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2007/10/06

ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第135号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成19年10月6日 土曜日 第135号
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■ こんにちは!!

Vnnationalflagいつもお世話になっておりますベトナムから、ニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その135 今週のヘッドライン

*10月01日(月) カントー大橋崩落現場大統領視察
*10月02日(火) 外資小売企業参入対抗措置
*10月03日(水) ホーチミン市内道路使用料徴収制度化?
*10月04日(木) ヒップホップ ベトナム上陸
*10月05日 (金)   ベトナム中部で新種動植物発見!
*10月06日 (土)  アメリカ弱体化に向かって 

* 福森哲也氏 ベト株書籍第二弾
       “ベトナム株投資完全マニュアル”発売

10月01日(月) カントー大橋崩落現場大統領視察
*グエン・ミン・チェット大統領は昨日、ヴィンロンの橋梁崩落現場視察の中で、瓦礫の下に埋まっている人々を掘り起こすため最大限の努力をしなければならないと語った。タイムリーな救助活動を行っているレスキュー隊を賞賛したチエット大統領は、地元自治体当局とカントー大橋建設プロジェクトの請負業者らに対し救助活動の更なるスピードアップと怪我人への最大級の医療処置を行うよう要請した。併せて大統領は援助、救援、献血被災者避難に尽くしたカントー市とヴィンロン市民、そして9番駐屯地の兵士たちを激励したという。チェット大統領はカントー大橋プロジェクトの管理者及びゼネコンに対し事故によりもたらされた困難を乗り越え、人々が待ち望むカントー大橋の建設工事再開を希望すると述べた。

ベトナムニュース紙の最新情報に拠れば、ヴィンロン省ビンミン区のカントー大橋90メートル部分の崩落に拠ってもたらされた死者数は先週水曜日夜から木曜日朝に掛けて見つかった5遺体を含め木曜正午現在で64名。凡そ180名の負傷者はヴィンロン、カントー、そしてホーチミン市の病院でそれぞれ治療を受けている。凡そ100名の救助隊員は水曜日夜を徹して救出作業を行った。そして日本から到着した30人の救急隊が合流しコンクリートブロックの除去に当たっている。水曜夜、崩落サイトに到着したホアン・チュン・ハイ副首相はマスコミに対し、救助作業は総ての行方不明者が発見されるまで行い鉄やブロックなどが現場では散らかっているため不注意から二次災害を出さぬよう作業は注意深く行わねばならないと語った。加えて副首相は各病院管理者に十分な薬品と医療設備、そして輸血用血液を供給するよう求め、副首相本人とホー・ギア・ズン運輸大臣らはカントー病院で被災者を救う為に自ら多くの血液提供者たちに混じって献血を行った。

カントー大橋の建設は日本の円借款に拠るゼネコン大成建設、鹿島、新日鐵エンジニアリングが日本工営の監修にて実行されてきたものだ。総建設費は4兆8320億(3億4260万米ドル)。この建設資金は日本政府ODAで賄われ日本国際協力銀行に拠って融資が行われている。水曜日午後、在越日本国大使館の服部大使はグエン・ミン・チエット大統領宛にカントー大橋事故に拠る多大なベトナム人犠牲者が出たことを聞いて深い悲しみにくれているとお悔やみを送った。木曜日朝にはカントー祖国戦線が2億3500万ドン(約175万円)をハウザン薬品合資会社は1億200万ドン(約76万円)を犠牲者の家族へ寄付をした。

運輸省は犠牲者を出した世帯に500万ドン(約37000円)、そして負傷者一人に対し、300万ドン(約22000円)を援助費として支給した。
ベトナム労働者連合(VGCL)は昨日、国中の労働者にカントー大橋災害被災者救援を呼び掛けた。VGCLは労働新聞社提供“金の心基金”から犠牲者を出した家族へ200万ドン(約15000円)、負傷した作業員へ50万ドン(約3750円)の見舞金を支給した。ハノイ市共産党・同人民委員会・同祖国戦線は犠牲者家族へお悔やみと共に、ハノイ市当局はハノイ市民から被災者へのお見舞い金として3億ドン(約224万円)を送った。その一方で、ヴィンフック省は省の予算から2億ドン(約150万円)を割いて犠牲者やその家族の援助費用に回した。
国防省も、500万ドン(約37300円)を犠牲者家族へ、200万ドン(約15000円)を負傷者に提供した。

