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2007/12/22

ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第146号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成19年12月22日 土曜日 第146号
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■ こんにちは!!

いつもお世話になっておりますベトナムから、ニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その146 今週のヘッドライン

* 12月17日(月) コスプレが遂にベトナム上陸?!
* 12月18日(火) 火蓋を切る旧正月商戦
* 12月19日(水) ベンタインマーケット今昔
* 12月20日(木) タンソンニャット空港公式開館
* 12月21日 (金)   今時の子供との関係とその距離の保ち方
* 12月22日 (土)  ニャチャンの海 汚染広がる

12月17日(月)  コスプレが遂にベトナム上陸?!
*1960年代のベトナムにおいて少女たちの間で僅かに流行ったミニスカートがベトナムのその後のファッションを席捲することは無かったが、今日、ホーチミン市やハノイの少女たちは個性をその着こなしで主張し、彼女らの親を驚かせている。最近、新たにミニスカートが巷で持て囃されるようになると、流行に敏感な今時のベトナムの娘たちはロンドンではなく東京発のトレンドを追いかけるようになった。ハノイのキムリエン高校2年生のチャン・ティ・タン・トウイは「自分の好みのファッションを求めることが出来ない世の中なんて想像もつかない。それが例え親にショックを与えるような服装であってもという。」

トウイが日本のストリートファッションを追い始めたのは今か数年前の事、東京のトレンディーなショッピングエリアから名付けられた“原宿スタイル”に魅了されてからだ。お手製のパンクムーブメントと日本のストリートファッションを掛け合わせたお気に入りのスタイルで、原宿気取りの娘たちは今日も首都ハノイの通りを闊歩している。

古い世代の人々にとって奇異に映るこれらスタイルも、原宿スタイルに傾倒する少女たちは個性の発露と自由トレンドの創造と捉え、アオザイとプリーツのついたスクールスカートをいかがわしいストッキングに履き替え光り物を身に纏い喜びを表現しているのだ。

「原宿スタイルはとてもクールだわ!」と話すのはホーチミン市ヤーディン中学3年のグエン・ラン・アインさん。「誰もが他の人とは違っていたいのよ!お年寄りを除いてね。多くの若者たちがこの様なファッションを好む一方で、両親は私たちのファッションに顔をしかめるの。。。。」とホーチミン市内のヴァン・ヒエン私立大学学生ミンヴさん。

両親が原宿スタイルに眉を顰める一方で、ベトナムの若者たちの間で少しずつ浸透してきている別の日本の流行がある。それは“コスプレ”というもので、この単語はコスチュームとプレイを組み合わせた造語であり、日本の漫画やゲームの好きな主人公の服装に合わせた着こなしをするというもの。

最初にコスプレがベトナムに到来したのは2005年、それ以来、徐々に定着しつつある。主人公の服装にディテールを凝らし、少しでも主人公に近づけることがコスプレマニアにとって重要なのだ。
多くの少女たちは漫画に出てくる可愛くてお茶目なキャラクターを演じる一方で、彼女らのボーイフレンドはアクションヒーローや戦士となって登場するのである。

原宿スタイルがカジュアルなストリートファッションとして容易に考えられる一方、コスプレはコスプレフェスティバルやコンテストなどの特別な機会に限定されるものだ。最近、ホーチミン市とハノイで開催されたコスプレ祭では、このムーブメントの広がりつつあることを感じさせた。

コスプレ祭の主催者、キムドン出版社は昨今、漫画愛好家たちにとって集いの場となっており、ホーチミン市で七夜祭、ハノイではアクティブエクスポ2007と銘打ったコスプレ祭を去る9月に開催し、多くのコスプレファンを魅了した。コスプレがティーンの心を何故捉えるのか理解するのは容易である。「例え一日だけでも自分の好きなキャラクターを装うことが出来るって素敵だと思いませんか?まるでテレビ画面から飛び出してきた主人公に人々は羨望の眼差しを向けてくれるのですから。」と前出のトウイさん。

