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2019/05/09

民主主義の多数決は万能ではなく正義でもない。民主主義への参加は一定の知見に基づく理解力が不可欠だ!

「多数決」は民主主義での正統性をいつ得たのかという主旨の質問投稿を見たような記憶があるのですが?


稚拙で薄弱な自論に過ぎませんが、近現代に至る「民主主義の多数性」が如何にも正義の座に就いたのは、自由・平等・博愛(人間愛)を掲げた「フランス大革命」ではないかと。
それを支えたのはルソーの「社会契約説」ではなかろうかと、ボンヤリ思い返したりしています。


民主主義を支える「自由」な「言論」は、ギリシャが欧州の中心であった頃から「アゴラ」で、誰もが主張する事を見聞きし、自らの考えを磨き判断の基礎にしていたと記憶していますが、当時は大規模な政府は必要ではなく「直接民主制」ともいえる「相対」だったと考え、蒙昧で愚直な意見は「討(闘)論」で退けられ機能を保っていたのでしょう。


時代は進み「ローマ」の頃には「元老院」が制度化され、考えようでは都合の良い代議制を機能させていたとも言えます。
支配者は「教会」を軸にし「元老院」などを動かす代議制談合だったとも言えます。


様々な時空間を経ながら1789年まで至ったわけですが、それは、代議制を動かす土地所有者が「農奴」を「農地」に縛り、基本は口伝が軸で読み書きはできぬまま、土地に縛られ無知であったと考えます。
従って、土地脱けをする者には容赦が無く居場所もない状態だったのではないかと。
また彷徨い教会に辿り着いても、土地脱け者(農奴)ゆえに、隷属強制や収奪にも容赦がなかったとも考えられます。


それらの軛を一切合財一纏めに打ち破り、旧弊な体制(アンシャンレジーム)を否定したのが、フランス大革命だったとも言えます。


爾後、220年、支配と収奪からの自由を得た事で、学問は拡がり進化し、民主主義派紆余曲折を経ながら、近代化を支え科学として成長発展する事で多くの知見や技術の恵みをもたらせました。


一方で、知見は様々な形で発展し、統合されたり分裂を繰り返しながら、いつの間にか「裾野」を拡げる事で「無知」にも「知恵」を与え、知恵を得た側は自らが置かれた状況を徐々に把握し、与える側との巨大な差異を知り目覚めるワケです、


同様同種の者に働きかけ、糾合する事で一定の勢力を形成する事により「多数派」を得られる事を理解します。
そして粗野で粗雑な単一主張(でなければ糾合不可で)を展開し、都合良く「民主主義派多数決」だと「数による決定」の流れができました。
そこへ至るまでは「多数の横暴」を指弾し、同時に手段としての「少数の尊重」を掲げる事を忘れませんでした。


現代社会は、出所不明、裏付け不明の「意見」や「主張」でも「論」になり、現代社会の中に潜む「無知」の多数化を目指し、煽り続ける事で「溜飲」を下げる事から「体制の転覆」を企図する者まで、混在したまま「多数決」を求める一方で、劣勢なら「少数尊重」を都合良く掲げ使い分けています。


一定の時間や歳月をかけ制度化された「民主主義の多数決」は、テーマにより「正しい」事もあれば「間違い」もあります。
しかしながら、現代社会では「制度化」され「付与」された「権利」が侵害される事なく、あるいはまた検証を得て「改革」される事なく、天賦の権利であるが如く深く信じられています。


コペルニクスも、ルソーも登場せぬままに、ひたすら「無謬性」を信じ、信奉される宗教でもあると皮肉な見方をしています。


「民主主義」が「多数決」で機能するには、参画者(投票者)が問われるテーマを正確に検証し理解し意思決定できる事。その「知見」を保持する前提で成立している事を「蛇足」ながら、付け加えておきます。
また流動性を伴い変化する条件の下では「正解」は無い事も付け加えておきたいと、考えます。

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