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2019/12/11

昔ムカシ「末は博士か、大臣か」と言われた事もありましたが、今はいずれも持て余し気味で、トホホ~な状態とも言えます・・・

日本経済新聞は、12/08(日)の朝刊で、日本は「博士」を活用できていない。
そのため、この10年で16%も減少し「世界競争で遅れをとる」と、核心を衝いた指摘をしました。


日本の大学院教育は、国も大学も、研究者として大学院教育・研究を担う博士の育成に主眼をおき、それを掲げているように現場に身をおき担当した経験者として「まるでのうそまろバカセ」は感じています。
実業社会との往き来があり、その研究や教育は有用と考えるのですが、残念ながらそのように見受ける事はないと思います。


大量に「博士」を造りだしたものの、大学の現場では既に「オーバードクター」と言われて久しい中で、当然ながら「ポスドク問題」を引き起こした結果、これまた大量の「不要大学」を粗製濫造し、そこに当て填め凌いだものの、そこでも「大学院」を粗製濫造し、全く力量の無い「博士」を学術面での乱造を続けているとも云えます。


「博士」は、学術の研究深化も何より重要ですが、実際に得た知見を用いる事ができなければ「無用の長物」でしかなく、学術の世界でも「博士」で喰えぬとなれば、市場原理からしても志願する人財は稀少化するのも当然かと。


実業世界で必要な高度な「知見」を創出し得てこそ「博士」を活かす道と云えますが、現在の「博士」教育(育成)課程では、先行研究との検証対比に重点が置かれる傾向があります。勿論、先人の研究に当たり乗り越えるのは大切な事ですが、それをどのように現実の世界に置き換え通暁し、それを為さない人をどのように領道しできるかが重要なのです。


それらを介し、現実の社会と学術の研究が相互に自由に往き来できる事が重要だと考えているワケですが・・・・・・・


しかしながら、サラリーマン上がりの経営陣には、その種の器量を持つのも見当たらずいないし。
中小企業のトップは、自分が除けられると警戒が先立ち、人材投資への度量も示せず、実業界は八方塞がりってワケです。


いま、社会人大学院の制度が整えられ、学術の世界だけに浸ってきた大学や大学院の教員は、現実の経験を踏まえた大きなテーマから派生した議論を提議されると、明らかに躊躇が走り、時に狼狽する場面に出会す事もありました。


日本の大学院教育で重要な事は、角張った四角い頭で四角く考えず、丸い頭で丸く柔軟に考える事が大切ではないですか。


社会というか企業も、それに応じた「知的生産」の導入を考えるべきかと。
社会全体の「生産性」が低いのは、社会全体が「頭脳労働(知的生産)」の重要性に気付かず、目前の賃金だけに拘り、目前の利益だけに右顧左眄し、立ち位置すら見失っている姿がSNSへの投稿でも浮かび上がっていますね・・・・・・


戊辰戦争で旧体制を打破した明治維新という社会の再構築。
それから70年~80年を経て敗戦により、再び直面させられ社会の再構築。
更に70年を経て、直面させられている現実の環境を直視し、
社会全体が目覚める頃じゃないですか?


日本社会は、大学へ学位記を買いに行った「学生」が大半の大学教育を検証もせず抱え込み苦労していますが。
しかも自身の能力も考えず、著名な有名銘柄を求める狂った傾向が続いています。
それに達せず、次のカテゴリーでも自身を位置づける事ができなかった者、あるいは最初からその能力に非ずの者は、名前だけの沿線大学が4年の歳月を空費する収容施設を設け大学を名乗っています。


いま現在の日本が本当に必要な人材教育は、いわゆる「高等専門学校」を強化し、実質の戦力強化を図るべきなのです。
同時に、現状の大学と切り離した実業面の知恵を透徹した「大学院教育」を充実させ、社会との往来が自由な人材教育にチカラを注ぐ必要があります。

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