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2011/01/09

「まち興し・地域再生」は、まず強い「ソーシャル・キャピタル」の創出を!

巨大流通資本の我が儘による郊外商業施設の開発が進み、地方都市の都心商業は立地を含む様々な「しがらみ」や「制約」から抜け出せないまま、制度疲労も重なり衰退の一途を辿り、いまや息の根を止められ「シャッター通り」を産み出し続けている。

商業施設の開発一途を自称する軽い軽い軽業人(口も軽けりゃぁ人としても軽い)が、つい最近までは「きょうも、『商店街の撲滅』を目指して」と暴言を連発していたが、その軽口が祟ったのか、あるいは巨大流通資本にうっちゃられたのか、最近は活力を失くしているようだ。

当たり前の事で、「フン、ザマー見ろぃ!」とゴチているのだが。

いつも何もかも、アイデアは「米国」の先端商業施設を巡り、そこで得たモノをパクリして「最新」だと威張り散らかしてきたワケだ。
その米国が流通も含め、「リーマンショック」の直撃を受け「瀕死の重傷」から立ち直れずにいるから、「パクリ」たい本家のアイデアを表徴したモノが消え失せた。
従って、ホラを吹聴しようにも吹聴できるモノがないワケだ。
「仕入れがないから、売りが立たない」ってワケだ。

でぇ、最近は「米国」へ足を運ぶのではなく「中華饅頭低国」へ足を運んでいるのだという。
「ホォ~、今度は『中華饅頭低国』から、パクリを試みるのか?」と、疑いの目で見下してやった。少しくらい恥ずかしいと思わないのだろうか?

「パクリ」をするための「パシリ」でしかないアホォ~が、まだまだ日本には、自ら「流通コンサルタント」と称し遊ばせて貰っているようだ。
「商業施設の開発」に与するコンサルタントを称するには、一定の能力を科され試されるようにはなったが、それでも実際のところは怪しいモノである。
「基本的には『モノマネ』を競い合っているだけ」に過ぎないのだからバカバカしい。

「商店街の撲滅」を目指した自称バカ「流通コンサルタント」の成果が顕れたのか、地方の「商店街商業」は壊滅させられたと言って間違いない。
しかしながら、壊滅させる側として攻撃を加えた「巨大流通資本」の側も、儲からない地域から続々と撤収を行っている。
するとどうなるか、地域の生活が保たなくなるのである。
地方の高齢社会化は都心を上回る速度で進行している。郊外商業施設へ買い物に行こうにも「車」がないと行けないのである。
高齢者ドライバーが、例えば「豆腐一丁」を買うために「車」を運転して出かける事を強制される。
それでも「車」を運転できる間はよいけれど、それもままならない状況に陥ると、食料品すら買いに行けないのだ。

近隣の「商店街商業」が一定の規模で維持できていれば、そこまでの事は生じないが、いまや「商店街」は、「巨大流通資本」に撲滅され「シャッター通り」と化している。
「商店街」の撲滅とは、生活の安全が脅かされ破壊されたのである。

しかも、郊外の商業施設が儲からないからという「巨大流通資本」の勝手な理由で撤退を続ける。
高齢化した社会に生きる市民は、「巨大流通資本」とその無責任な「パシリ・パクリ」ドモにより、生活の糧を得る場所すら奪われてしまったのである。

「心が痛まないか」というのが「コラコラコラム」の問いである。

国辱政党「眠主党」のフランケン・ロボコン幹事長も一族は「巨大流通資本」を形成しヌクヌクと生きている「バケモノども」である事を忘れてはならない。
決して「ヘイオンなグループ」ではないのである。

でぇ、近年は「まちの再生」、「地域社会の再生」に力を注ぐ人が出てきた。
嬉しい限りである。

知人の研究者が指摘するところでは、地域再生を成功に導くためには、「ソーシャル・キャピタル」が整えられる事が何よりも重要との事である。
「ソーシャル・キャピタル」が破壊されてしまった「まち」や「地域」では、「ソーシャル・キャピタル」の構築から始めなければならず、何よりも時間がかかる事を覚悟する必要がある。

次に、何よりも「まち」や「地域」を引っ張っていくエネルギーが必要だ。
この源泉的エネルギーについて、知人の研究者は①「ヨソ者」②「バカ者」③「若者」の三条件が不可欠だとも指摘している。

①「ヨソ者」は、「しがらみ」なく対象の「まち」や「地域」を眺め発見を得ることができる。
②「バカ者」は、「損得無し」で対象の「まち」や「地域」の再生に没頭する事ができる。
③「若者」は、「思考が柔軟」で「ダメもと」で「まち」や「地域」に若い観点による「いまの価値観」を創造創出できる。

これらを一纏めにした、創造性のある集団が移住してくれば、旧来の「まち」や「地域」に付加価値を与え、情報発信を続ける事で「まち」や「地域」を再生できる。

この種の研究を主導し重層的に展開しているワケだが、その例とでも言うか「テキスト」とでも言うべく記述を見出したので引用紹介しておきたい。
記事は、日本経済新聞一面最下欄に記述される「春秋」である。

場所は、栃木県の鹿沼市らしい。
園芸土で有名な「鹿沼土」の故郷での「まち」興しである。

引用開始→ 日本経済新聞 春秋 (2011年1月9日)

宿場町として栄えた栃木県鹿沼市の旧中心街に、ちょっと変わった路地がある。道を挟んで民家を改装したカフェや料理店があり、毎月、雑貨や菓子などの出店(でみせ)が並ぶ市が立つ。常連が遠くから訪れて、行列をつくるほどのにぎわいだ。

▼郊外に大きな商業施設が増え中心部が寂れた。帰郷した一人の若者が、生まれ育った路地を起点に町の再興を夢みる。まず空き家を転用しカフェを開いた。就職難もあって、起業希望の若者が集まる。準備と手ほどきを兼ね、5年前に毎月の市を始めた。ここでまず顧客をつかみ、開業につなげる青写真を描いた。

▼古い建物、路地、農業用水。車社会である地方都市では、逆にそうしたものが面白がられると火付け役の若者はいう。路地からあふれた人が町を歩く。起業の好機だ。町なかに菓子や古着などを売る店ができ、さらに散策する人が増える流れになった。新たなハコモノではなく、いまあるものを生かす町おこしだ。

▼正月に帰郷し、シャッターの下りた商店街や閉鎖した商業施設など、ふるさとの変わりようを目にした方も多いのではないか。鹿沼に似た若い世代による町の再生が、いま各地で起こっている。蔵を料理店にしたり、商店を画廊にしたり。面白さ、楽しさの舞台としての古い町――そういう着眼点に未来を感じる。←引用終わり
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