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2006/09/02

ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第78号

ウィークリー・ベトナム・ニュース
■ 平成18年9月2日 土曜日 第78号
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■ こんにちは!!

Vnnationalflag_38いつもお世話になっておりますベトナムからニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。
原則的に日本のメディアに掲載されるような記事については余程のことがない限りここでは取り上げません。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その78 今週のヘッドライン

*8月28日(月) Vo Nguyen Giap将軍 満95歳
*8月29日(火) ベトナム人の社会科学
*8月30日(水) Dung首相 中部Thanh Hoa省視察
*8月31日(木) ベトナム主席 訪中に向け
*9月01日(金) 小売店 WTO加盟を控えて
*9月02日(土) 越僑への情報拡大・開示

8月28日(月) Vo Nguyen Giap将軍 満95歳
* 写真家Tran Hong大佐はこのほど、Vo Nguyen Giap将軍生誕95周年を記念し、“私が撮った将軍の日々”と題した写真展を開催する。Quang Binh省人民委員会が主催するこの写真展では人民軍新聞記者のTran Hong大佐が、これまでに撮影した95枚の大型パネル写真が展示される。これらは全てGiap将軍を被写体とした未公開写真だ。

展示される写真の多くはDien Bien Phu勝利40周年・50周年記念や60周年独立記念日、そしてViet Bac基地での将軍の様子が納められている。写真展は8月21日午後3時 に開始し9月10日までの間、将軍の生まれ故郷があるQuang Binh省Dong Hoi文化センターにて催される。今回の写真展終了後、これらの写真は全てQuang Binh省に寄贈されるとのこと。

(辛口寸評)
筆者の場合、ベトナムにやってきたのはベトナム戦争の記憶が殆ど薄れた頃なので、当時のことに関する知識は後で文献で調べた程度しか持ち合わせていない。ヴォー・グエン・ザップ将軍は革命世代の生き残りで、今もベトナムの人々から敬愛を受けている。今日の寸評では、ザップ将軍について書いて見たい。

Vo Nguyen Giap将軍は両親が地主という比較的裕福なQuang Binh省の家庭に生まれた。14歳でHaiphongの電力会社に職を得、間もなく革命青年部に身を置き、1933年21歳にハノイ大学へ入った。
大学では政治経済及び法律を学び学士号を取り、卒業後、同大学で暫くハノイの歴史を教えていた。30年代、教員を隠れ蓑にし、革命活動に従事。1934年には正式に共産党に加入し、数々の抗仏デモに従事。

1939年時の政府が共産主義を非合法とうると、彼はPham Vang Dongやベトミン指導者たちと共に当時、中国に身を寄せていたホー・チ・ミンの元に頼り合流した。1942~1945年の間、抗日ゲリラを組織し、各地を転戦。1945年8月に日本が敗戦に拠りベトナムを撤収すると暫定的なベトミン政権樹立に奔走する。1945年9月ホーチミンは独立宣言を行い、ここにベトナム民主共和国が設立した。第二次大戦後、フランスはベトナム支配再建を目論んだ為に、フランスとベトミンの間で戦線が拡大。1949年中国、蒋介石の国民党が毛沢東の共産党に敗れ中国共産党が政権を取ると、それまで圧倒的な物量を誇るフランス軍に対し、中国からの武力援助を受け状況はベトナムに好転した。

1954年3月13日、Giap将軍に率いられたベトミンは56日間の戦闘に絶え、フランス軍を押し戻したのをきっかけに、フランス側は死傷者7000人、捕虜11000人をとられ、厭戦ムードからフランス政府はベトナムからの撤回を発表。ベトナム戦争では、Giap将軍はそのままベトミンの最高司令官として残り、指揮を執った。1975年4月30日、サイゴン解放が終わると、ベトナム社会主義共和国樹立と共にVo Nguyen Giap最高司令官は防衛大臣及び暫定首相に任命された。

8月29日(火) ベトナム人の社会科学
*自治体郊外拡大計画に拠り新設された美しいPham Hung通りは理想的な道路であるものの、Nam Trung Yenからここへ移り住んだ居住者たちは、疎外感を感じているという。市場もなく、お店もなく、そして学校さえもない。僅か4棟の13階建ての団地が広大な地域にポツンと密集して建てられているだけなのだ。「我ら一家はここに最初に移住したんですが、初日からもう大変でした。お店も近くにありませんし、その他のサービスも受けられず、生活用品を求めるにも数キロ先の地区までわざわざ行かなくてはなりませんでした。」とここの居住者Yenさんはいう。このことはYenさん一家だけでなく、ここに住む全ての移住者が同じような境遇に置かれているのだ。「「食品の買い物は3キロ先の市場まで行かねばなりませんから、ここの人々はみんな困っているのです。特に体の不自由なお年寄りにとっては更に深刻なのです。」とYenさん。