コスプレ人気に伴いそれをビジネスにするものも現れ始めている。コスプレ愛好家の想像力と彼らが望む主人公に拠って異なるものの、コスチューム一着辺りの価格は凡そ30万ドン(18米ドル)から数百万ドンになるという。平均的な値段は約100万ドン(63米ドル)前後。この金額はベトナムのティーンに取っては決して安いものではなく、高級スーツに匹敵するものなのだ。

コスチュームを作るために大枚をはたける幸運なティーンはさておき、一般的で予算が限られるアニメファンは幾分、創造力を働かせる必要がある。ハノイ美術単科大学の学生グエン・ディウ・リンさんはコスチュームを作るために生地を購入し、コスチュームを彼女の気に入ったテーラーで仕立てて貰うという。コスプレは罪のないエンターテイメントで、着飾ることはベトナム文化のひとつでもあり、祖母の誕生日にゴジラの着ぐるみで登場しない限りにおいて、どんなキャラクターになりきるかはそれぞれ個々の好みで決め楽しめば良いものなのかも知れない。。。

(辛口寸評)
この記事に出てきたような話題が現実にベトナムで起こっているのかと考えた時、少しばかり首を傾げたくなる。確かにサイゴンのお洒落なカフェやディスコへ行けばセンスが良く小綺麗で多少、ファッショナブルな若者たちに出くわす機会は増え、ヒップホップや原宿スタイルくらいまでは目にするものの、さすがにコスプレそうろうなど街で見かけたことがない。やはりコスチュームのコンペ辺りに集まるのだろうか?興味は尽きない。

機会があれば是非、宮崎駿監督の紅の豚の主人公“賞金稼ぎのポルコ”で参加するのも悪くないな。もちろん、白いスーツに赤いネクタイ、ボルサリーノの中折れ帽をかぶって、その上にカーキーのトレンチコートを身に纏うのは云うまでもない。。。。(笑)

12月18日(火) 火蓋を切る旧正月商戦
*ハノイとホーチミン市の食品問屋は、旧正月商戦に突入し商品供給量を増やしつつあるという。ベトナム人は旧正月に驚くほど食べる。この為、この時期になると飲み物を含む食料品の需要が増え、値段が劇的に跳ね上がるのだ。来年の旧正月元旦は2月7日で、現在、ハノイ市内の70余カ所のスーパーやショッピングセンターなどは仕入れを通常月の倍にして需要に備えている。

ハノイ・トレーディング社のチュウ・スアン・キエン副社長の話しに因れば、同社は既に240トンの精肉、800トンに及ぶ加工食品、100トンの青果、200トンの菓子類、それに110万本のソフトドリンクを確保し、商戦需要に対応しているとのこと。亦、同社は今後、旧正月までにハノイ市内において食品ストアー6店の出店計画を進めており、現在14店舗を展開中。

ハノイ食材輸出入社のレ・ティ・リエン副社長は、630万ドルを投下して3500トンの米と200トンの小麦粉を輸入したという。旧正月祝杯用として、ハノイビール&ソフトドリンク社は少なくとも対前年比30.2%増の5100万リットルのビールを販売するそうだ。

その一方で、ハノイに拠点を置くスーパーマーケットチェーンは、現在、ソフトドリンク類在庫調達に手間取っており、問屋らの協力を得て仕入れを強化しているとのこと。主要製菓会社などは、旧正月に向け2500トンに及ぶキャンディーやチョコレートの販売を見込んでいる。精肉業者たちは、期間中、360トンの豚肉、260トンの鶏肉、そして100万個の卵の売上を計画しているそうだ。

ヴィサン輸出入会社のブイ・ズイ・ドック社長は、同社は既に旧正月を控え販売用の食材を十分に手当をした上に、万が一、需要が予想以上増加したとしても対処できるように既に手を打ってあると答えた。

