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2020/05/03

パンデミック後の世界(NHK Eテレ)放映を見て記憶を残すための印象記述!

「自律自立」これは,人が生きる大切な原則です。

民主主義社会で伸びやかに生きるには,自らがプレーヤーである事の自覚が必要で,当然ながら,全体主義や独裁主義を志向する煽りに確然と一線を引く,自身の判断や行動の責任が問われるのです。

しかし,一方では責任回避を図ろうと考え,直接ではなく社会的に愚痴る事で同調圧力に委ね,都合よく身を隠したがる弱体な存在も,また自然であり,一概に否定はしません。ですが,自身の考えを求められ発言が避けられない時に,曖昧な愚痴の吐露では嘲笑され,プレーヤーとしての責任は果たせません。

責任を全うし果たすためには,判断しうる情報が必要で,統制し画策があってはならないのです。
当然ながら,社会や市場の「自由と責任」について,その基本を公平に学ぶ必要があります。

例えば,社会悪でも便宜上の必要性を持つなら,その容認の限界や限度を示し,その範囲においての許容に過ぎないと明確に示す事です。
民主主義社会を健全に維持するには,責任回避ではなく,例えば「規制」が必要なら,それを採用する時に目指す目標を示し,協力を呼びかけ必要な手立てを講じ,誰にも理解できる分かりやすい言葉で,手短に諄々と力強く説明し,同意を得ることです。
自由な空気の下,SNSで好き勝手に独裁を求める思考で,無責任な発言を繰り広げている人も,その発言には責任を持つべきかと。

市場も含め,現代の民主主義が育てた制限のない自由な社会を,維持し発展させるには,制限された権力行使,透明性を保つ社会である事が必要です。そのためには,自らを律し「権力から自立した責任ある個人(プレーヤー)」である事が必要です。
常に,協力と協働そして連帯,必要な支援を忘れ,如何に一国で完結できるとしても一国主義では,自ずと限界があり,その存立は難しい。
推薦された素晴らしいNHKの「パンデミック後の世界」放映を見て,改め感謝を記述しつつ。


社会や市場が,活気に溢れ健全で民主的な自由を維持するには,参加する人が責任を果たす必要があります。

思想家で経済学者でもある,ジャック アタリ氏は,
コロナ禍のパンデミックに襲われた世界を再生する上で重視すべきテーマは,かねてより主張の「利他主義」の必要性を指摘し。

以下は,「とらえもん」が,予てから指摘の「市場倫理観」です。
市場が独占でない以上,自由な競争は避けられないですが,
「経済合理主義」を過度に追求する事で「利益の最大化」や「利益の独占または寡占」が優先されると「利他主義」は無視される。


「社会や経済また商道」に対する
「人のとしての哲学,社会の哲学」が問われ「大局観」の有無が次代の存立を問い分けるのでは。
日本では「利他主義」の良い見本と,

例えば,利他を重視する考えとして,よく紹介される
“ 「近江商人の商売哲学」
三方よし「売り手よし,買い手よし,世間よし」
始末(倹約)し気張る
利真於勤
陰徳善事 ” が,問われているような!?

(社是に掲げる著名大規模会社が遵守しているとは考えませんが)

自らの繁栄は不可欠ながら,相手や,協働する側,またその市場や包含する社会の繁栄がなければ,次がないのですから,S D G s で問われるまでもなく,誰にも分かる事です。

上手く応援し,見えずとも,長期的な目で,地道に発展形成を支える事です。
「不要不急」の自粛要請を受け,不要不急とされるモノやコトは,呆気なく奈落へ追い込まれました。様々な言い分があると思います。

しかし,世界は手を携え合い支え合いながら,互いの「足りずを補い合い」その対価により,,国を,社会を,家族を,自身を,維持してきていたのです。
一つの歯車が噛み合わず,狂い始めると,全体(それは地球規模)を覆い,破滅的な状況を生み出しています。
国家という大きな社会から,日常の小さな地域社会,また最小単位としての家族をも,容赦なく襲いかかり死滅させようとしています。

既に投稿しましたが「不要不急」の全ての対象は,最小の「要と急」まで容赦なく縮小させられます。
表面に立つのは「公共の福祉」を守る「政治」ですが,政治が何も機能せず責任を放棄すれば,忽ち知性を欠く阿鼻叫喚の弱肉強食が始まります。
それが良いと望む人はいないと信じます。

今は,大きく傷付いた社会と市場ですが,参加する多くの人が,それぞれの方法で知恵を出し,再生に取組むと共に,次に備え振り返り手立ても考え講じる事が重要です。
そして,何よりも大切な事は「蓄積」です。蓄積には「経験も,知識も,資金も,技術も」必要です。

日本は,幸いにしてと言いますか,国民の弛まぬ努力で一定の蓄積がありました。持続支援金や生活給付金を給付できるのは何故か,ナベやカマを喧しく叩くだけでなく,外出自粛の延長に対し,然したる知識も持たない側が,一途機の激情にかられ醜く騒ぐのではなく,蓄積の大切さ協働協力の重要性について改めて考えましょう。

この度の「コロナ禍」で,今後,追い込まれるであろう事業の多くは「経済合理性」の重視を掲げ,始末倹約よりも目先の刹那的充実を追い続け,備えを怠った事業者もあり,それだけとは言えず,それぞれの困窮の度合は違うのではと受け止めていますが。


これを機(コロナ禍という「見えざる神の手」)に,
適度で適切な「競争」による「強奪収奪から分配共存」の利他主義重視への転換が不可避になる事を希望します。

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