お店も他の生活サービスも受けられず、半年が過ぎた頃、居住者たちは問題解決の為に立ち上がった。居住者のひとりで以前、Trung Tu市場で商売をしていたことがあるThu Hienさんは、自宅、スペースを食料品店に改装することにしたのだ。ビニール袋に入れられた様々な種類の野菜や果物は彼女の居間に陳列し、肉類はコーヒーテーブルに置き、角の部屋のコーナーに3段の棚をつり、ここへは調味料・食用油・ニェクマムを並べ、仏間に机を置き、卵や即席麺・乾物などで溢れさせた。団地の主婦たちはHienさんのこの取り組みにとても喜んだのだった。「Hienさんのお店の商品は市場と同じ価格で提供してくれてますし、加えて土曜日に海産物を注文しておけば、日曜には家族パーティーまで開けるようになりました。」と顧客のひとりは喜びを口に表した。

お店の経営はHienさんにも良い収入をもたらした。卸価格で自宅の食費などを賄えるようになり、彼女自身の月当たり100~200万ドンの蓄えが出来るようになったという。Hienさんの商売の成功を見て、他の居住者も追随するようになった。居間ではNam Trung Yen団地は新手の市場商法として有名になっている。市場へは団地の友人同士で食料品なら6階のHienさんのお店 喫茶なら9階のPhuongさんのお店、八百屋なら10階のThoaさんのお店、美容院なら6階のVinhさんのお店といった具合で、勿論、忙しい時は出前もしてくれるというから便利この上ない。

このようなお店が近所に出来たことで居住者は一様の満足を見せているのだが、問題が無いわけでもないという。というのも、お店の軒先(公共スペース)には商品が溢れ、少しずつその範囲も広がりつつあり居住者に不便をもたらす結果に繋がりつつあるからだ。また団地内の壁やエレベーター内にはお店のチラシがところ狭しと貼り付けられる有様なのだ。「私自身、家の中での販売することを望んでいるわけじゃないの。たかが61平米の狭いスペースだし、家の娘なんか友達を自宅に招かれやしないと不平タラタラ、、、。私自身もそうだし、やっぱり近くに市場があった方が好いし、あれば私もそこで商売するわ。」とHienさんはぼやく。喫茶店を営むPhuongさんも練炭を使った部屋の中での調理は家族の健康に良くないし、その上、どんどん増えるテーブルや椅子で家族が寛ぐ場もないという。

簡単なスーパーマーケットが設けられたのは自治体の指導者がこの地域を視察し生活実態をその目で確かめてからだった。しかし、問題がこれで解決したわけでない。スーパーで販売される食品の殆どが冷凍物や乾物ばかり、その上、販売価格も割高と来ている。故に、Hienさん他の団地内小売店は居間もベストオプションとして存在しているわけなのだ。「本当に我々に必要なのは伝統的な市場が近所に出来ること。」というのは居住者で年金生活者のHongさん。都市近郊に衛生都市を整備して行くことは、中心街の住人の拡散化にとって重要である。実際 多くの新しい郊外移住者の生活は都市生活者と遜色がないそれを求めるものだ。しかし、一番重要なのは、郊外都市の生活が入居する住民にとって魅力的であることで、その為に、生活サービスが最低限受けられる施設の確保をして行くことなのである。

(辛口寸評)
筆者が何とかクレバーなベトナム人に囲まれて互して行けるのも、日本人の目からすれば一寸間の抜けた行動様式があるからだと実は思っている。移住者の為に住居を建設することは重要なのだが、生活の足回りについては何ら対策が執られていない。全く笑えない笑い話なわけだが、これこそベトナム人の愛すべきキャラクターと言えるもので、そうでなければ筆者なんぞ、この国に住めなかったことだろう。