しかし、CPベトナム社のキエウ・ミン・ルック執行役員は、最近、メコンデルタ地域で発生したマレック生病により鶏肉の供給不足と豚肉価格上昇が今後、暫く懸念されると述べた。加えて、ホーチミン市内の各スーパーマーケットに於ける旧正月に向けて平均物価上昇率は、10~20%の間と見込まれているとのこと。

予期される物価上昇対策として中央政府は既に各自治体当局に対し、価格管理と受給差を抑制するよう要請した。ベトナム中央銀行と財務省、そして投資計画省は価格上昇を抑制させるため協力して解決策を見出すよう指示を受けているという。

ビックCスーパーマーケットチェーンのグエン・タイ・ズン副執行役員は同社で販売する300類の商品価格を10%切り下げると約束した。亦、クリスマスセールや新正月に掛けても様々な販促を計画しているとのことで、商戦は益々加熱の模様を呈してきている。

(辛口寸評)
来年の旧正月に向けて、弊社でも一月前から一気に商品需要が高まりを見せ、工場では毎日3時間の残業体制に入っている。
12月1日より、急激なインフレと原料代の高騰の煽りを受け、卸で5割値上げを敢行し、注文が激減するのではないかと当初気をもんだものの、パパママストアーを除く、コンビニ・量販店・スーパーマーケット・デパートなどは時の流れと捉えてか、すんなりと新価格を受け入れてくれたのである。

値段もさることながら旧正月テトに向けて品揃えすることが重要とばかりに、連日注文を起こしてきてくれる。新価格が受け入れられる背景を考えてみると、これまで、安さだけが売上を左右する要因だったベトナム市場に明らかな変化が生まれつつあるといえる。

コンビニ・スーパー・デパート、いずれをとってもここで買い物をする層は、ベトナムでは中間層以上に限られるが、年々、新興中産階級が続々誕生し、それらの人々の市場参入が購買力の増大とボトムズアップの拡大に一役買っているのは勿論のこと、これらの人々の商品に対する考え方は、従来の安かろう悪かろうでなく、品質・安全性・信頼性を重視する傾向にあり、これらが押さえられている商材であれば、価格はさほど重要なポイントではなくなってきているのだ。

つまり同じような商材であっても、イメージ戦略を高め、これら中間層に支持される品が供給出来れば、受け入れられる土壌がベトナムに育ち始めたといえるのである。今後、ベトナムで流通を考えるとき、このポイントを良く認識しておくと良いだろう。

12月19日(水) ベンタインマーケット今昔
*サイゴンで最も古い建築物のひとつであるベンタインマーケットは今日、ホーチミン市に於けるシンボルのひとつと考えられている。このマーケットは雑貨を求める観光客に人気のスポットで、アオザイやお土産物、そして郷土料理などが楽しめるようになっているが、そもそもここが市場になったのは17世紀にサイゴン河近くで商品売買していた露天商が集まって発展したものなのだ。

フランス人が1859年に家族大聖堂を買収し、その跡地に現在、銀行の建物のある場所に大きな茅葺き屋根の建物を拵えベンタインマーケットの基礎が作られたのであった。ベンタインと名が付いた理由は、露天商が集まり商いしていた場所が波止場(ベン)近くであったことと、大聖堂(タイン)跡地に建てられたことに由来するという。

最初の市場は商売人たちで大層賑わいを見せたものの、1890年の火災でマーケットは全焼してしまった。火事で焼失後直ぐにフランス人はサイゴンで一番大きな鉄骨の新マーケットを建設した。1912年、当時のサイゴン市長はマレイス・ボレッセと呼ばれる市内の湿地帯に新しい市場の建設を命じた。

建設には2年の月日を費やし、1914年3月に新ベンタインマーケットが完成した。その後、1975年にベンタインマーケットは修復され、10年後の1985年には大改装が施され今の姿になった。大改装により、多くの部分が変わったが、有名な時計台だけは現在もホーチミン市のシンボルとして変わらず時を刻みつけているのだ。

