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2014/04/28

理化学研究所の小保方晴子女史の研究発表を巡り、無関係の側での推測同情擁護騒乱は続くけれど

これまでの主戦場は、ネタの無いマズゴミが様々なメディアを動員したワイドショーでしかない。
全くの素人が、科学研究取材班とでも言おうか、ほんの少し周辺状況を知る者の取材を基にした報道で引っ張った。
話題の中心は、何ら「本質」とは関係の無い「リケジョ」の星とか、努力をどうのとか、
イジメがどうのとか、セクハラがどうのとか、理研の統治機構がどうだとか、「STAP細胞」はあるとか無いとか、本質のようで本質とは遠い事を、殆ど情緒的に報じ合い、その視聴率や売り上げを競っているに過ぎない。

事の本質とは無関係の報道を大事のように繰り広げナンの役に立つのか。

そこへ代理人として三木秀夫弁護士が主役を喰うように登場した事で、情緒論に加えてにわかに人権闘争というか権力闘争の構図を示し始めた。
そこへ、小保方晴子女史が記し発表した「STAP細胞研究論文」の不備(一部は不正)を調査した委員長が自らの論文の不備を指摘され辞任するというオマケまでついて、外野の騒ぎは大きくなり賑やかな事だ。

科学研究の世界はただ一つであり、
「真実に迫る」「真実を証明する」これだけである。
まず仮説を立て、その仮説を証明する研究を行い、実験や研究過程の生資料(データ)を用い推論を検証し、一定の方向へ結論づける(証明)する地味な作業の繰り返しである。
そして確証を得た段階で、その目的を始め前提あるいは条件そして取り組み過程(手法と経過)を生資料(データ)を基に細かく説明し、仮説が再現できた事を証明し、それを「研究論文」としてまとめ上げるのである。
それだけというか、それだけなのだ。

先端生命科学の分野では「STAP細胞」が希望の星であり、文字どおり可能性を追究する事の科学的意味は大きいために、話題を集めるのだが。
たかがこれまで1千万円費やしたとか、1億円使用したかどうかなんて関係の無い話題で、科学研究というものは設備と人手のかかる事なのだから、外野がワァワァ騒ぎ立てる事は無用だ。

「STAP細胞」の研究を、引き続き小保方晴子女史に担当させるか、それとも仮説(発表論文)を検証した上で、不備や不具合を含めた訂正が可能なのか、あるいは別の人材に委ねるべきかは、本人の希望や意思もあろうが冷静に考えるべきである。
当方は、「STAP細胞」研究の前提となる、早稲田大学大学院への博士学位請求論文そのものに重大な疑惑(コピペ20%)を考え、ご本人も早稲田大学大学院へ博士学位請求論文の取り下げ申請を行い「Ph.D 小保方晴子」そのものの学位が消滅している事実を冷静に受け止めなければならない。
研究者としての一面も持つ側として、その点を指摘しているのだが、外野から「素人は黙ってろ」との真に感情的な批判を超えた非難を浴びている。

そんな事に辟易させられていた時に、下記の記述に出会ったので引用紹介しておきたい。

引用開始→ 【新聞に喝!】「小保方会見」とソープオペラ 京都大学大学院教育学研究科准教授・佐藤卓己
(産経MSN2014.4.27 10:52)

今月9日午後1時から行われた理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーの記者会見中継は、昼のテレビ視聴率では異例の2けたを記録した。

当日の各紙夕刊も大々的に報じた。朝日夕刊の大見出し「小保方氏『悪意なし』」は特に目を引いた。

一方で、この内容空疎にして情感あふれる「小保方会見」を翌日の「天声人語」は、「科学にロマンはあっていいが、ロマン主義と科学は相いれない」と批判している。

だが、1月30日付ウェブ版で「泣き明かした夜も」(朝日)、「かっぽう着の『リケジョ』快挙」(読売)などロマン(物語)化して報じたのは、新聞だったはずだ。

この「STAP細胞」スキャンダル報道について、新聞社の姿勢を批判することは容易である。むしろここで注目したいのは、読者の「利用と満足」である。

専門誌を読む研究者とは異なり、一般読者が新聞の科学記事に事実だけを求めているわけではない。いみじくも、先に引いた「天声人語」と同日の朝日夕刊1面に「小保方会見 私は思う」の特集がある。「こけたほお 涙『うそに見えない』」が見出しのトップで、「『STAP細胞は本当にあるの』」が続く。

小保方会見を見ながら、ソープオペラ(昼の連続ドラマ)に関するヘルタ・ヘルツォークの古典的研究(1944年)を思い出した。代表的な「利用と満足」研究のひとつである。聴取者が昼メロに求めているのは、ヒロインに共感して得られる「情緒的解放感」、自分の夢と重ねあわせる「代理参加」、トラブルを解決する「日常生活の教科書」だという。

小保方会見はその意味で上出来のソープオペラだった。官僚的組織に使い捨てられる「悪意のない」孤独なヒロインの悲劇である。

新聞の「利用と満足」については、バーナード・ベレルソン「新聞不在の意味」(1949年)も参照すべきだ。ストライキで新聞が届かなかった読者への聞き取りから、6つの利用タイプの存在を明らかにした。正確なニュースの活用に加えて、番組欄など生活の実用、息抜き、知識自慢などの社会的威信、社会との関係維持、閲読の自己目的化である。こうした多様な一般読者の「利用と満足」を最大化するビジネスで、科学記事がロマン化されることは避けがたい。

つまり、ロマン化は「マス」メディアの構造的要請であり、科学担当記者の専門能力をどれほど高めても問題は解決しない。ロマンより事実を優先する知的な読者を多数派に育てる覚悟があるのか、それが新聞に問われている。

【プロフィル】佐藤卓己
さとう・たくみ 昭和35年広島県出身。京都大大学院修了、文学博士。専門はメディア史。←引用終わり
© 2014 The Sankei Shimbun & Sankei Digital
© 2014 Microsoft

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