当然、当事者にとっては大きな問題であり、皆困っているだろうが、そこは逞しく強かなベトナム人だ。政策が悪くともそれを補って余りある庶民の智恵に拠る対策で、逆境を跳ね返そうとする力は並ではない。
日本では、責任の所在を明らかにし、その相手を訴え解決を図ることも可能だが、この国では自己責任においての自己防衛が基本である。
それがDNAとして流れている限り、今回の笑えるような一件も、逞しく跳ね除け、政府と一体となって前に前にと前進していって欲しいものである。

8月29日(水) Dung首相 中部Thanh Hoa省視察
*Nguyen Tan Dung首相は先の土曜日、中部Thanh Hoa省人民委員会に対し今後5年間の人材活用並びに社会経済開発をを積極的に行うよう指示した。多くの人口を擁し、豊富な資源に恵まれながらThanh Hoa省は、貧しいままに置かれ省民のGDPはベトナム国内でも底辺を彷徨っているのが現状だ。週末を利用したDung首相は省行政担当者に輸送・教育・ヘルスケア・灌漑などの投資に焦点を当てた質問をした。その上で、全ての投資案件の見直しと共に、特に省西部地区への資金投入がなされねばならないと述べた。

行政当局は経済発展・雇用創出・社会の安定を促す為に全ての経済活動分野と民間企業の成長を助長させる条件作りを行うようにして行かねばならないとDung首相は求めた。その一方で、首相は近年及び今年上期の省内経済成長の伸びが8.6%を示したこと、並びに現在、省で推進中のCua Dat貯水池建設工事が、労働者・投資家・建築士・監督者たちのお陰で予定通り進捗していることを賞賛した。また首相は農務省のCua Dat貯水池建設事業管理組合に対し今後もこの工事の質と労働者の安全管理・工期をしっかり管理するよう求めた。

2009年完成予定のCua Dat貯水池は、ベトナム随一となる灌漑工事で完成の暁には87000hrの穀物栽培用に利用され97MWの電力の供給が可能となる。また、乾季にはMa河の水資源を蓄え、流域住民の生活農業水として広く利用されることとなる。貯水池の農業利用は2009年2月に、電力供給は同年9月からを予定している。Dung首相は、建設省にThanh Hoa省と協力し貯水池工事全体の計画から立ち退 きを余儀なくされた居住者の為の入居先建設・土地造成の推進を求めた。

(辛口寸評)
中部からサイゴンに仕事を求め出稼ぎ工としてやってくる人々の多くはNghe An省とThanh Hoa省が群を抜く勢いで、家の工場でも以前、Thanh Hoa出身者は全体の3割を占めていた。この省の主な産業は農業であり98%近くが農業労働人口なのだが、娯楽が少ないせいか多産で、大体、小学校を終えると農家の次男坊以下は、口減らしの為の出稼ぎに行かねばならないのだ。Thanh Hoaの人々は一般的に真面目で我慢強いと云われている。事実、筆者の工場で働いてくれる多くのThanh Hoa人労働者は概ね5年以上在籍してくれており、辞めたのは田舎の母親が病気で倒れその面倒を見なくならなくなったひとりを除いていない。内陸部にあることが災いし、アクセスも良いとは云えないが、将来を見越し、優秀な工場労働者確保なら、Thanh Hoa省へ工場進出するのも悪くない選択肢だと考える。

8月31日(木) ベトナム主席 訪中に向け
*中国外交当局に拠ると、彼らはベトナム共産党中央委員会書記長Nong Duc Manh氏の訪中を熱烈歓迎し、その日を心待ちにしていると語った。このコメントは中国共産党中央委員会国際部Wang Jiarui部長に拠るもので、ベトナム人民新聞記者のインタビューに答えて語られたものである。書記長の再選後、中国を最初の外国訪問先に選ばれたことは、ベトナムが如何に中越関係を重要視しているかの表れであるとWang部長は喜びを隠さない。

昨年10月に中国共産党中央委員会主席兼大統領の胡錦涛氏訪越が成功裏に終わった返礼と共に、ベトナム共産党指導者は、二国間の友好促進・協力関係をされに深める為の重要な戦略敵対話が行われ、この機会に両国の指導者たちは互いに胸襟を開いた話し合いが持たれるだろうとWang部長は語った。会合では両国国境線に関する新提案や友好・将来に向けた包括的な協力関係について議論がなされる予定だ。新世紀が幕開け、中越関係発展は良好で、今後もこの姿勢を維持・促進させてゆくだろうとWang部長。

