« フランスの苦悩をマクロンは解決できるか? 同じ問題を抱える「世界が注目」している | トップページ | 産経新聞社が5月13日と14日の両日で実施した「世論調査」の結果 »

2017/05/12

「グローバリゼーション」の社会経済(5月10日の続き)

いま先進工業国は「モノ」ではなく「知恵」を売るのです。
それを競い合っているのです。
そこで大切な事は「基礎的研究能力」を伴う人材教育です。
これはグローバルな競争の下では、低開発国も発展途上国も新興工業国も同じく平等です。

日本人は「モノ」を造り、その「モノ」を売る事で「利益」を得るのを美徳としてきました。
それは非常に大切な事で忘れたり棄ててはなりません。
しかし単なる「モノ」を幾ら造り、その「モノ」を売ってみても得る事のできる「利益」は過少です。
即ち、発展途上国の工業化により単なる「モノ」は、労働生産性(要素価格を含む)で勝てるわけがありません。SNSの世界では、それを正確に理解せず、トランプと同じく排外すれば元に戻るという偏狭でオバカな主張が煩い事です。
新興工業国でもある韓国も同じ問題を抱え苦しみ藻搔いているのです。
韓国を嘲笑うのは簡単ですが、それは同時に日本を日本人が笑っているのと同じです。

何れの国も「グローバリゼーション」で富を得た層と、貴重な労働機会すら奪われ(失業を強いられ)富を収奪され続ける層に分かれ、これが富裕層と非富裕層に分解され格差を拡大し社会不安(社会的不満)を増大させているワケです。

社会的不満の「鬱憤晴らし」にSNSが用いられ、罵詈雑言のゴミ捨て場と化しています。

いま先進工業国は従来と同じ「モノ」を生産し売るのではなく、
「知恵」を集積した「新たなモノ」を売るのです。
それを、ここでは「知恵」を売ると言っているのです。

「ノウハウ」すなわち様々な「知恵」を「システム化」し、
一つの「プログラム」を「パッケージ」する形で長期のビジネスとして売るのです。
あるいは身近な「ノウハウ」を「知識サービス」として、様々な機会を得ながら売るのです。

そのためには「知識」が必要です。
まず「知識」を磨く必要があります。
「技術」は「知識」から産み出されます。
しかし従来型の「知識」は「IT」の進捗発展もあり基本的には普及してしまっています。
そこで「何」が「新しい」を産み出す「知識」なのか、腰を落ち着け考え取組む必要があります。
「一過性の故郷創生ハッカソン」ではなく、「反復継続性を保持」できる「持続可能性」「サスティナブル」を追究できる「ハッカソン」でなければなりません。
それもできず、徒に時間と労力と資金を浪費し続けて平気なのは「バッカソン」なのです。

大学を始め後期高等教育機関は、
「幼稚なバカの大量生産」をしている場合じゃないのです。
現実の社会と整合性のない人材を大量に生み続け、社会的齟齬を生じさせ、どんどん若い能力を廃人にしているのは最大の無駄です。
それを愚痴を言っても「正面から批判」しないのは思考停止と同じです。

考え方の整理として
「モノ」と「コト」そして「汗」と「知恵」について:

「付加価値」というコトやモノについて本質について考えるチカラを持たない人が軽々に「付加価値生産」について「知ったバカぶり」で、感情的に批判し自らの無聊を慰め、それに呼応するオバカに支持されゴミコメントされ「悦」に入っているのを目にするのは辛い。

全ての「工業製品」は、それを発想したアイデアを基にデザインされ設計され「部品」を集積し「加工組立」られているわけでして。
その何れの段階や分野において「生産」に関与し従事した人の「付加価値」が包含され、最終製品として「仕上げ」られています。

残念な事は「生産・製造」と「消費・市場」が、いまも分断(分業)されている事もあり、必要にして十分な「情報伝達」や「情報交換」を得るに至っていない事に注意する必要があります。
積み上げられた「付加価値」を毀損し敗退させられる場合が生じています。

それはどのような「製品」でも「市場」で厳しい洗礼を受け評価されるのですが。
この段階で「製品設計」の段階で想定した「知恵」が評価されるますが、同時に「市場設計」をする側の「知恵」も評価されるわけです。
双方の知恵が拙い場合は無残にも失敗し敗退させられるのです。

