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2009/10/18

文明の発展による産業の変化は、労働の質と富を当然ながら変化させる!

日頃、学生を相手に「付加価値創出」を説く際に「文明の発展」が「産業の変化」を促すと「労働の変化」も付随させ、「労働の変化」が生じる事により、自然に「富の変化」が生じるのだと、基本的な構図を述べている。

この動きに対処対応できる側あるいは人材と、ただただボンヤリ眺めても理解もできない側に位置する人材との間には「天地の開き」を生じさせるのだ。

ここでいう「文明の発展」とは「文明の質的変化」と考えると分かりやすい。
「質」が変われば、それに伴う「変化」が生じるのは当たり前の事だ。
しかしながら、「世の中で大半を占める側」は、いち早くその変化に気づかないのである。
「変化」の最初は、本当に「微量」である。
従って、「大半の側は気づかないし、分からない」のである。

ところが、いち早く敏感に「微量の変化」を見逃さない能力を保持する人材は、やはり存立するのだ。
「微量の変化」が「数多の変化」を引き起こす前に、その現象を予測し十分に対応できる手立てを準備した上で、「決定的で大きな変化のとき」を待ちかまえるのである。

やがて、一定の階層が形成され構築される。
そのとき、取り残された側に存立する人材は、大凡「慌てふためくか、妬みを爆発させるか」に二分される。

「新ゴールドカラー層」と命名分類した「新階層」の出現を評し、従来までの「階層」がどのように形成され構築されたかを、分かりやすく顕した記述を見出したので、引用紹介し、一考の余地をと考え掲出しておきたい。

基本的には、婆娑羅でボヘンミアンでもある "とらえもん" や "まるでのうそまろバカセ" は、相手を選んで業務を受けてきた。気に入らなければ、相手の眼前で「契約書」を破り捨て席を立つ事なんざぁ、「平気の平左」で呆気にとられて目を白黒させる、間抜けヅラを尻目に颯爽と退席する事を繰り返した事もよくあった。
やはり、「粋で,鯔背で,華麗に,権太」は、いまも抜ける事がない。
それでも、それだけでは「生きていくのは難しい」と、最近ようやく気づき始めたところですが、やはり、受け継いだ血潮というか伝統というかDNAは覆しようがないようですね。

でも、最近、少しは「丸く」なったとも評(噂)されているようですから、少しくらい「新ゴールド層」へ接近できるかなぁ?
学生諸君の間では、「ケンカっ早い」「危険な・・・」などとの評(噂)は絶えないようですが・・・・・

とりあえず、「東京」へ戻り着き考える次第です。

引用開始→ 新たな職種層、“ゴールドカラー”の登場
(MSN 2009年10月12日)

経営学者Robert Earl Kelleyの『The Gold-Collar Worker』(Addison-Wesley刊、1985年)という本を読んだのはもう随分前ですが、そこに書いてあった「ゴールドカラー層が形成される」動きが最近現実になってきたようです。学者ってすごいですね。何十年も前に「世の中がこれからどうなっていくか」を学術的に推測できるのですから。

内容を簡単に説明しましょう。産業革命以降の、第1次産業から第2次・第3次産業への移行期にブルーカラー層とホワイトカラー層が分離しました。昔は大半が農民だったのに、その息子や娘たちは工場に勤める者と、ビルの中で書類仕事をする者とに分かれていったということです。

Kelley氏は「その次の段階として、先進国ではホワイトカラーから、“自分の能力”を自由に売って働くゴールドカラーが分離する」と主張しています。「一方、ブルーカラーは減少するだろう」とも予測してます。今ならブルーカラー層が消えていくというのはよく分かります。日本も工場自体が減り、そこで働く人は大幅に減少しました。中小企業には存在し続けていますが、大企業が巨大工場を国内に多数保有していた時代とは、ブルーカラーの数は大きく異なります。

もちろん、代わりにサービス業・接客業に就く人が出てくるわけですが、これらはアジアからの留学生なしには成り立たなくなっています。すなわち、“日本人”からはブルーカラーが消えていくわけです。先進国の人がブルーカラー的な仕事をしなくなるのは欧州も同じですね。ドイツなどは失業率が15%を超えていても、道路工事や清掃系の仕事はトルコ移民や出稼ぎの人がやるもの、という構図です。

人生の半径

さて、新たに現れるゴールドカラーですが、その1つの特徴は「人生における移動距離が圧倒的に長いこと」とされています。例えばブルーカラーは、生まれた町で高校まで出て、隣町の工場に勤め、配偶者とは近くのバーで出会い、子どもも地域の学校で育つ。人生は半径50キロくらいのエリアで完結する。

