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2011/01/16

友人が指導した学生の卒業制作「舞台表現芸術」を観ての雑感を

15日は、友人の出講先(某短期大学)へ出向いた。
何よりも、「舞台表現芸術」の卒業制作として、近松門左衛門が記した作品と紀州に伝説として残る「安珍と清姫」をベースに、友人の監修を受け、学生達が1本のストーリー(シナリオ)を構成し、日舞・立ち回り(殺陣)・フラメンコやらを交えた表現に挑むという。

ホォ~!それは是非観てみたい、とノコノコ出向くことにした。

ステージを形成する音楽構成も学生だ。
しかも、ピアノ・ギターに加え大太鼓・大鼓・横笛・尺八・篳篥などの伝統的な鳴り物を組み合わせ、それなりに見事な音楽としてまとめあげていた。

最初に指導教員として友人が、
「入学してきた時は、人前で、何も話なかった学生が、いま、確かに話ができるようになり、自らの手で構想した『舞台表現芸術』を、皆様の前で演じご覧頂けるまでになりました」
と前置き説明を加え、小一時間ほどの「舞台表現芸術」の幕が開いた。

会場は、体育館である。
その意味で、友人が普段立つ舞台に比べると余りにも苛酷で劣悪な環境だ。
しかし、最初に学生達は準備した「灯」を並べた「結界」を造る事で、いきなり表現の舞台を形成した。

フラットでも「花道」も見事に形成し、広くとられた架空の「舞台」は見事な空間になった。

表現し演じるのは現代のセンスに置き換えたとはいえ、歌舞伎の世界や文楽の世界では著名な「娘道成寺」モノが軸である。
しかし、「歌舞伎」として「文楽」として、演じるのでは出講講義で追う「舞台表現芸術」にはならない。
(日舞を研究する学生もいる、フラメンコを学ぶ学生もいる、ダンスを学ぶ学生もいる)

それらを統合し新しいジャンルを創造する事が課されるテーマになった。

友人は、日舞を軸足を置く「歌舞伎」や「文楽」の世界での表現者として第一人者の友人(岳父は重要無形文化財保持者=人間国宝であられた)が、どのようにまとめ上げるのかに、野次馬的興味があったともいえる。

担当した学生は9名である。
そして、今回が最後だという。
友人が担当した卒業生はもちろん一年次の学生も、他のコースで演劇を学ぶ学生の協力も得た、文字どおり総動員し「総力」を挙げて取り組み成功させた。

一人ひとりの個性を潰すことなく、しかし全体を構成する上で「摘むべき点は摘み」ながら、納得させ得心させた上で、それぞれが自らの役割を果たす事で「一つの舞台」を創り上げたのであろう事が想像できた。

この過程で、参加した学生達は、全員で創り上げる事を経験し、大いに「社会性」を身につける事が出来たであろうと考える。

フェイドアウトし閉幕した後に、9人の学生それぞれが観客に挨拶し、思いの丈を述べた中に、それらが詰め込まれていたように思う。
素晴らしい経験をした。
力強い学生が誕生したように思った。

ミーハーな気分で、著名な友人のゼミに加わったかも知れない学生が、
「舞台表現芸術」とは、
①体力勝負の世界である事を学び、
②腹の底から発声を求められる、
③飛び跳ねる為には躰の柔軟さが要求され、まるで体操選手である事、
④表現のためには対象やテーマに対する知力が要求される、
⑤舞台構成の演出装置(例えば書き割り)には「象徴性」や「メッセージ性」の構築力が求められる、
⑥舞台表現には、音楽が実に重要な構成要素である事、
⑦パンフレット制作の重要性「分かりやすさ」とその表現力、
⑧マネジメント力がなければ公演できないこと、
⑨「舞台表現芸術」としての「演劇」は、総合芸術であること
などを、徹底的に叩き込まれたのではないか。

その過程で、嫌も好みもなく、「社会性」を身につける事が出来たのではと、学生の目を観て考えた。
そして、無茶苦茶、多忙なスケジュールを縫いながら、友人が短期大学とはいえ大学で単に教鞭を執るのではなく、ゼミ指導という形で学生を育成してきた事に心から敬意を払ったのである。

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