「ガンバル」とか「ガンバッタ」のレベルではなく「知恵やセンス」に起因するわけです。
「モノ」ではなく「知恵」を売ると既述しましたが、最終製品は「市場で消費」されないと「付加価値」を生産した事にならず「回収」できません。

「市場」で安定した「消費」を産み得るには、
「顧客創造」と「顧客維持」という「マーケティング」の本質を理解しているかどうか、
その基本的な「知識」があり、例えば「感性」の必要な「モノ」であれば、それに見合う「センス」が与件として求められるのは当然です。

自らの側が、低開発国、途上国、新興国、先進国の認識を正しくできるなら、自らは「付加価値」をどう捉え考えるかについて思考しませんと。
それは同時に、どの市場を目指し「付加価値」を得るのか、得たいのか、そのためにどう取組むかを明らかにしておくべきでしょう。

これらは何れも「仮説」でしかありませんが「現実」に直面する「課題」であり、十分な市場研究で「仮説」を練り上げ、実際の市場で「仮説を検証」し試行錯誤を繰り返しながら実際の「成功事例」へ導ければ至上といえます。

例えば、アパレル製品(市場も)の場合は「ブランド力」が必要と、
分かったような魔法の言葉が飛び交いますが、軽々に交わされるブランド力なるものの中身は、魔法の言葉とは裏腹のお寒い中身で残念な場合が多いようです。
「ブランド」は一朝一夕にして形成構築できるワケではありません。
市場で顧客に支持され続けなければなりません。

それには宣伝力や広報情報力も重要ですが、何よりも「製品」のコンセプトが狙うターゲットにフィットしているかどうか、そしてそれをプレゼンテーション(表現)する場がフィットし、狙う「顧客」が納得し喜び「購入」し「支持」してくれるかどうかであり、一過性ではなく「反復継続」して「支持」を得られるかであり、その積み上げと流布が不可欠ともいえます。

例えば、自動車、鉄道輸送、学校教育、飲食サービス、医療サービス、などは、これらの積み上げが明確に反映されると思います。
「ブランド力」は「噂」と「イメージ」で形成されるとも言えますが、
実は「顧客(市場)」での裏切りがない(少ない)とも言えるのではないでしょうか。
表面上の「モノ」で勝負するのではなく、世界は「コト」を含めた「知恵」の能力で勝負しているわけです。

世界市場の混沌を産み出している「グローバリゼーション」について冷静に眺めますと、政策面では「トランプ」Vs「マクロン」の主張に集約されているように見受けます。

その米国ですが、
USTR(米国通商代表)は「ライトハイザー」に決まる!

米国は日米通商交渉で「農業」を軸に揺さぶりをかけてくるでしょうか?
その理由や背景を考えてみましょう。

「市場」を、” どう捉えどう考えどう攻めるか ” については、
ドラッカーがマネジメントとして着目し捉え、コトラーが様々な検証を経て発展させ、多くの研究者が「マーケティング・マネジメント」という実践的な学術にまとめ上げ、科学的に体系化し、更にポーターが「競争論」としての視座を与え、より深く質を高め完成させましたが、それは何れも「米国」なのです。

日本は、最初に「市場の製品」で、次に「市場の販売場所」で、更には「企業の戦略」で、米国市場を分析し「金融を含むマーケティング」へブラッシュアップさせ「市場アプローチ」を重ねてきました。
その米国の大半が「マーケティング」を無視し、「市場(消費者)の変化」を理解せず、従来の思考や技術に固執し改良を加えず無駄に歳月を費やしてきました。

その結果、米国は多くの「工業製品」が「市場競争」に破れ、自ら修復せず、できないままに過ごしてきました。
そのため国際的な競争市場で勝てる優れた「工業製品」は限られ、誰にも理解しやすい「農業製品」の輸出を掲げ、貿易赤字を産み出す相手国の「市場開放」を強く求めています。
貿易は「製品と市場が金融」と一体化した知恵(=インテリジェンス)により成立しています。

|

« フランスの苦悩をマクロンは解決できるか? 同じ問題を抱える「世界が注目」している | トップページ | 産経新聞社が5月13日と14日の両日で実施した「世論調査」の結果 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« フランスの苦悩をマクロンは解決できるか? 同じ問題を抱える「世界が注目」している | トップページ | 産経新聞社が5月13日と14日の両日で実施した「世論調査」の結果 »