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2007/12/16

ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第145号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成19年12月15日 土曜日 第145号
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■ こんにちは!!

いつもお世話になっておりますベトナムから、ニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その145 今週のヘッドライン

* 12月10日(月) インターネットとお年寄りの融合
* 12月11日(火) 逃げた鰐よりもっと怖い人の話
* 12月12日(水) 勉強に追われる今時の子供たち
* 12月13日(木) 訪越外国人客2007年400万人突破
* 12月14日 (金)   ヘルメット着用義務化始まる!!
* 12月15日 (土)  2008年ベトナムへのODA総額試算

12月10日(月) インターネットとお年寄りの融合
*ベトナムのほとんどの人々にとってインターネットとは若者やビジネスピープル、役人のものと考えられて来たが、昨今、高齢者がそれに高い価値を見出し心地よく新たな技術進歩の恩恵を受けるようになりだしたという。現在は何億人という世界中の人々がインターネットに接続し、楽しんでいるがベトナムでのその歴史は未だ7年前に過ぎないものの、その登場以来、一気に全国に広がり、世界の中でも最も急速にネット環境が広がり成長を続ける国となった。

結果的に利用者は殖え続け、学生・サラリーマンはもとよりあらゆる階層に人々、もちろん僻地を含み利用者の数は伸び、彼らの日常生活に必要不可欠なものとなている。高齢者への浸透は未だ遅々としたもので、多くのお年寄りはインターネットそのものを識らず、名前を知っていてもどのように使いこなすのか理解していないのが現状である。

私の祖父はヤフーメッセンジャーを利用し海外留学中の兄と連絡を取り合っていると話したところとても驚きました。そして私に“どこで兄と会ったんだ?コンピューターの中で、どうしたら兄の会えるのか?」と驚愕し尋ねて来たほどだった。そこで祖父にネットの仕組みを説明したものの、今ひとつ彼は理解できないようだった。彼らの世代の人々にとってヤフーボイスチャットを利用して兄と会話を楽しみより電話利用の方が扱いやすいと考えているようだ。仕事を持つお年寄りにとっても紺婦イーターやオンラインは理解しがたいものらしい。

今年52歳になる公務員のチャン・ヴァン・タムさん曰く、インターネットが彼のオフィスで使われ始めた時、ほとんどの若手職員はどのように使うのか知っていたが、彼や同年以上の同僚にとっては未知との遭遇だったと当時を振り返る。若手職員はネットを使い苦もなく早く事務処理をこなしたが、彼の場合、ネットといえば若手に手助けをして貰わなければ仕事が進ま無かったという。現在は多少、操作を覚えたと言うタムさんだが、ネット利用の仕事に自信が持てないと話してくれた。

古い世代にとってインターネットへアクセスする上での問題点は、単純にその言語にある。英語はネットの中で共通に使用される言葉であり、古い世代の人々に外国語能力の限界が生じるからに他ならない。亦、敢えて指摘するならば視覚の老化に伴いスクリーン上の文字を長時間追い続けることが出来ないのである。しかしながら、多くの老人たちはワールド・ワイド・ウェブに飛び込み、オンラインニュースを読んだり、記録を検索したり、遠方の友人や家族らとチャットを楽しんだりしている。

ホーチミン市郵便局がスポンサーについて市内で開催中のプロジェクト“インターネットをお年寄りへ”は、4月開始以来これまでのところ1600名近くの受講生を集め、その内のほとんどが80歳以上だ。履修コースは1コース2週間で1週間に3回各2時間ずつ行われる。一日辺り4クラスで受講料は全て無料。これら受講者は、元々、知識階級に属していた人たちがほとんどで、元医者・元教師・元講師などが含まれ、全ての人が嬉々として参加しているという。受講者のひとりグエン・ゴック・カンさんは、海外で暮らす娘とメールやチャットを楽しみたいと考えている一方で、82歳になるラム・ヴァン・ラングさんは、オンラインでフランス語の資料を探そうとしている。

