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2012/09/13

金本知憲選手 今季で引退を表明 カープが育て タイガースに喝を入れ! ありがとう! お疲れさん

この日が来る事を想定していた。
金本知憲は、日本のプロ野球界の大スターだ!
その金本知憲は、ボロボロになるまで現役をやる!
それが決意だった。
しかし、本当の金本知憲の応援者としては、英雄であり大スターが、ボロボロになってはいけないと考えている。
だから、退き際を考えよ!
退き際を間違えないでくれ!
と、辛辣で激しい批判を展開した。

もっと熱烈な金本のファンから、批判した事、引退を勧めた事、などに対し罵倒するコメントやメールが届けられた。
それは「贔屓の引き倒し」というもので、英雄・大スターがボロボロになるのを見ると、一転して罵倒する側に廻るのだ。

その昔、掛布雅之に浴びせられた激しい罵倒で証明済みだ。
阪神タイガースのファンというのはそんなモノなんだ。
(悪いと言っているワケじゃない)
単純にして、純粋なのだ。そして思い入れが人の二倍か三倍は強いのだ!
そこに愛嬌があるワケだ。

金本知憲は、2003年にカープからタイガースへやって来て、いきなり溶け込んだというより、いきなり4番に座りチームを引っ張り出した。
熱血がウリの星野監督と熱血では気脈が通じたのだろう。

本当にイイ選手が移籍してくれたと、多くのファンが手放しで喜んだ。
その金本知憲をボロボロにしてはイケナイのだ。
日本のプロ野球の大スターを粗略に扱ってはイケナイのだ。

だから、「コラコラコラム」は、機会ある毎に「金本知憲」に引退を勧めたのである。
本当に「ご苦労さん!」。

金本知憲が打ち立てた記録の数々は、日本のプロ野球に永く記録され、タイガースのファンは勿論、カープのファンと共に、永遠の記憶として光り輝く事は間違いない。

「広島カープ」の皆さんと一緒に金本知憲の慰労をしたい。

金本知憲選手へ
本当にご苦労さん! 本当にありがとう! 本当にお疲れさん!

引用開始→ 阪神・金本、今季限りで引退!午後会見
(夕刊フジ2012.09.12)

1万3686イニング連続フル出場の世界記録を持つプロ野球阪神の金本知憲外野手(44)が今季限りで現役引退することが12日、分かった。球界関係者が明らかにした。同日午後に記者会見する。

金本は広島・広陵高から東北福祉大を経て1992年にドラフト4位で広島に入団した。2003年に阪神に移籍し、リーグ優勝に貢献。05年にもリーグ制覇に導き、最優秀選手に輝いた。

連続フルイニング出場は99年7月21日にスタートし、06年4月9日に904試合の世界記録を達成。10年4月18日に途切れるまで1492試合続いた。

近年は右肩故障の影響に苦しみ、今季も打率.258、4本塁打、26打点と精彩を欠いていた。通算成績は歴代7位の2532安打、同8位の1517打点、同10位タイの474本塁打で、打率は.285。←引用終わり
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引用開始→ 虎のアニキが泣いた!安堵、悔い、寂しさがないまぜ
(夕刊フジ2012.09.12)

プロ21年目となる今季限りでの現役引退を決意したプロ野球阪神の金本知憲外野手(44)は12日、兵庫県西宮市内で記者会見し、「幸せな野球人生でした」などとときに笑顔で、ときに声を詰まらせながらグラウンドを去る思いを語った。一問一答は次の通り。

「突然お集まりいただいて、私、金本は今季限りでユニホームを脱ぎ、引退する決意をいたしました。きょう、発表させてもらいます」

--引退を決意した今の率直な気持ちは
「うーん。ホッとした一面もあるし、悔いもありますし、寂しい気持ちもあります。いろんな気持ちが混ざっているが、ホッとしたのがかなり占めている」

