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2021/10/04

進学先獲得で基礎教育は大学受験から中学受験に競争の場を移している! 教育基盤が国を担う人材の基盤だとするなら公教育全体を考え直す事だ

社会制度および公教育と基礎教育を考える:連続2/その ②


大都市域では、中学校から私立の中高一貫校を選択する傾向が強くなっています。


先日の雑談でも交わしましたが、公立学校の教育は「護送船団方式」で、最底辺でも分かり理解でき次第点を得られる事を前提にしています。
従って、それらを跳び越え学ぶチカラを持つ子供達いは気怠くやるせないワケで、下校後は私塾へ通い自身の学力を磨くWスクールです。
いずれの都市にも、結節点の駅前や中心地には私塾が開設され、多くの子供達が通っています。


それらの子供達の両親や家族は、公教育としての「公立小学校」の建前は大いに尊重しながら、実質的には「No」と言っているとも言えます。
なぜ、私立中学の受験かと訊けば「公立の中学校」では、地域の公立中学で相当程度の学力を維持できても、本当にできる子供達は、その学校にはおらず、殆どが「私立の中学校」へ通い、地域の中学校には存在していない。
ゆえに、高校受験の段階でやや大きな母集団へ拡大された時点で、当該地域でよくできた子が、大きな母集団ではBクラスの下位に沈む事になる。
(自ら、イヤという程ミジメな思いを経験した)


それに気付いた段階で、上位と競争しようとしても、基礎段階での進み方が大きく異なるため、容易には追いつけず悔し涙をのんだ。
それを痛いほど経験した親世代は、自身の子供の教育に手抜かりなき事を考える基礎学力での競争力強化を考えるワケで、高校受験よりも中学受験となったように眺めている。


これは大学の入学選抜試験の運用と実施で、いつも議論に上げたテーマだが、その大学のその学部の教育研究が目指す地平に応じた「基礎学力」と「思考能力」で必要とするゴールを示し、それを測定するのが入学者選抜でなければならないと指摘し主張し続けた。
「大学入学センター試験」は、総合的な学力の水準を計るのであり、一定の水準にあれば「入学選抜試験の対象」にするための関門に過ぎない。それ以上は様々な方法で、求める水準を満たす人材を選抜すれば良いのであり、定型化する必要などないと考えている。
勿論、手間はかかる。


ところが、現代の大学入学者選抜試験は、そんな悠長な事など構わず実際は「1点」を争う熾烈さだ。
その「1点」に笑いと泣きが混在するのであり、入学定員の枠を巡り著名大学に受験者が殺到し、偏差値が上昇する結果を生んだ。
たかが「1点」だが、人気校では、その「1点」が天地の開きになるのも事実で、それを公立高校の受験指導は把握でききれず、河合塾、駿台、東進、四谷大塚、鉄力会などが持つデータに頼る事になり、事実上、受験予備校が振り分けを差配するのが実態だ。


それを、中高一貫校で6年間にわたり爪を研ぎ準備しておくという考え方が、ほぼ大都市及び周辺部では了解事項になっているらしい。
そこで「公教育」とはナンゾやという根底の問題に突き当たるのだ。


「最底辺」を切り捨てず、そこに合わせた「護送船団方式」の全体教育。
いやいや個々のニーズに合わせた教育を求めるが、公立学校の公教育では応じられないのなら、手遅れになる前に私立学校が提供する教育水準に合わせた公教育を選択する事が進んでいるという。


確かに言いたい事は山ほどあります。
国立大学の附属小学校・中高一貫校の水準は図抜けている。
卑近な例では、経済再生担当の西村康稔大臣は、神戸大学付属明石小学校卒で、灘五郷の灘高(中高一貫)卒で、東京大学卒で、後に官費で米国の大学院留学修了だ。 
おそらく明石市立錦江小学校では、どうなっていたか興味深いところだと言っておこう。
言うは易しですが、実に難しいですワ!


でも「1点」の争いは、小学校4年生の春(実際には小3の2月)から熾烈なバトルが始まっているのです。

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