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2019/12/06

「ペシャワール会」の中村 哲 先生のご冥福をお祈り申し上げます。

未だに信じがたい事ですが、
アフガニスタンで身命を賭し活躍された「ペシャワール会」の医師「中村 哲」先生が、卑劣な襲撃を受け帰らぬ人となりました。


報じられる処では、今日、ご家族が現地(カーブル)へ向け発たれ、ご遺体と共に9日にご帰国との事です。


一報が、全世界に向け報じられた際に、時をおかずタリバンは「一切、銃撃に関与していない」と声明を出した。


すれば、中村先生を襲撃したのは、最近、パキスタンとアフガニスタンの国境地帯で勢力を拡充する「IS」の仕業か?


国境を接するパキスタンも、2007年12月に「国政選挙期間中」に遊説するベジナール・ブッド首相を銃撃し抹殺する国だし、それ以下の統治能力とされるアフガニスタンの治安など、言うまでもなく語るに足りず、政治以前の問題なのだ。


ブッド政権の時期に、パキスタン政府から招聘され、カラチ、ラホール、イスラマバード(ラワルピンディ)で、産業振興策について、また関与する人財育成について、レクチャーを求められ滞在したのだが。
その間、移動する乗車車両の前後に機関銃を据えた軍の車両が着き、一番前をパトロールカーが猛スピードで先導する日々だった。


駐在する日本の関係者の話によると「日本人学校」の送迎車も同じで門扉の前ギリギリに送迎車を着け、ドアを開き一瞬で乗降車するのだと説明を受けた。


その際、ペシャワール会に中村 哲 先生がおられ、両国で敬愛されながらご活躍とお聞かせ頂いた。
しかしながら、パキスタン政府の見解では、パシュトン人の居住区である北西辺境地帯(ペシャワールなど)への訪問は控えて貰いたいと、強く要請(指示)された。


一介の民間人に過ぎない「まるでのうそまろバカセ」は、素直に聞き入れ従った・・・・・
その後、中村 哲 先生が、帰国される都度、メディアに登場されNGOペシャワール会への「募金」やアフガンへの「支援」を呼びかけられていた。できる限りの事をと考えました。


中村 哲 先生の「ご冥福を、心からお祈り申し上げます」

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