ベンタインマーケットの一日の始まりは早朝4時で、裏門周辺の果物売りで幕が開く。その他の3つの門の開門は午前8時だ。同市場はホーチミン市を散策する観光客に取ってとても便利なところにあるばかりか良い目印となっている。

昼下がりになると、市場の周囲には屋台が組み立てられ、安価な値段で様々なベトナム料理を楽しむことが出来る。敷地面積は13000平米で、市場内には1000軒を越すお店があり、雑貨・お土産品・衣服・生地・お菓子・宝石など幅広い商品が軒を並べている。

ここではベトナム随一の商品が集まりベトナム人はもとより外国人にも喜ばれている。亦、ほとんどのお店の店員は英語を話すだけでなく、フランス語・中国語・韓国語、或いは日本語を巧みに操るし、売り買いも電卓片手に行われる為、コミュニケーションの問題は全くない。

最高の立地が幸いし、ベンタインマーケットには毎日大勢の観光客が訪れる。その中に大勢の外国人客も含まれるわけだが、日本人客が群を抜いている。世代を跨ぐ歴史と発展により、ベンタインマーケットは、ホーチミン市内で最も繁栄を謳歌する商業施設となっている。

(辛口寸評)
僕がベトナムに初めて来た頃のベンタインマーケットは、長年の風月に曝され壁の色はくすんで、時計台の時計もしばしば止まったままで、看板広告など一枚もなく大きいが寂れた市場のイメージは拭えなかった。

中のブースも同様で、品数は豊富だが店員は一様にやる気がなく、おしゃべりや弁当を食べたり、酷い者になると鼾をかいて寝てるのも多かった。

やる気あるのか?などと思って、店員を呼ぶとどんな体制からも応えられるような俊敏な動きを披露し、それまでの態度と打って変わった臨戦態勢となる。

定価なんてあるわけもなく、来たばかりの頃は店員に10と言われて6くらいを落としどころとして購入していたが、ベトナム人のかみさんを娶ってからは、10と言われて4を落としどころにするようになった。買い物そのものよりも店員との掛け合い漫才が愉快だった。

しかし、小綺麗になった今、確かに観光客も増え、様々な外国語を話す店員も取り揃え、一見、華やぎがましたようにも取れるベンタインマーケットに以前のそれを知る者としては随分、味気なくなった。

ご大層にどの店も“FIXED PRICE”(定価販売)などと軒先に吊し、観光客にそれを見せては納得させて法外な代金で商品を売りつけようとする。こんな調子だから、ベンタインマーケットに買い物に寄りつくベトナム人庶民などほとんど見かけることはない。

本来、市場は庶民と切っても切り離せない関係にあるべきなのに、観光客御用達だけの完全な人寄せパンダに成り下がってしまったのは残念に思う。もっとも、それも時代の流れなのだろうが、栄枯盛衰、これからもあの場所でサイゴンをじっと見つめ続けて行くのだろう。

12月20日(木) タンソンニャット空港公式開館
*34ヶ月間の工期を経て、一昨日18日、ホーチミン市のタンソンニャット空港国際線ターミナルが公式に開館した。年間旅客1000万人を捌くことの可能な新ターミナルは地上3階建て中二階付きの93000平米の広さを誇る。

特殊装備として搭乗エリア・情報管理・ビル管理・荷物ハンドリング装置などをカバーしている一方で、2億1900万米ドルのこのターミナルにはエスカレーター、動く歩道、荷物検知器、下水処理施設を完備しているという。ターミナルの建設費用は日本政府のODAと国家予算が充てられて建設された。

日本空港公団がこのプロジェクトに携わり、日本の鹿島・大成建設・大林組・前田建設のJVを組み、基幹コントラクターをなした。南部空港公団のグエン・グエン・フン理事によれば、8月従順に試験的開港をし始めてから、新ターミナルは40の航空会社から27000便を飛ばし200万人の搭乗客と34000トンの航空貨物を扱ったと発表した。

