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2015/01/08

パリで白昼に起きた週刊紙襲撃事件 銃撃による死亡者12名 襲撃犯は逃亡し捕まらず!

ムスリムの予言者を誹謗中傷した。
予言者による復習だ。

そんな事はない、過激なヤツらの功名心だろうが。
どのような人も社会的に不満があるのは致し方ない。
それをどう解消するか、それはその人の価値観によるところが大きい。

ムスリムの人は約16億人だという。
その全てが過激で他者との共存を否定しているワケではない。
寧ろ、「富める者が喜捨し、困窮する者を救う」という考えは一貫している。

イスラエルという国家が突如として現れ、
力を付け、周辺のアラブ諸国を圧迫し、人的暴力を加えるようになった。

イスラム教もユダヤ教もキリスト教も、原点は同じとされるゆえに問題を複雑化させ政治が絡み解決の糸口すら見えない状況に陥り久しい。

この間に、イスラエルと周辺のアラブ諸国の個々人の「富」は開きが大きくなり、埋めようがなくなったと。
そこに宗教の教義を楯に過激な思想が忍び込み心を占有される人が増えているとも解説される。
イスラエルVs周辺のアラブ国家群
アラブ国家群Vs欧州諸国
アラブ国家群Vs米国を軸とした国家群
未成熟なアフリカ諸国へもムスリム過激思想(単なる暴力主義)が普及している。

その象徴の
最初はアフガニスタンの「タリバン」だった。
(いまはパキスタンにも拠点を構築)
次が「タリバン」の共闘相手「アルカィーダ」で。
その「アルカィーダ」の思想が周辺へ波及し、次々に「ムスリム過激派」は生み出されている。
別には「パレスチナ」で「イスラエル」に追い詰められた人達が蝟集する「ハマス」だろう。「ハマス」は米国とイスラエルが過激派としているが別に過激派ではない。
レバノンには殆ど正規軍に近い軍事力を持つ「ヒズボラ」があった。
そして米国がイラクのフセインを追い詰めた挙げ句に誕生したのが「イラク」の様々な過激武装勢力だ。
現在、それらが国境を越え連携し合い支配地を拡大するために競い合っている。
そして「イスラム国」という「タリバン」と同じく広大な拠点地を持つ勢力が登場してきた。

それらを痛烈に批判したフランスの週刊紙「シャルリエブド」が襲撃された。
フランスによるアルジェリア支配の代償として、
ドゴールによる「アルジェの戦い」は、未だに続いているのである。
皮肉な事だ、ドゴールは「アルジェリア」からの撤退を決断した人物だ。
その後、アルジェリアから政治難民がフランスへ押し寄せ、フランスは植民地支配の代償として居住を許可した。
以降、カトリックの大国フランスはイスラム社会とイスラム教徒を呑み込まされ、それは「咽に懸かる棘」としてフランスの悩みになった。

引用開始→ 仏紙銃撃、30代の兄弟らの行方追う 複数メディア報道
(日本経済新聞2015/1/8 9:23)

【パリ=竹内康雄】パリ市内で7日に発生し、少なくとも記者ら12人が死亡した週刊紙本社への襲撃事件で、複数の欧州メディアは仏捜査当局が30歳代の兄弟と10代の男の行方を追っていると伝えた。兄弟は仏国籍で、捜査当局は身元を特定しているもよう。3人の身柄を確保した上で事件の全容解明を目指す。オランド大統領は同日夜演説し、「我々は自由を守らなければならない」と訴えた。

仏捜査当局は8日未明になっても捜索を続けている。仏紙によると、2人の兄弟は34歳と32歳で、パリ生まれのアルジェリア系フランス人という。うち1人はイスラム過激派との関係があるとされ、2005年に逮捕された経歴がある。もう1人は18歳で北東部ランス出身だが詳細は不明だ。

当局は、仏国家警察の特殊部隊も加わって、10代の男の出身地ランスを集中的に調べている。事件の手口が手慣れていたことから、軍事訓練を受けた犯人の犯行との見方を強めているようだ。

オランド大統領は「我々の最大の武器は団結だ。何者も我々を分裂させることはできない」と力説した。7日に続き、8日朝に関係閣僚会議を開催し、対応を協議する。同日には最大野党、国民運動連合(UMP)党首のサルコジ前大統領を迎えるほか、週内には主要政党の党首を招き、国が一体となってテロに対峙する姿勢を示す構えだ。

事件は7日昼前、パリ市内の風刺週刊紙「シャルリエブド」本社に、男らが押し入り銃を乱射、車で逃走した。男らは「(イスラム教の)預言者(ムハンマド)のかたきを討った」などと叫んでいたという目撃情報もあり、イスラム過激派との関連が疑われている。記者や風刺漫画家、警官ら12人が死亡した。

事件後、パリ市内にはテロを非難したり、表現の自由を訴えたりする市民が集結。警察当局によると、3万5000人が追悼集会を開いた。リヨンやボルドー、トゥールーズなど仏各地でも多くの人が集まり、仏全土で10万人にのぼったという。←引用終わり
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