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2018/09/25

日本=ベトナム間の定期航空路線開設から来年は四半世紀か!?

何気なく友人の投稿を眺め、「flightradar24」で、
得られた情報アップについてコメントしました。



そして日越間の民間定期航空路線開拓に伴うアレコレを想起し、いくつか懐かしい怒濤の日々であった想い出が頭の中を過ぎりました。
激しい議論を交わした、ベトナムの側も、幾人かは鬼籍の人となり、今となっては様々が感慨深い事ですね。


1992年7月に「名古屋空港(現在の県営空港)からホーチミン(タンソンニャット空港)へ、日本航空のDC10を往復チャーターし、民間定期航空路開設」を願う布石にしました。


それらを踏まえ関西国際空港の開港と共に、1994年に秋冬ダイヤとして、KIXーSGN線を、日本航空(DC10)が週に2便、国営ベトナム航空(B767)が週に3便。
最初は単独運航、その後は両社のコードシェア便になりました。


他のベトナム関連のチャーター便では、その後2003年3月に、往路で沖縄・那覇空港からハノイ(ノイバイ空港)へ、復路はホーチミン(タンソンニャット空港)から、ベトナム航空(B767)でチャーター便を運航し、個人的には均衡を図りました。


1994年の路線開設により、北部は首都のハノイから、南部の商都ホーチミンを経由(乗り継ぎ)しても、日本との直行便が就航したワケです。


その後、幾星霜、間もなく四半世紀を迎えますが、日越間の航空路線を巡っては、両国の国益均衡、就航エアラインの権益均衡、また旅客と貨物の拡大に合わせ、航空交渉が積み重ねられた事もあり、現在は日本で、関西国際空港、成田(新東京)国際空港、中部国際空港、福岡空港、東京(羽田)空港と伸ばし、ベトナムではホーチミン(タンソンニャット空港)、ハノイ(ノイバイ空港)、ダナン国際空港を結び2社づつのダブルトラックになりました。


ベトナムは、ハノイと東京を結ぶ路線開設を求めましたが、成田の混雑は著しく、取り敢えずハノイとは関西国際空港を結ぶで決着し、日本航空が就航しました。
ノイバイから関空まで、機材繰りで深夜便になるワケですが、距離が中途半端に短く、日本時間の深夜(というか未明の2時過ぎ)に出発し、早朝の6時前に関西空港へ到着という、旅客には極めてハードなフライトになり、不人気路線の頂点でもありました。
真冬の強い西風に乗れば、4時間を切る事もあるなど、難しいフライトだったと思います。


現在は、それなりに定着したようですが、当初は深夜便ながら飛行時間が短いため旅客が眠れず、不平不満は高かったと記憶しています。
いまも、ほぼその時間帯に飛行しているようですが、友人が、そのフライトをキャッチされた記述を拝見し、そうだなぁ四半世紀かと感慨を新たにしたところです。


日本とベトナムの「ヒト・モノ・カネ」の交流が深まり、相互の信頼が更に強まる事を期待して止みません。


東南アジア諸国(ASEAN)からの帰国便は、概ね深夜から未明の夜間フライトになります。

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