ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第52号
ウィークリー・ベトナム・ニュース
■ 平成18年3月4日 土曜日 第52号
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■ こんにちは!!
今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。
翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り 言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。
誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>
尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。
ベトナム・ニュース その52 今週のヘッドライン
* 2月27日(月) 中国からの電力買い付け
* 2月28日(火) 香越同舟
* 3月01日(水) 偽善者たちの謝肉祭
* 3月02日(木) 司法制度改革の意義
* 3月03日(金) あの頃に帰りたいノスタルジア
* 3月04日(土) 嫁姑今昔物語
2月27日(月) 中国からの電力買い付け
* 9月から北部自治体への電力需要を賄う為に、ベトナムは中国から電気をこれまで以上に購入すると、ベトナム電力供給第一公社代表Nguyen Phuc Vinh氏は発表した。第一公社と供給提携先の中国南部電力公社は、第一期購入では、1キロWあたり、US0.043$で、第二期からはUS0.045$で供給を受けることが決まった。Vinh氏は、供給開始前に、333bドンをかけ110kv対応の3つの送電線のアップグレードを済ませ、これら送電線を使い中国から凡そ1.1bkwhの購入を目指している。第一期購入契約書は2004年4月に交わされ年間180~200mkwhを購入し、北部ラオカイ省の電力を賄うとしている。
同年12月に第二期購入契約を中国南部電力公社の子会社と年間100~130mkwhの電力送電に調印し、この電力でQuang Ninh省の電力需要を補うとしている。
ベトナム・中国間の電力契約は長期視野に立って行われるもので、これからも中国当局との交渉を深め中国国境沿いのラオカイ省、ハイザン省、カオバン省を通じ、供給を受けてゆくと、Vinh氏は述べる。
2007年度には、ベトナムの中国からの電力買い付け量は、1.3bkwhを見込んでいる。しかし、ベトナム電力供給公社は4月にいくつかの中部自治体の間で、乾季の水量不足に因る、停電が起こる可能性は未だ高いと警告している。ベトナムの各地水力発電貯水池の水量で35~40%の年間電力需要を賄って来たが、2004年以来20~40%に落ち込んで来ており、今年は更に30%例年より少ないと予測されているからだ。
(辛口寸評)
以前に比べ、市内の停電は随分少なくなった。最近、都市部では三ヶ月に一度、あるかないかの頻度である。しかし、地方に行けば停電の回数自体減っては来たものの、やはり乾季になると殆どの電力を水力発電で賄う、ベトナムでは水不足に拠る、停電が頻発しているのだ。
中国自体、現在では恒常的な電力不足に見舞われており、他国への供給などできるのかと思われる向きもあるかもしれないが、中国で電力が不足する地域は北部から、沿海沿いに掛けてであり、南部は逆に余っているのが実状なのだ。これは南部が山間部であり、水力発電所が数多く存在しているからだ。
では、それを国内の不足する地域に送っても良さそうなものなのだが、送電コストが掛かりすぎることに加え、電力が漏電してしまい、それならば近くのベトナムへ送った方が、効率が高く、しかも、収入になる。ここにべトナムの電力不足と中国南部の両方の利害が一致するわけだ。
現在、ベトナムでも一日も早い電力不足解消に向けた、水力・火力発電所の建設が急がれている。しかし、ここ5年間は今後も中国からの電力供給は続けられることだろう。
