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2010/01/31

「有楽町西武」の閉店(閉鎖)は、底浅いミーで泡沫な「セゾン文化」の限界か?!

底浅くミーで泡沫な側に立つ者としては、少なからず「衝撃」を受けましたネ!
ミーがウリで「軽チャー」の代表旗手だった西武百貨店。

「有楽町西武」の閉店(閉鎖)には、
「おいしい生活」をもじり、「おしい生活」と返しておいてやろう。
残念だが「キワモノの極み」が退場させられるワケだ!

「有楽町西武」の閉店について、流通関係者の間では「さも惜しそう」に語られるけれど、西武百貨店は無理に無理を重ねローカル地域で勝てそう(自分で勝手に考え)な地域へは、地元の反対など無視し力で押し倒し出店強行を重ねてきた。

その都度、ヘンテコリンな名前を「呼称」としたが、一度も地元に根付かなかった。
それは余りにも地域の文化と懸け離れた、ある意味で「傲慢さ」が満ち溢れた「押し付け」だった事が大きい。
政界でトツベン・オザワが腕力を振るうようになり、「一人独裁」や「一党独裁」という言葉が、昨今、にわかに想い起こされ口にされるようになった。

「西武百貨店・セゾン」は、まさに堤清二氏が率いる「一人独裁」そのものだった。居並ぶのは自称文化人の、茶坊主、幇間(たいこもち)、草履取り、肩揉み役、実に多様で無能で滑稽なスタッフが集められ周囲を固め、御殿の一語一語、一挙手一投足にいち早く追従するのが慣わしだったように見える。
端から見ると、異様な集団だった。
それを揶揄し批判気味に口にすると、すかさず「異能な集団」の間違いじゃぁ、ありませんかと、柔らかい言葉ながら明確に訂正される始末だった。
それほど「西武百貨店・セゾン」が掲げる「(カルチャー)コンセプト」に自信を持ち、溢れかえる使命感や情熱を示すので、却って「(モノとヒトの)憐れ」を振り撒いていた。

とにかく御殿が偉く、その言葉は神のお告げですらあった。
従って、御殿の気を惹くためには「キワモノ」の提案を競い合う必要があった。
ビジネス収支なんて考えない。オツムテンテンである。

アタマを撫でてもらおう事なら、それは三階級ほどの飛級を意味したから、周囲や環境を省みずに「夢のような理想(ウソ)」を並べ立て、時には詩歌の如く朗々と、あるいは弁舌巧みに長広舌を競うのである。
自らを詩人・辻井 喬とも称する御殿は、詩歌の如く朗々としたビジネスプランに、時にはいたく感銘したり、理知的(に見える)な弁舌を称賛したり、その日の気分で賛意を示すとの解説を受けた。

御殿は、池袋のサンシャインビルにグループを統括するビジネス拠点を構え、自らが信じる「サーブ」に身を沈ませ奇をてらう事が好きなようだった。

不思議な流通事業者だった。
何よりも「一人独裁」が好きで人治主義であった。
周囲を固めるのは自称文化人の、茶坊主、幇間(たいこもち)、草履取り、肩揉み役、実に多様で無能で滑稽なスタッフばかりである。
マンガチックなばかりの集団だった。
「池袋・西武」と「渋谷・西武」以外の店は、経営に興味すらなかったのではないか?
その実、「渋谷・西武」も経営面では苦しいだろう。

初期の「渋谷・西武」では、一応それなりに百貨店マンと呼べそうな人士がいた。
だから、商品構成を議論しても結果を図る事ができた。
従って、「何やら」懐かしさがある。

ある時、「生活百貨店」じゃの「おいしい生活」じゃの、軽チャーなキャッチコピーを打ち出し(中身を伴わない)イメージだけで「西武のトレンド」を構築しようとした辺りから、オツムや全体に毒が廻ったのかも知れない。
それでも、周囲を固める自称文化人の、茶坊主、幇間(たいこもち)、草履取り、肩揉み役、などの実に多様で無能で滑稽なスタッフは、お追従を競うばかりであった。

挙げ句は、膨大な借金の山である。金融市場では「西武百貨店・セゾン」の借入金は返済不能とまで言われた。
その結果、御殿は閉門蟄居となり、麻布のお山へ籠もる事になった。
(麻布の「お山」は、残るのか?と、金融機関の誰かが悔しそうに口にしていた)
その後、御殿は手がけたくもなかった洒落臭い流通事業から解放されたとばかりに、詩人・作家としての辻井 喬として自らの世界に籠もっているようだ。

「有楽町西武」は御殿が長年にわたり温めていた「渋谷」の限界(できない事)を突破するために切り拓いたのである。
まず、有楽町の建物は、「朝日新聞社」と「日劇(東宝)」のモノである。
当たり前だが「阪急」は東宝の側を使用する。
それを受け「西武」は、朝日新聞社に攻勢をかけ出店する権利を得るのである。
これは「御殿の執念だ」ともいわれた。
だから、「阪急」如きに負けてはならじ!
プロ野球でも「阪急・ブレーブス」と「西武・ライオンズ」として、パ・リーグのチームを関係先が保持した事もあり熱が入っていた。
両方に取引口座を持つ側としては、正直なところどうするか?
本当に、苦労させられた思いが先にある。

