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2015/10/18

何が違和感の元か? [その2] 「公共」や「公益」で特定集団の主張「威迫」は大きな疑問だ

1本前の「卑怯」についての投稿の続きです。

得体の知れない「違和感」の元は「公共」「公益」についての考えが根本的に異なれば大きな「違和感」が生じます。
日本人の多くは「公共」や「公益」の場を大切にしますが、そうではない人も一定数が存在するようです。「公共」の場や「公益」の制度を我が物顔で平然と使用し、汚し傷つけても平気な人が居ます。これらの人に共通するのは「公共ただ乗り」「公益受給権」は当たり前という概念です、
「公共空間」はタダ、「公共財利用」はタダ、「公共財維持」は自分の責任ではナイ。
「公共フリーライド」論に軸足を置き、「公共」を維持する資金や役務提供はしない点に集約されています。

「公共フリーライド」の典型は、例えば「夏の花火大会」に象徴されています。
「花火大会」の主催者は「集客行為」による「売名行為」が目的であり、広範な開放空間(地域)で行うのだから「公益」であり、「広汎な公益」は無償であり、観客に「利便提供」が必要だと主張する。
従って、
「花火」を打ち上げる費用は負担しない。
「花火大会」会場の雑踏警備などに懸かる費用は負担しない。
「花火大会」会場の清掃費用も負担しない。
それどころか「花火」を打ち上げるのを「観に来てやった」と主張する。
まぁ、一定の範囲なら何処からでも「観覧」できるワケですから観覧料を徴収するのも無理はありますが。
ですから「タダ」のモノは、「タダ」で当たり前。
自分達は交通費など「カネ」を払って「わざわざ観に来てやっている」というのが思考のベースです。

「警備費」や「清掃費」また「維持費」などの費用が要るのは当たり前、「公共財」を提供する側が負担するのは当然だ、と主張する。
「納税市民に負担を求めるのは筋違いだ」と、殆ど「納税しない側」が大声で主張します。この点に非常に大きな違和感があるのです。
行政を含む「公共事業者」は、全て「公共フリーライダー」に喰い尽くされなければならないのか。

日本が相互扶助として整備し「制度化」した様々な「社会政策」に基づく「救援制度」や「保護制度」を都合良く解釈し、限りなく拡大解釈し「公共ただ乗り」「公共フリーライド」を繰り返し「私腹」を肥やし続けているのです。
いわゆる特定の人達による「生活保護」制度の悪用は目に余ります。
ここまで放置し財政負担も極限に達そうとしています。そして本当に必要な社会的弱者を切り捨てなければならないというのは本末転倒といえます。

なぜ、このように制度破壊とも云える制度のシャブリ尽くし(タカリ)を許してきたのか?行政の責任は本当に大きく許容できません。
特定のタカル側の意識は「ある制度は使わないと」であり「恥」の概念がありませんから、シャブリ(タカリ)尽くす事、それが「悪事」と考えない点にあります。
それどころか、自分が「摘要対象者」ではなく知人や友人が「摘要対象者」の場合、
「クッソ~、上手い事しやがって」と怒り心頭に発すで、採否の許認可権を持つ行政機関の窓口へ押しかけ大声で「不平等」を叫び騒ぎ立てます。
時には様々な地位の各種「議員」を連れ立ち、行政対象暴力を含む「威迫」行為を繰り返し「強要」により、いわゆる彼らなりの「平等」(一般的には逆差別)を手に入れ高らかに凱歌を上げ、以降は「前例」として確約書を交わします、
このようにして、日本の大幅に行政は歪められ適正な均衡を欠く状態が産み出されました。
誰かが「卑怯」な手段で「手」に入れた「権利」を、その過程や論点を遡及し糾すワケではなく、自分達がスポイルされた事に怒り、それ以上に制度上の「権利」を手にする事に注力するワケです。

これらの歪な「主張」や「行為」を「恥」と考えないのは異常です。
「公共」や「公益」について、自らが「社会的構成者」として「社会的責任」を負う事への考えがなく、「恥」という概念を欠いている点が最大の原因ではなかろうかと考えます。

いま、ようやくこの極端に歪な行政が正され始めたところです。

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