2月28日(火) 香越同舟
* 商務省に拠ると、ベトナムビジネス界は香港市場に彼らの商材の販促に興味を持ち始め、香港を足掛かりとして中国や他のアジア諸国へ輸出を考えているという。商務省管轄ベトナム貿易見本市・広告社社長Nguyen Khac Luan氏は、商務省が音頭をとりベトナムビジネス界の為に一肌脱ぎ、今年7月開催予定の香港国際貿易見本市に販促活動の先鞭をつけてゆくと述べた。2006年、夏の展示会は7月4日~7日でギフト・玩具・家庭用品を中心に出店され、7月11日~14日の4日間は、香港ファッションウィークが香港コンベンションセンターに於いて開催される。毎回大勢のビジネス関係者が集うこれら展示会では商品動向調査や情報収集並びに買い付けなどが繰り広げられる。
これらふたつのイベントの期間中、ベトナム貿易見本市・広告社はベトナムビジネス界の為に香港や中国の企業との積極的な紹介・橋渡しを仲介すると同時にベトナム企業の登録商標を世界に発信してゆくお手伝いをするという。ベトナム駐在香港貿易開発カウンシル代表Tina Phan女史は今度の展示会で手芸品雑貨・インテリア・家庭用品・玩具・文具・衣料品・宝飾品・キッチン用品が陳列され、海外バイヤーの多くがベトナム製品のデザイン性・伝統文化・高品質に注目していると語った。
過去、香港貿易見本市に出店した多くのベトナム企業が受注に漕ぎ着けており、手工芸品・シューズ・衣料品などを中国、台湾、その他のアジア諸国へ輸出している。Tina Phan女史は、香港貿易開発カウンシルを挙げベトナムの水産品・電線・衣服などの商材を販促のお手伝いに邁進してゆくと約束した。
(辛口寸評)
香港を軸にして、中国との売り込みにベトナムビジネス界が拍車を掛けるという。香港がイギリスより中国に返還されてからというもの、香港経済は年々活気が衰え、今日では大陸の沿岸部地域等が独自に経済力や情報力をつけてきたこともあって、香港を介在させることなくダイレクトな取引は益々勢いを増しているのが実状だ。香港から、上海や福建へ掟破りの出稼ぎ労働者(多くは知識労働者)が職を求め流れてゆくご時世に、今更香港でもなかろうと、考えられないこともない。
しかし、香港のアジアに於ける地勢的な情報のハブとして発展途上国相手であれば機能し得る。香港の持つ情報と経験は、先進諸国にとって退色したものであったとしても、ベトナムにとっては魅力的に写るし、香港の地位を維持して行く上にアジアの途上国の存在は欠かせないものなのだ。香港ギフトショー、今年も冷やかしに行くとしよう。
3月01日(水) 偽善者たちの謝肉祭
* 「子供の人権保護は、各国で重要な目標である」とベトナム国会議長Nguyen Van An氏は幼児虐待・子供を護る環境の創造をテーマに国際議員連盟の主導のもと開催されたアジア太平洋セミナーの席上、訴えた。3日間にわたりハノイで開かれたこの会合にはアジア太平洋諸国より100名の議員代表団が出席し、代表団は各国議員に対し、それぞれの国々で子供を搾取・売春・虐待・人身売買から護る為のルール作りに力強く取り組んで行くよう求めた。ベトナムは国際的視野に立ち子供の権利を最優先事項と位置づけているとAn氏は述べた上で、ベトナムのこの種の政策はNGOなども含め、人材開発戦略に則って改善に邁進していると付け加える一方で、ベトナムには未だ取り組んで行かねばならないことがあるという。
ユニセフに因れば、毎年数百万人にも及ぶ子供たちが虐待を被っており、子供たちを保護して行く環境作りが最も重要な政府ガードになるのだと、ユニセフ地域代表Anupama Rao Sinh女史は発言し、これら被害に遭っている子供たちを学校に通わせ、虐待者に対する罰則の強化をしつつ、各国政府に因る積極的な保護・監視・搾取の対象に成りかかっている子供たちを特定して行かねばならないと求めた。国際議員連盟事務局長Andres B Johnsson氏は、各国の議会で子供を護るための法案を国政レベルで通過させ、同様に関連する国際条約の遵守を徹底し、関連予算の配分に力を入れて行って欲しいと要請した。今回のセミナーはベトナム国会と国際議員連盟 そしてユニセフベトナム支部の共催により執り行われた。