(辛口寸評)
既に3回に渡り採り上げてきた今回のカントー大橋崩落事故。
現場での救助のみならず、国内外からも義捐金が被災者やその家族に寄せられ始めている。そして何よりも筆者の心を少なからず静めてくれたのは日本から30人の災害救助隊が現地へ入り、地元救助隊と合流し、救援活動を一緒に行っているという情報である。今回ある意味、事故の加害者責任は日本にある。それが日本の円借款だとしても事故を出した以上、それを免れることは出来ない。しかし、日本国としてこの様に救助チームを派遣し“態度”で示すのは政治的にも重要であり、ベトナムの人々は真摯な日本人救急隊員の救援活動を通じ改めて日本に対する好評価を下すことに繋がってゆくのだ。ペルシャ湾で、アメリカ艦船に給油をする際の日の丸には嫌悪感を覚えるものの、人命救助で日の丸を背負って海外にやってくる日本人救助隊には惜しみない賞賛と今後の拡大を期待したいものである。

10月02日(火) 外資小売業市場参入対抗措置
*9月21日ハノイで国内流通専門家と大手小売店の経営者たちが一同に会し、セミナーを開きベトナムのWTO加盟後の小売業界発展促進について活発の議論がなされた。総ての参加者は国内小売業者たち口々に厳しい競争激化の環境下での国内小売業界の存在と発展の為の大同団結の重要性を訴えった。WTOへのベトナムのコミットメントに拠れば、2009年1月1日以降、ベトナムは100%外資小売企業参入を認めなくてはならず、この意味するところは国内小売業者は豊富な資金と専門的流通技術と経験を有する巨大外資小売グループとの競争に曝されるというわけだ。

商工業省競合管理局デウィン・チ・ミー・ロアン局長に拠れば、ベトナム国内の小売業界の弱点は次にあるとする。プロとしての専門知識、脆弱で限られた資金調達力、不十分な供給力、メーカー間・卸し問屋間・小売店相互間の協力体制の不備、長期視野での戦略の立案に欠けるなどなど。ベトナムの牽引的卸しグループ、フータイ社のファム・ディン・ドアン社長は、一年足らずでベトナム小売業界に殴り込みを掛けてくる可能性の高いウォルマート、カルフォー、テスコ、ロッテショッピング そしてパークソンなどの巨大外資系小売企業の進出に恐れを抱いているという。

これら外資の挑戦を受けて立つため、今年初め、ベトナムの4つの牽引的卸し企業のサトラ、ハプロ、サイゴンコープ、フータイ各社は共同でベトナム流通ネットワークの開発を目指し、1兆5000億ドンを投じ、投資合資会社(VDA)を設立した。VDAは今後、商用基盤施設ネットワークを確立するために取引センターと大型スーパーチェーンの開発そして建設に力を注ぎ、その上で小売と卸しのネットワークの再編成に取り組んでゆくことになるという。ドアン社長は亦、政府の国内小売業界への基本計画の策定の重要性と国内小売業者に対する優先的な土地割り当てを行うことが必要だと語った。

参加者たちは小売業界と生産者及びメーカーらとの相互協力の重要性を強く訴えた。2007年9月5日、内務省は130社の企業メンバーを集めたベトナム小売業協会の設立決定に署名をした。協会の設立は今後、引き続きベトナム小売業界一致団結し、小売ネットワークの発展と健康的な競争環境並び小売業界が外資上陸に直面した際、合法的な権利を保護する総体的な力を蓄えて行くことになる。アメリカの市場調査会社ATカーネリー小売発展インデックス2007に拠れば、ベトナムはインド・ロシア・中国に続き世界で4番目の魅力的な小売市場を有しているという。

(辛口寸評)
弊社の取引先にはスーパーが多く、日常取引をさせて貰っている。通常、これらのお客様とは旧正月明けに契約の更改を行い、契約内容に沿って取引が行われるのだが、今年は例年とやや異なって来ている。というのも、契約更改自体は済んでも、途中から契約内容の変更をスーパー側から突きつけられるのが頻繁になってきているのだ。新しい変更内容になる度、当然、メーカーにとって条件が厳しく進化するため、その都度、それに付いての協議がなされ、5歩スーパーが推してきた新条件を3歩押し返すようなところで落としどころを決め、個別に調整する有様なのだ。

なぜ、この様なケースが多くなったかというと、その裏に小売各店の小売業自由化による恐怖と焦りがあるのだ。あるスーパーは、外国系コンサルタントと契約し、別のところでは部分的に外国小売店の資金を受け入れ、どちらもその指導の下で従来の取引方法の見直しを迫られ、結果的に数字にはっきりと表すことが簡単で誰が見ても一目で理解可能な取引条件にメスが入れられるというわけなのだ。尤も、それで右往左往させられるメーカーや卸しにとって、これに費やされる無駄なエネルギーは膨大で、きちんと一回で纏めて行って欲しいところだが、過渡期のベトナム流通業界では、それも致し方がない。とは言え、来年テト明けの各スーパーの契約更改は厳しいものとなるだろうと弊社では今からその対策に頭を痛めている。