受講生はヤフーメッセンジャーを通じてチャットを学び、ニックネームの付け方から始まる。そしてクラス仲間でチャットを楽しみ自信に繋げ、単に孫たちとの距離を縮めるだけに留まらず彼らとの経験を共有し人生を楽しむようになるわけだ。「現在、孫とインターネットについての話しが出来るようになりました。以前にも増して、孫がとても身近な存在になりました。ネットって、気持ちに安らぎを与え、記憶力の薄れた年寄りにとって物忘れを防ぐのに役立ちますよ。」とカンさん。

とは言え、お年寄りにインターネットの操作法を教えるのは楽ではない。カンさんは、受講初日のことを今もはっきり覚えているという。二時間近くかけてマウスの使い方を覚えた彼女、年寄りに若者と違って学習速度が遅いと実感したそうだ。22歳のグエン・フック・ティン講師は、お年寄り相手に同じことを何度も何度も時間をかけ優しく辛抱強く教え無ければならないが、そのお陰で彼自身、辛抱を同時にお年寄りから学ばせて貰っていると話す。
お年寄りが時間をかけ、インターネットの効果を学習し、そこに最新ハイテク技術がもたらした恩恵を見出す。これは取りも直さず、壮年から老年に向かう全ての人々に新たな世界と繋がり、様々なことを学び実験することが可能になった意味するのだ。

(辛口寸評)
度々、ここの記事でも採り上げて来たが、今回もうちのかみさんの実家、北部ソンラ省に住む身内から話題をひとつ提供したい。サイゴンからほぼ2000キロ離れたソンラ省。標高1500メートルの山間部にあり、南へ20キロ下ればラオスの北部国境へ、北へ150キロも進めば中国国境の街、ラオカイに至る。元々、この辺りは少数民族が数多く住む一帯で、チュオンチンの時代に大勢の京族(所謂、ベトナム人)の若者が、志願という形で集められ、ここいらに定住し開拓が押し進められた。筆者の義父母もそんな若者たちのひとりで、開拓団で知り合って世帯を持ったのだった。

義母は筆者のかみさんが10歳の時に亡くなってしまったが、義父は今も達者で、毎朝5時に起きて欠かさず5キロをジョギングし、戻ってからは近くの公園で仲間とバトミントンで汗を流している。
とても来年70歳とは思えない体付きで、今も筋骨隆々、裸で座らせればロダンの“考える人”を彷彿させるほどで、筆者のメタボ腹に溜息が出るばかり。そんな義父が、現在、かみさんの長兄が買ったパソコンで、チャットの勉強をし出した。講師役は、かみさんが務めスカイプを利用してボイスとチャットの両刀遣いで指導している。

これまでソンラの義父との連絡のやりとりは専ら手紙に頼り、義父から届く手紙はいつも最低5ページに渡り、出だしは近況が綴られ、次に我々夫婦への説教が続き、最後に孫の話題に触れ、一幕を閉じると言った内容だった。余程、緊急を要する場合のみ電話で、それも電話代を気にして用件が済むと、必ず“電話代が掛かるから”と直ぐに受話器を切っていた。ところが、時代は流れ、とうとうソンラのような寒村にもネット化の波が押し寄せ、聞いたところに因れば(既に筆者は4年無精中)街のあちこちにネットカフェがたち、連日連夜、京族の若者ばかりか揃いの民族衣装を纏った少数民族の若者たちで大盛況だそうで、そんな時、長兄がパソコンを手に入れ、実は義父のみならず、長兄も一緒にかみさんからチャットを習っている真っ最中というわけなのだ。

