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2014/02/20

ソチ オリンピック スノボ女子パラレル大回転 竹内智香選手が見事な滑りで「銀メダル」!

日本のメディアは、注目もせず、ほとんど紹介報道もしなかった。
しかし出場選手は、直向きに自らの技を磨き、世界の頂点と戦い続けてきた。
アルペンスキーを愉しんできた一人の者としては、例えスノボであっても、アルペン競技での「銀メダル」獲得を心から讃えたい。
正直なところスケートはスピードスケート以外は分からない。
フィギュアで芸術点だなんて言われたところで、そのポイントは何処にあり、どう評価しているのか分からない。

アルペン競技は、単純にタイムを競うのだから分かりやすい。
エィやぁ~と、技と度胸で、タフさの勝負!
竹内選手は、自分のボードを自分で設計したというのだから、本当にスゴイ!

周囲の人に対する接し方や配慮も、人として素晴らしい!

引用開始→ 「五輪4回でここまで」竹内、銀メダルにキス
(2014年2月20日12時05分  読売新聞)

スノーボードの女子パラレル大回転で2位に入った竹内智香(ともか)(30)(広島ガス)が19日の授与式で銀メダルを授与された。

メダルを首にかけてもらった竹内は、表彰台の上で、満面の笑み。「応援してくれた日本の人たちが喜んでいる顔を見て、良かったと思いました」。メダルにキスするなど、ちゃめっ気たっぷりに喜びを表現した。18歳だった2002年ソルトレークシティー大会で五輪初出場。これまでは入賞すらできなかった。「4回も五輪を経験しないと、ここまで来られなかった。決して簡単ではなかった」と感慨深そうに振り返った。

決勝2回目で転倒したことについては、「7、8割が悔しい気持ち」。22日のパラレル回転でさらに上位を目指す。←引用終わり
Copyright © The Yomiuri Shimbun.

引用開始→ ともねえ・竹内「銀」の陰に「もう一つの家族」
(2014年2月20日11時45分  読売新聞)

ソチ冬季五輪は19日、スノーボード女子パラレル大回転が行われ、北海道旭川市出身の竹内智香選手(30)(広島ガス)が銀メダルを獲得した。

竹内選手は4度目の五輪で、日本人女性として初のメダルを取った。道勢のメダルは3個目。竹内選手の地元・旭川市や母校が喜びに沸いた。

ソチ五輪スノーボードパラレル大回転で銀メダルを獲得した旭川市出身の竹内智香選手(30)。4回目の五輪で悲願のメダルを獲得した陰には、競技人生を支えた「もう一つの家族」があった。竹内選手は、「ともねえ、頑張れ」との声援に、見事に応えた。

「おとなしくて、きゃしゃな感じの女の子に見えた」。上川町で金物店を営む森本由美さん(52)は15年前、中学3年の竹内選手に初めて会った時の印象を今も覚えている。竹内選手は両親に連れられて森本さん宅に来た。

12歳でスノーボードを始めた竹内選手。ともに馬術の選手だった父隆治さん(62)と母裕子さん(59)は、娘が中学卒業間近になると、専門的な指導を受けさせようと、スノーボードの名コーチがいる上川高校に進学させることを決意した。旭川の自宅からは通えない距離。知人のつてを頼り、下宿先として依頼したのが森本恭弘さん(53)、由美さん夫婦だった。

由美さんは「親子が初めて来られた時、私自身が出産を控えていたので本当は下宿をお断りしようと思っていた。けれど、ご両親の熱い気持ちに押され、こちらも覚悟を決めた」と振り返る。

受け入れると、竹内選手は最初の印象とは違い、気が強く、目には闘志をみなぎらせていた。当時小学生だった森本さんの長女由紀さん(25)(札幌市)ら森本家の4姉妹も「ともねえ」とすっかりなつき、“5人姉妹”の暮らしが始まった。

由美さん夫婦は竹内選手のためにおにぎりを作ったり、夜明け前、遠征先に送り出したりと、わが子同然に接した。年が近い由紀さんは、竹内選手の「命令」で消しゴムを買いに行かされたり、お菓子をもらったりと、「まるで師弟コンビ。ひそかに智香ちゃんを尊敬していたようだった」(由美さん)。

竹内選手は高校2年で深川市のクラーク記念国際高校に転校し、下宿生活は1年で終わったが、森本家との交流は今も続く。シーズンオフに帰郷するたびに森本家に足を延ばし、「あんた太ったね」などと「妹」たちと冗談を交わす。「上川の家に来るとホッとできる」と、竹内選手も精神面での支えに感謝する。

由紀さんは高校を卒業後、ネイリストを目指して札幌市の専門学校に進学した。五輪出場を実現させた竹内選手に続けと懸命に勉強し、夢をかなえた。だが4年ほど前、仕事中に脳出血を起こして入院。一命を取り留めたが、視力に後遺症が残り、仕事を続けられなくなった。

竹内選手は、札幌滞在1日の多忙な中、由紀さんを見舞い、励ました。由紀さんは「ありがたかった。自分もまた頑張ろうと思った」といい、今は服飾販売の仕事に情熱を見いだしている。

竹内選手は、昨年11月に旭川市で開かれた壮行会で、「もう一つの家族」が見守る前、「4回目の五輪では表彰台の一番高い所を目指している。強い意志があればクリアできると思う」と力強く語った。そして、日本人女性では五輪のスノーボードで初のメダル獲得を成し遂げた。

テレビで見届けた由紀さんは「銀メダルなんて信じられない。滑りの中にともねえの自信が見えた気がする」と興奮した様子で話した。ゴール目前での転倒には、「『やってくれたな』って思っちゃいました」と苦笑した。由美さんは「おめでとう。ちょっと悔しいけれど、気持ちを切り替えて、(22日に行われる)回転も頑張って」と語った。(東直人)←引用終わり
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