ホワイトカラーは、数百キロは移動します。日本で言えば、金沢で生まれ育って、東京の大学に行き、大阪に配属になったりします。妻の実家は仙台だとしましょう。東京・大阪間が約600キロなので、人生は東京を中心としただいたい半径500キロくらいの範囲を舞台として繰り広げられるわけです。

それに比べて、ゴールドカラーは数千キロ動きます。半径数千キロというのは、つまり世界を股にかけるということです。先日、雑誌に載っていた米国の投資銀行のチーフエコノミストの方。中国の田舎生まれで、清華大学(中国の理系トップ大学)の工学部で博士号をとり、その後ハーバード大学で経済学の博士号をとって国際機関で働き、今は米系の投資銀行で働く傍ら、中国政府のアドバイザーもやっていると書いてありました。

この“移動の距離”が彼がゴールドカラーであることを示しているのです。

日本人でもそういう生き方を始める人が登場しています。日本の田舎で生まれて米国で活躍する野球選手、ずっと日本で育ったけどシリコンバレーで起業する人、アジアに渡りタイやベトナムで働く人、中東でボランティアをする人もいます。音楽家を志す子どももすごく早い段階から欧州に行って教育を受け始めたりね。

ごく普通の人でも、大学あたりからは、日本(半径数百キロで行けてしまう範囲)を越えた選択肢の中で「どこの大学に行こうか?」と考える人が出てきています。

「人生の舞台の半径が、1ケタ違う」

これがゴールドカラーの特徴です。

選ぶ視点で考える人

もう1つの特徴は、彼らは「誰にも使われない人である」ということ。ブルーカラーの人もホワイトカラーの人も、結局は「使われている=雇われている」人です。部長や課長や工場長や社長の指示を受けて仕事をしています。

一方、ゴールドカラーの人たちは、形式上は雇われていますが、実際には仕事を自分で主体的に選んで、しかもどんどん転職していく。時には自分で会社を作ったりもする。日々の仕事においても、自分でやるべき事を判断、提案しながらやっていく。指示されて作業するのではなく、成果で評価され、その達成方法は自分で考える(任されている)人たちです。

先ほど例に出したチーフエコノミストも、投資銀行から給料をもらっていて「雇われている」わけですが、別に首になっても大した問題ではないし、首にならなくても時期がくれば自分で次の仕事を選んで転職していくという人です。使われているわけではなく、対等の立場で雇用契約を締結し、報酬をもらっているという感じです。

もっと言えば、自分のキャリア形成や、自分が人生で達成したいことのために、適宜必要な大学や会社を“利用・活用している”のです。これが、ゴールドカラーの人の特徴です。「どうやったら自分は選んでもらえるか」ということを気にしない人たち。「次は何を選ぼうか」と“選ぶ視点”で考える人たちです。

3代で定着

もう1つ、その本の中で印象的だった点、それは「こういった社会層は発現から3代で定着する」ということでした。

ブルーカラーとホワイトカラーの分化が始まった頃は、お父さんは農家、お兄さんは工場で働いて、弟が大企業でホワイトカラー、ということがあり得た。しかし、3代経つと大半の家は「家族全員がブルーカラー」か「家族全員がホワイトカラー」というように「家族ごとに分離・定着」してしまう、と。そして今後は同じことが、ホワイトカラーとゴールドカラーにも起こりますよ、と予想するのです。

ここ数十年は過渡期なので、1つの家に、長男はゴールドカラー、次男はホワイトカラー、三男は親の農地を継いで耕作している、みたいなことがあり得る。しかし、3代経てば、「父も母も兄も妹もゴールドカラーの家」というのが出てくる。一方、「ゴールドカラーの人なんて親戚中に誰もいない。全員ホワイトカラーだよ」という家も出てくる。ゆっくりと、でも確実に、今の「ホワイトカラー家庭」は、「ホワイトカラー家庭」と「ゴールドカラー家庭」に分化しつつある、ということです。

今、自分の子どもに対して、「いい大学を出て、いい会社に入れる(=いい会社に選んでもらえる)ように育ててあげたい」と考え、高い塾の授業料を払いながらお受験をする家庭は多いですよね。でも、そういう方法では「ホワイトカラー予備軍」しか育ちません。

では、国際的に活躍できるよう英語を学ばせればいいのでしょうか。そうではありません。なぜなら「親に言われたから英会話学校に通っている」というのは、「指示されたことをやる人」に過ぎないからです。

ゴールドカラーとは自分で道を選ぶ人たちです。小さい頃から“他人と違う言動”を褒めてもらえ、突拍子もないことを言い出してもむしろ応援してもらえる。そういう環境から彼らは育っていくことでしょう。ある意味では「素直なよい子」とは対極にあるところから、そういう人たちが育っていくのかもしれません。

それもちょっと楽しみだったりします。←引用終わり

そんじゃーね。【ちきりん】
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