仕事が終わって毎晩9時から11時まで教えているが、上の文中にも出てきたように、ベトナムでは英語がチャット言語となるので、やはりその辺から教えなければならないのが大変なようである。従って、言葉を意味としてでは無く、記号化して指導しているとかみさん。例えば、Removeは、ベトナム語読みで“リモヴェ”といった具合。一旦覚えてしまえばこれほど便利なものはない。老人にとって覚えるのは難しくとも新しい世界を構築する偉大なツールであるのは間違いない。医者通いよりも、余程社交的であり健康的なインターネットに多くのお年寄りが繋がって行って欲しいものである。

12月11日(火) 逃げた鰐よりもっと怖い人の話
*先月上旬、カンホア省でベトナム最大の養鰐所から逃げ出した200匹以上の鰐は、生け捕り或いは射殺された。これに因り216匹の鰐が記録されたものの、今も逃げ出した鰐の具体的な数は、はっきりしておらず、その中には体重200キロを超すものも紛れ込んでいると考えられている。しかし、ホラー映画みたいな話しだが、ニャチャン市やカンヴィン区、ディエンカン区に住む住民にとっては現実なのだ。仮に一匹でも鰐が人里近くに現れたとすれば、そこに住み人々の生活は危険に晒されることになる。

土砂降りの翌日11月10日に増水で鰐を囲っていた檻が壊れ、鰐が逃げ出した舞台となったカンヴィエット社。商用に鰐だけでなくダチョウや熊なども飼育している同社は、事件後直ぐに住民や警察、そして軍隊に救援要請をし、逃げ出した鰐を探し求めた。
カンホア省人民委員会のヴォ・ラム・フィ委員長は、同社に対し安全面から養鰐所を別の地域に移転させるよう命令した。同社に因れば、洪水前5000匹飼っていた鰐の内、216匹が生死を含め見つけ、残っていた1440匹は安全な場所へ移動させたという。しかし、現在、養鰐所にいる鰐の実数は掴めていないとのこと。

逃げ出した鰐の数がはっきりしないことほど、心配で怖い話しはない。今のところ野放し状態にある逃げ出した鰐について市民より心配の声が多数寄せられている。同社副代表のレ・ティエン・アイン氏曰く、養鰐所で飼育していた種類はシャムクロコダイルと呼ばれる種類であり、ここ数日間、目撃情報が寄せられないところからすると、小さい若い鰐だけが逃げ出したことを意味するのでは無いかとの立場を取り、それらが野生の状態で生き残って行くのは非常に難しいと付け加えた。しかし、危険に晒されている市民にとってこの談話は懐疑的でしかない。

養鰐所近くに住む住民のグエン・タン・ハイさんがベトナムネットに語ったところに拠ると、逃げ出した鰐が河などで成長すれば、数年の治には人々の脅威になり食人化するのではないかと疑問を呈した。10万平米の養鰐所近くにあるカウ河やカイ河は子供たちの格好の遊泳スポットでもある。養鰐ビジネスは多くの起業家が魅せられ参入を目指す傾向にあるものの、関係官庁及び機関はその活動について注意をほとんどしていないという。数ヶ月前、テレビリポートで、養鰐所のスタッフが鰐の餌付け後、しばしば檻の鍵を掛け忘れることがあると暴露していた。

ホーチミン市では毎年、多くの生き物が河や運河に逃げ出すと言われている。しかし、免許取り上げなどの行政処分を懼れ、飼育所の所有者たちは当局に報告せず口を噤むのが一般的だ。年に一度、当局と所有者たちの間で登録された動物の保有数の確認が成されるものの、数が合わない場合、所有者たちは“死んだ”ことにしてしまうだけなのだ。政府関係機関は、この様なことを念頭に置き、このビジネス設立についての許可を与えるようにしなければならない。カンヴィエット社が今回起こした事件と同様のものを今後、飼育場を運営するものに対して下ろしてはいけない。2003年に同社が設立されたが、人々の記憶では壊れたケージの高さは低く、僅かな増水で鰐が逃げ出す可能性は高かったという。これらを当局では許していけないのだ。