(辛口寸評)
幼児虐待は別にして、人身売買、それに売春などは許されるものではない。しかし、これら全ては貧しさが故にもたらされるものであり、誰も好きこのんで我が子を他人に売ったりしたいと心から願う親などいやしないだろう。一部の国々では子供が労働力の担い手になっているばかりか、兵士として戦場にかりたてられている現状もあるときく。各国が協力してそれぞれの国で子供を護る為の法律の策定や関連予算を勝ち取る以前に、どうしたら貧困層を減らしてゆくかが、最も重要な課題だと思う。根本的な問題解決なくして傷は癒えない。この様な集まりは無意味とは云えないまでも、貧困に関係ない者たちが、したり顔して子供の人権を守るなどとは大いなる欺瞞としかいいようがない。偽善者たちの時間つぶしの会合だ。
3月02日(木) 司法制度改革の意義
* これまでの裁判制度手法・改革の記録によって、今後の司法制度の更なる合理化を目指すと、Tran Duc Luong大統領は裁判制度改革会議の中で語った。大統領は改革推進を続けることが緊急課題であり、これまでの成功は司法改革に携わる草の根レベルから中央レベルの人々の関心の高さに帰依するものだと付け加えた。この会合には内務省管轄の各組織及び司法関係者700名が参加した。
司法制度改革中央委員会委員長でもあるLuong大統領曰く、我々はこれまで関連する法整備を推し進め、これらにより裁判システムの強化を図り、関係組織の権力と権利を確定し、人材の層を肉厚にし、欠点を乗り越えて来た自負があり、ベトナム司法システムは社会正義を人民による人民の為に更なる発展をさせて行かねばならぬとした。
また、大統領は司法改革は長期戦略で重要なレベルで協議・検討されて行くべきものであり、政治局決議08号をベースに発展させた49号に沿って推進されなければならないと述べた。
司法改革は共産党のポリシーが反映された上で、法制化手続き及び行政改革の手順を踏まなければならず、司法当局は反社会主義や国益を損なう事象、権利侵害や市民の興味を損なう行為と対峙して行かねばならない。そして、司法制度は国家建設・防衛・世界コミュニティーへのベトナムの仲間入りに力を注いでゆくことが大切であると大統領は結んだ。
(辛口寸評)
ベトナムの裁判というと、つい数年前までは裁判の勝訴を金で買うことが出来、裁判官は勿論のこと検事まで買収できた時代が長く続いた。
今では、大ぴろげな買収工作は形を潜めてはいるが、家族主義に基づいた“お家の大事”に飛び火するような事象に対しては今も有効に機能するようである。
どうしても、社会主義国の場合、共産党中央が絶大な権力を握っており、内閣・行政・司法はその下部組織に過ぎないので、システム的に中央の意向が強く働いてしまい、逆に言えば党の趣旨に逸れた事象は、それが例え世界的に可であっても、否となってしまうのだ。尤も、ベトナム自体、ドイモイを進めること即ち党の意向に矛盾することが当然、湯水のように出てくるわけで、世界を相手に商売してゆく以上、これまでのやり方は通用しないのは言うまでもなく、そこで現在、摺り合わせの為の司法改革が進められているというわけなのだ。
いずれにせよ、ベトナムの場合、司法に拘わらずあらゆる政局が、改革の対象になるのは必定で、世界と交わる以上、制度のグローバル化に組み入れられられて行くことだろう。
3月03日(金) あの頃に帰りたいノスタルジア
* ベトナム語でThang Loiとは『勝利』を意味し、同様にホーチミン市に在るVictory Hotelも勝利を飾ったひとつのホテルかも知れない。ベトナム戦争の折り、米軍人事部のスタッフクォーターとして使用されたこのホテルは、市内3区のVo Van Tan通りとNam Ky Khoi Nghia通りの交差点角の建つ二つ星ホテルで、今ではベトナム・ドイモイ政策のシンボルでもある。ジャーナリストとして初めて私がこのホテルに滞在したのは1995年のことだった。90部屋を持つこのホテルの収容客の殆どが外国人で、しかも彼らは観光客ではなく、ヨーロッパからやってきて滞在費を切りつめられた企業の中間管理職層だった。