従って、当時の「渋谷・西武」もかなりの「キワモノ」だったけれど、「有楽町西武」は「キワモノの極み」で勝負した。
合築で「阪急百貨店(有楽町)」が隣接したが、阪急の店舗全体が、ありきたりで平凡な商品構成に見え田舎くさく見劣りしてしまう状況を創出するのに成功した。

「さすがは、西武!」と、流通関係者やミーな野次馬は感嘆したのである。

で、見学者は毎日まいにち、押し寄せ詰めかけるが、お世辞にも営業数値は一向に芳しいとは言えなかった。
商品構成で大変な苦労を強いられた。

やがて、バブル期を迎え、キワモノを集積した「有楽町西武」は絶頂の時期を迎えたが、1992年にバブルが敢えなく弾けると、一転して困った状況に直面させられる。
いくらかテコ入れをしたが、根本的に回復の兆しを確証できる状況には至らなかった。

ミーな自称文化人ドモは、一目散に逃げ出し、「おいしい生活」やら「生活百貨店」というコピーなんぞ「知ィ~らない!」とばかりに口を閉ざして平気なようだ。
まぁ、12月25日前後には、イロイロ評論する事だろうが。

まぁ凡そ、経営というモノを、経営という事を、考えなかった店の典型だと思う。
同じく、ミーで軽薄なカルチャーがウリの側に立つ者が、自省を込めて考えるのだから。

ホントに、西武らしい幕引きだなぁ。
閉店(閉鎖)をクリスマスに選ぶなんて事は、いかに「有楽町西武」が、その種の「キワモノの極み」として存立していたかを表徴すると言っても過言でないだろう。
最期の最後、葬列に至るまで珍奇・過剰な演出で飾り立てたがるお騒がせな店だ。

12月26日は、まさに「宴の後」になるであろうに。

引用開始→ 西武有楽町店12月25日に閉店
(毎日JP 2010年1月27日 14時04分 <最終更新1月27日 14時30分>)

流通最大手、セブン&アイ・ホールディングスは27日、傘下の百貨店である西武有楽町店を今年12月25日に閉店すると発表した。08年のリーマン・ショックに端を発した消費低迷で業績悪化に拍車が掛かっており、周辺の東京・銀座に低価格のカジュアル衣料ブランド店などの進出や競合百貨店の増床投資が相次いでいることもあって、今後の集客力の回復は難しいと判断した。

西武有楽町店は1984年に開業。三越、松屋などの老舗百貨店とは対照に、若い女性を対象にした品ぞろえに注力し、一時は「美とファッションの流行発信基地」と話題を集めた。08年2月期の売上高は約162億円で、ピーク時の6割以下に落ち込んでいた。

セブン&アイグループは昨年にもそごう心斎橋本店や西武札幌店を閉鎖するなど、旗艦店への経営資源集中を進めている。←引用終わり
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引用開始→ 長引く冬の時代、出口なく 有楽町店閉鎖へ
(毎日JP 2010年1月26日21時13分<最終更新 1月27日 0時34分>)

流通業界最大手、セブン&アイ・ホールディングス(HD)が西武有楽町店を閉鎖する方向になった。バブル崩壊後、右肩下がりで落ち込んだ百貨店の業績は、ピークの7割以下の水準にしぼみ、堅実な消費を求める顧客意識の広がりで百貨店離れが反転する兆しはまったくない。これまでグループの赤字部門を補ってきたコンビニ事業などの収益にも陰りが出ており、ブランドイメージを守るために温存してきた都心店もリストラの例外にできなくなっている。

「食品部門がないのがボディーブローになった」。有楽町店を傘下に持つそごう・西武の幹部はこう語り、閉鎖を余儀なくされたことに悔しさをにじませた。昨年秋まで低迷し続けたグループ旗艦店、西武池袋店が食品部門改革で昨年12月の売上高を前年比2%増に押し上げ、改革の手を他店に広げようとしていた矢先だったからだ。

有楽町店が立地する東京・銀座地区は、百貨店業界の国内最激戦区の一つだ。若い女性の根強い支持がある有楽町マルイ、有楽町阪急とは数十メートルの距離で近接。三越、松屋、松坂屋などは銀座を最重要拠点と位置づけ、増床・改装投資を続けている。ファストファッションと呼ばれる海外のカジュアル衣料ブランドも続々とオープン。流通グループ最大手の収益力で支え続けても、収益回復どころか赤字が膨らむ懸念があった。

セブン&アイグループの鈴木敏文会長は今月のインタビューで、百貨店事業の将来像について「切り離すことは考えていない」と明言。その一方、「高級で質が高いというステータスは維持しながらも、安い商品もそろえて顧客層を広げる必要がある」と述べ、グループ内のスーパーやコンビニと商品や販売方法の連携を深める意向を表明していた。

ただ、そごう・西武の店舗では、西武池袋、横浜そごう、千葉そごうなどターミナル駅に近接した店舗でこうした改革の成果が見え始めている半面、それ以外の店舗は改革の青写真を描けていないのが実情だった。

昨年の百貨店業界の売上高は前年比約8000億円減の6兆6000億円弱。1年で大手百貨店1社の売り上げが泡と消えた計算で、数年以内に5兆円台に落ち込むことが確実視されている。高コスト体質があだとなって大半の店舗が営業赤字に沈み、当面の止血策として人員削減も本格化し始めている。好立地と高級感・ブランド力に代わる業界の存在意義は見いだせず、再編・淘汰(とうた)の動きは今後いっそう本格化すると見られる。【大塚卓也】←引用終わり
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2日続けて、百貨店を取り上げました。

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