10月03日(水) ホーチミン市内道路使用料徴収制度化?
*ホーチミン市当局は市内の道路を利用する総ての車に対して年間道路使用料を課す計画を策定中と先週行われた道路問題会議の席上、発表した。ホーチミン市人民委員会レ・ホアン・クワン市長は、市運輸交通課が現在 年間50万~500万ドン(US31~313$)の道路使用料をバイク及び自動車に課す方向で原案を練っていると云い、現在は市民はバイクや自動車の購入時に一度だけ登録料を払うだけで済んでいると語った。光の速さのように増え続ける市内の交通量に対応するには市内へ乗り入れる車の数の制限を課し、交通渋滞の緩和と事故の減少に繋げるしかないとクワン市長は火曜日の会合で発言した。集まった道路使用料を市道の整備・改修及び計画中のモノレールや地下鉄システムの財源に充てる方向で検討中とのことで、他にも財源は高速道路網整備などへの利用も考えられるという。

加えて、市運輸交通課では一定の車道をバス専用レーンとして設けラッシュ時の定時運行を計る計画もあるとのこと。同課のチャン・クワン・フォン課長は歩道橋を建設する提案もしたものの、しかしストリートベンダーがそこを占有してしまう恐れが高いとして提案は見送られた。現在 ホーチミン市内には320万台のバイクと50万台の自動車が登録されているが、日々、出入りのそれらで市内の道路は飽和状態に陥って慢性的な渋滞が引き起こされている。
ホーチミン市交通警察に拠ると市内15の地点は常に30分以上の渋滞が続いて下り、今年8月30日に起きた渋滞は何と解消まで7時間も要したという。

(辛口寸評)
市内の移動はお客さんが一緒でない限り、バイクで移動している筆者にとって昨今の渋滞はもはや耐え難いものになってきている。
そうでなくても、身勝手な運転が主流のこの国でストレスが溜まるのに渋滞に巻き込まれ、沢山の車輌から出る排気ガスと騒音の中に身を浸せばそれだけで頭痛が激しくなるほどだ。とは言え、車など使おうものなら特に雨中とラッシュ時などは時間が読めないので、結局、バイクを遣うことになるわけだ。噂に拠れば、シンガポールのようにナンバープレートの下一桁が偶数か奇数で市内への乗り入れ車輌を制限するという話しもあったそうだが、恐らくこの道路使用料システムが一石二鳥の案として正式採用なされるだろう。

話は少し変わるが、記事の中でフォン課長の提案に拠る歩道橋整備案が却下された理由、ベトナムならではだ。街には沢山の売り子が出没する。特に食べ物関係のそれは商売道具を一式天秤棒に担ぎ決まった所場で商いを始めるわけだが、彼ら(彼女ら)は一切、他人の迷惑を考えることなく歩道一杯に商売道具を並べそこを占有してしまう。それに対して文句を言うベトナム人もおらず、塞がっていれば歩行者が道を避ける有様なのだ。酷い歩道になると、歩道の上は総てそのような店で溢れ、歩行者はやむなく車道の隅を通るしかない。これもベトナムの文化といえ、もう少し公共心というものを持たないのかと考えるのは、セコセコした筆者が日本人である証なのかも知れないが、、、、(笑)

それともうひとつ、渋滞といえば我が家に入る路地の入り口で客待ちをしているバイクタクシーのアンちゃん。便利なので下駄代わりに利用することもあるのだが最近、5割の値上げを敢行してきた。
始めは筆者が外国人でしかも太っているから追加料金をせしめようとそうしてきたのではと思ったが、どうやら外国人に限らずベトナム人客であっても値上げ幅は変わらぬという。詳しくわけを聞くと、最近の道路渋滞のせいで、移動に掛かる時間がこれまでの倍以上かかることは珍しくなく生産効率が非常に落ちてしまっているからだそうで、実際、昨今、市内の道路状況を見ていると判らぬでも無いように思える。以前から副都心計画を前倒しで進めるようにすべきとニュースでも訴え続けているが、なかなかそのあたりの話は進めようとしないのだ。この分で行くと後2~3年もしたら市内の道路はパンクし、見過ごせない経済ロスを招く結果となるだろう。

10月04日(木) ヒップホップ ベトナム上陸?!
*秋になるとヒップホップダンサーたちがリータイトー公園で身体を旋回させている姿を見ることが出来、夕暮れになればスポーティーなバギーパンツを履いたベトナムの若者たちの群れがホアンキエム湖周辺に集まり、ヒップホップビートに乗せ思い思いにヘッドスピンやバックフリップ他、アクロバテックな運動をしており観客の目を常に惹き付けている。この行動はハノイの10代に限ったことでなく、都市に住むヒップホップ音楽やサブカルチャーに心酔する多くのベトナムの若者たちの日課になりつつあるのだ。ハノイではこの様なパフォーマンスは、統一公園・昇竜国際村などを含む多くの場所でしばしば行われるようになってきた。

