1905年以来、世界中で行われて来ているのは、脱感作剤を管理することによって麻酔処置中、高血圧化・頭痛・腰痛などの抑制効果が期待出来るからだという。

「仮に、硬膜外の麻酔技術が確立されたならば、妊婦も胎児も多くの利益をこの方法から享受できることになります。陣痛に因る筋肉の弛緩の解除は分娩をより、快適かつ安全なものに変えてゆくでしょう。
その上で、今日の妊婦は極度な苦痛から解放される権利を持つべきなのです。」とAm博士は語った。ベトナムでは硬膜外法を1998年より導入してきたが、これはハノイの国立産婦人病院か仏越病院で自然分娩者のみに対応しているという。これら二つの病院の相違点は、仏越病院ではほとんど全ての自然分娩の妊婦に硬膜外法を適用する
一方、国立産婦人病院は、病院施設内での環境整備の立ち遅れから、限られた妊婦しか、享受できないことだ。

「私の分娩時は、硬膜外法でしました。痛みもほとんど感じることなく快適でした。次回、出産時も是非、この方法でお願いしたいものです。」と二児のママHoang Nhu Hoaさんはいう。このような素晴らしい結果を持つ硬膜外法だが、世間は未だにこれを奇異の目で捉え、認知しようとしないのである。

二人目の子の出産を間近に控えたTran Phuong Hoaさんは、出産時に痛みを緩和するための措置を講じるつもりはないという。「確かに激しい痛みが出産には伴いますが、でも私は母親の意識を自分に課すためにこの痛みに耐えることが必要だと考えています。」と語ってくれた。Hoaさんの他には麻酔の副作用を心配する余り、無痛分娩を拒否する人々もいる。

それに道徳的な見地から、無痛分娩に抵抗を感じる人がかなりの数を占めていることを挙げなければならないだろう。多くのベトナム人たちは、母親の価値を重要視している。というのも、母親になるためにHoaさん同様、陣痛は通過儀礼と捉えており、我慢すべきものだという考え方が大勢を占めているのだ。このような考え方は、その痛みに耐えた末、産み落とした我が子に対し母親は始めて全愛情を注ぎ育児に専念できるようになるというものなのだ。物議を醸し出す問題点で、解決されるには未だ相当数の歳月を要するだろうが、今後とも国は全力を挙げて硬膜外式分娩の有効性を高め、それを基盤に国民の意識を啓蒙し、硬膜式の普及に努めてゆくことが肝心であろう。

(辛口寸評)
出産を経験することのない男性の立場から、無痛分娩に対し、賛否を論ずるのは些か控えるべき繊細な問題である。ただ、寸評を書く以上、何も書かないわけにも行かないので、筆者個人の考えを書いておきたい。「あなたのお産は大変だったのよ。兎に角、3200グラムにも育ったあなたは中々出てこなくてね。脳天に五寸釘を打ち込まれるような感じの痛さで、漸く産まれて来たのよ。」と今は亡き筆者のお袋は、思春期の私を捕まえ、親の思い通りにならないと言ってくれた言葉である。

無痛分娩か自然分娩で、その後の母子の精神面の関わり合いについての研究成果や報告といったものを見たことが無いが、生身の弱い人間を主題として考えると、無痛分娩で出産した場合、その母親が子に対する愛情は、普通出産に比べると幾分薄くなってしまうのではと思える。物に例えるのは悪いが、苦労して手にした物とそうでないものとを比較するとその答は自ずと明らかである。やはり、腹を痛めてこの世に送り出すことに、親としての自覚も備わるのではなかろうか?

筆者の娘はベトナムの病院で誕生したのだが、その際、立ち会わせてくれた。まさか、そのような機会がベトナムで与えられる等とは思って見なかっただけに、陣痛に苦しむ女房を横目におろおろしながら手を握ってやることしか出来なかったが、娘の頭が股を割って出てきたと思った刹那、体全体が一気に押し出されて来た姿をこの目にして、「俺の子だ」とはっきり実感した。この程度でも、親になった感覚が強さを増すことに繋がるのだから、女性の普通分娩は何にも増して母と子の愛情を太くする役割を果たしていると思えてならないのである。

12月15日(金) 恒久通常貿易関係承認
*12月9日、米国上院議会に於いてベトナムに対する恒久通常貿易関係(PNTR)を与える夜間審議を行い、賛成79票、反対9票で賛成票が勝り承認された。この承認の前日の8日、米国下院議会では採決が行われ、賛成212票 反対184票をで可決され、後はブッシュ大統領の法案可決署名を待つのみとなっている。今回の法案の主なポイントは1974年、ニクソン大統領により法案化されたJackson-Vanich修正法を取り除き、ベトナムからアメリカへの輸出品に対する差別撤廃を果たす役割を持つ。中米ベトナム大使Nguyen Tam Chien氏は、この度の米国下院と上院のPNTR承認を歓迎し、両国の国益に適うと談話を発表した。

