パキスタン北部地震で思うこと。人は経験しないと分からない。
パキスタン北部地震について思い起こすことは、人は自らが体験しないことを想定するのは難しい。改めて、それを考えさせられる悲しい出来事となりました。
地震についてのメカニズムを考えたり説明するのは、物理学で地球を研究している人に頼るのが正しいのでしょうが、10月08日カシミールを含むパキスタン北部一帯はマグニチュード7.6の巨大地震に見舞われました。現地でご活躍中のJICA派遣の専門家がご家族とも犠牲になられた様子で、犠牲者の数は4万人を超える?とされ、まだまだ多くの犠牲者が出るだろうとの指摘もあるようでせす。真にいたましいことになりました。謹んでご冥福をお祈り致します。
10年ほど前、この地域を往き来した一人の者として心が痛み、辛く悲しい思いをしています。カシミールの村で絨毯を織っていたムハンマド伯父さんはどうしているのだろう?フンザで小さいながら陽気なレストランを経営し、誰にでも「旨いだろう!」って自分が提供する味を「旨い」と押しつけていたタヒールさんはどうしているのだろう。その頃、日本は「阪神大震災」を経験した直後だったこともあり、行くと出会うと、「日本は海の上に浮かぶ島国だから地震があると大変だね。崩れてしまわないかね、そうなればお前はどうするのか?」と得体の知れない心配をしているのか、からかっているのかよく分からない。彫りの深い顔の奥に隠された眼のせいもあり、意図を充分に読み取れなかったけれど、「ここは後ろに山(ヒマラヤ)があり、美しいだろう、ここでは地震は起きない」と彼らのほとんどは変な自信を持っていた。
私は「地球上で、地震の起きないところはない!あなた方がこれまでの経験の中で地震というものがなかっただけなのだ!それでは、後ろに聳えるこの山(ヒマラヤ)は、いったい誰が創り出したのか?誰かが、せっせと土を盛り上げたのかい?」。ユーラシア大陸を横断する造山帯は、ヨーロッパ大陸の西端を占めるピレネー山脈に始まりヨーロッパアルプスからヨーロッパの東端を占めるアナトリア台地に至り、それに連続してイラン高原を越えアフガンを経てヒマラヤ造山帯は南シナ海まで延々と続いている。これらの高山帯は誰が創り出したというのか。地球が起こす地殻変動により自然に創り出されたものであり決して人工的に造山されたものではない。そのように説明すると「そんなことはない」と彼らは断定的に私の説明を切り捨て「この山は遙か前からこの地に存在したのだ」と切り返した。そんなことは当たり前で分かっている話で、取るに足りない戯言なのだが「地球の活動」と自分達の生活が直接結びつかないのだから議論する方が無駄なので、それ以上この話題を続けることはしなかったけれど、いま、彼らはどうしているのだろう。
同じ時期に、世界最貧国と指摘され続け、その克服に向け「ドイモイ政策」という「経済開放政策へ転換」し、社会主義体制のまま資本による自由経済を追い始めたベトナムでも、「阪神大震災」を引き合いにされ「日本は大変だね」と盛んに同情を受け、「ここでは地震はない!」と強い自信を見せつけられた。私はその時も「ご心配を頂戴することはありがたいことですが、ベトナムでも地震は起こりますよ。地球上で地震が起きない所などありえない。これまで経験がなかっただけですよ」と繰り返していた。彼らは「インドシナ半島では地震は起きない」と強く妙な自信を覗かせていた。そこまで言われると私という人物は少々意固地になるもので「それでは、ラオスとの国境の山々(安南山脈と称されるチュオンソン山脈)は誰が造山したのか、中国との国境に聳える雲南の2000mを超える山々は誰が盛り上げたのか?」と切り返したことがあった。ベトナム中部は南シナ海の海岸端からラオス国境(1000m近い山)まで70Kmに満たない急傾斜地を抱えている。このような自然はインドシナ半島そのものがヒマラヤ造山帯の東端に位置していることの顕れだと考えるのが自然だが、そこに棲む人は自らが地震を体験しないと理解できないのだろう。この十年近い間に、中国の雲南省(ヒマラヤの山々に抱かれた)では、地震が多発している。昨年、インド洋スマトラ島沖で発生した巨大地震とそれによる甚大な津波被害で、件のベトナムの友人は「ベトナムもあのような地震と津波被害に襲われることはあるのだろうか」と質問してきた。「ベトナムの東側には南シナ海が拡がり、その先にはフィリピンがある。ご承知のようにルソン島はピナツボ山という元気な活火山を持ち、いつも爆発を繰り返している。地震の源といえなくもない。巨大な地殻変動があれば瞬時に津波は南シナ海を越えると考えるのが普通ではないか」と私は応え、友人は、深刻な表情になり「どうすれば良いのだろう」と考え込んでしまった。
これと同様に、実は「阪神大震災」の被災地、神戸でも震災前はほとんど同じような認識だった。つまり「神戸は地震がない」というもので、大半の人が自信を持ち誇っていた記憶がある。「それでは神戸の背後に聳える1000メートル近い六甲の山々は誰が造山したのか」と、私はいつも反論していた。何よりも、400年ほどの昔、太閤秀吉は大阪城からわざわざ「有馬」へ湯治に出かけているが、秀吉はなぜそれをする必要があったのか?その頃「有馬」は地震により壊滅的なまでの被災を受けたからと説明されている。つまり400年前にも「阪神大震災」級の地震が神戸で起きていたことを示している。当時、現在の神戸から阪神間の地域に人があまり居住していなかったこともあり、重大な記録が遺されていないだけなのではないか。何よりも、火山もない神戸の北側に位置する「有馬」に忽然と高温の「温泉」が自然に湧きだしている理由は何か、と考えないのだろうか。神戸の街も「有馬」温泉の湯脈の上に存立しているのだから、地球内部で生じる地殻変動の真上に位置しているのであって、普通に考えれば神戸だけ地震がないなどということはあり得ないのだ。それでも、人は体験しないことを俄に受け容れることには強い抵抗を持つものらしい。そこがまた、何とも人間らしいというか強がりを示すことになる。善いところなのだろうが弱い点でもある。
地震は防げない。大切なことは地震の後、どのように対処するかできるかである。ありがたくない話だが日本はこの十年、数々の震災被害を経験した。そのため、対処するノウハウは相当のレベルで蓄積できた。この度のパキスタン北部での地震による被災に日本政府もいくつかのNPOも救援体制を組んだと伝えられている。私たちの国のノウハウが役立つことを祈りたい。カシミールの村で自分が織った絨毯を誇らしげに示したムハンマド伯父さんも、フンザの村で料理に精を出す陽気なタヒールさんも、一期一会であった多くの人達も、今回の地震で被害を受けずに幸いでありご無事であることを、ただひたすら祈りたい。願わくば、沈静化しつつあるカシミールを巡るイスラムとヒンドゥーの争いが、震災被害を機に武力抗争や過激なテロとして再燃しないことを祈るのみである。如何なる事があろうとも、人は自らが信仰する宗教の以前に、ただ単なる人なのだから。
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