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2008/06/15

東京メトロ副都心線と東北/岩手・宮城の大地震について

東京は、副都心線開業で湧いている。
副都心線は、当たり前だけれど結構深い場所を走っている。

最初に銀座線を建設した頃と大違いだ。
何よりも、銀座線は「上野=浅草」が相互の起点だった。
当時の東京での消費需要は「浅草」がベースで、山手線との接点は「上野」だった。
台東区が消費のリーダーだったって事だろう。
だから、「松屋」は浅草に、名古屋から出てきた「松坂屋」も上野は「御徒町」に店を設けたってワケだ。
やがて、時は移り銀座線は「銀座」を抜け新橋まで延伸し、そこで渋谷への路線と接続した事で、渋谷と浅草を結ぶ「銀座線」となった。
銀座線の完成で「銀座」が東京の消費をリードするようになる。
オモシロイのは、「松屋」が銀座3丁目に、「松坂屋」が銀座5丁目へ店を構えた事だ。
もちろん、当時の王者を自認した「三越」は銀座4丁目の角に「銀座店」を構え、通りを挟んで「服部」と対抗し覇を競う。

銀座が、東京の一般的な消費をリードし続けたのは1985年までだったか?
1960年代後半から、東京は、猛烈に西へ西へと延び続け、とうとう、東京都の中に収まり切らなくなり、いまや神奈川県厚木市の一部は東京都の飛び地みたいなものだ。
1970年代に入ると、西へ延びた東京の消費が、渋谷、新宿、池袋の各ターミナルでストップさせるための闘いが始まる。
都心(日本橋・銀座)とターミナル(渋谷・新宿・池袋)の競走は激烈だった。
1970年代後半に入ると、西へ延びる東京は、北と東への膨張も繰り広げ再び「上野、浅草」かと界隈の人は期待したが、様々な財を東京に求めそれを消費する市民は「上野」をパスして都心(日本橋・銀座)へ向かう。あるいは「山手線」を利用し西側のターミナル(渋谷・新宿・池袋)へ足繁く通う人も現れた。
1964年の東京オリンピックを終えた1960年代後半から、渋谷に隣接する「原宿」がファッションを志す人の間で俄然、熱い注目を集めるようになり、東京のオシャレ発信源が「銀座」から「原宿」へ徐々にシフトする事に。

これに人口急膨張の横浜が西口の整備で新たなターミナル形成で加わり大乱戦だった。
世田谷の小金持ちは、都心へ出ず「二子玉川」に蝟集し余裕を楽しむ傾向を見せた。

新宿は、西口に小田急と京王が西口開発に合わせ知恵を絞るが、東口に構える伊勢丹には水を空けられたまま、未だ充分に埋めることができない。
三越も新宿東口に店を構えて努力するフリは示してみたが、そこは若者を組織する能力に優れる「丸井」の足下にも及ばず敢えなく敗退となった。
「高島屋」は、日本橋、二子玉川、横浜に固執することなく、東急ハンズと組み「新宿高島屋」を21世紀を展望した1990年代終末に渋谷区内(区の境界)で構え繁盛させる事に成功した。

一方、都心の商業者は、郊外私鉄路線と地下鉄路線の都心直結を機に事業の積極展開に踏み切り、西側ターミナルとの差別化を図る様々な作戦に打って出た。

東京を軸にした首都圏の私鉄路線は、「東京メトロ」を介し「線路は続くよどこまでも!」を繰り広げている。

東京のというか首都圏の地下鉄路線を眺めると、年代ごとの、あるいは経済発展に伴う都市変化に伴い、東京の商業軸の変遷がよく分かる。

その王座決定戦が、昨日(6/14)の副都心線開業で、いよいよ始まったってワケだ。
渋谷、新宿、池袋のどこが栄冠を勝ち取るか?

しかし、よく考えて貰いたいことは、
いずれのターミナルも、「ファッション商品」で勝負!
と言っているけど、ハッキリ言ってその全ては「コモディティ」の部類でしかない。
それを維持するにも、ロジスティックの確立を欠いた旧弊で無責任な「発注・生産・流通・消費」を繰り広げ、踊らされているに過ぎない。
しかも、その商財の大半(50%)は中国生産品である。在庫を残せば「日本の資金(自分達のカネ)が中国へ(利益だけは)移転したまま、日本でゴミとなる」のである。

日本のマーケットで、最もオイシイ部分の「ファッション商財」は、いまや「銀座」の目抜き通りの全てを押さえてしまった、ヨーロッパのブランドが発信し、日本の富を容易に置き換え懐に収めている事実を日本の消費者はよく認識した方がよい。「銀座」はいまや、買い占められて「ヨーロッパブランド」のための街になっちゃった。

さて、一方のタイトル「東北の地震」である。
東京は、深い地点で地下鉄建設を繰り広げてきた。
東京の都心は、一部を除いて、もう地下鉄を掘れないところまで達しているらしい。

神戸で「阪神大震災」を体験した被災者の一人として意見を述べると、
「東北の地震」への対処の迅速さに驚いた!
日本人は物凄くトレーニングができている。
中国で四川巨大地震に見舞われた被災者が見たら驚愕する対処力を示した。

被災人口が少ない事もあるけれど、それでも見事な救援指揮と体制だった。

不謹慎だとお叱りを受けるだろうが、
あの地震が、昨日、東京で発生していたらどうだったろうか?

副都心線の開業で浮かれている場合じゃない事は勿論だけど・・・
考えただけでも、背筋が・・・

おそらく「地下鉄」は、大丈夫だろう。
しかし、地滑りで山が崩壊し、道路橋は落ち、道路が消滅し、水路が埋まり、建築物の多くが挫屈倒壊し残された人は圧死する。
首都圏ではパニックに襲われる人も続発するだろうし!
祝祭空間として彩られた土曜日の東京は、どのように対処できただろうか?
考えただけでもゾッとする。

もう一つ、既にバレてしまった事だけど、「地震予知」は学者の戯言だったって事だ。
また「地震予知警報」も、殆ど「ナンの役にも立たなかった!」って事である。
①震源に近接した地域では「地震が発生した数秒後に『地震予知警報』が発せられた」。
②震源から離れた地域でも「地震予知警報」は「15秒前」だった。「アナタ『15秒前』に比較的大きな地震が起きます」って、警告受けて「どうされます?」。

副都心線開業の日に、地震が東京を襲わなかった事を大きな幸運に恵まれた考えるべきだろう。
首都圏に住む3500万の「市民」は、浮かれている場合じゃないと考えるけど!?

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