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2020/11/28

「大都市」をシンプルに考える:(その7でⅠ章の最後と質問への補充です)

大都市は、様々な人が寄り集まり形成されています。
最初に指摘しましたが、人は「大都市」に「職」という「食」を求め依る術を得ようとするのです。


また、続いて指摘しましたが、人には個性があり、取り組む「能力」に差異が生じ、それが当然ながら得手不得手も作用しますので「格差」を生みます。
「格差」は、やがて「怨嗟」の素になり肥大化すれば「都市の歪み」を形成し「社会的不満」が昂じ「社会安全」を脅かす事にもなりかねません。


いずれの「大都市」も、これらの諸問題を内包し潜在化させているのです。
勿論、社会の危機を招かず崩壊を防ぐため様々な「規範」「規制」「規則」を整え対処しますが、十分な手当をしているとは云えません。


そこで、大都市であるか否かを問わず、都市も国も、各々の参加者が様々な形で扶助し合う「仕組み」を設けます。
「健康で文化的な最低限度の生活を保障する」と、最高規範に掲げ、その精神を述べ、制度で救済できるよう整えているのです。


国家(大都市も)とは、統治する明確な「機関」があり、画然とした「領域」を持ち、統治する「国民(住民)」があるのです。


そこを頼り棲む人に活躍する場を与えるのが「都市」の役割ですが、それは同時に、その機会に恵まれず、あるいは機会を活かすことができず「失意」を余儀なくされ「困窮」を余儀なくされた人を救うのも「都市」の責任です。


「社会安全」を保つために「都市」は「生活支援」に供する「民生費」を準備し施行します。
勿論、ここの収入や状況に合わせ、その「提供」には自ずと違いが生じます。
それを「大都市」に任意裁量とすれば、巨大な格差を生む事が想定されますから、日本の場合は「国」がプログラムを作り、それを適用しています。


「政治の要諦は一人も見捨てない」が大原則だからです。


その大原則を、徒党を組み押し掛け「歪める、歪めよう」とする力を働かせ行使する事で「分捕り」が始まるとも云えます。
「大都市」大阪は、2000年の頃まで、他と比べると、それ相応に潤沢であった事が、その「分捕り喰い付き」に対し脇が甘くなったとも云えます。
あらゆる「都市問題」が一挙加勢に押し寄せたと云えます。


いま「SNS」を駆使した「左右対立」のポピュリズムが、当時は「大動員」に依る「街宣車」を仕立て「旗を林立」させ「役所の取り囲み」と「罵声」の「怒声」の連発で、個人攻撃を加え、行政を大混乱に陥れるという「行政対象暴力」が、行政への「陳情」とは遠い「組織的恫喝」「組織的暴力」が「不当な要求」を貫徹するため罷り通りました。
これに屈した事が「大阪市」の転落の始まりとも云えます。


<ここからは「大阪維新」の稚拙な利権獲得目標を糾したく>
10年後に登場した側「大阪の天災 橋下 徹」を担ぎ、負けず劣らず同様の体質を内包する「ポピュリズム」そのもので、自分達の側に「民生費」や権能を得るために、対抗組織を罵倒するわけではなく、メディアを用い「市役所の管理機能」を攻撃し続け、自らが改革者で正義であると都市全体にヒステリーの「怒り」を何度も何度も撒き散らし、ポピュリズムを煽り続け10年以上が経過しました。


「大都市」の住民は、長い過程で、何らかの「不満」を持ち続けています。それはそれで致し方のない事で、辛抱強く「都市政策」を施行し続け、一つひとつ丁寧に解決する以外にはありません。


「大都市」には棲む住民は、いつも慢性的に何らかの「不満」を抱え、日々、苦闘しつつ生活しています。
行政の組織機構を上位と統合すれば画期的に解決でき、直ちに解消できる事などありません。
最も大切な事は、200年くらい先の次代を見据えた「大都市」特有の「都市政策」とそれに伴う「経済政策」がなければ、弥縫策の積み上げでしかなくやがて破綻を余儀なくされます。
「代議制」の原則を考え、十分な「情報公開」による「審議」と「理解」の上で、真剣な議論が求められるのです。


「大阪維新」は、何がナンでも「自己利益」を手にしようと、2021年2月に「大阪市の総合区(再編成)」案を条例として提案した上で議決をと、また「大阪府」への「広域行政一本化」案の条例制定を目指すと公言して憚りません。
基本を「住民投票」で2度に渡り否定され、二度としないと公言した、その口の根も乾かぬ内に平然と新たな「利権」を造り出し独占したいために必死なようで。
もぉ、大掃除し「大阪維新」の解体放逐以外にはないのです。


「基本財政需要額」と「基本財政需要収入額」については、国が規定する算定の方法と基本的な科目をご確認下さい。
国は、政治の公平性(可能な限り)を確保するために、広域自治体(都道府県)および基礎自治体(市町村)を指揮し委ねています。


不足が生じる場合、国が補填し、日本国憲法が規定する国土と国民生活を維持できるよう、原則を維持する目的で施行しています。
(現実には、それぞれの環境条件により差異が生じますが)


そのためには「算定」が必要で、算定の基準を公示しています。
(ご参考に)


<大阪維新へ重ねての批判です>
基本的に国が規定する「制度」や「方法」を、恣意的に変更する事は容認できません。
「行財政の基本」ですから、大阪維新が「大阪都構想」の是非を2度目の住民投票で問うト、スケジュール化した際に、何よりも「基本財政需要収支」の見通しを明らかにするよう、公的に求めました。


しかしながら、最後まで「開示」を拒否し、
① 市民の生活(環境)が低下する事はない。
② 都市が活性化し税収は増える。
③ 行政の無駄を省く事で財政赤字は消える。
など、根拠もなく目眩ましを繰り広げるだけで、
明らかにされる事はありませんでした。


それが、住民投票を前にした10月下旬に、国の算定基準を用い計算すれば218億円不足すると漏れ出し報じられました。


実に都合が悪いと「大阪維新」は捉え、
松井一郎・大阪市長は、大阪市役所の財政局の担当部署や職員を問い詰め「根拠不十分な過程の試算」に過ぎず、決済を受けた公式な資料ではないとの対抗弁明を繰り広げ、報じた毎日新聞を、他紙を用い総攻撃に出ました。
また、大阪の天災「橋下 徹」は、あらゆるメディアにコメントを出し、こんな職員がいるのが「大阪市役所」だと、もぉワケも分からぬ感情的な攻撃を加えました。


反対の各党、各勢力は、一貫して開示を求め続けてきた財政見通し資料を得た事で、「見てみろ!」と強い非難を発し、「大阪維新」が吹聴し続けた「嘘言」に対する怒りに転じました。
「大阪維新」が主張する「大阪市と大阪府の二重行政を無くし」「行政の無駄をなくす」は、然したる正確な裏付けもなく彼らの夢想の言い掛かりに過ぎず、嘘の積み上げに過ぎない都合の悪い事実が白日の下に曝されました。
10月末の1週間は、最後の決戦というか大激突が展開されました。
「大阪維新」の信奉者は、論理性など全くなく「感情」剥き出しで、反対する側へ襲いかかり続けました。
1960年代後半~1970年代半ばまでの激しい「学生運動」に対峙してきた側には、集団ヒステリーで喚くだけのバカ騒ぎなど、取るに足りない「塵」を拈り潰し、丁寧に摘まみ出すに過ぎませんでした。


自分達の夢想を実現しようと、住民の生活を平気で歪め事実を曲げてはいけません。

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