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2022/01/24

来し方を振り返る記述ノートを改め眺め プライドだけの並のダラリーマンは本筋を追われるとロクでもない思考態度を示すのは哀れ滑稽でしかなく

とある東京のアパレル事業者を総合的に助言していた頃の事です。


この事業者は、
経営事故を起こし、清算するかという状況へ至ったのですが、ある中堅商社が再建のスポンサーに手を挙げ、人材を送り込み再生に着手しました。
事業戦略と商品企画および販売戦略は一体なのですが、そこは商社ですから「資金勘定」の均衡優先策を採用しました。


その理由は、
当該中堅商社も、管理能力不全で銀行管理で、大銀行から辣腕社長が送り込まれ、最優先事項が「資金勘定」の均衡優先策の実行でした。
その尖兵として優良な戦績を収め、覚え愛でたい人物が送り込まれたワケで、不良債権の取り立てと販売を均衡させようと懸命でした。


基本的に大銀行から協力を求められた「とらえもん」にも、後ろに控える後見人の大銀行から直接「債権回収」優先策のまとめを依頼され、予期される懸念(副作用)を示し指摘した上で、現場で活躍する第一線に基本的なヒアリングを重ねました。
予期し指摘した副作用を生む結果に至りました。
その時点で、再建に送り込まれた社長ほかの役員はお役御免に。


次に送り込まれた社長は、
生駒連山を越えた「あおによし」地域の臭災で、当該地域に君臨する公立N高校を卒え、待兼山大学を卒えた鼻持ちならない人物でした。
これまた大仰な名ばかりの人物で、再建の経営より自らの趣味としてゴルフに力点を置く悲しい人物で。


ある時、協力会社が製造工場をベトナムのホーチミン市の輸出加工区へ進出する事を表明すると、工場の建設に日本から連絡事務所を構え進出した日本のスーパーゼネコンの1社を使えと言い出し、大いに混乱させていました。それは単にキックバックを得ようとする魂胆が丸分かりでした。


とはいうものの、その工場の竣工開業式典に招かれたようで、
直ちに、自らを印象づけようと「ベトナム社会と経済」についてのニワカ知識を「とらえもん」に求め、自らの「ひけらかし」でも薄っぺらい知識を有利に印象づけようと必死でした。
嗤われない程度の「知識」を与えてやりましたが・・・


次に、この占領者2代目は、
子息が、赤門大学を卒え「新日鉄」に勤務しているらしく、それが自慢のタネで、常日頃から自慢しておりました。
ある時、この子息が結婚したようで、その際に枯れ木も山の賑わいで占領者を引き連れ出席させたとか。
その時の上司主賓が、「とらえもん」の義兄だったようで、占領者ドモは翌日に自慢しあっておりました。
素知らぬ顔をしていたのですが、主賓の上司の氏名は読めない難しい字(当用漢字にはない旧態表示)だったと言い合っておりました。
素知らぬ顔をしていたのですが、占領者ドモが交換した名刺を示し、「とらえもん」に、どう読めばよいのかと執拗に訊ねます。
そこには義兄の名と事業本部長の肩書きがあり、どう読むのでしょうかと何度も何度も問いました。
ウッカリ「これは〇〇と読みます」と対応しましたが。
すると、空かさず根掘り葉掘り訊ねるので「義兄だ」と応えると、
次の要請は予想どおりで、これ幸いに「名刺に一筆」書いてやって貰えないかと。
まぁ、並の情けないサラリーマンそのものでした。


「新日鉄」は、そんな馬鹿げた会社ではない事くらい、子息が馬鹿でないなら分かるだろう。話にならず。


その後、
大銀行は、後ろに控える中堅商社の損切り解体に着手するために、
大銀行から送り込まれた銀行の管理者から面談要請があり、再建の可能性を問われました。


最初の経営事故の時以上に、2代にわたる経営陣の無能と無策で沈みきっている点を指摘し、社員も能力を決定的に落とす前に、退職金を支給した上で「清算」し「閉鎖」する方がヨイと助言しました。


一定の検討を重ねた上で、
必要な手当をし、当該のアパレル会社は「清算」され幕を閉じました。


会社の経営は、資本供給者の思考能力や意思、あるいは経営を担う人材の質により決まりますからね。

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