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2011/10/22

「灘のけんか祭り」平成23年(2011年)の写真をアップしました!

10月14日(金曜日)の宵宮は、午後から激しい雨に打たれました。
まさに「灘のけんか祭り」の歴史に残る「大雨」いや「豪雨」と言ってもよい状況で執り行われました。
参加された氏子の皆様は勿論、観覧された皆様も「大雨」の中での「屋台練り」は、記憶され、おそらく語り継がれることと思います。

先日、ご案内申し上げましたが、
「灘のけんか祭り」(平成23年)の写真「67枚」を追加しました。
「コラコラコラム」の右下にあります『マイフォト』の ”灘のけんか祭り Fightting Festibal of Nada/Himeji” に追加しています。
中間部分に、雨の中、楼門前で屋台の宮出しを先導する、東山、木場、八家の大幟の写真から後の67枚が平成23年の祭礼写真です。
途中に、観覧に駆けつけられました井戸敏三兵庫県知事が、観覧の皆様へご挨拶される写真も含まれています。

また後半には、御旅山広畠横の国道250号線の通行禁止区域へ車が乗り入れ、祭礼の進行を妨害した写真も一枚加えています。
(前代未聞の祭礼妨害事件です)
警察官が通行禁止措置をとっていたにも関わらず、祭礼の途中に車を侵入させた運転者は強い悪意があったとしか思えません。
これにより、帰路についていた、松原の露払いと神官の渡御(帰路)の列が分断され塞がれるという失態が生じました。
関係の氏子に取り囲まれた車は、いよいよ行く手を阻まれ身動きできない状態と化し、事情を知った多くの観覧者からも傲然と非難の声があがり、騒然とした状態が10分近く続きました。

いずれの世界にも、ヒトの迷惑も考えず「無茶なこと」を平気で行う外れ者がいるようです。

警察官も、普通の観覧者には強い態度に出ますが、このような無法者を祭礼道中の奥深くまで侵入させる失態について、どのように考えているのでしょうか。
各旧村の祭礼役員に対し、細かな指示を出し、その「厳守」を求めますが、1000人以上の観客がいたであろう国道250号線を妻鹿方向から広畠を越え、観覧者を押し退けるように松原の入り口まで、警察官が沢山警備中だったにも関わらず、その目の前を東へ侵入させた事の責任は重大であると考えます。
(実は警察官は人垣を作っただけで、何もしていなかったということです)
幸いにして、大きな事故に至らなかった事は休心できますが、侵入車両についてどのように対処するかは、次年度以降へ大きな課題を残したといえましょう。

「灘の旧七カ村」ご出身の皆様なら、事故には至らなかったものの、一つ間違えば深刻な事故に繋がる可能性を保つ事態である事の、ご理解を頂けるものと存じます。

「コラコラコラム」の写真だけではなく、加古川市ご在住の観覧者の方が、大雨により一日順延され執り行われました16日の本宮、松原八幡宮での写真を、MSNが提供中の「Sky Drive」へアップされているのを見出しました。
リンクフリーのようですから、そのリンクも貼らせて頂きます。併せてご覧下さい。

https://skydrive.live.com/?cid=f5e08380bc21191c&id=F5E08380BC21191C%214262&sff=1

今日(22日)は、播州の秋祭りの最後を飾る、「網干 魚吹八幡宮」の本宮です。
平成23年(2011年)は、余りにも様々な出来事がありました。
来年は、どのような年になるのか、分かりませんが、願わくば「稔り」を得る喜びを分かち合い、共に喜べる事を希望しています。
また何よりも、伝統と格式を守るために「祭礼の周辺を固める多くの『祭礼付随行事』の運営を工夫し改革改善を加え」ながら、さらによい「祭」にできればと願っています。
総代会を始め各旧村の祭典関係者の皆様、よい「祭」をありがとうございました。

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