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2015/01/09

フランスも当然とはいえ 「イスラム過激派」という実に困難な問題を抱え込んだものだ

欧州各国の社会は「下層の椅子」を誰がどう手に入れるかを巡り、社会の底辺層と底辺移民社会が激突を繰り返してきた。
今回の「週刊紙銃撃事件」は明らかにテロであり、一つの言論機関を襲撃したというより、フランス社会(国家)に照準を当てた内戦ともいえる。
本当に困難を抱え込んでしまったと思う。

フランスのイスラム社会を主導するのはアルジェリアから移民してきた植民地時代の負の遺産である人達だ。
「アルジェの戦い」は未だに続いているのだ。
しかも、その現場が、アルジェのカスバではなく「パリ」のど真ん中なのだから始末に負えない。
フランスがドゴールの手腕で1960年代末にアルジェリアから完全撤退して、アルジェリアからの移民は急激に増加する。既に3世や4世の世代になっている。
従って「アルジェリア系のフランス人」と呼ばれ認識される。
尤も前大統領のサルコジも東欧(ハンガリー)からの移民である。

カトリック教徒の多いフランスで、アルジェリアから来たイスラム教徒は結構な数らしい。
イラクが原点になっていると報じられる。
(サダム・フセインを米英が倒した事で始まったイラク内戦)
それに過激なイスラム教徒の一人として関わりを持った事で、いよいよ過激で直接的な行動に出たというワケらしい。
いきなり襲撃し自動小銃を乱射すれば狙った側を確実に倒せ(絶命させ)るのは簡単だろう。
実に怖ろしい事だ。
これまでの報道記事では躊躇なく乱射していると。

今後、フランス政府はどのように国内の過激思想に染まる武装勢力を統治していくのか?
これも報じられる処では、襲撃犯は治安部門の監視下にあったというが、精緻な監視下に置いたワケではなさそうで必要ならチェックできるというようなレベルだったのか。
もし、厳密な監視対象者なら、ここまでの事件に発展しているのだから治安部門の責任は重大である。
でも、実際には完全な監視下に置くなら「検挙」し塀の中へ収容する以外に方法は無いと考えるが。それはそれで「人権」を掲げる側が納得しないだろうし。

日本も他人事ではないと考えるのですが。

引用開始→ [FT]仏紙襲撃、内側からの「報復」に高まる緊張
(日本経済新聞2015/1/9 7:00)

フランス当局は何カ月も前から自国領土への大規模なテロ攻撃を恐れ、警告を発してきた。中東で戦うイスラム主義勢力に参加する大勢のフランス兵士と過去の殺害事件から、当局者は懸念を募らせていた。

どこまでも不遜な風刺画を掲載する週刊紙シャルリエブドに対する7日の襲撃の犯人はまだ特定されていない(注:執筆時点。現地時間7日夜、当局は容疑者を特定)。だが、フランソワ・オランド大統領は12人が撃たれて死亡したパリ中心部の現場を訪れ、即座にこれはテロ攻撃だと断定し、「疑いの余地はない」と述べた。

すぐにイスラム過激派に疑いがかけられた。シャルリエブドは下品な風刺画で他の宗教とともにイスラム教を繰り返しからかってきた。何年も警察に警護されている同紙のオフィスは過去に、紙面でイスラム法をちゃかした後に火炎瓶を投げ込まれたこともある。

フランスのマニュエル・バルス首相が自国出身のジハード(聖戦)主義者からのフランスに対する「前代未聞の脅威」と呼んだ状況において、シャルリエブドは明白な標的だった。

フランス、武装勢力へ最大の供給源に
近年シリアとイラクのジハード主義武装勢力に加わった欧州の市民や住民のうち、フランスは最大数の供給源となっていた。当局はしばらく前から、こうした過激派がフランスに戻ったときの「報復」のリスクについて警鐘を鳴らしてきた。