元々、ヒップホップダンスはアメリカ黒人文化より1970年代のニューヨークで生まれた。しかし、昨今、ヒップホップはベトナムにも上陸し多くのベトナムティーンの心を捉え、彼らの態度や生活スタイルに影響を与えるまでになっている。「僕はヒップホップが大好きさ!だって僕らにとってモダンでエキサイティングじゃん!!」と応えるのはハノイの学生グエン・タン・クイくん。ヒップホップダンスはホーチミン市の若者たちの間でも高い人気を博しており、現在 ユースパレスでは300人以上、労働パレスでは約200人のの若者にダンスの手ほどきをしているという。亦、ホーチミン各区のセンターでも同様の指導を与え多くの若者にヒップホップダンスの楽しみを植え付けているのだ。

ハノイでは月額たった10万~15万ドン(US6.25~9.35$)で、ティーンたちが週2~3回行われるヒップホップクラブでその講習を受けることが可能で、学生のクイくんにとってその費用対効果を考えると十分魅力的なコストだ。才能があり、既に基本ステップに馴染んだ若者には、クアングアスポーツパレスにおいて無料で練習会場が開放されるのだと、ここの指導者トウアンアインさんはいう。「ヒップホップダンスの才能を持ち厳しい環境の中で更に磨きをかけようと考えるティーンの後押しをする場所を提供し、その後、彼らの技量が十分に向上した段階で小さな個々のグループを結成してゆくのです。」とクイさん。約3ヶ月間練習すれば、普通、ヒップホップの基本ステップの総てをマスター出来、更に3ヶ月掛けて、その上の複雑な動きを組み合わせたステップを学んでゆくのだ。そして1~2年掛けて若者たちはプロのレベルに到達することになる。

「ヒップホップダンスは参加者に対し特にするための特別に要求されるものは何もなく、誰でも直ぐに参加できる。早い内に始めればその分、指導しやすいものなのです。」とハノイのヒップホップ指導者グエン・クオック・チョンさん。ホーチミン市在住で今年大学2年のディン・ゴック・フォン・タオと彼女の妹で中学生のディン・ゴック・フォン・ズンさん二人は昨年7月からダイエットを兼ねてヒップホップダンスを習っており、彼女らの家族もダンスを通じ健康な身体を保つ二人を見て頼もしく思っているという。「以前、様々なエクセサイズを試みましたが何れも詰まらず長続きしませんでした。ところがヒップホップは全くこれまでのものと異なり、踊れば踊るほど好きになってゆきました。」とタオさん。

ところがである。ヒップホップダンスは単なる身体を使った活動に留まらず若者文化に多大な影響を与えるに至っている。例えば、ヒップホップファッションに拠る表現の自由は若者たちの気分をよりスタイリッシュでユニークなものにさせている。かつて、着やすくゆったりとした快適さを求めたそのファッションは昨今徒に極端に走る傾向があるのだ。バギーパンツはお尻で履き、シャツはだらしなくベルトからはみだし、前後ろ反対にかぶる帽子でさえ奇妙に映る。「ある者は、調子に乗って限界すれすれの着こなしを楽しんでいますが、TPOを大切にし、この様なファッションでフォーマルな席や保守的な場に現れるのは許されないものなのです。」と大学講師のグエン・ゴック・ミンさん。

ヒップホップファッションスタイルと共に、それは落書き芸術とも融合し、ヨンズンさんはそれに影響を受ける多くの若者の内のひとりである。「僕はヒップホップの一部としての落書き芸術が好きです。ただ、アメリカのように壁に落書きはしません。僕は帽子やTシャツにそれらの絵を描き、ヒップホップクラスへ通うための費用を捻出しているのです。」とヨンズンさん。しかし、一般的にヒップアップ愛好者はヨンズンさんほど内気ではなく、例えばホーチミン市建築大学学生のクインアインさんは音楽を聴きながら、彼女の自宅の壁に絵を描くのだという。彼女の絵は抽象的で書く度に両親へ頭痛の種を持ち込んでいるわけだが、今のところ彼女の両親はアインさんを止められずにいる。