当時、ホテルで出された洋食のメニューは、ソビエトや旧東欧諸国からベトナムに送られた食品の余り物で、夜はホテル内のバーでアオザイを着たトリオが奏でる郷愁を誘うバイオリンの音色で、ゲストの多くは慣れない異境での日々のビジネスの疲れを癒しに通ったものだった。
それが今日では、大きく様変わりし、朝食は全てがベトナムで取れた数々の新鮮な肉類・野菜・フルーツが食台に供与されるばかりか、フォーやブンなどの麺類まで選ぶことが出来るようになっている。それに宿泊客の7割がベトナム人に変わったという。
同ホテル支配人Nguyen Van Hoi氏は、今日のVictory Hotelの成功は価格・高品質・好サービスの提供が鍵と信じている。朝食を食べるのはゲストに限らず市内の住民も気軽にやってくるようになった。結婚式シーズンの9月から12月に掛けては、一ヶ月30組の式をこなし、それ以外も旧正月の行事、会議・セミナーなど幅広く利用されるようになったという。同ホテルの宿泊料は朝食つき30~59万ドン(US18.75~36.9$)で、市内中心部に在って、空港までのアクセスは僅か15分。屋内スイミングプールを完備し、系列ホテルはDa LatとVung Tauにもあり、その名はもちろん、Victory Hotelである。
(辛口寸評)
とどの詰まりが、Victory Hotelの提灯記事ということで落ちがついた趣がないでもないが、筆者が1993年に初めてサイゴンで泊まった宿のことを話してみたい。それは、Rang Dong Hotel。八月革命通りの入り口付近にあって目の前にはタオダン公園が広がっている。アスファルト舗装もなく、常に埃が舞い込むホテルで停電は一日に数知れず。お世辞にも一泊US50$を払う価値など見いだせないホテルだった。それでも、何より嬉しかったのは、スタッフが常に笑顔を向けて応対してくれたこと。フロントやウエイトレスとして働く女性従業員は個人の持ち物と見て取れるアオザイを着込み、ルームーキーパーなどはアオババを身に纏っていた。
誰もが微笑んでくれ 誰もが外国人と話すとき目を輝かせていた。物がなくても、みんな真摯に一生懸命ゲストをもてなそうとする気概に満ちていた。それはお金で購える物ではない。今は一流ホテルが建ち並び、当時、陰も形もなかったニューワールドホテルが今や老舗ホテルと云われるまでになり、ホテル内の施設・設備も充実して来たものの、反面、従業員の真のホスピタリティーは徐々に消えつつある。筆者は今、ここでの生活が13年目を迎え、あの頃に帰りたいと思うときがしばしばある。
3月04日(土) 嫁姑今昔物語
* 「Mua La Ruong Trongの小説もう読んだか?!未だなら是非読んだ方がいいぞ!これには長男の嫁として姑に仕えるためのノウハウが詰まっているのだから」と父は、旧正月の準備に追われ母を手伝う私と妹たちに言った。「長男の嫁たるもの、家庭内の面倒ごとや行事を司る立場にあり、この本には完璧に姑を満足させた嫁の一途な気持ちが描かれているんだ」と父が言うので、私たちは静かに肯いた。父に逆らいたくないけど、父はこの本に書かれていることが既に時代遅れだと知らない様子で、既に多くの家族が古い慣習から生き方を変えているのに、全く困ったものだ。
だけど、変化はまだまだ遅いのも事実だ。
今年26歳になるHoang Bao Loanさんの父親も古い世代の石頭で、変化を認めようとしない。しかし、幸運にも私の姑さんは実の父親より柔軟性があり、嫁の仕事と家庭の両立に理解を示してくれるのだ。新婚ほやほやのLoanさんは結婚前 自身が家庭的な性格でないことに対し結婚に消極的だったという。大勢の身内から長男の嫁となったからには多くの家事をこなさなければ嫁の勤めを果たせないと言われ続けたLoanさんだったが、最終的に結婚を決意した。結婚後 姑さんは日々の家事にやかましく言うことはないものの、しばしばどうでもいいようなアドバイスを彼女にするのだ。