--悔い、とは
「悔いは悔いといってもいろんな悔いがある。若いときにもっとバットを振っておけばよかったとか、もっともっと自分を鍛えたり、練習したりしておけば、もっともっといい数字が残ったのではという悔い。やっぱり、肩をけがしてから全盛期のプレーをめざしてやってきたが、数字的にできていなくて、悔いがあった。多少は来年もチャレンジしたいという悔いもある」

--いつ引退を決意したのか
「いつかは分からないが、10日前くらいから考え始めまして。決断はおとといくらいですかね」

--決断した理由は
「いろいろ、理由はたくさんある。自分に対する限界かな、という思いも。時代の流れで、若手に切り替わる中で、いつまでもいいときのパフォーマンスを出せない自分がいるのも肩身が狭い思いがあった。体がしんどい思いもあります」

--きのうも代打でヒットを打った。このタイミングは
「まあ、ちょっと。10日前にどうしようかと(話が)出た中で、自分の中で10日後にと勝手に設定した。できれば試合のない日がよかったが、先行して記事が出るのがいやだったので。なぜきょうといわれても、ないです」

--和田監督にはいつ伝えた
「きのうの試合前ですね。(和田監督は)『もう決めたのか』、と。和田さんもずっと一緒に2003年から打撃コーチで。監督は『来年も再来年も、どんな形でもカネはチームのためにやってくれるんだと思っていた』といわれた。肩を壊してからは気を使ってくれて、復活も期待してくれて、応えられなかった。『すいませんでした』と伝えました」

--プロ生活を振り返って
「もっとやっとけば、もっといい数字を残せたという思いと、よく(1492試合)フルイニングというつらい記録をつくったとか、よく頑張ったという思いもある。とくに、この3年間は惨めというか、自分がみっともなくて、自分でかわいそうというとおかしいが。最初と最後の3年は、こんなに苦しい人生はあるんだっていう3年だった」

--一番記憶に残ることは
「21年間ですか。ありすぎて一言ではいえないが、たどってみると、最初の3年間はずっと2軍で、出始めのときは練習がきつくてついていけず、いつ首になるかときつかった。それからレギュラーになって、一つは(広島)カープで優勝できなかったのがすごく残念。FA(フリーエージェント)して(阪神)タイガースにきてからは、いきなり優勝。03年、05年と2回も。いい思い出というか、タイガースの歴史の中で一番強くて、お客さんが入って、人気があるときにプレーできて幸せな野球人生だった」

--さまざまな記録の中で、一番誇りに思うのは
「僕の中では、後輩にいっているのは、(1002打席)連続無併殺記録。打率が下がるところで全力で走って、ゲッツーにならなかった。内野安打にならないところで全力プレーし、フルイニングよりも誇りに思う」

--現在、OBの田淵幸一氏の474本塁打に並んでいる
「シーズンが始まって楽勝でいけると思っていたんですが(笑い)。なんとか、1本打ちたいです」

--家族にはいつ伝えたのか
「子供にいったら大泣きしていました。『いつかやめるんだぞ』、と。母親には一番はじめに伝えました。(母親からは)『これから体のケアをしてくれ』、と。(言葉を詰まらせ)それだけです」

--残りのシーズンは
「20試合ないんですかね。優勝したりいい思いをして、肩を壊してからは迷惑ばっかりかけてたので…」

--ファンに伝えたいことは
「かなり落ちぶれてからはバッシングも多かったが、こんな成績でも一生懸命…。励ましてくれたものもあるというか。弱ったときに支えてくれた人は、本当に恩に着ます」

--金本選手にとって、野球とは
「長嶋(茂雄)さんではないですけど、人生そのものですね。本当にまあ、野球人生で、10歳から初めて7割8割はしんどいことで。2割3割の喜びや充実感しかなかったが、でも少しの2割3割を追い続けて、7割8割苦しむ。本当、そんな野球人生でした」←引用終わり
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