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2014/08/03

「豊かさ」は「金」が先か「心」が先か、中国もそれを言い合っているなら「均衡」は保てずだろう

目の前で圧倒的に「資産」を増やす者がいると、
普通は「悔しい」なぁと考えるだろうし、
仙人でもなければ「負けて」なるものか、と考えるものである。
だからというワケではないが、ナンとか努力して「金」を稼ごうとするのだ。

「ヒト」には「欲」があり、その「欲」を巧みに刺激する事で社会は発展してきた。
「ヒト」が持つ「欲」はそれぞれ様々だ。

一切の「カネ」が無かった社会へ、僅か20年ほどの間に「無尽蔵」にも見える「カネ」が世界中から流れ込み、先に「掴む」ヤツが勝ちで「掴み」放題なら、我先に吾勝ちに「カネ」の掴み合いを壮絶に演じるのも「ヒト」の世の常だろう。

近代史から現代史を生きる過程で、あらゆるモノやカネを取り上げられた中国人は、「今」を生き抜く手段として「カネ」を重視するし、生きた成果、成功の証として「カネ」の多寡を誇るのも、持たなかった憐れの結果だともいえる。
とりわけ「解放の父・建国の父」と崇め奉られる「毛沢東」による、徹底収奪を受け「奴隷化」され踏み付けられた中国人は、建前で「毛沢東万歳」と呪文を叫びながら、心の内では「罵り」ながら、こっそり「カネ」儲けに徹しているとも云える。

短時間、短期間でそれを成し遂げたたとすれば、周囲から「物質的、表面的」に、羨ましがられ絶頂だろうと考える。
そんな刹那的な事は生きる上では殆ど関係ないのだが、目前に札束がヒラヒラすれば、それを追い喰い付こうとするのはを批判するのは貧乏人の性で詮無き事でもある。

死ぬに際して、稼いだカネを持っては死ねない。
家族に遺したところで「費消」してしまい「散逸」させるのが「関の山」である。
それを「悟」まで「中国人の拝金主義」は収まらないだろう。
一人が「悟」理解しても、世界に散らばる中国人を含め15億人以上が理解するまでに「地球」を生命は維持できるだろうか。

かつて魯迅が看破した如く「中国人」は賢すぎて「阿呆」である。

引用開始→ 中国、拝金主義が断つ社会の絆 家族のあり方にも影 編集委員 後藤康浩
(日本経済新聞 2014/8/3 7:00)

北京中心部には「胡同(フートン)」と呼ばれる細い路地が入り組んだ古い街並みがある。「四合院」と呼ばれ、かつては立派だった家も少なくないが、新中国においては庶民が密集して暮らす住宅地だ。1990年代末に北京に駐在していた頃、時折、そんな街を歩いた。老人が玄関前に洗面器を運んで、顔を洗い、その横を小さな子供たちが元気に走り回り、奥では野菜を刻む包丁の音が響く――。家族がしっかり肩を寄せ合って生きている街だった。

豊かでもすさむ心
だが、2000年代に入ると、北京の中心部には高層ビルが林立するようになり、急増した車に合わせて道路の拡張工事も進んだため、胡同は次々に取り壊されていった。その頃から中国では家族の問題が少しずつ、いろいろな場面で語られるようになった。

農業で食べられなくなった農民が沿海都市部の工場に出稼ぎに行く「農民工」は家族が離ればなれになる核家族化を加速し、一人っ子政策によって子供は希少な存在となり、大人たちからチヤホヤされるようになった。経済水準が急上昇し、収入が増えるにつれ、人々はカネを基準にしか物事をみなくなった。拝金主義の横行だ。経済格差は拡大し、平均的にも豊かになったにもかかわらず、人の心はすさんでいった。

数年前に広東省のある街で、目の前で車にひかれた幼児が倒れていても、道行く大人は誰も助けようともしないという事件があり、中国全土で大きな話題になった。「助けても何の得にもならない」という心理もあっただろうが、その数カ月前に別の省で、転んだお年寄りを助け上げた若者がそのお年寄りから傷を負わされたと訴えられた事件があったからだ。

「大躍進(1958~60年に飢餓などを引き起こした無謀な経済政策)」、文化大革命、唐山大地震、天安門事件など様々な苦難を乗り越えてきた中国の支えは家族の絆だったが、今はその家族に問題が噴出し、それが社会の安定にも響きかねない要素になりかけている。

結婚はいつの時代でも人生の大きく、複雑なテーマだが、今の中国では単純だ。相手の人柄や考え、親との関係、仕事の将来性などを子細に探り、分析しなくても、資産だけに着目すればいいからだ。お金持ちのみが集まる都市部の結婚情報サービスには女性が殺到し、当然のごとく農村に若い女性は残らない。男女関係の市場経済化が進んだ。

出産は子供の将来だけでなく、子供に老後を頼らざるを得ない大人たちの論理が大きく前面に出るようになった。米国で出産する中国人が急増しているのは、子供に米国籍を取得させ、いずれは両親も米国に移住しようという「中国脱出」が目的となっているからだ。子供を生むことよりも生む場所が重要になったのは人類史上初めてのことだろうが、それは中国人自身が中国の将来に明るい見通しを持っていないためでもある。

「3代問題」にこそ注目を
もし中国で、65歳以上の人たちだけが住む「高齢国」が独立したら、1億3100万人以上の人口を抱える、世界で10番目の大国になる。もちろん日本より大きな人口だ。その「中国高齢国」は30年には人口が3億人以上に達し、インドネシアを上回り、インド、中国、米国に次ぐ世界で4番目の人口大国になるはずだ。世界の企業は巨大な潜在力を持つ市場として中国高齢国を捉えるビジネス戦略を考えなければならないだろう。

だが、高齢者にとって中国高齢国は居心地のいい場所ではない。上海など都市部の住民こそ年金、医療などのサービスをある水準で受けることができるが、農村や都市に来ている農民工には社会保障はほとんど及んでおらず、高齢者になれば子供に頼るか、底辺の暮らしに耐えるしかない。カネがあるか、ないか、子供が頼りになるか、ならないかで、中国人の老後は大きく分かれる。

こうみれば、結婚、出産、老後という中国の家族の「3大問題」は、祖父母、両親、子供という3世代に相互に深く関わりあう「3代問題」ということがわかる。目先の経済成長にとらわれず、中国が抱える三代問題にこそ日本は注目しておくべきだろう。←引用終わり
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