« 2008年春のセンバツ高校野球、「沖縄尚学高校」の優勝で終わる! | トップページ | 元「米軍兵士」再びベトナムを訪ね、慈善活動を活発に展開する! »

2008/04/06

「阪急百貨店」と「阪神百貨店」の合併についての所見を述べる!

いささか旧聞に過ぎるが、検索ワードで「阪急百貨店と阪神百貨店」を探るアクセスが急増している。
これまで「H2Oリテイリング」と経営統合の際に世の中をナメたような名称を発表したとき少し揶揄を批判気味に掲出したが、その旧い掲出でも結構なアクセスになってきた。

そこで、経営統合から合併に至る過程を外から眺めた所見を掲出する。

阪神百貨店は、「大阪・梅田」に立地するいわゆる一店舗型百貨店だ。

確かに「くまもと阪神百貨店」なんて経営破綻した「九州産業交通」が進めた「熊本交通センター」に「岩田屋(これも経営破綻し伊勢丹の子会社に)と伊勢丹」がキーテナントの百貨店として出店したのが30年ほどになるか。
この出店に対し、熊本の老舗百貨店を自負する「鶴屋」は猛反発した。同じADO(伊勢丹主宰の共同仕入れ機構)に加わっていたから、現場の反発は物凄いモノだった。

ところが、「岩田屋はもとより伊勢丹も、商品構成やらイメージ作りで鼻は高いが、実力伴わず」の典型で、あのバブル経済の終焉と共に撤退を余儀なくされた。
結局は、地元で顧客を大切にし続けた「鶴屋」の勝ちで幕を降ろす。
「伊勢丹」は百貨店業界の中でエラそうな事を言うけれど、所詮は新宿だけの「一店舗主義」の呪縛から抜けきれない店である。
その理由は「ローカルには勢いがない」。「JR京都・伊勢丹」などは建物だけで喰っているような店に過ぎない。
もう一つ九州での話を披露すれば、バブル経済に乗り放漫経営で破綻した「そごう」が出店した「小倉そごう」の後を受け継いだモノの見事に沈没。これも長年のADOでの盟友「井筒屋」に委ねる事をし撤収した。
現在、「伊勢丹」の九州での拠点は、福岡・天神の「岩田屋」と西鉄福岡駅に位置する「福岡三越」である。
「福岡三越」ができて「岩田屋」との激戦が予想され、当初は「博多大丸」を加え、結構な意地の張り合いを展開していた。
九州の人は、熱いから「自分の自慢」については譲る事がなく中々のバトルを展開していた。
その「岩田屋」が経営破綻し天神の本店ビルは、地元福岡では高名な教育を喰いモノにして憚らない「都築学園」などというオバケみたいなヤツラに買収され追い立てられ、警固公園横のNTTの再開発ビルに鎮座する事になってしまった。
その横の「西鉄福岡駅」には「福岡三越」が華々しく開業したってワケだ。
ところが今やその二つ「岩田屋(実際には伊勢丹)」と「福岡三越」は親分同士の経営統合で同じ事業者になってしまっている。

この種の事態は、札幌でも「丸井今井(実質的には経営破綻で伊勢丹が管理)」と「札幌三越」も同じ構造で親分同士が経営統合した単なる事業者という構造だ。

新潟も同じ。仙台も同じ。このように探し始めたらキリがない。

まぁ、「伊勢丹」の社員はよく喋る!多能、多弁、雄弁である。中身の真偽は別にして知識をひけらかす事には長けている。田舎者には歯が立たない。歯まで理論武装しているのではないかと思わず疑ってしまう。
でも、ここでは「伊勢丹」の批判をしようと言うワケではないので、またの機会に譲ろう!

さて、ここは大阪・梅田の阪神百貨店である。
阪神電鉄が2005年に「阪神タイガース」優勝街道まっしぐらの中「株価」人気が高いと経営陣がほくそ笑んでいた陰で、実はヒンガラメ・キンチャン「ムラカミ・不安怒」が稀代の悪徳カネ貸し「ボリックス・ミヤウチ」の差配で、30%近い買い占めをされていた事に全ての出発点がある。
当時の「阪神電鉄」の経営陣は単に脳天気なだけだったのである。
これは別名では無責任ともいう。
何より、もっと無責任なのは「阪神百貨店」を「阪神電鉄」へ株式売却して合併させた「阪神百貨店の三枝社長(当時)」である。
「阪神百貨店」は「くまもと阪神百貨店」、「えびすた西宮」など、別に大きな収益を期待できそうにもない場所へ出店し、梅田一店舗主義の体力では経営面の圧迫要因を除去できなかったモノと想像する。
そこで梅田の大屋主であり実質的には親会社である「阪神電鉄」へ経営権を統合する事で金融面の不安を拭おうとしたと考えられる。
ところが「阪神百貨店」は小売業だから、毎日「巨大な現金収入」があるワケで、「阪神電鉄」もそうだろうが「毎日の現金収入」は経営面ではバカにできない。