ヒップホップ文化は多くの報酬を生み出す。ヒップホップダンスに没頭し、技量が高まれば仲間たちが偉大な者として認め押し上げてくれるのだ。例えば若者たちはハノイ大学1年のグエン・ニャット・ハンさんの一流のヒップホップダンスを賞賛している。ハンさんは、首の捻挫や頭蓋骨痛に耐えながらもヘッドスピンをマスターするためだけに一年を費やし真面目に練習したという。ホーチミン市に拠点を置く若者パレス副所長ファム・ダン・グエン氏はベトナムでのこのダンスと文化的偉大さを側面から支援すると語る一方で、ベトナムのティーンはベトナムの文化に即した変形版を創り上げ採り入れてゆくことが大切だという。「我々はヒップホップダンスの教え方や学び方、そしてどこでパフォーマンスをするかを良く知るべきで、若者はこれをある種の芸術と見なすことで、不適切な落書きやファッションを排除し建設的なサブカルチャーとして根付かせてゆくことが肝心なのです。」とグエン氏は結んだ。

(辛口寸評)
日曜日に散歩がてらに近くの公園に子供を連れてゆくと、公園中央の噴水付近で多くの若者たちが、カラフルなファッションに身を包みヒップホップダンスを踊る姿を目にするようになった。(これだけ見ても、10有余年この国で過ごしてきた筆者には大きな変化に映るのは、それだけおじさんになった証拠でもある)。おじさん世代の筆者にはヒップホップダンスと云われてもピンと来ないだろうが、要するに一昔前に流行ったブレイクダンスの進化版と考えると捉えやすいだろう。困った時のいつものウィキペディアをひもとくと、次のようなあらましらしい。

その創始には諸説が有るが、一般的に1970年代初期に生まれ、クール・ハーク(ブレイクビーツの発明者)、グランドマスター・フラッシュ(スクラッチ技術の流布者)、アフリカ・バンバータの3大DJたちの活躍によって、それまでのコミュニティー・パーティーを超えた音楽として広がり始めた。1974年11月12日、アフリカ・バンバータがこれらの文化を「ヒップホップ」と名付け、この日がヒップホップの誕生日である。曲調や服ファッションなどのスタイルを、オールド・スクール(oldschool, 70年代~80年代初期)、ニュー・スクール(newschool, 80年代後期~現代)と、時代で区別する。オールドスクールのヒップホップミュージックはDJとMCの融合が完全にされていない時代であったため、歌詞よりリズムを主体とする。
ファッションはRUN DMCに象徴される、(イエロー)ゴールドアクセサリーにアディダス製のジャージとスニーカーである。

ニュー・スクールは現代までだが、実際のところヒップホップが全世界的に認知される直前の、90年代までを指す場合が多い。
ファッションは、シルバー(銀製品に限らず、ホワイトゴールドやプラチナなど、シルバーカラーの)アクセサリー、特に近年は成功者の象徴としてダイアモンドをあしらった装飾具が好まれる傾向にある。サイズの大きな衣服や、バギーパンツ(大きいサイズのダブついたズボン)を選び、腰穿き(→腰パン)で着こなすアーティストが多い。大きい服を着るようになったのは、刑務所の囚人服は、誰でも着られるように大きめのサイズが用意されている。そのため腰がずり落ちてバギーパンツになった。出所後も「ムショ帰り」の誇示からバギーパンツスタイルを守った、とする説がある。しかし、実際は貧困のために頻繁に服を買ってやれない親が、成長してからも着られる大きいサイズの服を買い与えたところからとする説が有力とされる。まあ、どのみち筆者のようなおじさんの出る幕では無い(^^;)

10月05日(金) ベトナム中部で動植物新種発見!
*生物学者たちは新たに11種の動物と植物の新種をベトナム中部にある緑の回廊地帯で発見した。この地域での過去最大級の発見ではあるが、経済発展により豊かな生態は簡単に危険に貧する野生の王国でもある。蛇、二匹の蝶、5種類の蘭、他3種の植物はアナマイト山に限られた地域に生息する熱帯雨林の特別天然記念物であるとWWF。“今回の新たな発見は、これら地域が新種を見つけ出せることの可能な魔法の場所であることを呈示しています。
このお陰で、これら地域の森林伐採が杭留められることになると思われます。”と電話インタビューでスイス在住WWF広報担当のオリバー・ヴァン・ボガート氏は語る。

トウア・ティエン・フエ省にある“緑の回廊”として知られるこの地域を研究しているWWF主任技術アドバイザーのクリス・ディクソン氏は、いくつかの大きな哺乳類種を1990年代に同じ森で発見し、この中には1992年に学者によって発見した一種の野生の牛、サオラを含んでいるという。新種の蝶々は1996年以来 同省内で8番目に発見されたものである。新種の蛇は体長凡そ80センチで、“白い唇の竜の背(ホワイト・リップド・ニールバック)”と呼ばれ、黄色と白色のストライプが頭部を走り、胴体全体は赤い斑点に覆われている。
3種の蘭には葉がついておらず極めて珍しいという。これら総ての種は違法採取や地域開発によって危機にさらされているという。亦、今回の発見とは別に蘭を含む10種の植物がこの地域で発見されているが今のところ未分類であるという。

