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2020/07/07

アパレル市場の「中軸」を担う側の多くは「天上天下唯我独尊」で「樹を見て森を見ず」ゆえ「戦略・戦術・作戦・展開」の違いが理解できず潰れる

レナウンが破綻し、H&Mの業績が急減低下したりで、
聞かされる巷の噂は「いつ、どのアパレルが破綻し消えるか」が話題の軸を占め、いくつかのアパレルに類する事業者が静かに消えている。
一定規模のアパレルビジネスから、家族経営の事業者まで、またどの分野に位置するかも含め幅広く重厚で、簡単に一括りにし話せるテーマではないが。

アパレル製品を市場に供給するディストリビューターとしての、アパレル製品企画者(いわゆる製品設計と市場設計者)が、軸になると・・・・・

顧客というか市場というかを捉え、自らの「ターゲット」に整理し計画する際に「近似近接」する対象があり、全く同じモノを造るのはプライドが邪魔するため、様々な小理屈を考え編み出し、やれ「ここが!」とか「ここに!」とか、僅かな改良や手間を加え、商品開発に関わる者は自己満足したり納得したりするが、市場規模という限定された枠組が先にあるワケで、当然ながら限界がある。

その「矩」を越えるには、狙いを替える事になる。
そこで「小理屈」の準備が要る事になり、検討や議論の過程で自己満足の「酔い」が始まり、時には「陥穽」に落ち抜け出せず。

成長の罠でもあり、自我の罠でもある。
いずれも「市場の顧客」と乖離し、見捨てられた時に「行き詰まり」破綻するのは「お約束」だ。

「アパレルビジネス」は無限だけれど、携わる人材の「能力」や「技量」には限界がある。
「市場」は無限だから、それを目指す「参入者」も亦「無限」にある。
「市場」や「顧客」を見る「視点」を広く大きく、尚且つ「極」と「全体」を眺め見て「比較」し「整理」し、次々に「アイデア」を変化させ「創造的」に「形」に示し、設計に合わせ限定した市場を切り取る事はできる。

例えば、分かりやすく言えば、
「コカ・コーラ」は世界市場を相手にするが、市場を独占できない。
「スターバックス」も亦ぞろ同じだ。

アパレルでは、
「Zara」も「H&M」も同じで、規模はデカイが、その規模を維持するために自らを限定的に制御し制限を課している。
それは亦「UNIQLO」も「MUJI」も同じだ。
小規模や零細な規模の者は、他者が形成した「顧客」や「市場」を横目で参考にしながら、参入しやすい侵入口を見付け、僅かな違いを掲げ「参入」し、上手く運べば一定の範囲で「市場利益」を得る事ができるが、所詮は「真似事」「コピー」に過ぎない。
従って、時間的経過と共に「市場限界」に達し「飽きられ」「支持を喪い」役割を終え退場を求められる。

そのくり返しが「アパレル」とも言える。
その途とは異なる「ビジネス(モデルやプログラム)」を大きくシステムとして形成した者が、その都度、次の地平を切り拓くのだ。

ところが、アパレルに関わる人の多くは、「樹を見て森を見ず」の人で個性が強く「天上天下唯我独尊」の傾向が大きいため、なかなかであり、実にご立派な理屈「不安多自慰」を展開されるが、単に時間の無駄でしかない。(それが分からないらしい)

この投稿記述は、
用いた言葉は違うが、一貫して指摘してきた事なのだ。
日々の、現場の「小さな改良」を否定しているワケじゃない。
市場の捉え方と「設計」という「戦略・戦術・作戦・展開」を整理し、全体の変化と日々の変化に供給商品の変化を詳細に捉え、的確に対処対応できない限り、ワンワン吠え立てても「死屍累々」の山を築くだけである。

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