学生諸君のレポートを簡単に比較する
「昼間」と「夜間」の学生諸君が作成したレポートを比較して考えたこと
担当講義の中間的な段階で、同じようなテーマを設け「昼間の学生と夜間の学生」に同時にレポート作成を求めたところ、
①現実の社会を冷徹に見つめる眼力は「夜間の学生」の方が確かであった。事実を事実として捉える点(裏付けのある思考)への理解力を充分に備えている。「昼間の学生」は夢が多いというか大きいのか、自分が描く社会を、授業中に批判されたとか、厳しい見解を聞かされたとかで「夢が崩れた、夢を潰された」との主張も多かった。「夢」がなければ生きていけないが「夢」だけでも生きていけない。
②テーマに対し、心象を含めた言葉を書き連ね論述を試みる点では「昼間の学生」が記述力の面で上回り、論述面で「夜間の学生」は全体に要点のみを重視した簡潔な記述が印象的だった。
③いずれも、誤字脱字、用語使用の点に、いくつかの課題を残した。PC使用者でも見受けたが、特に自筆者には多く見られた。これは個々人の表現力の点から捉える必要もあると考えるが、意味と文字の関係性を充分に捉えきれていないことに多くの原因があると推量する。何よりも漢字表現では「発音が近い漢字」を誤用するケースが目立つ。
④「昼夜間」ともに講義を受講した上で、個々のテーマについて自らが思考しそこで得た見解を論述することを求めたにも拘わらず、配付資料やノートを、そのまま記述する学生が散見される。この場合、実に丁寧に書き写している(その丁寧な作業には敬服する)が、求められた中身との整合性について、多少でも考えないのかと不思議な気分に。
⑤最近は、さすがに「丸文字、花文字などの少女変体文字」はなくなった。10年前には全盛だった「丸文字、花文字などの少女変体文字」は絶滅したのか、目にしなくなり、お陰で読みやすくなったし安心できる。学生のレポート文字にもやはり流行があるらしい。
というように雑駁な感想を持ちました。
「夜間の学生」は、正式な被雇用者はもちろん、例えアルバイトでも、社会の仕組みや実際について、日々の業務を通じ、数々の困難を体験し刻み込んでいるためか、社会の「厳しさ」は皮膚感覚として承知しているようで、その点において「甘さ」は少ないように見受けた。
一方で「昼間の学生」は社会経験(責任を伴う)が乏しいことも原因だろうが、例えば、就職活動で一生懸命に自らの売り込みに懸命だったにも拘わらず、「採用決定され入社して間もなく退社する」ことが生じるのも、自らの希望や期待値と現実のギャップ(人間関係も含めた)が大きいことも要因だろうが、「夢に包まれた甘さ」と「現実の厳しさ」の埋め方をどのように教え助言するかは、教育を担当する側の責任といえなくもないと考えます。
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