今回の訪問については両国の高官に拠って事務レベル協議をおこなってきたものの反映となり、高まりつつある双方の政治的信頼、両党と両国家のリーダーシップによる事務的な経験の共有、強化された政治調整の中で、地方、国際関係、既存の境界問題の徐々の解決、結果の促進、経済・貿易、その他、文化面での有効な協力、教育、青年事務、観光および科学・技術など幅広い対話がなされるだろう。これらは全て両国人民にとっても実りある結果を導き出すものになるであろうとWang部長は結んだ。

(辛口寸評)
ベトナムは米中の狭間で、政治的キャスティングボードを握る立場にある。恐らく、中国は文化的に影響力をベトナムに及ぼして来たために、まるで遠来の身内がやって来たかのように積極的に中国へ引き込もうとするのは言うまでもない。ただ、ベトナムにしてみれば中国から儒教的要素を教授しつつも、その間が中国に対する1000年にも及ぶ忍従の歴史であったことを忘れているわけではない。中国は今もベトナムに限らずアセアン諸国の脅威なのだから。

尤も、ベトナム人は自身が米中の戦略的地位を冷静に分析しているし、その為の対応も欠かしておらず、インテリジェンスは常に両大国の間で如何に振る舞うべきかに集約し、研ぎ澄まされているのだ。取り敢えず、漁夫の利を得るためにベトナムは何を考え、何を起こしてゆくか、今後の動きには目が話させない。筆者は今回の会合で、恐らく中国はインドとの国境線問題で自らこの決着を図ったようにベトナムに対しても相当、譲歩を見せた内容の提案をしてくるだろうと見ている。成り行きを見守りたい。

9月01日(金) 小売店 WTO加盟を控えて
*ベトナムのWTO加盟を間近にして、いよいよベトナムの小売業も市場の開放の時が来ている。一般小売店はもとより、ハノイの関連企業にとっても外国関連企業との間で市場を共有しなければならない。これは国内ビジネスに大きな変革をもたらすものであり、例えばハノイ貿易会社(Hapro)が市場を維持するためにどんな対策が迫られているのだろうか?Haproは現行、450店舗を構えている。そのうち半分は売り場面積100平米以下で、多くが標準以下のサービス内容ゆえ、近代的な取引には則さないのだ。対策のひとつとしてHaproは、各店舗改装と装備の拡充の為、投資を行っている。

今後、2010年に渡る同社の国内配送システム開発プログラムに拠れば、Haproは4つの集荷基礎貯蔵所・25のトレードセンター・100軒のスーパー・220店のコンビニ、そして50軒のレストランをUS312m$を投じて行うという。現状、15件の計画が実行に移されており、他の37件は間もなく着手される予定だ。173Xuan Thuy通り・102Thai Thinh通り・172Ngoc Khanh通りに建設中のトレードセンター建設工事はほぼ終了し、本年下旬には操業に入ると云われている。
1E Cat Linh通りにあった古いトレードセンター解体工事は来年そうそうに始まり、15階建ての近代的なトレードセンターに生まれ変わる予定だ。

No5 Nam Boスーパーマーケットは現在の場所で9階建てのトレードセンターへと改装される。Hang Khoai通りにある冷凍食品用貯蔵庫は、問屋部門に建て替えるとのこと。Hapro が各地の住民居住区に設置した小規模小売店をコンビニへ作り替え、地元の顧客の需要に応えられるようにし、これらの店舗では新鮮野菜・精肉・その他の日用品を主に品揃えに努めて行くとしている。今年11月には10件のコンビニがオープンし、来年第一四半期には50店舗まで暫時増やしてゆくとのこと。

外資系大規模小売店グループとの競争力を増大させるために、Haproは国内の他の小売り企業体及び外国小売り企業グループとの業務提携を行い、最新の小売り店経営管理方法やチェーン店舗展開に対する経験を積んで行きたいとしている。また同社では人材育成にも力を注ぎ、資金調達事業部構築・販売力増強・問屋ネットワーク作りに繋げて行としている。

(辛口寸評)
既に小売業界では、国内大手リテーラーの陣取り合戦が活発化しており、これまでスーパーマーケット展開で足場を築いてきた各社は、先ずは自社の中から新経営プランを立ち上げ、次なる事業展開として、コンビニなどへの足掛かりを模索している。流れから行けば順当なのだが、如何せんベトナムの小売店は家族経営のそれが全体の9割を占めているので、外資系大手リテールグループがベトナム市場に参入すればたちまちそれらの店は立ちゆかなくなること必死だ。国としては、何とか既存の問屋当たりがまとめ役になり、共同仕入れで小規模小売店を抱え込み、緩やかなフランチャイズ形式で運営され、大手に対抗出来る体力を持たせて行きたい意向はあるものの、如何せん、一般の小規模小売店経営者には、今ひとつ実感が湧かず、従来通りの経営に固執しているのが現状なのだ。