(辛口寸評)
ベトナムで新しい動植物が発見されたというが、この様に報道されることが果たして良いのかと筆者は考えてしまう。残念ながらベトナムでは、自然保護・環境保護などの一般市民の理解度は低く、それよりも“お金”になるなら多少曲がったことでも通してしまうところがある。つまり、絶滅が危惧されるような動植物であってもお構いなしに、経済活動のひとつになってしまうのだ。サイゴンの統一会堂(旧南ベトナム大統領官邸)脇のグエンチーミンカイ通りの歩道には犬を始めとするアルマジロ、ナマケモノのような珍しい動物、そしてワシントン条約違反対象商材がカゴの中で蠢いていたりする。ベトナムで動植物の新種が発見されたことは素晴らしいが、現在、生息している貴重な動植物の保護を人類共通の財産としてベトナム政府にお願いしたい。

10月06日(土)  崩落事故 事故調査委員会設置
*日越政府はカントー大橋崩壊の共同責任を持ち、その一方でこの事故が両国関係に悪影響を与えないようにしなければならないと、10月4日 グエン・タン・ズン首相は在越日本国特命全権大使に伝えた。両国政府は注意深く残り一名の行方不明者を捜査し、負傷者の世話及び遺族を短期・長期に渡り支援して行かねばならないと首相。日本国大使に崩落事故調査委員会設置を伝えながら、ズン首相は日本国政府が至急、事故調査専門家をベトナムに派遣し、原因調査究明に当たるよう希望した。服部則夫大使はズン首相との会見を機に今回の崩落事故をベトナム国民に謝罪し、犠牲者やその遺族に心中よりお悔やみを述べた。

服部大使はズン首相に今回の事故に関し日本国首相が遺憾の意を表明し、来週にも日本国政府視察団をベトナムへ派遣し、ベトナム当局と協力して問題解決に当たる旨、伝えた。「日本国政府は、今回の事故がODAに影響を与えぬよう全力を尽くすと共に、今後も引き続き遺族を助け、ベトナム政府の支援を要請したい。」と大使。同日午後、ズン首相は、政府閣僚らと53名の犠牲者と1名の行方不明者、そして80余名の負傷者を出した災害を乗り越える方法を協議した。

9月26日にグエン・タン・ズン書証はカントー大橋崩落事故調査委員会の設立を決定し、建設省を座長とする同委員会に対し今後一ヶ月以内に調査を完了させ、事故後の対策を提案するよう要請した。10月4日、ハノイで行われた公安省・交通運輸省・計画投資省の閣僚会議の中で、ズン首相は、2億9500万米ドルの橋で起きた最初の事故、そしてベトナム有史以来、最大最悪の事故が発生し、53名の犠牲者と80有余名の負傷者、1名の行方不明者を生じさせた事故は首相自身に総ての責任があり、基礎建設管理の脆弱性はベトナム政府に属するもので、カントー大橋崩落の原因究明がなされるまで、作業再開は行われないと語り、各閣僚に対し、橋梁設計の再確認及び橋の建設の残りを今後どうするか見直しを求めた。

(辛口寸評)
カントー大橋崩落事故から10日が経ち、ベトナム国内でも事故の話題が随分少なくなってきた。そこへ来て、本日 ベトナム国内での事故調査委員会の設置だけでなく、日本国大使に調査に当たる日本人専門家の派遣要請と、日本側も視察団を現場に送る準備に入ったという。まあ、順当な措置だと云える。ただ、今回の事故で日本国政府はベトナム政府にODAに関する外交カードを与えてしまったことを十分理解した上で、今後の対越外交を強いられると思って間違いない。

犠牲者や負傷者を出した負い目は確かに日本側にあるものの、外交駆け引きの中ではこれはこれあれはあれと明確に相手の要求を捌く必要に迫られる。故に、日本から事故調の専門家が送られても、その調査内容には一定の政治が盛り込まれるようにしなければ、そこを付け入られる事となるだろう。真摯な謝罪は人間としてなされなければならない。が、国家間の場合、国益を基軸に物事の尺度を測らねばならぬこと十分 把握しなければ、中国や韓国にやり込められた土下座外交がベトナムにも芽生える可能性は出てくるだろう。必要とあれば、今後のODAベトナム供与分の増減で揺さぶりを掛けるくらいの芸当は心得ておくべき。。。。

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ベト株書籍第二弾“ベトナム株投資完全マニュアル”発売される”

*日頃からベトナム株では親しく情報交換させて貰っており、日本人に初めてベトナム株を紹介した書籍“日本人の知らなかったベトナム株”の著者でもある福森哲也氏が、この度、10月12日パンローリング出版社からベト株書籍第二弾“ベトナム株投資完全マニュアル”が日本全国の書店にて発売開始される運びとなったので一足先にご紹介したい。既にベトナム株を始めている方もこれから始めようと考えておられる方も、手練手管のベトナム株必携の一冊となることだろう。