ホー・ギア・ズン運輸相は、これまで従来、タンソンニャット空港でベトナム全体の国際搭乗客の75%を取り扱ってきたと述べ、この新しいターミナルの完成は、南部の殖え続ける航空利用者の需要を満たすだけでなく、ホーチミン市を含む南部地域経済の活性化に繋がるものだと語った。

新しいターミナルの搭乗許容数はこれまでの2.5倍となり年間1800万人までカバー可能となったと日本国際協力銀行ハノイ駐在事務所の森 睦也所長。在越日本国大使館の服部則夫大使は、タンソンニャット空港を利用しベトナムへ入国する搭乗客は新しいターミナルにより気分良くなるでしょうと話し、そして新しいターミナルが日越協力のシンボルとなることを希望すると述べた。

今月初め、ハノイで行われた会合で、日本政府は来年度のベトナムへの拠出額を今年20%増加の11億1200万米ドルとすることを誓約した。服部大使は今後、日本は道路・鉄道・ITなどのハイテク産業を含む輸送インフラ分野をベトナムとの戦略的協力に拠り強化してゆくと語った。南部空港公団に拠り管理されるタンソンニャット空港は、今後も需要に応じ、プロジェクトの拡大をし続けてゆく。

(辛口寸評)
空港に日本からやってきたお客様を新ターミナルで出迎えた。さすがに出来たばかりで綺麗で清潔感が漂う。今も出迎えのベトナム人の人手は絶えることは無いが、それでも広々とした場所がミーティングポイントとなっただけあって、気のせいか待つ人々の動きにも我先に他人を押しのけてとい殺伐としたものはなく、余裕が生まれているようだった。

日本人の一人として最も、嬉しいのは新ターミナル中央、目立つところに日本語・ベトナム語・英語の三カ国語で、この建物が日本のODAに拠って建てられたことがきちんと書かれてあり、一個人としては関係ないが誇らしく思えた。新ターミナルの完成が、カントー大橋崩落事故をチャラにするものではないものの、日本として“あるべき形”をベトナムに提供出来て先ずは良かったのではなかろうか。

12月21日(金) 今時の子供との関係とその距離の保ち方
*ハノイの路地を埋め尽くす細く狭い家の中では、子供たちが親に隠れて秘密をもつことなど長く不可能と考えられてきた。しかしそれもインターネットの出現により、親たちの知らない不可解な世界へ子供たちがアクセスを広げることに拠り変わりつつある。

自宅で或いはインターネットカフェで一時間3000ドン(約23円)費やすだけのお金と環境さえありさえすれば、ほとんど無制限に若者たちが必要とする情報を取り出すことが出来る。10代の子供たちのプライバシー願望は何も新しいものではない。しかし、現代社会では彼らはそれを容易に保持することが可能になってきている。

最近、19歳の人気女優のセクシービデオの拡散は、大人たちが如何に子供のネットの中での趣向・行動について無知なのかを明らかにしたのは良い例えであろう。保護者たちと教育関係者たちが、ネット世界に対する理解と認識に立ち遅れるようなことがあれば、若者たちにセックスや妊娠に関する知識を適切に与えることが出来なくなる。

それに単純に、拡散したそのビデオを“社会悪”と片付けるだけでは彼らはそれらへのアクセスを止めることには繋がらないといえる。問題は、インターネットの出現が、10代の若者たちが仲間たちとのプライバシーの共有をより簡単にした一方で、両親の前では寡黙になってしまったことにある。

ホーチミン市在住二児の母親、ブイ・ホン・ハンさんは彼女の次女の態度に困惑したという。長女との関係は誕生以来何の問題も無いのだが、次女の場合、成長するごと、ハンさんとの距離が益々遠のいて行くという。

「次女は一度も母親の私に心を開いたことはありません。彼女の親友は主人が彼女の16歳の誕生日に買い与えたノートパソコンだけなのです。何だかインターネットが私の母親としての役割を奪っていったような気がしています。」とハンさん。