今後、飼育場の場所も注意深く選定されることが必要で、今回のカンヴィエット社の事例で行くと、上流地域に設けられていたため、鰐たちが逃げやすく隠れやすくなっていた。最後に、最も重要なのは逃げ出した鰐の監視を担当する森林保護局は、それらを探し出すために定期的且つ場所を変え鰐の捜索を行い、鰐が養鰐場から逃げ出した時の対応策を如何に事業経営者の責任を理解させるかその啓蒙を図って行かねばならない。

(辛口寸評)
それにしてもベトナムらしいというか、カンヴィエット社副代表のレ・ティエン・アイン氏の発言には今風の言い回しで云うと“どん引いた”ものだ。小さな若い鰐は自然に放されたら順応力がないので、生存は難しいのだと。。。。なんじゃそれである。元々、ベトナム南部の河という河には自然の鰐がうようよしていたのであって、人間がそれを捕獲して、今のように鰐の居ない河が出来たのである。本末転倒とはこの事を云うのだ。どんな小さな鰐でも野生に話された瞬間から、自ら餌を求めるだろうし、よしんばそれが出来なければ自然の法則に従い、死を待つのみだが、基本的に自然界へ戻れば、河の中に限って言えば弱肉強食の世界で鰐はその時点で水中生物の頂点に立つわけだ。腹が減れば他の生き物を捕らえるのが摂理でもある。

さて、逃げた鰐の実数が把握できていないというお寒い話しについて一言述べる。ベトナムでは、まともに申告することなど殆ど無い。これは税金対策もあるが、それ以前にベトナム人の気質の中で、“小さな事は気にしない”というのが第一の理由だろうと思う。それにしても体重200キロを越す鰐が突如、現れたとしたらジョーズも真っ青だろう。数年後、続編として事件が起こらない事を今は祈るばかりだ。

12月12日(水) 勉強に追われる今時の子供たち
*近所に住む7歳の娘フォン・リンちゃんは4キロもあるスクールバックを背負ってか背負われてか、毎日とぼとぼ学校へ通っている。
リンちゃんは所謂、現代っ子。彼女らの世代にとって勉強は辛抱が伴い、遊ぶ時間はほとんど無い。毎朝彼女の一日は午前6時半にスタートする。始業時間の7時に間に合うように起床し学校へ向かう。
午後4時半に彼女の両親が学校へ迎えに行き、自宅へ戻ると直ぐに宿題を片付けなければならない。「平日、放課後は自宅で音読や書き取り、それに英語の復習などを含む5つの課題をこなさなければならず、それが週末になると少なくとも10科目に増えるのです。」とリンちゃん。彼女の母親、グエン・タン・チュックさんは以前、リンさんがこの様な学習スケジュールをこなす事を好意的に捉えいたそうだが、最近は詰め込み過ぎではないかと考え始めているという。チェックさんは17キロしかない娘の健康を心配しているのだ。学業の達成と好成績獲得のしわ寄せが小さな子供たちに重くのし掛かる。

ある母親曰く、彼女の息子は毎日、午後11時或いは日を跨ぐ頃まで宿題に取り掛かり、それが終わると疲れて倒れ込むようにしてベットに崩れ落ちるのだという。そして週末の土曜日には午前8時から11まで、家庭教師がつき、日曜日は未着の宿題や翌週の復習に割くため休む時間もないのだと件の母親。彼の成績はクラス担任にも認められ、算数の特別編成クラスへ編入も叶った。そして現在、息子は週に二回午後4時45分から7時までの間、特別クラスで算数の特訓を受けているという。結果的に僅かに残されていた彼の自由時間であるテレビ鑑賞・友達との遊び時間もこれで吹っ飛んでしまったとのこと。彼の母親はタイトなスケジュールに縛られた苦渋に満ちた不安げな息子の表情をその顔に見て取ることが出来、息子は常に何かに急ぎ追われ、宿題を終わらせることが出来ないのではないかという焦りに苛まされているようだと悩みを訴える。「もし息子がこの状況もこれから数年続けて行かねばならないとしたら、彼がまともに成長してくれるのか自信が持てないです。」と彼女。

