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2009/01/17

14年目の朝を迎えて!生き延びた事、ご支援とご芳情に感謝し!

あの日も寒い朝だった
きょうも寒い朝だった
あの日から、歳月は14年

小学生は成人しつつ
乳幼児は中学生や高校生になった

きょうも鎮魂の鐘が鳴る
澄み切った鐘音が人の魂に届けばと

生と死
生き残る喜び
生き残る責任

失望と希望
無情と芳情

格闘 格闘 格闘 毎日格闘 毎年格闘
塵 芥 炎 火 水 寒 冷 暖 温 食 埃 臭 音

生きる 生きる 生きる 生き続ける 生存する

改めて、無情にも生命を喪われた震災犠牲者の皆様のご冥福をお祈りし、生存できた一人の者として、生きる責任を思い致し、これまでに全国から世界から頂戴したご支援とご芳情に深く感謝申し上げます。
(一番驚いたことは、3日後に、直撃を免れたFAXが受信した文書、それはベトナムの友人(Dang Van Thong君)から届いた「震災お見舞い」だった。当時、A4用紙1枚を日本へ送信するには1.5US$ほどの費用を必要とした。それは彼らの1日分~2日分の収入に相当したからだ。その心に深謝し忘れる事はない)

引用開始→ 阪神大震災14年 1.17追悼の朝
(asahi.com 2009年1月17日6時3分)

Osk200901170005asahi追悼のつどいが開かれた神戸市中央区の東遊園地では、竹灯籠(とうろう)でかたどった「1.17」が浮かび上がった=17日午前5時35分、神戸市中央区、荒元忠彦撮影

静かな鎮魂の祈りにつつまれた。17日午前5時46分、6434人が犠牲になった阪神大震災は発生から14年を迎えた。被災各地で追悼行事があり、人々は失われしものへの思いをはせた。街の復興は進んだが、被災地間には格差が残る。国内外で大規模災害が相次ぐ中、阪神の教訓が問い直されている。

神戸市中央区の東遊園地。市と市民団体による「1・17のつどい」では夜明け前、震災関連死を加えた犠牲者数とほぼ同数の約7千本の竹灯籠(とうろう)でかたどった「1・17」の灯が浮かび上がった。発生時刻に黙祷(もくとう)し、母を亡くした田中千春さん(53)が「震災を後の世代に伝えていかなくてはいけない」と追悼の言葉を述べた。

被災した兵庫県内12市の人口は震災前と比べて1・9%増加し、約367万人に。神戸市ではおよそ3人に1人が震災後に生まれたり、転入したりした「新市民」だ。5市18地区で進められた復興土地区画整理事業は、神戸市長田区の新長田駅北地区が残るのみとなった。

被災地の地域内総生産は震災前の94年を100とした数値で平均105・9に上昇したが、淡路島3市では同87・9にとどまる。災害復興住宅の高齢化率は47・8%に達し、全体の約4割は高齢者のひとり暮らしだ。 ←引用終わり
(朝日新聞社asahi.com)

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