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2020/01/17

いつもと同じ朝は来なかった「阪神・淡路大震災」 日の出前の寒い早朝に都市直下大地震が襲いかかり四半世紀(25年) 鍛え教えられたこと!

阪神淡路大震災での被災者救助の比率は、
「自助7:共助3:公助0・1」だったと、統計整理されています。


自助は、自ら(家族など)が、救援した結果です。
共助は、近所の人が力を合わせ、救援した結果です。
公助は、消防や警察あるいは自衛隊の手で、救援された結果です。
実は、圧倒的に現実は厳しいのです。


基礎自治体の職員も、消防署員も、消防隊員も、警察官も、同時に家族と共に被災者なのです。
決して見落としてはならない前提として、1995年の老齢(65歳以上)人口比率は、約15%だったとされています。
現在、日本の老齢(65歳以上)人口比率は、約29%と言われています。
つまり、圧倒的な人口構成の社会的変化が生じています。
基本的には、自助の状況を、どう創り出すか?
また、共助といっても、地域社会の変化が生じ、孤立化した独居者が増え、加えて近所付き合いが疎遠になっている現実があります。


この状況を押さえておく必要があります。


引用開始→ 阪神大震災から17日で25年、教訓の継承が課題に
(讀賣新聞2020/01/16 21:43)

 6434人が犠牲になった阪神大震災から17日で25年となる。神戸市などでは発生時刻の午前5時46分に合わせ、追悼行事が営まれる。被災地の復興はほぼ終わったが、住民らの世代交代が進み、震災の教訓の継承が課題となっている。

 観測史上初めて震度7を記録した阪神大震災では、住宅約25万棟が全半壊するなどし、避難者はピーク時31万人を超えた。復興住宅の高齢化率は5割超で見守り活動が必要となっている。

 復興の街づくり事業は2011年にほぼ完了。被災者支援のための財源となってきた復興基金は20年度で全事業を打ち切り、解散する予定だ。

 兵庫県伊丹市の昆陽池(こやいけ)公園では16日夜、犠牲者の数と同じ6434本のろうそくをともす「追悼のつどい」が開かれ、参加者約450人が黙とうをささげた。←引用終わり

「東海、東南海、南海トラフ地震」が発生すると、震源は深く巨大で、M8クラスが想定され、震度7を超える激しい揺れが30秒は続きます。
25年前の「阪神・淡路大震災」は直下型で、震源も 16 Km 程で浅く揺れは激しく大きかったのですが、実際の揺れは10秒ほどでした。
それでも都市直下型地震であり、巨大な被害が生じました。


記憶は風化します。
備えを風化させないで下さい。
日本列島は、2000年に一度は、M8クラスで地形を変える10秒~30秒ほど揺れる巨大地震を経験しています。
日常的に、減災を心掛け、備えましょう!
皆さん、生き残らなければなりません。皆さん、生き延びて下さい。


「自助と互助、共助で支え、公助待つ」
自助、共助、公助です。

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