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2010/01/01

2010年が「あけまして・・・・・」、いつも「月暦」をオルタナティブとして保ちたく!

2010f0086_22010年があけました。

いわゆる「西暦」の新年です。

月暦」では2010年2月14日正月元日です。
いわゆる「旧正月」と呼ばれています。

コラコラコラム」は、「月暦」を決して「陰暦」などとは言いません。
一方を「太陽暦」と呼ぶなら「月暦(Luna Year)」でなければなりません。「太陽が表で、月が陰である」などという表記に異議を持つからです。

「太陽暦」が唯一無二で正しいとは考えません。立派なオルタナティブとして「月暦」があり、100年ほど前までは日本人の生活律を厳然と規定していたのですから。
日本は、「脱亞入欧」の掛け声と共に「近代工業国家」を作り上げる過程で、「太陽暦」使用(支配された)の生活律へ切り替えてしまいました。

つまり、日本の文化としての「月暦」による生活律から、欧米文化としての「太陽暦」を受け容れ(当初は並行使用)、やがて「月暦」による生活律そのものを捨て去ったという事です。

「月暦」は、7年に一度、「暦」を調整するために「閏月」を加える必要があり、一年が13ヶ月になる事もあります。それを智慧として楽しむ「ゆとり」も大切なのではありませんか。
確かに、「太陽暦」の一年は大の月と小の月が交互にくる12ヶ月365日で「経済合理性」に富んでいます。

しかし100年前まで(いまもなお)、日本人の心根には、2600年近く「農業作事」と一体化した「月暦」の刷り込みがありました。もともと農業従事者が大半であった日本人は「正月」や「盂蘭盆会」に、近代工業に不可欠の生産や流通に伴うを業務を停止しても、それぞれの故郷(元は農業地域)へ帰ります。

「月暦」では、
正月は、春と共に訪れます。
従って、正月の挨拶言葉に「初春」「迎春」「頌春」「賀春」「新春」などが用いられるワケです。

西暦の正月は、二十四節気に示される「小寒」「大寒」を1月(正月)に抱え込み、冬真っ盛りの時期にあたります。
それでも、形式を重視する日本人の多くは、形だけ「正月を愛で、春を言祝ぐ」言葉で飾り立てています。

正月は一年の始まりです。
それを神様と一緒に祝福するために節会(せちえ)を催し、神様にお供えする御喰(みけ)を共にする意味の祝膳を準備し、それを「お節料理」と呼ぶワケですが、一年の始まり「正月」を神様と共に祝福する(した)様式を表徴しています。

ちなみに、節句(節供と記しますが)は五節供(ごせっく)あり、

正月七日(一月七日)が「人日<じんじつ>の節供」(七草<ななくさ>の節供)
①せり、②なずな、③ごぎょう、④はこべら、⑤ほとけのざ、⑥すずな、⑦すずしろ が春の七草です。

三月三日が「上巳<じょうみ>の節供」(桃の節供で 雛祭り)

五月五日が「端午<たんご>の節供」(菖蒲の節供とも)

七月七日が「七夕<しちせき>の節供」(笹の節供 七夕<たなばた>)

九月九日は「重陽<ちょうよう>の節供」(菊の節供とも)

と言われ、細々と「伝承」されてきました。

現代の風習として商業的に改まり祭礼化された、「七夕」は形式的に維持されています。
雛の節供は「ひな祭り」として、細々と、それなりの家庭でそれなりに伝承されています。
端午の節供(菖蒲の節供)も「子供の日」を中心に、細々と、これもそれなりの家庭でそれなりの方法で伝承されていますが、「桃の節供(ひな祭り)」も「端午の節供(菖蒲の節供)」も、少子化の影響を大きく受け先行きが案じられます。
「重陽の節供」に至っては、「菊」を愛でる機会は極端に減少しているようで、もう意識される方は少数だろうと思い致します。

日本人が受け継いできた「節供」や「二十四節気」に伴う文化は、「農業作事」と密接に関連しています。
日本が急激に工業化を進め、20世紀の最後にはそれなりを達成し、物質的な面で、それなりの「幸福」を得たワケですが、一方で「風流を愛でるゆとり」を無くしたのではと思い致します。

本来、日本人に深く刻まれている「しあわせ」は「仕合わせ」で、決して「幸福」ではなかったハズです。
「仕合わせ」とは、各々が対象とする関係との「頃合いや、間合い」のとり方「合わせ」方をして「仕合わせ」だったと考えられています。
ある人は、「太陽や、月」との関係を巧みに「合わせる」事で「しあわせ」を実感したかも知れません。
また、別の人は、「関与する人」との関係を巧みにとり「合わせる」事で「しあわせ」を得るかも知れません。
皆さんの「しあわせ」は、どうでしょうか。
それぞれの立場や関与する対象との「間合い、頃合い」のとり方は異なりますから、一律に規定する必要はないワケです。

21世紀も10年を経るワケですから、この辺りで、日本人のDNAに深く刻まれた自然相手の「農業作事」に伴う「暦」を意識し、それに従い本来の「季節感」を取り戻すと共に「自然が運んでくれる空気感」を大切にされるのはどうでしょう。

そんなこんなで、
本当は、2月14日の「月暦・正月」を祝うのが季節感としても受け容れやすいと考えます。
この時期は、春の訪れを告げる「白梅」が、寒風の中で凛々しく「花」をつけ香りを届けてくれます。
人は、「白梅」を愛で、「冬」を越える事ができ、「春」を迎えられる喜びを顕すワケで、束の間、「春の花」を目で楽しみ、秋の収穫に向けて春から夏への作事に希望を持ち取り組むわけです。
2010f0091秋には、「宝船」が訪れますようにと祈りながら。

2010年も相変わらず、市場や社会は激動する事と考えますが、耐える反面で打ち返せるエネルギーを貯え、条件が揃う時機を待ちたいと思います。
そして「しあわせ」の「宝船」の来訪を待ちたいと・・・・・・・

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コメント

明けましておめでとうございます。
なるほどと思わず頷きながら読ませて戴きました。


投稿: おぅんごぉる | 2010/01/02 17:21

あけましておめでとうございます。

今我々が使っているのはギレゴリオ(太陽)暦といいますが、これはだいぶいい加減な暦なんです。
正確な「太陽暦」はペルシャ文化圏のみで使われています。元旦は春分の日であり、六月までは一月が30日、11月までは31日であり12月で調整します。こんな論理的な暦は他にはないのですが、西洋が世界を支配した結果こんなことになってしまいました。他にはアラビア暦があります。これは太陰暦であり、毎年元旦が11~12日づつ前倒しになっていきます。
暦を読んでいて興味がわいたのは、曜日のつけ方でした。中国語では月曜日が星期一として土曜日が星期六で日曜日が星期日です。一方、アラビア語では日曜日がアハド(1)で土曜日まで一つづつ数字が増えていきますが、金曜日だけが「礼拝日」と名づけられています。
一日の始まりは朝だと決めつけるのは日本の非常識。イスラム圏では夕方が一日の始まりです。

本年もご活躍をお祈りいたします。

投稿: 度欲おぢさん | 2010/01/05 11:36

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