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2005/10/12

地域の言葉を考える

地域文化としての地域言語について思うこと

故郷(ふるさと)の訛り懐かし
停車場の人混みの中に
そ(れ)を聞きに行く 【石川啄木】

故郷の言葉(地域言語=方言)は人の全容を示しはしないか?
グローバリズムという言葉が持て囃されてから随分時間が経過し、既に世界は大交流時代の概念が確立され、国内の小さな地域の交流などでなく、国境を越え多様で多彩な人達が往き交うようになりました。私も、この間いくつもの国で(国から)、実に個性豊かなというか個性に溢れた人達と、本当にたくさん出会うことができました。その一人ひとりが、もの凄いローカリティーを撒き散らす人達のように思います。グローバルな世界では、自らを強く主張する根拠でもあるローカリティーを捨て去ると、自らのアイデンティティーを喪失することになり、結果は自己の存在自体を失ってしまうのではないでしょうか。世界のいくつかを旅したとき、どの場所にもその場所としてのナマのローカルが存在します。ローカルな場所が集大成され形を変えながら攻め合い集合させたものを、ある意味で国際社会と言い換え置き換えているのではないでしょうか。いかに都市を高度化させてみてもローカルな社会がぶつかり合うという意味で、世界の実験的な最先端都市としてニューヨークを眺めると、ニューヨークに包含される各地域はいろいろな歴史を踏まえた移民の足跡があり、それぞれの場所には強烈なまでに移民が持ち込んだローカリズムの文化と臭い(臭いに裏付けられた味覚も重要な要素)が巨大な巣窟を成しています。ニューヨークには、移住してきた人達の母国語の方が共通言語としての英語よりも通じやすい地域もあります。マンハッタンの一角を占めるウォール街やブロードウェイというクレオール化された地域は真っ当な意味での英語圏でしょうが、それらを別にすると、グローバルな標準を示し、その環境の最先端を創造し提供し続けるニューヨークでも、生活の場では自らのナマの全容を剥き出しにしながらローカルを競い合っています。それが、またメトロポリタンとしてのニューヨークの何ともいえない魅力なのですが。

共通言語が話せないなど、どこ吹く風で
日本人は、なぜか、「英語が話せない」などという取るに足らない理由で、外国人を見ると尻込みする人もまだ多いようですが、そのような人を見ると「ホォー」と、いまも妙に感心したりしますが、私がこれまで出会った外国からの人の多くは「日本語」はおろか「英語」も覚束なくても、貿易商材を売り込みに来日する豪傑に始まり、公用語が二つ(英語圏では一つは英語であることが多い)以上ある国で、慣習上のローカル言語(民族の代表的な言語、場合によるとその標準的な言葉でもない、その民族の特に地方色豊かな方言)しか話せなくても、臆することなく勇者は堂々と、日本市場を目指し挑戦してきます。彼らに共通する点は、当事国の大使館や領事館で助けを求め通訳を手配してもらった上で、相手国の(市場の)事情など一考だにせず堂々としています。四六時中、自分を助ける通訳の離席を許さず大声で押しまくります。そのエネルギーには感服させられ時に鬼気迫る交渉力に正直辟易させられます。彼らに共通する点は自らのローカリティーを一身に背負う迫力に充ち満ちていることです。一方、受け入れる日本の側は既に十二分にというか変に洗練されてしまっているため、ナマの迫力の前にタジタジとさせられてしまいます。ほとんど、相手は一方的に売り込み主張します。一方的なまでローカリティーに溢れた自己主張を繰り返します。これは先進国からの人でも途上国からの人でも変わるところがありません。その点では、日本人はいつの間にかローカリティーもそこから生じるナマの迫力も捨て去ってしまったのか、実にほのぼのと温和しく紳士的です。武士道だという人もいます。そして要望には熱心に対応しようとします。これはおそらく世界の中でも稀有なまでに、人に対し誠心誠意の姿勢で応じる優しく上品で貴重な存在だと思います。
それでも、余りに、しつこく主張されますと、気長なように見えても実は短気な私には「もう、切り上げたいなぁ!」という悪魔の声が時折聞こえてきます。
そしてつい、「もう、ええわぇ、分かった、分かった。止めよかぇ、ここらで」と大音声を発してしまい、臨席者は、「またぁー!」と、あっけにとられたような顔で私を見つめます。遠い国から訪ねてきて、処構わず喋り続けた客は、自らに劣らない大音声と迫力に気圧されるのか、間抜けな表情になりポカンとしていることが多いように記憶しています。言葉は通じなくても、相手は私が相当怒っていることは十二分に理解するようで、そこから、やや落ち着きを取り戻し静かに交渉できることもあります。
いずれの場合も、終了後に、スタッフや臨席者から、「ガラが悪いですね。ホントに、困りますよ」と、私は間違いなく非難を受けます。そして私は反省してみようとしますが、反省すればするほど自分が生まれ育った地域で鍛えられた「生成の言葉」を否定されたような気分になり、気丈を誇ってみてもどこか落ち込んでしまうのです。
「スタッフも臨席者も、本当は、迷惑がっていたくせに、あの一声で流れを変えてやったではないか」との思いと「ガラが悪いですね。ホントに、困りますよ」の一語の非難に挟まれて落ち込むのです。