アマゾン紹介サイト:http://tinyurl.com/2eax34

(本文)
「コウモリ」にまつわる“おとぎ話”をご存知だろうか。そのおとぎ話とは、動物VS鳥類の戦争が起こったとき、「哺乳類なのに空を飛べる」というコウモリならではの特性を活かして、ときにはほ乳類の仲間になり、ときには鳥類の仲間になった揚げ句、どちらからも“つまはじきもの”にされてしまうという有名なお話のことである。

「ベトナムに投資」という話題がにわかに活気を帯びてきたのはつい最近(2006年末)のこと。わずか1年弱の間に、さまざまな意見が生まれては消えてきた。ときには、「ベトナムは熱い」という論調に皆が期待した。ときには「ベトナムはもうバブル」だという主張に皆が臆することもあった。事実、そのときどきの意見に左右された人も多かったに違いない。

だが、実際はどうなのか。「ベトナムの魅力的な人口構成も、石油をはじめとした地下資源の豊富さも、欧米・韓国・台湾・中国などの積極的な投資も、日系企業のチャイナプラスワン戦略によるベトナム進出も、着々と整備される証券市場インフラも、ベトナムの人々の熱い期待」も、実は「何も変わってはいない」のである(本書の「はじめに」より引用)。お察しの通り、変わったのは、私たちの“捉え方”なのである。

なぜ、コウモリのように“フラフラ”してしまうのか。その理由は、ベトナムと真正面からつき合っていない点にあるのだろう。「ベトナムが好きで好きでたまらない」という想いでベトナムをじっと見つめていれば、心が揺らぐことはきっとない。むしろ、「ベトナムでひと儲け」などと考えていると、あちらこちらに引っ張られてしまうのではないか。

もちろん、ベトナムに投資する以上、「儲け」を度外視するわけにもいかないだろう。だが、自分が投資する国だからこそ、ベトナムのお国事情をよく理解し、投資事情についてもよく知り、何より「ベトナムが好き!」との想いで“ベトナムにはまってみても”罰は当たらないはずだ。そこには「好きだから投資する」というシンプルな黄金法則が存在しているのだから。極論すれば、「好きだから投資する」は、相場という世界から“つまはじきもの”にされないための実は非常に大切な処方箋なのかもしれない。

本書『ベトナム株投資完全マニュアル』は、日本で最初にベトナム株を紹介した著者が活き活きとした最新のベトナム情報をまとめたもの。ベトナムの基本情報・空気・面白さはもちろん、IPO(国営企業の株式会社化に伴う株式放出オークション)への参加・OTC(未上場)株取引・注目企業などの話をはじめ、ベトナムにおける“今の”資産運用事情をわかりやすく紹介している。本書を片手に、ベトナムの成長の可能性や魅力を感じ、ベトナムを好きになって、自分の知恵と資金でベトナムに投資してみてはいかがだろうか。例年、10月~3月はベトナム証券市場が熱くなる面白いタイミングでもあるし。。。

【本書の主な特長】
◎「ネクスト11 」「VISTA」にも入っている“ベトナム”についての基本情報を余すことなく紹介
◎ホーチミン証券取引所やハノイ証券取引センターについての最新情報を紹介
◎現地に足を運んでいる人だからこそわかる生きた情報を紹介
◎客観的な立場(読者の立場)から見た、読者に有用な情報を紹介
◎IPO(注目企業)などの話をはじめ、ベトナムにおける資産運用情報をまんべんなく紹介
◎原稿執筆段階で紹介できる企業を簡潔に紹介

【本書を読んでほしい人】
◎ベトナム投資に興味がある人
◎ベトナム投資に興味があっても、「どうすればいいのか」わからずになかなか踏み出せなかった人
◎長い目で見て資産を増やしたい人
◎ベトナムのお国柄を理解しつつ、ベトナムに投資して資産を増やしたいと思っている人
◎ベトナムを愛して愛してやまない人

◆はじめに
1年前、ベトナム株投資はネット上のごくごく一部の人々の間のみで話題にあがる、誰も知らない世界でした。友人と話をしても、出版社の人と話をしても、「ベトナムに株式市場があるの?」「社会主義国で株式投資って、すごく危なそうだね」と言われてしまう状況でした。
そんななかで2006年9月に『日本人が知らなかったベトナム株』(翔泳社)という本邦初のベトナム株投資の本を出しました。ベトナムという日本人にとても親しみやすく、非常に国民性も似ている国が、昭和の後半に日本が実体験した高度経済成長をまさに始めようとしていることを、そして、その国で小さな小さな株式市場が産声を上げていることを、少しでも早く日本人投資家の皆さんに知ってほしかったからです。