「くまもと阪神百貨店」を出店した大きな理由は、三枝元社長の個人的な人脈や理由ではないかとゲスの勘ぐりもしている。
一つは今や旧聞に属するほど死に体ではあるが阪神百貨店も参加したADOでの人的関係が考えられる。そこでの人的関係と、もう一つは出身家が創業したバス事業における自負ではないかと、これまたゲスの勘ぐりをしている。個人的な感情をサラリーマン社長に過ぎない人物が考慮するのはいかがなモノか・・・・・・・!?と考えた事もある。
この件もこの程度にして。

「阪神百貨店」と経営統合した「阪神電鉄」は資産価値を大きく伸ばす。
「阪神電鉄」は元来なんの事業も興さないから「借入金」は実質ゼロみたいな会社だ。
そこへ、ヒンガラメ・キンチャン「ムラカミ・不安怒」が稀代の悪徳カネ貸し「ボリックス・ミヤウチ」が目を付けたワケである。そして株を大量に買い占めたってワケだ。

すったもんだの挙げ句2006年以降は、ヒンガラメ・キンチャン「ムラカミ・不安怒」が、頭脳暴力で戦いを挑むワケだ。
「阪神電鉄」経営陣は為す術もなく、結局は一番やりたくなかった方法「阪急電鉄」との経営統合を選択せざるを得ない事情へ追い込まれる。
「阪急電鉄」は「ホワイトナイト」役を演じる事になり、その頃、大阪では当に「ブラックユーモア」だと笑われたモノである。

いくらもいくらも問題を抱えた経営統合であった。
経営内容は小なりとも「阪神電鉄」は優良会社、一方、呑み込む側に立つ「阪急電鉄」はバブル経済期に無理した事業の後遺症を抱え、一歩間違えば「債務超過」でも可笑しくない会社である。
だから、マスコミ各社は、証券市場のアナリストが発する批判的な見解を素に、「経営統合による様々な効果を求め批判的」だった。正直、マスコミは本質的な議論を忘れ、表面上、垂れ流される証券アナリストの情報だけで「にわか経済評論・にわか経営評論」に忙しく立ち働いていた。

「阪神電鉄」を「阪急電鉄」が経営統合する際、何よりも厄介だったのは、「阪神百貨店」の扱いである。
既に説明したように「阪神百貨店」は独立の会社ではなく「阪神電鉄」の一事業部門に過ぎない。
一方「阪急百貨店」は独立の事業会社であり「阪急電鉄」子会社でもなければ持ち分摘要会社というほどの「株」を「阪急電鉄」が所有しているワケではなく、支配関係は存在しない、過去の経緯から広汎なグループを形成し有力な一角を占めるものの、単なる大屋主と有力店子の関係に過ぎない関係だ。

従って、「阪急電鉄」が「阪急百貨店」のライバルである「阪神百貨店」を経営統合する事は、「阪急百貨店」の経営に対しライバルとして立ち向かう関係に発展するワケだ。

従って、「阪急電鉄」は「阪神電鉄」を経営統合し、その一事業部門会社「阪神百貨店」を傘下に収めるが、早期に「阪急百貨店」による「阪神百貨店」部門の買収統合を前提に「阪急百貨店」を交えた経営統合交渉が始まったのである。

当時の「阪急百貨店」は、「大阪・堺」の新日鐵社宅跡地の都市開発で中型規模の店舗開発を終えたところだったし、子会社による食品スーパー「ニッショー」の経営統合を進めていた頃だ。
別には、JR九州の博多駅と地場というか金城湯池の西宮北口への新規出店を決定した後でもあり、資金面のゆとりがあるワケではない。
自社と周辺を取りまく様々な環境や事業計画を考えての「経営統合」という結論である。