"何故、子供たちはそこまでしなくてはならないのかという"、ここに明らかな問いかけがあるのだが、それに対する父兄の答えは常に「誰もがそうしているから」というものでしかない。「私の娘が一生懸命に勉強しなければ、彼女は落ちこぼれてしまうでしょう。」と言うのは、2年生の父親トアン・ミンさん。彼の娘の通う学校は全日制で午後も授業があるのだが、ミンさんは娘に毎晩遅くまで勉強するように強いると言う。「他の家庭でも状況は似たり寄ったりですから、うちの娘が彼女のクラスで他の児童より学業が劣ることを望みません。ですから、学校の宿題とは別に娘のために英語とピアノの家庭教師と週末に雇っているのです。」とミンさんは説明してくれた。

4年生の子供を持つ母親トウー・フエンさん別の理由で子供のハードなスケジュールに共鳴するという。「宿題を子供たちに与える事は、彼らに頑張ることの尊さを身につけさせ、成長したときに価値のあるスキルを備えるようになるので支持します。」とフエンさん。
この意見に対して、父兄のチュックさんは、子供は子供らしくあって良いのではという疑問を呈している。「頑張ることの尊さを子供たちに幼い頃から身につけさせる事について私も尤もだと考えます。しかし、余りの詰め込み教育で楽しい子供時代を過ごせなくなるのは如何なものかと思いますが、、、。」とチュックさん。加えて、チュックさんは子供の感情や肉体の発育は彼らは遊びを通してなされて行くものと信じており、心身共に成長していない子供たちにハードワークを強いるのは返って逆効果だとする。

某小学校教諭のダン・ティ・ランさんもチュックさんの意見に同調する。「ほとんどの父兄は彼らの子供たちの学校での成績が良いことを喜ぶため、彼らは家庭内で勉強を強いる事になるのです。子供たちは若すぎて本来ハードワークには適していない事を家庭では忘れがちになります。子供たちには適度な自由時間が必要なのです。自宅で教科書に齧り付いて勉強する変わりに、父兄が子供たちの成績の向上を願うのなら、寧ろリラックスした雰囲気と相互対話の可能な落ち着いた環境を与えるべきでしょう。」とラン先生。

今から10年後のベトナムでは、現在、子供たちに強いたツケが回ってくるだろう。もし、子供たちの学業への圧力が収まらずこのまま進んで行ったとしたなら、我が国の次代を担う子供たちは遊びを知らず、表現力の乏しく創造性のないロボットのような人間ばかりになってしまうに違いない。しかも皮肉なことにそのようなロボットは長年の不摂生に拠り常に病気に悩まされながら生きるしかなければ、もはや悲劇を通り越して喜劇とさえいえるだろう。

(辛口寸評)
うちにも小学校4年生になる娘がいる。学校の宿題はそれほどでもないが、補習校に通わせているので、日本で買い求めた市販のドリルで漢字の書き取りや娘が図書館で借りてきた本で音読の練習などをさせている。かみさんに言わせると、娘の通うインターは甘っちょろいそうで、宿題のボリュームはもちろんのこと、学校での先生の指導は時に体罰が伴うほどで、子供たちは先生の体罰をひたすら懼れるがため、親に言われなくても学校から戻ると机の前に座り、宿題を淡々とこなして行くそうだ。

かみさんの友達の子供らはほとんどがそうらしく、毎晩9時くらいまでは勉強しているとのこと。故に、インターの進み具合に彼女なりに“遅すぎる”と危惧を感じているのだ。尤も、筆者自身、そうがつがつガリ勉になって貰っても、親である“私”が窮屈に感じるので、勉強はほどほどで良いと思っている。娘に勉強しろ!ともほとんど云わない。「ただ、勉強が嫌いだったら学校辞めてうちの工場で働いてね」っと優しく諭すと本人結構震え上がるらしい(笑)