この様な困惑は最近の両親たちにとって一般化してきているというのは、ハノイ市で電話相談を受け付ける心理学者だ。「今日の子供たちが生きる社会はその親の世代とは全く異なります。ベトナムの家族関係に現代化やグローバリゼーションの波が怒濤の如く押し寄せて来ているのです。インターネットへのアクセスは若者たちに先例のない、独立をもたらしました。そして、それを彼らは彼らが望むことをする自由或いは、彼らの両親の監視からの解放と定義しているのです。西欧諸国の場合、この様なライフスタイルの変化に対処しなければなりませんでした。しかし、ベトナムは現在、未だ移行期なのです。今日の若者たちと15年前のそれでは当然、意志の疎通の点で世代間ギャップが存在するのは驚くに値しません。」と、心理学者氏。

ある人々は働き過ぎの両親たちのせいで子供たちと過ごす十分な時間が取れないことを問題の槍玉に上げる一方、両親たちは自分たちの子供とどのように接して良いのか解らないという。

今日の親たちが10代だった頃、何をするにおいても所属するコミュニティーの耳目に触れるのが常であった。簡単に言えば他人からの干渉を受けずに何かを行うことは不可能だった。しかし、今日、他人から触れることの出来ないネットの世界で若者たちはその友人たちと会話やプレイ、或いは心配事の相談などをし常にコミュニケーションを深めており、結果的にそんなところへ親の出る幕などなくなるというわけだ。

ハノイ市ドンダ区に住む16歳の娘の母親ブイ・ティ・ヴィエンさんは、彼女の娘は母親と話しをしたくないように見えると憂う。そしてこの様な娘の態度はヴィエンさん自身、両親に従順で何でも打ち明けることが美徳とされていた子供時代に経験したことでもなく、対応に頭を痛めているという。

「娘とは今でも食べ物やテレビのこと或いは彼氏への素敵なギフトなどについて話し合うことはあると云うが、娘は常に私と一定の距離を取っているのです。」とヴィエンさん。そして、娘に黙って彼女の部屋に入って咎め立てられたことを思い出して話してくれた。

「彼女の部屋は散らかって、掃除してあげようと思ったのです。しかし彼女は部屋へ入るなり突っかかって“プライバシーの侵害”を訴え、娘を尊重していない証拠だと嘆いたのです。始め私は"何故"、母親の私が娘の部屋に入るのに許可を得なければならないのか!親なら当然のことに腹が立ちました。しかし、怒りが収まると娘には娘の個性があり、一個の人格を形成していると気がついたのです。しかし、いずれにせよ私と娘の間には高い壁が出来てしまったようです。」と弱々しく微笑むヴィエンさん。

多くの国々で、これまで説明してきたような秘密の態度が10代の少年・少女たちの間で標準的なものと考えられている。ベトナムでは、しかし、彼らの個室を所有したり、寝室でネットを行うことは新しい行動様式であるため、両親らに取ってどのように対応して良いのか判らない部分が存在するのだ。

両親たちにとってこの様な子供たちとの対応にはガイダンスが必要であることを十分、理解している。ハノイ市のある父親は、13歳になる息子にガールフレンドが出来たことを知り大いにショックを受けたという。幼い二人がどのように愛を育んだのか理解しようがないばかりか、ネットに拠って知り得た大人の愛を単に模倣しているだけなのか、いずれにしてととても心配だという。この父親は今後、息子と話す時間を増やし、彼の態度を監視してゆくと誓った。

カウンセラーにせよ、心理学者にせよ、子供のことで心痛める親には先ほどの父親が誓ったようなアドバイスを送るだろう。そしてプラスアルファー、我慢と忍耐、そして愛情を持ち子供たちと接して行くことが求められているのだと結んだ。

