JALは間違った「腐臭のエリート意識」を捨てよ!
JALの内紛劇を憂う!今回の紛争は、外部に位置する者には全く分からない意味不明な闘いに見える。
同じような内紛劇はどこにでも落ちていそうな気もする。「日本航空」の人達は、「大会社意識が余りにも強過ぎて、自らの本当の姿を見失っているのではないか?」と思わず同情したくなる。真に痛ましく可哀想な人達(事)だ。
既に、株価はもとより企業価値でも、後発の「全日空」に追い越されてしまっている。確かに日本を代表する大会社ではあるけれど、単に嵩高いだけの会社に過ぎない状況へ追いやられている。しかし、「それは絶対に認めたくない」という考え方が、経営のトップから末端まで浸透しているから、この点では、いかに内紛しようが「日本航空は強い一家一族意識に包まれている」のだろう。この意識を支えているのは「腐臭を放つ過ぎたるエリート意識」ではないか。この点は「今回も話題になる主要4大労組、どの組合も同じ」ことだ。
JALは国を支える会社という「過ぎたるエリート意識」は、経営陣から組合幹部、末端の労働市場を支える職員に至るまで「徹底」されている。この点では「素晴らしい会社」だと思う。
ただ、実態に沿わない「過ぎたる巨大なエリート意識の集団」は、その過剰な意識が良くも悪くも作用し、日常そのものが見えない状態に陥ってしまう欠陥を持っている。経営トップは巨大な人事権を振りかざせるし、航空業は巨大な利権と直結する事が多いから、政治家があらゆることに嘴を入れたがる。それを排除する方向に動かず、自らも利得を求め政治家におもねる方向へ舵を切る職員も生じる。それらがいつの間にか積み重なり、JALの闇を形成しているのではないか。そのような組織は、いつの間にか「ヒラメの職員」の集合体に堕してしまう。その「ヒラメの職員」になれなかった側は「組合活動」に没頭し、経営陣を追及する側に廻り、限られた範囲で過激(と言っても所詮はボンボンのお遊び程度)になる。
組合員に対しては、「ストを構え」た振りをして、経営陣には「スト実行」を見せてみるわけだ。この何年間か、ずっと同じパターンではないか。それで巧妙にストを回避したというような理由で、労務畑担当の兼子前社長、新町現社長が経営トップに座っただけの話なら、JALはもう末期的だと考える(そう思いたくはないが)。
現在の環境でJALの組合がストを打ち抜く力量があれば打ち抜けばよいではないか。なぜ、経営陣は組合にストをやらせないのだ。ストを打ち抜けば、JALは間違いなく潰れるだろう。世論の袋だたきにあうだろう(バカにされて袋だたきにさえならないかも)潰れたってよいじゃないか。組合は一時的に勝利を手に入れても、会社は露と消えるだろう。それでスッキリするんじゃないか。このまま、ズルズル「朝令暮改」のような政策で、組合にも、発券代理店にも「朝三暮四」みたいな「子供だまし」を繰り返したところで、あと10年も保たないだろう。悲しいけれど。
それもできないなら、現在の「腐臭を放つ間違いエリート経営トップ」は、潔く直ちに辞任した方がよい。それが経営責任というモノだ。
これとよく似た会社があった、極めて近いイメージがあるのは、昨年、再生機構送りになった「カネボウ」だ。「カネボウ」は「鐘紡」の時代から、日本の繊維産業を率いてきた指導的会社としてのエリート意識を多くの社員が捨てられず、企業価値は低下し続けていることすら正視もできず、自らを誤解したまま自らを見失い、結果的には国の介入で自由な事業会社としての「死」を招いた。
この20年ほど、「鐘紡」と「カネボウ」で繰り返された数々の出来事と、いまJALで繰り返されている出来事は、ほぼ同根に近い点であることに悲しさを覚える。
JALの皆様、「腐臭を放つ間違ったエリート意識」は捨て去った方がよいですよ!気分的にも楽ですよ!いかにJALの職員と言ったところで、所詮はサラリーマンなんですから。あなた方が全てを背負っているわけではないのですから。発展途上国でもあるまいし、航空事業も海運事業も鉄道事業もバス事業もトラック事業も変わらないじゃないですか。本質は何も変わらないのですよ。それが国際線を運航しているからって、偉そうな顔をしようとするから、見えない蹉跌に落ち込み藻掻かなければならないのですよ。
JALと航空事業を、こよなく愛する利用者としてご忠告申し上げます。
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