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2018/05/16

痛ましい新潟の越後線沿線での女児絞殺遺棄事件:

近隣に住む不審な複数の若い男を任意聴取し「逮捕」した!?
(捜査情報を報道陣へ「異なる情報」を意図的に提供し報じさせていた)

今回も感じさせられるのは「宮崎 勤」の事件を、どう捉え、どう分析し、どう活かしたのか?
表向きは「警察による捜査」「検察による起訴」「弁護士による弁護」「被告人の陳述」「裁判による判決」これらを通じ、犯罪の事実究明や背景を検証し、同一・同種の犯罪を抑止し発生を防ぐと、高邁な理屈を述べ続けているが、幼児の誘拐や殺人は一向に減らず、抑止できていないじゃないか。


そのように考えていると以下の記事に出会った。


   http://wedge.ismedia.jp/articles/-/12035


   http://wedge.ismedia.jp/articles/-/10259

普通の顔を装う変質者による犯罪は増加傾向だろうと見るが、実際はどうなのか?
メディアは、事件の度に怒りと悲しみの「お涙頂戴」で明け暮れしているが、この種の犯罪を予防し抑止するための議論や提議をメディアが行ったという記憶は全くない。
それどころか「予防検束は人権侵害だ」とのキャンペーンにチカラが入り、自分達メディアが先頭に立ち「人権」を護っているとの自己倒錯が目立つ。
この手の犯罪を刺激する事に手を貸している反省はないのかな?
「宮崎 勤」が引き起こした事件から、日本の社会や警察および司法は「何を学び」「何を得た」のか?

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