(辛口寸評)
我が家では、10歳の娘にインターネットを自由に使わせている。
娘が通う学校ではパソコンやネットを積極的にカリキュラムに入れているので、宿題などもそれらを使わなければ始まらないものが多く、結果的に本人の自主性に任せている次第。ただ、我が家ではネットを使う時間を宿題に拠って決めている。タイムオーバーしたら、それ以上、利用は出来なくなる。

とは言え、必要な部分は予めプリントアウトさせるので、宿題を進めるのに問題になることは先ずなく、娘本人も今はそれが当たり前だと思っているようだ。クラスメイトなどとのチャットもしているようだが、これもクラスメイト限定で、母親の許可を得て使用出来る。

その内、もう少し大きくなれば反抗期も始まり、今のような調子で押さえ込むことは難しくなるだろうが、可能な限り、この姿勢を続けて行くつもりである。

さて、今年のクリスマスのプレゼント、遂に子供にテレビゲームを与えることにした。これまでゲームなど与えたら、それだけに夢中になり、学業が疎かになることばかり心配し、ベトナム生活をこれ幸いにテレビゲームとは無縁な生活を送って来た我が家なのだが、この8月に日本へ行き、友人・知人宅に普通にテレビゲームがあり、しかも単なるゲームではなく、辞書やスードク、或いは頭のトレーニング、果てはスポーツ疑似体験まで出来ることを知り、テレビゲームに対する認識を改めた次第だ。

尤も、娘を出汁にして、親である僕自身が嵌ってしまう可能性も否定出来ないのだが、、、、(笑)

12月22日(土) ニャチャンの海 汚染広がる
*付近の水産加工工場や魚処理施設などから生じる汚物がニャチャンの海を汚染し破壊し始めていると水曜日に行われた会合で発表された。カインホア省人民会議の席上、総務部はニャチャン湾が圧倒的な公害によって危機に晒されていると報告した。

総務部は、観光客や漁船、養魚場或いは農工加工業者の出す汚物がその元凶であると指摘する。総務部に拠ると、5000人の海上生活者が一日辺りに行う海上違法投棄量は10トンになる一方で、7000軒の水産養殖業者の筏から出る産業ゴミなどが環境破壊に繋がっているという。

加えて、カイ河とタック河の両川が農工業、水産加工工場或いは生活排水をニャチャン湾にしばしば汚水を垂れ流していることも公害を加速させている原因のひとつとなっている。

汚水はニャチャン湾の珊瑚礁を含む海の生態系及びエコシステムに深刻な損害をもたらしており、総務部担当官に拠れば、現在、建設中のバック・ホン・オン水産加工団地が完成すれば、湾の環境悪化は避けられず、自治体当局の早急な対策と手当を講じる必要性を訴えた。

農業部は現在、水産加工団地建設プロジェクトの投資家が環境アセスメント報告の下書きを作成中であると述べ、汚水レベルが規格Aに再処理されたものだけが湾に通じるタック河へ流すことを可能にすると付け加えた。

会合参加者の一人は、水産加工団地の建設地をニャチャン市から凡そ60キロ離れたヴァンニン区やカムラン町への移設を提案した。しかし、農業部はその提案を労働力確保と水産品取引に不便であることを理由に却下した。

ニャチャン湾は、中部ベトナムにおいて最も重要な観光ハブとなっている。

(辛口寸評)
産業が進むにつれ、環境は劇的な変化を遂げ、多くの場合、人を含む生き物に取って深刻な影を落とすもの。経済(銭儲け)を優先させる余り、生き物に本当に必要なものが、簡単に捨てられて行く。

甚大な影響が目に見えて現れた時になって、慌てて人々は忘れ去っていた“大切なもの”を思い出し、対策に乗り出すものの、ほとんど手遅れに近い状況で、是正するには開発で費やしたお金以上の費用が掛かり、結果的にロスがロスに繋がって行く愚を犯して来た。

嘗ての日本もそうだった。せめてベトナムには日本が高度成長期に歩んだような同じ轍を踏むことなく、自然との調和を考えた国造りをしていって欲しいものである。

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