12月13日(木) 訪越外国人客2007年400万人突破
*12月6日に今年一年間で400万人の外国人客がベトナムを訪問し、これまでの最高記録を達成した。アメリカ、コネチカット州からやってきたマイケル・デイビッド・マジソンさん、65歳は彼が400万人目のゲストになったことを聞かされ大いに驚いたと語った。元ビジネスマンで今は年金生活者の彼はベトナム旅行は初めてで、タイからベトナム航空830便エアバスでハノイのノイバイ空港にやってきて、今回、幸運なる一人と相成った。「素敵な旅の始まりが、この様な栄誉ある訪問者として出来ることに喜びを感じています。これから北から南を一ヶ月間掛けて旅しますが、ベトナムとベトナムの人々との触れ合いを期待しています。」とマイケルさん。彼には、伝統的な薬罐太鼓を模したメダルと副賞にホーチミン市からファンティエットへの旅行招待券、そしてベトナム航空就航地間内であればどこでも利用可能な往復航空券が贈られた。

マイケルさんの一人前の3999999人目のベトナム訪問者も、やはりアメリカ人でマロリン・デブリンさん。彼女にも記念メダルの他、ハノイ・ハーロン湾4日間二人分の旅行券とベトナム航空アセアン域内往復航空券が贈られた。4000001人目の訪問者となったのはバンコクから来たワティニー・カンサウィーさん37歳で、彼女にも記念品が贈られた。「私も出来ることなら400万人目の訪問者になりたかったですね。それでも私はついていました。今日ここにこれ多くの素敵な贈り物に感謝しています。」と訪越4回目になるワティニーさん。次回の訪越は今回、贈られた航空券を利用するという。400万人の外国人訪問者を迎えたという報せは観光当局にとっても素晴らしいニュースとなり、この記念すべき数字が観光産業にとって今年一年を振り返る指針となる機会を得、将来の飛躍に向け何をすべきかを教えてくれるものとなったと、ベトナム国家観光局のグエン・マン・クオン副局長は語った。

後3週間もすれば2007年も幕を閉じる。年度末には430万人の訪越外国人客を迎える予定で、仮にこの数字が達成されたとすれば前年比で17%の増加、約70万人も増えたことになるという。外国人客の増加は何も新しい傾向ではなく、実際、過去数年間順調な伸びを示してきている。1994年には100万人だったそれが、2005年には347万人を達成し、対前年比で18%の増加、そして2006年の358万人といった具合。最も多い外国人訪越社は中国人で、今年だけで既に52万人が訪れ、昨年と同様ランキング一位を誇っている。次点が韓国人で、43万人、三位が日本人、そしてアメリカ人、台湾人、オーストラリア人、フランス人だ。アセアン域内国人やニュージーランド人、ベルギー人、オランダ人、イタリア人、スペイン人にとってもベトナムは魅力的な観光地として知られその数を増やし続けている。

増え続ける外国人訪問客はベトナムに大きな収入をもたらしてくれる。2005年の観光収入は23億米ドル、翌2006年は28.5億米ドル、そして今年は35億米ドルを見込んでいる。2007年の観光業への外国直接投資は、45億米ドルと試算されており、ベトナムはこれらの前向きな数字を積極的に活用しなければならないとベトナム観光局観光課ヴ・テェー・ビン課長はいう。しかし、400万人超の外国人訪問客数は近隣諸国のタイやマレーシアに比べればまだまだ可愛いもので、ベトナム本来の観光業の実力からすれば決して多い数とはいえないと同課長。とは言え、ベトナムの環境業の発展は印象的なペースで進められているとサイゴンツーリストのヴォ・アイン・タイ社長は話す。インフラ整備に投資が今以上になされ、アセアン域内及びベトナム地域内を跨ぐ新たな主催旅行の整備、効果の高い宣伝、そして環境に配慮した企画をすれば、ベトナムは直ぐに近隣諸国の観光業に追いつくことが可能となるだろうとタイ社長は結んだ。

