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2021/11/29

一人ひとりの「付加価値生産力」を上げ高め、無駄を省く事が民間では何よりも最優先すべきで、官公では生産性など無関係に無駄を制度化し喰らうのです

一人ひとりの「生産力」について、ふと思い出したのが、
谷川俊太郎さんの詩「死んだ男の残したものは」でした。
作曲は、武満徹さんの至極の作品です。


1960年代後半のものですが、当時も日本人の大半は置かれた状況の真実を報されず、巧く誘導され遠い真実から離れたままヒステリックに現実から目を背け、無駄を強要され受け入れ、それが自身の「幸福」に繋がると刷り込まれ、馬車馬のように叱咤激励の下に70年代をも走り抜けました。

80年代に入り、状況は一変し根源から競争環境が変わりましたが、米国市場も欧州市場も精密で高質な「耐久消費財」を低価格で生産供給できなかった事もあり、日本の官民一体型の(国家社会主義的)手法が効果的であり、市場を得た事で個人所得にも反映されました。
(現在の中国です)

90年代に入ると、国際競争は一変します。
欧州各国も米国も、中国へ投資し技術移転させる事で、同等品質の「耐久消費財」を日本の製造価格を大きく下回る生産体系を形成し、日本主導の市場を切り崩しました。
ここで、日本の大半が採用したのは「生産の合理化」と「生産労賃の切り下げ(=非正規労働シフト)」でした。


そして、バブル経済が崩壊し末端市場での「価格崩壊」と共に、いきなり日本の国内市場で、中国生産や国内生産を問わず「低価格競争」が始まり、現在に至ります。
カテゴリーキラーも現れ、無防備な「流通市場」は無原則でエンドレスな「価格競争」に巻き込まれ、下層の消費者から歓迎され、徐々に中層へ中の上層へ「存在」を獲得しました。
それでもなお、踏み止まらず「消費価格の低迷(=消費者物価の低迷)」は続き、全体の「安心感」を形成してしまいました。


日銀と政府は一体になり、連帯し「無制限の金融緩和」と「国債の増発」を繰り広げ、いまや国の財政は「底無しのドロ沼」に喘ぐ事になりました。アベノミクスは、財政の無秩序を拡大しただけで、基本的な物価上昇2%を達成できませんでした。


しかし2021年秋~冬に、思いもかけぬ事から、消費者物価は上昇へ転じました。①原材料不足による製造コストの上昇、②原油価格の上昇による製造流通コストの急上昇、この2要因で「日銀」「政府」の規範を超え静かに上昇を窺う展開(貰い上昇です)を見せています。
これで対応力を欠くと、多くは潰され「統合」を余儀なくされるでしょう。
*対応力とは「価格競争力」じゃありませんので。


これを機に、「知恵」と「創造力」の「付加価値生産力」で勝負に勝ち抜く事です。
勿論「汗の労働」は大切で否定しません。
それ以上に「知恵の労働」「創造力の価値」がポイントなのです。


「分配の原資」が無いままで「分配」はできません。
日本は80年以上前から、事実上の「情報封鎖」が続いており、余りにも「無知」を強要され続け、多くの国民が気付くのは「負け」が決定的に襲いかかってくる時です。
その時には、「何も残っていない」のです。


幸い、SNSが有象無象も含め、様々な情報を届けあっています。
それに流されるのではなく、その中から確かな情報を拾い上げ、ヒステリックではなく確固たる思考の基盤を形成する事が必要です。


日本人が温和しく柔和で居られるのは、閉じられた「島国」ですから。
2000年近く、それで「安寧」を保ってきましたから、
染みついた「思考体質」は容易に脱けませんね。
日本は自由に見えて、実は簡単に情報統制できる国なので、実は「ワイドショー」を野放しにするのも、テレビ悩への刷り込みの一貫なのですよ。


先ずは、分配の原資をどう得るか?
それは、何よりも「政策」ではなく、
先に「個人」を包含する「地域」産業の競争力であり、
その「生産力」を支えるのは、その地域や産業に参与する「個人」一人ひとりの「生産力」なのです。
「生産力」と言えば、「単位」の量(価格)が重視されがちですが、それを無視せず押さえても「付加価値生産力」であるのは言うまでもありません。


この30年近く、日本の企業は大半が「付加価値生産」を放棄し「価格競争」に鎬を削り合い潰し合ってきました。
その結果、何が残せたのか? 谷川俊太郎じゃないけれど「何も残せなかった!」のです。


そして、このままじゃ喰えないから、喰い扶持を寄越せとガナリ立て、いよいよ「社会主義政策」マッシグラでは、もぉ展望がありません。


「モノ」の生産は当然ですが、「モノ」を利用し、応用した「知恵」の「創造的生産(=付加価値生産)」のチカラを整え、その生産力を高めた結果の「モノ」でなければ「分配の原資」すら得る事ができないので。


約8%の人口が、勤労所得者全体の80%の「税+社保」負担を罰則的に強いている国は、最早異常ですよ!
一人ひとりが目覚め、自身の生産力を創造的に高める取組み、人財教育の再編は、ご指摘までもなく「待ったナシ」なのです。


リベ珍やらサヨクのヒトらが「市民」「シミン」と騒がしいですが、本来「市民」とは個々が「自立」してなきゃ存在しないので、それをせず「組織」にタカルのを競い合う内は、結局がその「シミン」と「組織」が俯瞰なく、見え識る範囲という矮小化の中で終わりますネ。


基本は、同じく労働と括っても、
税の行政執行者(奉仕者)としての官公労働と、
一つひとつを個々に生産供給する民間労働は、
働く環境も含め付加価値を追求し無駄を省く民間と、無駄を制度化する事を追求する官公は、同じ労働でも同質でない点に留意する事が重要です。


解雇倒産の可能性を背景にする民間と、解職も倒産もない官公が、同一の大組織の中で、個別の事案や制約を抱えながら形式的に一律の議論を進める事に無理があるわけで、それぞれの政党は別にあるべきで、連合も自然に離別すべきと考えますね。


山岸が推し進めた「連合」は、総評主導の「スト権スト」で行き詰まった状況を、政治闘争をしない民間主体の「同盟」と合同する事で命脈を保っただけですから。
その後、三公社の専売はJT(タバコ・塩)に、国鉄はJRに、電電はNTTに、五現業の郵政はJPに、基本は民営化されたワケで、如何に国民のニーズと掛け離れた存在で組織だったかを示し余りあります。
まだ、分からないのかと・・・

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