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2005/11/23

ベトナムの医療事情などの雑感です

ベトナム在住の友人から雑感を交えた近況が届きました

[ハノイから]
8月に高速ネットを申し込み、9月になっても手続きされず10月に催促。
11月になってやっと(催促のあげく)工事がすみ本日ようやく接続が完了しました。

11月20日はベトナムで教師の日。
わたしが勤務するFPT日本語センターでは朝から文藝大会(日本の学芸会もどき)で、スピーチや日本の歌、ベトナムのカラオケ大会的騒ぎでした。わたしは「ナニコレ」と思わなかったといえばうそですが、途上中のエネルギーを感じました。
(昭和30年代越後の田舎で村の青年部が楽しんでいた雰囲気そっくりだった)

[共通の友人が「癌」で逝去したことについて]
ベトナムで日本のような定期健康診断や、会社、学校での検診がないため死ななくていのに命を落とす人はそうとうらしいです。日本の「ベトナム戦争反対(連帯)世代は、VNは教育と医療は無料と思ってる人が多い」ようですが、この両方はカネがかかるということがまったくわかっていない。(特に、日本で自らを進歩派と考え鼻高々に)科学的と称する非科学者が多いのにはあきれ果てています。
ではでは。[Ha Noiの姉御]  2005年11月19日 21:22
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<拝金主義が横行するようになったベトナムでも、まだ人々の心が通い合うなら、苦しくても貧乏を共有できるのでしょうね>
日本では、昭和33年の春から冬への東京を描いた「ALWAYS 三丁目の夕日」が大いに観客を集めています。懐かしい「昭和」の風景と「貧しくとも筋のある人情」に、観客の涙を誘っているようです。「貧しさを分け合う」ことができるのは、人の心が美しいのでしょうね。
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[ホーチミンから]
政治の舞台では、APECでの小泉さんの孤立やら経済関連の各首脳表明の中で、意表をついて日中関係を語ったとか、話題に事欠かないようですね。

[靱帯損傷の緊急事態]

今週末には、引越しをと考えていた矢先、先週打った膝頭に土曜から急に激痛が、、、、。
今朝堪らず、病院にかけこみました。
レントゲンでは、骨に異常はなし。テーピングをして痛み止めをもらい、今日はオフィスへ。明日、MRIで再検査、多分 Soft Tissueと言ってますのでじん帯を痛めたのだと思います。

しかし、こちらの医療事情は、外人医師を要するところに通わざるを得ないのですが、保険があると医療費も法外に高い気がします。

レントゲン3枚、問診、痛み止め12錠、松葉杖、締めて570ドル。オチオチ怪我もできないと痛感。

まあ、何となくこちらは、医師としての道徳観を期待するものの向こうは、金儲けとしてしか見てないような雰囲気が漂う。
医者「痛み止め、あげたので、請求書に入れといてくれ」看護士「この人保険あるから、明日でもだいじょうぶですよ。」

何となく、会話の中に、患者なんかより、勘定が優先してる感が、、、、。
まあ、仕方ないかと思いながら、何となく医者も所詮ビジネスの枠内ではないか。
小さかったころの記憶では、先生というのは絶対的な雰囲気があって、緊張を強いるけど、それなりの倫理観的な信頼感が、言葉にあったような気が、、、。

高望みでしょうね。勿論、今でもそんなタイプのDrもいますが、、、。

じん帯手術になれば、また、1000-2000ドルは、かるくぼられるんでしょうね。(笑)
保険があって良かったと初めて痛感。今までは、保険の類って払うだけで、使ったことが一度も(歯医者を除き)なかったですから(笑)。

サイゴンの居候より  2005年11月21日 18:38
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[ホーチミンから]
取敢えず、手術の必要性はないとのことでほっとしました。(最悪は回避)
昨日、10区のMedic Centerで、MRI検査を受けました。
機材が何処製か判別できなかったのですがうるさいこと。なんとヘッドホンを貸してからの検査が始まりました。ドラムをたたくような音やジージーと言う音など、初めてのMRIでしたが結構、楽しんだところです。多分、こんなことは日本などのMRI機材ではないんでしょうけど。

しかし、こちらの病院は、人(治療を待つ人)があふれ返っています。
順番があるのかないのかも分からず、患者は担架の上で、30-40分もほったらかし状態は普通だし、、、。延命治療については、一説には淡白だと聞いていますが、なるほどという感がします。

以前、チョーライ病院に交通事故の患者を運び込みましたが、30分以上も、書類作成だけで時間が経ち、頭に来てSOSへ移送しなおした経験があります。

まあ、生き延びれたはずの患者が命を落とすこともかなりのケースであるんでしょうね。そういう意味ではオチオチ怪我もしておれない国だと思います。

意識の違いなんでしょうね。その割には、アパートの近所では、セオムやタバコ屋のおっちゃん、アパートの家主など、びっこを引いているのを見て、どうした、大丈夫かと声をかけてくれる。憎めない一面。

不思議の国の、一要素ですかね。

サイゴンの居候より  2005年11月23日 13:01
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まずは、何よりも、大事なくご無事で良かったと本当に安堵しています。いま、何も応援できない状況でもあり、本当に申し訳なく思います。ベトナムでの医療は「仁術ではなく算術」なのですね。医療技術のレベルに乗じて一儲けする外国人医師も大したものですね。またベトナムの個々の人は、日本人と同じ面があり、心根は優しく人に配慮し本当にケアしてくれます。でも、なぜか知らない人で、しかも仕事になれば、その姿勢は不思議なくらい180度反転します。凡人には理解できません。サービスとかケアなどという概念は存在しないようです。「金になるか、金にならないか」は別に、何よりも、自らの担当範囲以外のことは一切手を付けない。これを徹底する(できる)姿勢にはただただ感服する以外に途は残されていないようです。友人または知人でなければ、なぜ、そこまで人が変わるのか、変われるのか、凡人には全く理解できません。

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