(辛口寸評)
ベトナムの観光業(特に高級ホテル)の現状について、僕は一言“浮かれるな”と言いたい。ホテル不足により需給バランスが完全に崩れている現状、ベトナムの高級ホテルは軒並み儲けのチャンスと見て、ここぞとばかり足下を見た客室の販売に走っている。この間、SARSが広がって、ベトナムにパッタリと客足が途絶えた時、多くの高級ホテルたちは青色と息の状態で、5つ星ですら一部屋50米ドルを割ってでも苦境を乗り越えようとした辛い当時をすっかり忘れてしまったが如くだ。恐らく現状のバカな部屋代のせいで、多くの外国人客がベトナム旅行を断念し目的地を変更したであろうことは容易に推察出来る。部屋代だけでベトナムの印象を悪く持った人も相当数に昇ることだろう。有頂天になったホテル経営者たちは今は何を言っても聞く耳などもたないだろうが、このツケは今後、今後、数年掛けて重いボディーブローのようにジワジワとベトナム観光業に暗い影を落としてゆくこととなるだろう。

12月14日(金) ヘルメット着用義務化始まる!!
*バイクのライダーたちへのヘルメット着用を促すための交通安全キャンペーンが首都ハノイで開催された。ヘルメット着用は最近の政府決議で強制措置と定まり、ライダーたちは12月15日から国内全ての道路での着用義務が課せられることになっている。キャンペーンのセレモニーにおいてホアン・チュン・ハイ副首相は交通事故減少に向け国民が一致団結しようと呼び掛けた。副首相に因れば、ベトナムで毎日平均35名が交通事故で命を落としており、60名が怪我を負っているとのこと。ハイ副首相は政府が法律により半ば強制的にヘルメット着用を義務づけたものの、その着用は各ライダー自身を守るためだけでなく、彼らの社会における責任を明確に表す行為であると語った。

公安省交通安全課に依ると、法律施行日から当面、取締警察官を全国の要所に配置させ、ヘルメット着用化の動きを側面から支援。これに対する罰金は15万ドン(約9米ドル)となる。セレモニーの席上、ハイ副首相は全国の不幸な人々に無償で5万頭(かしら)のヘルメット贈与キャンペーンの一環としてハノイの貧しい住民にそれらを贈った。交通事故の約7割がバイクが関与しており、現在、ベトナム国内には2100万台のバイクが走っているという。

(辛口寸評)
何度も出したり引っ込めたりした、バイク運転時のヘルメット着用だが、それも今月15日から、法律が施行され完全義務化が導入される。市内を走っていると既に5割以上のライダーが、自主的に着用しているように見受けられる。以前は暑苦しいとか言って、ほとんど無視していたヘルメットだが、このところ街のあちこちで悲惨な事故現場と遭遇することも多くなり、背に腹は替えられないというか、花よりも実を取る方向へ人々の考え方が改まって来た証といえるだろう。

ヘルメット自体、工事現場用なら15000ドン(約90円)から手にはいるのだが、公安省交通安全課に勤務する親戚に訊ねたところ、工事現場用のそれは摘発の対象となるという。何でも強度に違いがあるそうで、いくら安いといえ認められないそうなので注意が必要である。
それから、バイク預かりでは、バイクの他、ヘルメットも預かってくれるようになっている。僕の知る限りヘルメット預かりは無償だが、場所に依っては500ドンとか1000ドンを取るところもあるらしい。

12月15日(土) 2008年度ベトナムへのODA総額試算
*諸外国及び多国籍機関並びに国際的NGOはベトナムに対し2008年度のODA総額54億2600万米ドルを供与することになるとベトナム政府は発表した。この数字は昨年44億5000万米ドルに対し20%増額となるものだ。アジア開発銀行が最大の拠出機関で13億5000万米ドル。これに日本が続き11億1100万米ドル。以下、順に世界銀行の11億1000万米ドル、欧州共同体が9億6280万米ドルといった順となる。今回、記録的なODA供与の背景にベトナムの発展が国際社会からの信用を得た証であるとヴォ・ホン・フック計画投資大臣はハノイで開催された会合の席上語った。