昨年暮れ、政府当局の推計は、外国のイスラム過激派集団に過去に参加した、または現在参加しているフランスの市民・住民の数をおよそ1000人としていた。公式推計は当時、およそ200人が帰国し、そのうち50人以上が投獄されたと述べていた。

帰国した人の中にはジハード主義の大義に幻滅した人もいるかもしれないが、戦闘を母国に持ち込む意思を持ち、監視の目をかいくぐったかもしれない人によって治安の不安が高まっている。

フランス内務省によると、国内諜報(ちょうほう)機関である国内治安総局(DGSI)は昨年12月までの18カ月間に5件の重大なテロ計画を阻止した。

襲撃の性質は、欧州の治安責任者の間で懸念をあおることになるだろう。欧州のある治安当局者によると、襲撃に関与した犯人が1人ではなく、残虐行為が自動小銃で行われたという事実は、高度な計画と協調を暗示しているという。シャルリエブドでテロリストたちが名前を挙げて個人を探したとする初期の報道は、詳細にわたる準備がなされたことを示唆している。

このような企てがなぜ見落とされたのか問われることになるだろう。治安当局は特に、襲撃の計画立案に手を貸したセル(テロ集団の細胞組織)のメンバーがほかにもいるのかどうか、また、事件後に全員逃亡したシャルリエブドの襲撃者がほかにもターゲットを定めているのかどうかを知るのに躍起になるだろう。

政府は昨年、イスラム主義の脅威に対応し、より厳格な反テロ法を制定した。ジハードへの参加志望者であることが疑われる人物のパスポートを没収できるようにするほか、逮捕の権限が強化され、テロリズムに対するインターネット上の支援に関して規定が設けられる。

相次いで起こっていた襲撃事件
脅威の最も明白な例は昨年5月に起きた。ブリュッセルのユダヤ博物館の襲撃事件について、29歳のフランス市民、メディ・ネムシュが逮捕、起訴されたときのことだ。その数日前の博物館襲撃では、イスラエル人2人とフランス人1人が殺された。ネムシュはそれ以前に1年間シリアで過ごしていた。

その前には、モハメド・メラーの事件があった。フランス市民のメラーは2012年3月、フランス軍パラシュート部隊の兵士3人を撃ち殺し、その後、トゥールーズのユダヤ人学校で児童3人と教師1人を射殺した。メラーは「一匹オオカミ」で、明らかに単独でパキスタンとアフガニスタンに渡航し、過激派イスラム主義勢力から訓練を受けていた。

クリスマス前には、歩行者に車が突っ込む襲撃事件が相次いだが、政府は一連の事件を軽くあしらい、テロ事件とみようとしなかった。だが、これらの襲撃事件により、欧州最大のイスラム教徒の人口を擁し、推計で全人口6600万人の5~10%をイスラム教徒が占める国で緊張が高まった(信仰する宗教についてフランスは統計を取っていない)。

フランスからジハード主義運動に参加した人のうち、かなり多くがイスラム教への改宗者で、女性も多く含まれる。

フランスのジャーナリストで、同国における過激派イスラム主義の台頭に関する書籍『Les Francais jihadistes(フランスのジハード主義者たち)』の著者であるダビッド・トムソン氏は、ジハード主義の台頭はイスラム教徒の若者の疎外という単純な問題の域を越えていると言う。「私が接触した人の多くは、移民やイスラム教徒の背景を持たない人を含め、社会によく溶け込んだ家庭の出身だ」。同氏は最近のインタビューで本紙(英フィナンシャル・タイムズ)にこう語った。

だが、動機が何であれ、折しも極右政党の国民戦線(FN)が世論に大きな影響を持ちつつあるときに、衝撃的な殺人事件は必然的に政治的な不安を引き起こすだろう。FNのポピュリスト的な戦略は、反移民の強いメッセージ、それにフランス社会に対するイスラム過激派の脅威と戦っていないとして、主流派政党を激しく批判することに基づいている。
By Hugh Carnegy and Sam Jones in London ←引用終わり
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