« 静かに「タヌキババァ」こと " 小池百合子 " の追い落としへ! いつまでも勝手な事は言わせない、させないゾ! | トップページ | たくさんの人と出会い、刺激され、学び、緩やかに少しづつ歩いて »

2020/07/13

球磨川の氾濫洪水による水害は「自然災害」であるが、「くまモン痴事」の無知無責任無作為による明らかな「政治的人災」ではないのか!?

球磨川の氾濫洪水を考える!

改めて「川辺川ダム」の建設中止と「脱ダム宣言」を考えると分かりやすい。
「下部構造社会」は「上部構造社会」に規定され強制され収奪される!

建設に懸かる費用だけが話題の中心になり、建設により全体が享受する効果について全く検証する事なく、煽られた集団ヒステリーが「建設中止」へ大きなベクトルを形成した。
”「コンクリート」を「ヒト」へ! ” は、耳障りも響きもよい「悪魔の囁き」だった。

しかしながら、よく考えてみよう!
このスローガンを掲げた、ミンチトォは今「雲散霧消」し、運動を主導したヒト達は、ヒトの海に姿を隠し、これを煽り続けたメディアは素知らぬ顔で「被害取材」し、ヒステリックに報じている。
採取的に決定した「バカモン痴事」は、洪水の被害者を前に型どおりの「お見舞い」と「救援に取り組む」と他人事だ。
何よりも、これらの一連の騒ぎ立ては、基本的に安全な地で「夢想され」「起案され」「政争され」「非難され」はしたが、球磨川流域に棲まいする本当の「声」は掻き消され、真剣に考える事はなかった。
そして「川辺川ダム」は、バカモン痴事により建設中止が決定され、何もせず、12年後に流域へ「莫大な被災」を贈り着けた。

真に「下部構造」は「上部構造」に規定され、規制され、強制され、使役され、収奪される。その典型の犠牲ともいえる。


引用開始→ 熊本水害、治水は万全だったのか 民主党政権が「川辺川ダム」の計画中止 専門家「ダムによる治水必要だった」
(夕刊フジ2020.7.6)

 熊本県南部を襲った豪雨では、6日朝までに死者計22人、心肺停止18人、行方不明者11人など大きな被害が出た。氾濫した球磨(くま)川の支流では、九州最大級の「川辺川ダム」の建設計画が中止された。治水は万全だったのか。

 “暴れ川”と呼ばれる球磨川では11カ所が氾濫、多数の被害が出た特別養護老人ホーム「千寿園」のある球磨村や、温泉地として知られる人吉市など流域で約6100戸が浸水した。

 国は1966年、洪水防止のため川辺川ダム建設計画を発表したが、賛成派と反対派が対立し、2008年に蒲島郁夫知事が建設反対を表明、09年に民主党政権が計画中止の方針を示した。

 関東学院大学名誉教授(河川工学)の宮村忠氏は「今回の氾濫で『ダムがあれば』と考えた人は当時の反対派にも少なくないのではないか。問題は記録的な豪雨だけでなく、豪雨に備える体制にもあった」と指摘する。

 蒲島知事は5日、川辺川ダム中止の決断は県民の意向とした上で、反対の方針に変わりがないと強調した。大きな被害に「大変なショックを受けた」とし、「ダムによらない治水を目指してきたが、費用が多額でできなかった」と述べた。

 「ダムによらない治水を極限まで検討する」「それをさらに考える機会を与えられた」とも話したが、具体的な方策に言及はなかった。

 前出の宮村氏は、「人吉周辺は以前は人も少なく、ある程度の氾濫を受け入れて立ち上がることができた。しかし、現在は、交通インフラも整い、施設も増え、氾濫を受け入れる選択肢はない。だとすれば、ダムによる治水が必要だった。それぞれの時代に合った技術を適用すべきだということだ」と指摘した。

 群馬県の八ッ場(やんば)ダムも民主党政権で工事を中断したが、その後再開。試験貯水中だった昨年10月の台風19号で治水効果を発揮した。←引用終わり

|

« 静かに「タヌキババァ」こと " 小池百合子 " の追い落としへ! いつまでも勝手な事は言わせない、させないゾ! | トップページ | たくさんの人と出会い、刺激され、学び、緩やかに少しづつ歩いて »