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2009/10/15

平成21年(2009年) 「灘のけんか祭り」 宵宮のレポート!

松原八幡宮秋季例大祭(宵宮)が本来の名称です。

昨年の宵宮は雨に祟られ散々でした。
それでも、例年どおりの盛り上がりを見せました。

今年は、事前の天気予報では晴天だったものが、「祭」が近づくに従いいつの間にか「宵宮」は「曇りのち雨」とナンともな天気予報に、祭典関係者は「またかいな?!」と憂鬱な思いに苛まれていました。
しかし、雨は降らず、見事な「秋天」に恵まれました。

井戸敏三兵庫県知事、石見利勝姫路市長も観覧席に陣取り花を添えられたとか。

いろいろありましょうが、「灘のけんか祭り」を「世界(無形)文化遺産登録しましょう!
今年は、京都の「祇園祭」が長年の働きかけが華開き「世界(無形)文化遺産」として「認定登録」されました。
灘のけんか祭り」は、日本の伝統工芸美集大成した「屋台」からしても、また、その華麗な屋台練りを捉えても、日本の文化を体現しています。
毎年同じ事はできません「同じような事」を同じような手法で営々と継承しています。

平成21年(2009年)、チョッと困った事は、「妻鹿」の町内で宮入出立前に、意見の対立が生じたようで、困った事に、昨年新調した妻鹿屋台は「宮入」時間を守る事ができませんでした。
結局、最後に「中村」の宮入後に「妻鹿」の宮入となりましたが、長い「灘のけんか祭り」の歴史でも前代未聞の出来事となりました。
他の祭典関係者は「ナンともなぁ~!」と、困り果て、祭典関係者の鳩首会談で、「妻鹿」の宮入は最後にと合意したようです。
前代未聞もエエですけど、まぁ、他の旧村に「困ったなぁ~?!」と言われるのは、町民全体の「熱い志気」を下げるのではないかと、「いや、熱い志気があるからこそ、屋台を出すの出さへんのちゅう事になりますねんや」との解説も、「なるほどナァ!」と変に納得したりして。
加えて、妻鹿町民(姫路市の管理職職員)が練り合わせ時に、屋台(脇棒か?)に挟まれ落命された事も生じました。お悼み申し上げます。

とはいえぇ、まぁ、「宵宮」を終える事ができたようです。
いつもながら、別の想定(内)の「自損事故」も、それなりに起きていますが。
荒い「祭り」をやっているワケですから、参加する個々人が万全の注意を払わない限り、自損事故を防ぐ事は難しいですねぇ。

追加掲出(2009/10/15.)

引用開始→ けんか祭りで男性死亡 屋台に挟まれ 姫路  
(神戸新聞NEWS 2009/10/14 23:51)

14日午後6時ごろ、姫路市白浜町甲、松原八幡神社であった灘のけんか祭り宵宮で、祭り屋台の練り子を務めていた姫路市産業・港湾振興課課長島田浩次さん(49)=同市飾磨区妻鹿東海町=が2台の屋台に頭を挟まれ、搬送先の病院で亡くなった。

飾磨署によると、当時は氏子の7地区が屋台をぶつけ合う「練り合わせ」の最中だったという。島田さんの近くにいた氏子らによると、島田さんは屋台を担いでいなかったが、屋台のそばにおり、2台が練り合わせていた際、わき棒と呼ぶ屋台外側の棒に頭を挟まれたという。屋台の重さは約2トンあり、70~80人で担いでいた。

姫路市によると、島田さんは1982年に入庁し、昨年7月から同課課長。休暇を取り、けんか祭りに参加していた。

この事故を受け、島田さんの地元、妻鹿地区は15日のけんか祭り本宮への参加自粛を決めた。

2001年のけんか祭り本宮で、男性=当時(57)=が倒れてきたみこしの下敷きになって亡くなっている。←引用終わり
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"とらえもん" は、久々に戻りました。
友人・知人は本当に良いものですねぇ。
直ぐに、子供の頃というか、少年の頃というか、青年期のというように、それぞれの時期にそれぞれ共に過ごした時間がいきなり目の前へ戻りますから。
"とらえもん" は、祭礼期間中、姫路へ戻り友人知人に囲まれ「祭り」を楽しんでいます。

さてそれでは、14日(宵宮)のハイライトから:
Img_0445_1_1①旧宇佐崎村の屋台が宮入を終え、境内から出るため楼門前へ差し上げで戻ったところ。
旧七村の屋台は、いずれも大きさは、ほとんど同じですが、なぜか「宇佐崎」の屋台だけが大きく見えるのはなぜかと思います。
他村の屋台に比べると「露盤」が大きいからという指摘。
いや、本棒と脇棒が他村の屋台より少し長いため、多くの練り手(人)が集中するためかとか、いろいろな解説を聞きますが、大きさはほとんど同じです。

Img_0451_1_1②旧中村の屋台が宮入し境内を一周し、拝殿正面へ差し上げで到着したところ。
「中村」は、平成21年の本宮では「神輿練り番」のため、宵宮のみの屋台練り。練り出しの際は、呼吸が合わず「よく落とし」ましたが、宮入前後からは気合いたっぷりに多彩な屋台練りを魅せました。

Img_0462_1_1Img_0463_1_1③旧七村の全ての屋台が宮入を終えた後、境内に据え置いていた「旧東山村」「木場港」「旧八家村」の屋台が、仲良く華麗な三台練り合わせを境内で呼吸も見事に展開。
左が「東山」中が「八家」右が「木場」の屋台です。

15日(本宮)は、午前5時に旧松原村の露払いに始まり、午前6時に旧中村は神輿当番の神事として清めの「潮掻き」を行います。
その後は、正午までを目処に「東山」「木場」「松原」「八家」「妻鹿」「宇佐崎」の順で屋台が宮入します。
正午を目処に「神輿当番」の「中村」による「宮遷し」があり、神輿練り(激突)が始まります。境内で、宮前広場で、御旅山広畠で、というように場所を移しながらそれぞれの所で激しく執り行われます。

御旅山広畠へ「神輿」が到着する前に、日本の音百選に選ばれた旧松原村の壇尻(テンテンつき)が、広畠練り場の悪霊払いを豪快に執り行います。初めてご覧になる方は、その激しさに呆気にとられてしまいます。地元の人は当たり前の神事なのですが、初めて来られた方は、その激しさに声を失うとか?!
まぁ、財布やご自身を失われないようになさって下さい。
本宮は、全ての屋台が御旅山頂上の「松原八幡宮 別宮」参拝を終え、御旅山広畠へ下りて来て、最後の練り合わせを終えるのが午後8時30分(20:30)前後でしょう(例年の事)。

妻鹿の皆さん、町内で心を一つにまとめ、よい「祭り」を執り行いましょう。
「心意気」を大切に「粋で,鯔背で,華麗に,権太」な事を!
地域の力を合わせ一つにまとめ「本宮」を盛大に執り行える事を願っています。

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コメント

初めまして。「灘のけんか祭り」に引き寄せられて、お邪魔しました。今は上海に住んでおりますが、松原住民です。ここ何年も祭りには帰れていないのですが、こちらのブログで今年の祭りの様子がわかってうれしいです。でも、妻鹿の方が亡くなったとの事、本当に残念です。15日のレポートも楽しみにしています。

投稿: かに | 2009/10/15 16:32

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