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2014/01/17

阪神・淡路大震災から19年 今日も寒い朝でした。落命されました皆様のご冥福をお祈り申し上げ

やはり寒い朝を迎えました。
あの日も本当に寒かった。
被災者の一人として、今日まで生存している事に感謝しながら・・・・・

神戸市に棲む人も転勤などで30%程の方が入れ替わっています。
およそ150万人の市民で50万人が入れ替わったという事になります。
転勤族の都市に成り下がったのですね。

神戸市だけじゃなく、阪神間の何れの街も同じく転勤族都市になっているのでしょうね。

それはともかく、朝は神戸で東遊園地の追悼行事に参加し、図らずも落命されました皆様のご冥福をお祈り申し上げました。

各地域から、神戸東遊園地や灘区の防災公園を目指した、震災メモリアルウォークも開催されています。

昼は、防災の集いに参加し「自助・共助・公助」を考え、そのための組織形成や準備について考えたいと・・・・・

自然災害に対して、
何よりも先ず、ご自身が無事に生き残る(自助)。
次に近隣で助けを必要とする人を助ける(近助・共助)。
そして行政などの公的な支援を受ける(公助)。

生き残るためにも「室内安全」の確保に向けた準備行動を行いましょう。
具体的には「家具の転倒防止」と「逃げ道の確保」が一番大切な事です。
「1階の人は、素早く屋外(の安全な場所)へ避難する」事が重要です。
(1階は座屈する可能性が高く巻き込まれ落命する危険性があるためです)

引用開始→ 阪神・淡路大震災19年 犠牲者に黙とう
(NHK News 2014年1月17日 9時0分)

6434人が亡くなった阪神・淡路大震災から17日で19年になり、被害を受けた地域では地震が起きた午前5時46分に合わせて犠牲者に黙とうをささげました。

このうち神戸市中央区の東遊園地には、震災で家族や友人を亡くした人たちなどが集まり「1.17」の形に並べられた竹の灯ろうの前で、地震が起きた午前5時46分に合わせて黙とうをささげました。
慰霊碑の前では追悼の集いが開かれ、震災5日後に当時95歳の父親を亡くし、その後、各地の慰霊碑を訪れている神戸市の上西勇さん(86)が「慰霊碑の一基一基が『私たちと同じような目に遭わないで下さい』と語りかけてくるように思えてなりません。残された遺族があすに向かって健やかに歩まれることを祈念します」と追悼のことばを述べました。
震災から19年がたち、兵庫県では災害復興住宅で暮らす人のほぼ半数が65歳以上となるなど被災者の高齢化が進んでいます。
震災を知らない世代も増え続けていて、神戸市では震災後に生まれたり市内に転入してきたりした人が市民全体の42%に上っています。
その一方で、南海トラフの巨大地震など今後想定される大災害を前に、これまで行政や住民が積み上げてきた対策や備えは見直しを迫られています。
震災の記憶が薄れるなか、その経験や教訓を次の世代に継承し、新たな災害への備えにどう生かしていくかが課題になっています。

教会では宗派を超えて祈り
阪神・淡路大震災の火災で全焼し、その後、建て替えられた神戸市の教会では、宗教や宗派を超えて犠牲者に祈りがささげられました。
神戸市長田区の「カトリックたかとり教会」は、震災の時の火災でキリスト像を残して全焼し、その後、敷地に集会所が設けられてボランティアの人たちの活動拠点になりました。
教会は7年前に再建され、毎年1月17日に宗教や宗派を超えて犠牲者に追悼の祈りをささげています。
教会の礼拝堂では、午前5時半からキリスト教徒だけでなく、仏教の関係者や地域の住民も集まって追悼式が行われました。
はじめに全員で聖歌を歌い、神父が「命は何よりも大切である」と聖書の一節を読み上げました。
そして午前5時46分、参加者たちは黙とうし、さまざまな宗派の僧侶がほら貝を鳴らしたり、お経を読み上げたりする中、焼香を行いました。
ことしは東日本大震災で被災した東北地方の子どもたちも参加し、犠牲者に祈りをささげました。

神父の神田武さんは「震災のとき、宗教を超えてみんなが助け合うことで乗り越えた。助け合いの気持ちを忘れず語り継いでいきたい」と話していました。

淡路島・震災公園で慰霊
阪神・淡路大震災の地震の震源に近く、多くの人が犠牲になった兵庫県の淡路島では、遺族らが公園に集まり歌を合唱して亡くなった人を悼みました。
17日朝は、犠牲者の遺族らおよそ200人が淡路市の「北淡震災記念公園」に集まり、池に灯籠を浮かべて淡路島で亡くなった63人を悼みました。
そして午前5時46分、慰霊碑の前で黙とうしました。
このあと集まった人たちは、全員で「見上げてごらん夜の星を」を合唱しました。

淡路市の門康彦市長は「自然災害は回避できないが、阪神・淡路大震災の教訓を糧に、いざというときの備えを万全にしていきたい」と話していました。
震災で母親を亡くし、5年ぶりに合唱に参加した淡路市の59歳の男性は「優しかった母親の思い出が今でもよみがえります。節目節目で供養に訪れたいです」と話していました。←引用終わり
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