伝統的にベトナムでは長男の嫁が家事に対し一切の差配を振らなければならず、責任感があり礼儀正しく、舅や姑に従順でなくてはならない。
長男の嫁は家族の中で誰よりも早起きをし、朝食を拵え家の掃除に取り掛かる。家族内の慶事・不幸などがあれば姑に従い市場への食事の買い出しからイベントの一切合切の運営をこなさなければならず、そこでミスが生じれば「粗忽者・無能」の誹りは免れない。
22歳のNguyen Thu Trangさんは6人兄弟姉妹のいる家庭の長男の嫁となった。彼女は長男の嫁となる自信を持って嫁入りしてきたのだが、いざ家に入ってみると現実は甘くないことを思い知らされたのだった。結婚前、彼女は友人たちと共にパーティーなどしょっちゅう運営してきたので、結婚後も同じようなものだろうと高を括っていた。結婚一月後、彼女は姑さんから一冊のノートを渡された。そこには先祖の法事日程からその他の祝い事などがぎっしり書き込まれていたのだ。そして姑さんは、彼女に今後、全ての行事を恙なくこなして行くよう求めた。一番最初の行事は旦那の祖祖父母だったが、Trangさんは過ちを犯してしまった。というのも、彼女はゲストの年長者や子供たちへ出す食事をどの様に提供して良いか知らなかったことによる。また年長者ゲストが喜ぶもてなし方を知らず、顰蹙を買ってしまったのだ。それからというもの小姑の義妹は彼女を見下すようになり、以前にもまして彼女に批判的になった。
21世紀を迎えたというのに、多くの人々は未だ古い伝統に囚われているのは馬鹿げているけど、愚痴を言っても仕方がないので、早く小姑たちを押さえ自分なりの家族のポジションを掴み取るしかないわと前出のLoanさん。長男の嫁として確固たる家族の位置づけとはなんぞや?
7兄弟姉妹の長男の嫁となったPham Thanh Thuyさんは、舅・姑と別居して都市に暮らしているので家族間の人間関係で煩わされることはないと考えていた。時折、気が向いた時に旦那の実家を訪問すれば良いと軽く考えていたのだ。ところが結婚後、毎月、田舎から親族の誰かが押し掛けて来るようになり、彼らの滞在中の食事・洗濯・掃除の世話一切を余儀なくされるようになってしまった。姑はしばしば電話を寄越し、彼女へ「長男の嫁として身内の世話は当然と諭し、家名を落とすこと無いようにしなければならない」と訓告してくる。
ここに登場してきた長男の嫁たちは、Mua La Ruong Trongの小説に出てくるヒロインのMrs Lyの様に完璧な嫁ではないが、今日では自分の仕事のキャリアをど返ししてまで家事に専念することは現実的でなかろう。時が移ろえば人々の考え方も変わるもので、ふつつかな嫁であっても舅や姑が彼女らを激励しながら少しづつ育てて行けば、嫁は嫁たちで伝統とバランスを取りつつ新しい生活を築き上げて行くだろう。私は理解力のある家族の長男の嫁になって幸せだと思う。家庭内での自分の立場をしっかり認識しているし、旦那や舅・姑からも協力を得られている。だから私は自分の勤めを充分に果たすよう心懸け、姑から学べることを喜びして生きて行く積もりなの。確かに、長男の嫁はきつい責任が付きまとい、出来れば避けて通りたいと思うのが人情だけど、それでもそこから得られるものは小さくない筈と信じているわと結んだ。
(辛口寸評)
嫁・姑の軋轢は日本だけでなくここベトナムでの深刻な問題となりつつある。特に都市部では経済の上昇と共に自立する女性が増え始め、結婚して他人から束縛を受けることを望まず、結婚の高年齢化もじわじわ進み始めている。筆者も長男であるが、この件で死んだお袋の言葉を思い出した。長男は結婚したら母親にも嫁にもつかず永世中立を貫くことが家庭円満の秘訣だそうで、嫁姑問題に触らぬ神に祟りなしの姿勢を保つことをベトナム男性、特に長男は必要になって来るのかも知れない。
以上
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