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2021/08/04

一部のヒトはなぜSNSに熱中し自己承認欲求を満たそうとしてスベり批判され非難されると自らの存在を否定されたと落ち込むのか

洋の東西を問わず、中世の頃も現代も、都市には周辺域から様々な民が「食・職」を求め流入し棲み着く。大半は下層で底辺を形成し様々な問題を造り出す。適度な調和と解決を図るも、できずに深刻な社会の巨大な膿に。
それを吐露し溜飲を下げ「承認欲求」の手段として現在はSNSが利用されている。
SNSは、世論とも言え知性や民度を反映しているともいえる。


SNSの傾向分析のデータを研究室で眺め、
結構「粘着質」なヒトが一定程度を占め。特徴は一つの分野で卓越し、それを基盤に周辺分野で存在感を見せ、時折、踏み込まれ劣勢を感じるや、いきなり攻撃性を示す特徴があり、妬み、僻み、恨み、などで歪みが噴火し、爆発する傾向が見えるとか。


SNSのコメント付けでの揉め事が生じる理由を考えると、
記述からの想像に過ぎませんが、
投稿者とコメント付け者の間に、
「その情報についての情報の非対称」があるワケで。
最初から、テーマの情報に共通基盤がないワケですから、
成立するワケもなしなので、相手にするもしないもナイので。


自信満々のセンス自慢のコヲトコが、投稿に絡まれ妬みも加算の激しく厳しい批判を受けて狭い範囲の世界で、過去に経験の無い厳しさを前に狼狽えている。
「知ったバカぶり」自慢やら「センス煽ラッチャ~」が、立ち直れず毎日まいにち醜い「愚ッ痴ィ~」を並べ立てるのを見せられると、余りにもバカバカしく笑ってしまう。


SNSに参加し熱弁を振るう人の大半は「自慢」と「怨嗟」が交錯する「無間地獄」の中、藻搔きつつ、傷付け傷付けられ「生きて」いるのだろうね・・・・・・・


ミナサン存在を賭けて日々を生きているワケですから、
自分自身を認めて貰おうと、得手に帆を上げで、自身の承認欲求を求め「主張」するのは、微笑ましい事ですよ。
中には、どうでもヨイ事もありますが、そのご当人には、譲れない事なら、周囲のお友達のミナサンも、優しく認めてあげればヨイじゃないかと考えますが。
たかがSNSのボタンの掛け違えで、相争う事もなかろうかと、日々、朝昼夜に間断なく相争っていた「大笑い開眼」やら「知ったバカぶり」の姿が、データから浮かび上がっておりました。要はヒマなんですよ!


小心者「分かっちゃいるけど、止められない」ので、守らぬ言い訳に聞いたような「反権力姿勢の(拗ね)批判」をゴチて格好づけ。アッパレ、ア呆ッパレ!と、周りはヤンヤの喝采を贈り煽て囃し立て、喧しいのナンの。イヤハヤ屁把なニポンは蒸し暑い日々を迎え。


研究室のデータから漏れ聞こえる「戯れ言」を拾い嗤えば、
「子供ちゅうのは、一つ面白い事を見つけたら、飽きもせんとヨォ遊びますなぁ。大人がするのはナァ、ナンとかの一つ覚え言うてねぇ・・・ ハハハァですわなぁ。世間は、ヨォ見たはりますよって」と。キツゥ~ィお言葉が!


実際の経験を振り返ると、
コメント付けで絡んできた自称○○と格好づけし、
政策の大愚痴批判で、醜いヒロイズムに酔い浸る汚馬鹿野郎。踏み潰される覚悟で、テメェ~の全存在・命を賭けて国家権力と対峙してみろ、それなら認めてやるゾ!
マチバのお巡りじゃない権力の暴力行使を甘く見るな。噴飯モノの寝惚け酒狂いの与汰よ!


空元気の熟々年野郎は、コロナ禍での緊急事態宣言の度に活動範囲が制約され活動できぬ、感染はないと自らの無知を省みず激しく非難して、最近は静かで姿も見えぬ。人口比0.62%の感染者へ見事に加わったのか?
そのうち人口比0.019%、感染比1.15%へ移動するのか?


研究室にある非公開データなので、
詳しく触れる事ができませんが、ズバリ指摘され、
反論されると、余裕を喪い反論にならない「与太コメ」付けが多くなり、それを巡るトラブルが散見されます。
「情報工学」と「法律学」の合同研究に「経済効果」を量ろうと対象にしている点で、もの凄く興味深いデータでした。
通信キャリアやSNSに登録した個人情報が真実なら、そこから投稿者やコメント者を類推する事で、環境分析もできそうな・・・・・


「SNS」は、交流交換する様々な方の意見に触れる事ができ、日常生活の何気ない切り取り投稿を介し「ご意見や、鋭い社会批評」を知り、鈍り錆びかける自身の実際に刺激を受け磨きをかけ、社会の趨勢や奈辺にある世論の一端を知る事ができ、大変「重宝」し皆様に感謝しています。


先日来の議論での例ですが、
本質的に憧憬も哲学も狩猟放浪民族に屈し服従し精神も価値観も支配され、文明観で屈服し刷り込まれ平伏した人物に、元はアジアの定住稲作農民に過ぎぬ事と、その文明に根ざす日本の社会文化を議論しても詮なき事だ。アイデンティティを喪い地球市民だと笑わせるワ。


ユーモアのセンスが違えば話も続かず。
間もちせず座もちが難しいのは人なかせ。


リアルな場なら人の顔を観て反応を探る事もできる。
多くは貌全体を見ながら目元を見る。そして口元を見る。耳元が見えるなら見る。
こぢんまり引き締まった顔、大雑把な顔、それぞれの顔には、決意のあるなしや、歳に応じ越してきたその人生の表情が覗える。
しかしながら架空の世界に過ぎぬ「バーチャルな繋がり」でしかないSNSは、参加者が匿名性の鎧で防衛している事もあり表情の機微を観る事はなく、尊敬もなく、ヒマ潰しの時間消費でしかない。
原因の多くは真正を巡る「情報の非対称」であり、理解力であり「知ったバカぶり」のそれに一喜一憂し、怒り、傷つき、悲しみ、悩み、苦しむ、それは実に馬鹿げた事じゃないかと。


話の上手い人は話題が豊富だ!
相手に合わせ直ぐ話題を切り替え、相槌のタイミングも打ち方も実に見事で、観察能力に富み小さな変化も見逃さず対応する。
それがセンスか!

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