ようやく2007年10月に、とりあえず「阪急百貨店」と「阪神百貨店」を「H2Oリテイリング」として経営統合する事になった。
統合する過程で、今度は「阪神百貨店」が抱える経営上の課題が浮き彫りになったモノと考える。少なくとも、経営効率は「阪急百貨店」の方が「阪神百貨店」より数段優れ圧倒的な効率の差がある。
これを埋めない限り、「阪急百貨店」は「阪神百貨店」を経営統合したと言っても「統合効果」は現れないワケである。
そこで当たり前の事ながら「合併」する方法が最も経営効率を高める事ができるワケである。

大阪の市民(いわゆるオバちゃんたち)は、「阪神百貨店」の地下にある「食料品売場」は高い人気(支持率)を誇っているが、流通のコンサルティングに携わる側としての見解は、残念ながら「店としては余り儲かっていない」と判断している。
それはビジネスシステムが原因だ。

他のフロアーも、大阪・梅田で、全国的に見ても最も効率のよい立地なのに、何をしているのかと、思わず考えてしまう商品構成やら管理構成になっている。
考え方が古いのである。全く旧いのである。話にならないのである。
趣味の店でもない。実用に近いが実用の店でもない。いわゆる中途半端な商品構成の店に成り下がっても平気で気づかないのである。
これでは、ダメでしょう!

「百貨店経営」の要諦は、商品計画と商品構成そして商品管理(販売と在庫)にかかっている。これに加えて「顧客管理」の徹底が必要で、あらゆる生活トレンドを考慮し先取り可能な「商品開発」のセットである。

こんなのは、百貨店経営だけに限らない。
流通業で一定のポジションを確保しようというなら当たり前の事である。

「阪神百貨店」に従事する多くの方は、とうとう「阪急百貨店」に合併されてしまうのか?
とお考えになる事だろうが、「百貨店事業」が好きで、この業務に従事されたのなら、もう少し「シッカリしたオペレーション」を確立されるべきである。
これまでの「阪神百貨店」は大阪・梅田の超一等地に立地することで、時が来れば自然に集客できると高を括っていたに過ぎない。
典型的な商業立地依存型ビジネスに安住していただけである。
自らが与えられた「所与の機能」を開発する事に気づかず、その努力を怠ってきたに過ぎない。別の角度で自らの事業資産を眺めると、宝の山である事に気づくはずである。

引用開始→ 阪急百と阪神百、10月に合併・阪急阪神百貨店に  (日経NET)
(2008/03/26)

エイチ・ツー・オーリテイリングは26日、傘下の阪急百貨店と阪神百貨店を10月に合併し、阪急阪神百貨店とすると発表した。存続会社は阪急百。組織を一体にして効率化を加速、経営統合効果の早期実現を図る。これに先立ち、4月1日付で部長級6人と店長級1人の人事交流を実施する。阪急百から阪神百に婦人服の販売統括部長など5人を派遣し、売り場改善を進める。(26日 21:15)
Copyright 2008 Nikkei Inc. / Nikkei Digital Media, Inc. All rights reserved.  ←引用終わり

もっとも、合併したところで、両方の店の名前が変わるわけではない。

「阪神百貨店」はあくまでも「阪神百貨店」である。これからの人口動態や経済環境を冷静に考えた場合、適切でよい結果をもたらす事だろう。そして何よりも、「阪神百貨店」に従事するあらゆる関係者は、基本的にそれぞれ担当する「仕事が面白くなるだろう」。次々に興味深いリテイルに関わる能力が刺激されることだろう。現在は大阪・梅田での事ばかりを議論しがちの弊害に陥りがちになるが、日本の流通各社は世界を目指さなければならないのだから、小さなコップの中で少ない水を掻き回したところで「生産される要素や獲得できる利益は少ない」のである。その事実に何よりも気づく事が先決だ。未だに国際標準で戦える仕組みすら身につけていないじゃないか。何よりも、そっちの能力を磨く事だろう!

|

« 2008年春のセンバツ高校野球、「沖縄尚学高校」の優勝で終わる! | トップページ | 元「米軍兵士」再びベトナムを訪ね、慈善活動を活発に展開する! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 2008年春のセンバツ高校野球、「沖縄尚学高校」の優勝で終わる! | トップページ | 元「米軍兵士」再びベトナムを訪ね、慈善活動を活発に展開する! »