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2019/12/01

いかに現在の政治家は「国家観」や「人間観」を欠き「ポピュリズム」の「イメージ」に依拠し空虚で空疎な幻想に国民を浸らせている事か

中曽根康弘(元)首相のご逝去の報を受け、
今日までの政治家を自分(まるでのうそまろバカセ)なりに振り返ってみた。


政権担当期間が長いから有能かと言えば決して佐に非ずで。
中曽根康弘(元)首相が一際大きく見えるのは、国家観や人間観が確かであった点に尽きるかと。
それを承知で、必要な「パフォーマンス」を演じる事も厭わなかった点を上げておきたい。


中曽根氏が退陣した後の政治家では、それなりの「財政観」を軸にした国際派とされた宮沢喜一氏が居られたが、国家観や人間観という点では持ち味がなかったように受け止める。
凄く「頭の良い人」優れた人物だったと思うが、そのスケールは中曽根氏の比ではなかった。


以降の政治で政治屋は存在しても政治家と言える人物は居なかった。
とりわけ、細川護煕、小泉純一郎の両氏は「ポピュリスト」の典型で、政策よりも見映えだった。


その後は、一気に小粒化し「バラ撒き」と「揚げ足取り」が日本の政治で軸を占め、今日に至っている。


昨今、東京赤旗新聞が火を点けた「桜を観る会」などの糾弾騒ぎは、攻撃し糾弾する側の志も低いが、攻撃され糾弾される側の志も相当程度に低いと言わざるを得ない点が無念でならぬ。


ポピュリズム政治は「妬み」や「僻み」に「恨み」の基盤へ火を点ける事に特徴がある。
最初にやり始めたのは、日本社会党の土井たか子だった。
それを朝日新聞が領道し、テレビ朝日がタッグを組み称揚した。
続いて毎日新聞とTBSが続き、東京新聞に中日新聞、北海道新聞、西日本新聞が追随する事で「共同通信」を介し、全国へ波及する事になったと個人的には観ている。


そして、各新聞社の別働隊として形成された民放各社は一斉に「政治批判」「政権批判」「社会批判」は天賦の所与となった。


以降は、政策報道よりも「政権批判」が重視され、
火のない所に煙を立て、あわよくば火を点け「大火事」を目指し競い合う展開を競い合うようになった。


その空気を敏感に感じ取り「イメージ」だけの「ポピュリズム」に酔ったのが細川護煕が表に立った「日本新党」である。
細川護煕の遺伝子は、忠実オマタの小池百合子が厚化粧を重ね受け嗣ぎ、今も猶、ポピュリズムの権化とも云うべく、空疎で空虚な「口先選挙」を展開しているが、新聞も電波媒体も毒されたポピュリズムの普及者であるゆえに自己反省も批判する事もナイ。


それを承知で政権を担う与党として徹底利用したのが小泉純一郎であった。
小泉純一郎の政権担当期間に、日本国民に還元(供与)できる、何か有力な政策は実現できたか?
何もなかったではないか、日本国民のイメージに残っているのは、北朝鮮から拉致被害者の数名を帰国させたのと、空疎で空虚な「改革なくして成長ナシ」のスローガンだけだった。


その反動は大きく、後に小泉純一郎のポピュリズムに乗せられた国民を「イメージ」だけで煽り続けた、朝日・テレ朝にTBS・毎日の異常なまでの鳩山由紀夫への肩入れで、その混乱の結果を修正の神輿に乗っているのが、自らは国家観も人間観も礼節も欠くまま「イメージ」で、ダラダラとバラ撒き政権(国民の買収)を担当している安倍晋三だと言える。


小泉純一郎は茶坊主の竹中平蔵に操られた「売国政権」だったし、
鳩山由紀夫は誰が見ても「中獄への擦り寄り売国政権」そのものだった。
それへの怒りと反動が、然したる国家観も人間観も脆弱な安倍晋三の政権基盤と言える。


故に、大勲位菊花大綬章の故人中曽根康弘(元)首相のご逝去が惜しまれるとも云える。

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