「ベトナム国家・政府・人民の発展を支える国際的資金提供者の信頼を勝ち取るためには、我が国が世界に約束したコミットメントの数々の遂行はもとより、与えられた資金を最大限友好に活用し、ベトナムの各市民に行き渡るようにしなければなりません。」とフック大臣。世界銀行ベトナム事務所のアジャイ・チーバー所長は、統計に拠るとベトナムが世界で最も効果的にODAを利用する国であるという。各資金提供者はベトナムに長期資金の貸し付けを拡大しており、特に物流・エネルギー・熟練工育成の3つの民間分野の開発に力を入れていると、チーバー氏。

世界銀行上級エコノミストのマーチン・ラマ氏に因れば、ベトナムの自主発行債権(国債)を含む対外債務は、国家歳入の31%であり、同国の一人当たりの国民所得平均額は800米ドルまで上昇したという。
チーバー所長は、今後、発展途上国から先進国への移行期において更にステップアップするためにいくつかの課題にぶち当たることだろうと話した。既に多くの国々が途上国から先進国の間の層に到達してきたが、それから先へが進めないで居る。ベトナムも所謂“中間層の壁”の打破に注意を払わなければならないという。

アジア開発銀行ベトナム事務所の小西 歩所長は、この壁を避けるために必要な鍵となるのは質の向上にあるという。世界経済への統合利益は官僚主義・感度の悪い行政システムに因ってもたらされる高い業務コストに蝕まれない競争力を掴み取ることが出来、ベトナムの公共行政システムを強化することはこの国の現代化及び産業化、そして将来の繁栄に必要不可欠であると語った。フック投資計画大臣は、ベトナム政府が中間層の壁を認識し、環境を維持しつつ経済を経済を因り拡張する際、難問が山積しており、多くの挑戦が待ち受けているとし、持続的な発展は第一にマクロ経済の安定を図って行くことが重要と指摘した。そして、過去数ヶ月の間、マクロ経済において不安定要因と持続不可能さの兆候が見て取れ、それらはインフレ・失業・貧困の縮小・環境保護などが政府にとっても最も高いハードルであった。

来年ベトナム政府の主たる目標は、貧困撲滅と8.5~9%の経済成長率達成、そしてインフレ抑制に銀行改革及びWTOの約定などの実行だ。フック大臣はベトナム政府とODA資金提供者らとの間で拠出金の支払い方法について相互の歩み寄りが見られ、今年の支払いは世界平均に近づき、今年ベトナムはこれまでにODA資金総額44億米ドルから約20億米ドルの支払いを起こした。次回、同様の会合は来年7月初旬に観光地北部ラオカイ省のサパで開催予定となっている。

(辛口寸評)
“中間層の壁”とは僕の意訳であるが、適当な言い回しがなかったのでこの様にした。要するに、発展途上国から先進国に向かう途中、国民所得が1000米ドルを突破して、中間層の仲間入りを果たしたといわれるタイやマレーシア、フィリピンなどの国々はそこから先に進めない状況に置かれ、経済がそのまま停滞してしまうことを指す。様々な理由があるが、記事にも書かれていたように国内外の企業が経済活動に参入しても、お役所仕事や不正などで、本来不必要な経営コストに負担を生じ、活性化が行われないこと、或いは、技術力は模倣のみで自国で独創性の高い製品を生み出せず、結果的に安い労働力だけが搾取の対象となり、好いように外国勢に利用されるためだ。とは言え、それら搾取の構造はベトナム人自身が既に十分理解している筈で、敢えて向き合おうとしないのは、結局、家族主義の名の下にお金の前に個人が優先されてしまうところにベトナムの病巣があるのだろうと思う。

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