本を出してから半年、日本のマスメディアに取り上げられるベトナム株投資をめぐる情報量の増え方にはびっくりしました。APECの成功、WTOへの正式加盟という大きな節目になるイベントがあったとはいえ、あらためて日本のマスメディアの横並び主義のすさまじさを感じた半年でした。私のところにも新聞社、経済情報誌、マネー情報誌、テレビのマネー番組などからコンタクトがありました。最初は、「ベトナムという新しい投資先をぜひ紹介したい」という取材が多く、しばらくすると「ベトナムだけではインパクトが弱いのでほかの新興国と合わせてベトナムも紹介したい」になりました。最近では、「過熱しているベトナム株投資のリスクを紹介したい。新興株投資はブームだが危ないのではないか」というようなトーンに変化してきています。

この取材内容の変化はたった半年間で起きています。ベトナムの魅力的な人口構成も、石油をはじめとした地下資源の豊富さも、欧米・韓国・台湾・中国などの積極的な投資も、日系企業のチャイナプラスワン戦略によるベトナム進出も、着々と整備される証券市場インフラも、ベトナムの人々の熱い期待も、何も変わっていないのに……。

パンローリング社の“本気の海外投資シリーズ”は、マスメディア主導の一時的なブームからは一線を画し、自分自身で海外の成長市場を選択し、自分自身で考え、自分自身で苦労もしながら実践し、苦労に見合うだけの果実を獲得したい、そんな投資家を応援しようとしています。

ベトナム株投資にも大手の証券会社が参入し始めたので、新興株投資ファンドやアジア株ファンドなどベトナム株も組み入れたファンドへの投資機会が増えています。でも、本書は、“本書を片手にベトナム株投資の旅に自ら出かけようとする冒険者たちの道先案内本”なので、ファンドの紹介やファンドの比較などは一切載せていません。

自分の五感でベトナムの成長の可能性や魅力を感じ、自分の知恵と資金で勝負してみようと思う冒険者たちが、“最初の一歩を踏み出す”助けにこの本がなってくれれば嬉しいかぎりです。
2007年10月6日
戦略コンサルタント&ベトナム株道先案内人 福森哲也

◆目次
第1章 日本人投資家期待の星、“ベトナム”
ポストBRICsの筆頭候補/優秀な若年層中心の国家/知っておきたいベトナムの歴史/ホーチミン思想とコンセンサス政治/直接投資ブームから証券投資ブームへ/ベトナムの法整備状況/ベトナム経済・政治の基礎知識/ベトナムの主たる産業コラム:ベトナムに魅せられて早17年……/ベトナム企業社会を支える若者達

第2章 ベトナム株投資の基本情報
2つの証券取引市場/取引センターのこれから/ホーチミン証券取引所の取引ルール/ハノイ証券取引センターの取引ルール/覚えようIPO・PO・OTC/国営企業改革と今後のIPO コラム:ベトナムの子供たち

第3章 ベトナム株投資の最新状況   
半年間のお祭り騒ぎ/一進一退が続くベトナム市場/3つの冷水/証券取引法下での規制強化の流れ/急増する証券会社/波紋を呼ぶメリルリンチのレポート
コラム:2007年最初の注目大型IPO2社/ベトナムでの絵画投資

第4章 日本人投資家の口座開設の基本   
ベトナム現地での口座開設の手順/日本での口座開設/証券会社選び1:主要証券会社/証券会社選び2:新設証券会社/口座開設支援業者の活用
コラム:ハノイ遷都1000年に向けて2010年が節目の年に!/ホーチミン滞在中の食紀行

第5章 ベトナム株取引と情報の収集
情報の入手について/有料情報について
コラム:ベトナム証券市場に関わる日本人たち/ベトナムのゴルフ事情&日系の本格的ゴルフ場の誕生

第6章 法人投資家や10万ドル以上の大口個人投資家への朗報
ベトナムの証券会社での直接投資の不安/証券投資ファンド運用管理会社の設立ラッシュ/日本人向け証券投資ファンド運用管理会社の可能性
コラム:ベトナムのミスコンテスト

第7章 ベトナム株投資に伴うリスクと銘柄選定の考え方
ベトナム株投資に伴うリスク/銘柄選定の考え方(企業情報)/IPO・OTCへの取り組み方 コラム:ベトナムの株主総会/SSI30(サイゴン証券が新しい指数を発表)

追伸:(パンローリング社)出版記念キャンペーン実施予定 ―10月7日
・8日にアマゾンで予約をするともれなく特典がもらえるよ!― 詳細は、
    http://kowloon.livedoor.biz/archives/51090508.html 
*ベトナム株ブログ: http://www.panrolling.com/blog/fukumori.html

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以上

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