ベトナム外務報道官のLe Dung氏は、9日に米国下院と上院に因って承認されたPNTRは越米両国の国民に大きな希望を持たせるもので、越米の重要な結びつきと、特に経済・貿易分野での関係正常化を大いに促進させることになると述べた。その上で、Dung報道官はブッシュ大統領を始め、米国政府・議会議員各位・民間商工業団体・在外ベトナム人たちに法案可決に謝意を示し、ブッシュ大統領が速やかに法案成立の署名を行うことを希望した。

(辛口寸評)
なんだかんだと言え、政権政党の共和党が議席を減らそうが、それでブッシュ大統領が死に体のレームダックになろうが、PNTR法は越米両国にとって利益を産み出すものであり、時間さえ経てば必ず通過するものだった。ブッシュ大統領訪越前に一旦、民主党に否決された法案だったが、これはタイミングが余りにも悪すぎただけで、民主党がそうしたのも、たまたま訪越前のブッシュ大統領にベトナムで好い顔をさせない為に手土産として与えなかったという虐め心が働いたに過ぎないのだ。それでも先の否決から、今回の承認までに掛かった時間は一ヶ月も経過していないのが、何よりもその証である。いずれにせよ、今後、越米の交わりは日米のそれを凌ぐ足場が漸くここに構築されたと考えて好かろう。

12月16日(土) ベトナム航空IATA加盟
* ベトナム航空は12月8日に世界に280の航空会社が加盟する最大の国際航空運送協会(IATA)に加盟したことを発表した。IATA加盟により、ベトナム航空の地位が向上し、他の航空会社とのビジネス連携強化と機会が拡大するだろうと、同社広報部Nguyen Chan氏はいう。IATA加盟はベトナム航空に商業的な利益とイメージの向上に寄与させるのみならず、将来的な航空航路網拡充の足掛かりとなる。

ベトナム航空に因れば、IATA加盟会社となるために国際空輸安全監査証明書の取得と航空管制サービスによる厳しい安全輸送試験を合格しなければならない。ジュネーブに本拠地を置く、IATAへの加盟は乗客・貨物他で他の加盟会社と共有化が可能となるのでメリットは高い。ベトナム航空は収益性の最も高いベトナムの国営企業であり、現在、自社運行便及びコードシェア便を含め世界24の都市に翼のネットワークを広げている。今年1月から9月までの9ヶ月間で同社の売上げは13tドン(US812m$)を計上し、510万人の乗客を輸送した。国際航空運送協会は1945年にキューバのハバナで設立され、現在、世界の94%の航空会社が加盟している。

(辛口寸評)
IATAの歴史を調べてみると、先ずその前身である国際航空交通連盟(International Air Trafic Assosiation)が1919年にオランダのハーグに設立されたことに端を発し、1945年にこの継承機関としてキューバのハバナに本部がIATAが置かれた。現在は、カナダのモントリオールとスイスのジュネーブに本拠地を置き、会員は航空会社・旅行代理店・その他の関連業界が加盟する業界団体である。

さて、世界の航空業界の動きを見てみることにしよう。過去、湾岸戦争など国際紛争の際には、約3年程度国際航空需要の落ち込みが観察されていた。1990年代から格安航空会社の勃興や航空自由化によるコスト削減や競争激化を受け大きな再編が起こっていたさなかに、2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件において、定期路線の航空機がハイジャックされて高層ビルなどに突入、自爆テロに使用されたことによるショックは大きく、旅客数の低下や保険料、原油価格高騰による燃料費の上昇などもあり、航空業界全体の経営がますます悪化の一途を辿った。アメリカでは2005年までに大手7社のうち4社が経営破綻している。

航空各社では人件費の抑制などのコスト削減に努めた結果ようやく明るさも見えてきたが、2006年に入り燃料費の高騰、ロンドンにおける航空機テロ未遂事件の発覚等により、再び厳しい局面に立たされている。日本の航空会社においても同様で、特に長距離の国際路線を有する日本航空グループへの影響は大きく、路線休止等を進めている。

同盟、アライアンス(囲い込み) 上記の事情もあって、世界の航空会社では経営統合や提携など再編に拍車がかかり、現状では次のスターアライアンス・ワンワールド・スカイチーム3グループに集約されつつあるが、ベトナム航空がIATAに加盟した今、次なる照準はどこのアライアンスに加盟するかである。ベトナム国内空路をほぼ独占している同社に頼るしか無い現状、日航が加盟予定のワンワールドに吸収されるのが自然の流れだろうが、個人的には既に囲われ済みのスターアライアンスに入って欲しいと思っている(笑)

以上

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