「播州弁は、ガラが悪いか?」
1 私は、播磨の国は姫路市の南部で生まれ育ちましたから、そこの言葉を刷り込んだまま人生を過ごしています。人に話を伝えるときは、なるべく標準的な指標に基づく言葉で話をしますが、怒りが先立つと、故郷を離れて長い時間が経つにも関わらず「生成の言葉」が前面に出てしまいます。多分、他の多くの方々もそうだろうと考えることにしています。
しかし、播磨の言葉、いわゆる「播州弁」は「ガラが悪いとか恐ろしい」とまで言われると、これまた、「どうして?何で?」と反発しながら考えてしまうのです。
そのようなある時期、播州弁は「ガラが悪い?!」というテーマで、地元のオピニオンリーダー紙たる神戸新聞が「特集記事」を組みました。意図がよく分からない特集だったようですが、地元(故郷)を遠く離れた地でWEBで特集をチェックするだけでしたから、「播州弁はガラが悪い」というレッテル貼りを目指したのか、そうでなく「ローカルな文化」としての「地域言語」やそれに支えられる慣習を大切にした方が良いとの考えだったのか、未だに理解できないままです。

「地域の言葉(=方言)は大切にすべきです
私は、地域の文化や伝統は大切にすべきだと思います。言葉(方言)はまさに文化です。地域の言葉(方言)は、その地域で育まれていますから「地域の文化」そのものといえます。以前、何かの書物で次のような記述に出会った覚えがあります。記述は概ね「人はそれぞれの国に属するのではなく、一定の地域や民族に根付いた言葉(言語)に所属している」という趣旨だったと、微かに記憶しています。
言葉(言語)にはそれを支える文法があります。文法は、主にその言語を使用する地域や民族の思考方法などを基盤に、長い時間を経ながら自然に形成されています。
例えば、英語圏の人はフランス語の表現をやり玉に上げたがりますが、同じ背景で形成された二つの言語は日本人からすると確かに「どうなの?」と言ってもよい程度に近いようで離れているように見え(聞こえ)ます。
フランス語は、時に、条件話法を巧みに交えたりしますから、相手が反対なのか賛成なのか、凡人には分かりかねる点もあります。しかしストレートな英語表現や、ゴツゴツ感のあるドイツ語表現に比べると、何とも滑らかで鳥の囀りのような心地よさもあり、それが欧州大陸の都人と考えるフランス人の鼻を大いに高めているようにも見えます。
このように指摘すると、多くの場合「思いこみがそうさせるのだ」と強い反論を受け、何の武器も持たない丸腰の日本人は躊躇するばかりです。

中心に位置する側が、自らとの違いを比較し区別するための仕掛け?
人は、自らと他人あるいは他の地域や他の文化を自然に比較し、自分を明らかに区別するため、多分に好き嫌いで峻別し、自らの優位性を確保しようとします。特定の地域が周辺部の中心に居座ると、周辺部との違いを殊更に強調し「自らの優位性」を絶対的に確保しようと試みる傾向を強めるように思います。
日本でも明治維新と共に「標準語なる共通語」が開発され、それは東京から公共放送の電波で全国津々浦々へ波及し、地域の文化である「地域の言葉」を瞬く間に制圧しました。しかし、京都では、いまも自ら「京都=みやこのみやこ」と名乗る以上、標準語なる言葉の押しつけにさりげなく迎合しても、「京(=みやこ)ことば」は絶滅せず生活の場で生きています。なにぶん千年にわたり洗練され続けた「京(=みやこ)の言葉」です。150年前までは正々堂々、中心の言葉だった「京ことば」は生き残り、私が生を受けた地域の「播州弁」は「ガラが悪い」言葉と断罪され、一方的に非難されています。
久々に、故郷へ戻り、出会う人に「播州弁はガラが悪いか?」と聞いてみますと、多くの人は「温かい言葉やわぁ」との答えです。「なんとも温もりのある言葉やでぇ」という反応を聞いて密かに安心しています。「生成の言葉」である「地域の言語」は自らを規定するアイデンティティーの中で「臭い(に裏付けられた味覚)」と共に最も重要な宝物ではないかと私は考えています。その点で、グローバル化した社会で自らのローカリティーを表徴するのは、「生まれ育った地域で刷り込まれた『生成の言葉』では」ないでしょうか。

播磨の地域で育まれた文化としての「播州弁」を、「世界遺産、国宝・姫路城」と同様に大切にしたいと考えています。
あるとき学校の授業で、同郷出の学生から「先生の播州弁、エエわぁー!」と言われ、播磨の言葉、播磨の文化を誇りに思う今日この頃です。

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