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2014/06/15

「灘のけんか祭り」宮大工として伝承技術を正確に受け継ぎ伝統を守り抜く「現代の名工」

粋で、鯔背で、華麗で、権太な「秋季祭礼」ですが、7村それぞれの「宝」の「華麗な屋台」は歳月の経過と共に新調し伝承してきた。2013年は旧・東山村が、今年2014年は旧・八家村が、それぞれ旧村の威信をかけ新調する。その費用は1億円近くになる。
屋台の新調(造作)はそれぞれの旧村の「宮大工」が担当する。

伝統を守る、旧・木場村の「宮大工」福田喜次さんの取組が讀賣新聞が紹介している。

福田さんは、様々な方法で寸法を記録し型板を引き残す。
地味な仕事というか作業の積み上げですが、その作業の一つひとつが「地域の宝」と「伝統」を守り抜く事になります。

*華麗な屋台と祭礼の写真は ブログ右下に写真アルバムとして大量に収納しています。

引用開始→ 灘のけんか祭り 屋台作り続ける宮大工親子
(讀賣新聞2014年06月15日 14時51分)

「灘のけんか祭り」で知られる兵庫県姫路市白浜町の松原八幡神社の秋季例大祭で、氏子らが担ぐ歴代の屋台の立面図を同市木場の宮大工福田喜次さん(62)親子が作り、今月から自宅の作業場に展示している。

90年前の1924年(大正13年)の屋台など4台分で、木材を寸法通りに削るために使われた型板(かたいた)などわずかな資料を基に描いた。福田さんは「祭りを担う7地区で最初に作られた木場地区の伝統を住民に知ってほしい」と話す。

福田さんによると、灘のけんか祭りで、屋台が登場したのは江戸後期とされ、7地区のうち木場地区が最初という。福田さんは4代続く大工の家系で、90年前の屋台は祖父が制作。福田さんも現在の屋台を制作するなどし、2012年には卓越した技術を持つ人を表彰する「現代の名工」に選ばれた。

同地区内でも少子高齢化が進んでいるため、「伝統ある屋台を担う誇りを住民に持ってもらい、活気づけたい」と思い、長男幸義さん(36)、三男秀介さん(30)と協力して、昨年初めから立面図の作成に取り掛かった。宮大工を引退した、いとこの三木遥之さんが保管していた歴代の屋台を制作した際の型板や絵はがきに残された写真などを頼りに、仕事の合間に親子3人で作業を続け、昨夏に完成した。

型板は、屋台に使う木曽ヒノキを寸法通りに削るために使うベニヤ板などで、1台で20~30枚が必要になる。だが、90年前の型板は屋台の四隅にある屋根部分を支える隅木すみき部分の一つしかなかった。それでも「型板から隅木の実寸が分かれば、バランスが分かるので、ほかの部材の大きさもわかる」といい、知人が持っていた絵はがきの写真を参考に、何度も屋根の曲線を描き直したり、ほかの部材とクギを使わずに接合するためにくりぬいた穴の大きさを見比べたりしながら描いた。

立面図は縮尺2分の1で、1924年、33年、72年、95年に制作された4台分。見比べると屋根の鏡部分が約40センチ大きくなったこと以外、ほぼ変わりがないことが判明。福田さん親子は「100年近く変わらずに屋台が受け継がれていることに改めて伝統の重みを感じた」と見入った。今年の祭りは、木場地区が仕切り役の「年番」を務めることから、今月から作業場での展示を始めた。

秀介さんは「いつもと作業の手順が逆なのでとまどったが、やり遂げて自信になった」と胸を張り、幸義さんは「自分が生まれた木場の屋台の素晴らしさを痛感した。次の世代に残していきたい」と力強く語った。(大舘司)←引用終わり
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