恐らく彼ら小売店が本当の意味で危機意識を持つのは、実際に市場が開放されたときであり、そのときになって急速な離合集散が行われ、力のない小売店は吸収・淘汰が始まるものと考える。何分、外国勢は既に小売業のノウハウを完全に掌握しているので、ことに至っては小規模小売店はおろか、Haproのような大規模企業体であっても決してのんびりは構えて居られないだろう。以前も書いたが、日本で年商30億規模の問屋が仮にベトナムへ進出し、販売システムを構築すれば比較的小資本でもノウハウを持ってことに当たれば十分、この国で成功するのは可能だろう。但し、チャンスは今しかない。

9月02日(土) 越僑への情報拡大・開示                                                  *海外に住む約260万人在外ベトナム人(越僑)にはベトナム本国での投資機会や政府の政策或いは政策の転換などの情報が満足に行き渡っていないことが浮き彫りとなった。オーストラリア・ニューサウスウェールズ州在住のPham Van Nganさん、インターネットに拠るベトナム情報収集は未だ満足の行くレベルになっておらず、常に最新情報を取得出来るように改善して欲しいと語る。

不動産業に携わるNganさんの二人の子息も、投資機会・ベトナムビジネスの情報不足は否めないとしており、これは世界中の他の多くの越僑も思いを同じにしているという。しかし、こんな彼らのフラストレーションも間もなくベトナム国立図書館に拠ってオンライン図書館が開設されることで解消されることになるだろう。同図書館Kieu Van Hot副館長によると、インターネットの出現で図書館の役割も大きく変わったといい、今日の我が国の満足の行くネット環境をすれば、十分、対応可能なのだという。問題は、その可能性を充分に使いこなしていないだけなのだと指摘する。

大規模な越僑社会ほどベトナムの包括的な情報に対する要求が大きく、故に文化情報省が主軸となり、今回のオンライン図書館事業を立ち上げたわけだ。ここでは投資・ビジネス環境などは勿論のこと、文化・科学・技術まで最新情報が網羅される。ただ、越僑の必要とする情報が地元ベトナムの人々にとって同じ内容かといえばそうではなく、図書館ではそれぞれ異なった情報の定義付けをする必要があるとのこと。

越僑中央委員会Nguyen Ngoc Tran委員長は、越僑の情報への要求は概して社会・経済・文化についてであり、これらの発信は祖国との絆を強くする上で重要であるとし、実行することこそが国家建設に寄与するのだと語る。ひとつの問題は、越僑が現代社会で使われている日常のベトナム語に途惑うことだ。祖国を遠く離れ暮らす彼らにとって、近年造語された単語は解りにくいもので、特に若いベトナム人の間で使われる言葉が顕著になっている。最近、越系アメリカ人の有名な宇宙学者と話しをする機会があったのだが、彼は今日、祖国ベトナムで広く使われている新しい“技術”(chuyen giao cong nghe)が理解出来なかった。

Hot氏によれば、オンライン図書館は越僑に対する資料提供の場だけでなく、母国語の習得の手助けになるものとして行きたいと語り、ここではテキストはもとより画像・絵画・MP3・動画等によるベトナムやベトナム人庶民の今を伝え越僑の人々に役立てて欲しいと付け加えた。ベトナム国立図書館は既にオンライン図書館の基本計画を纏め、政府の承認を待つのみとなっている。オンライン図書館へのアクセスは、www.thuvienvietnam.org.vn.

(辛口寸評)
昔、筆者が旅行代理店に勤めていたことの話しをしよう。初めてフォルモサ、台湾を訪れた時に担当としてついてくれた現地ラウンドオペレーターの黄さんとの邂逅は今も忘れがたい記憶として残っている。
元地元中学校の校長の職を定年で終えられ、日本語世代でもあった彼は、旅行会社にガイドとして雇われたのだった。終始笑顔を絶やさず品の良い初老の紳士は、また日本語の達人であった。兎に角、彼の話す日本語はまるで小津安二郎監督の東京物語の中で使われるとても綺麗なもので、日本人である筆者が、日本語とはかくも素晴らしい言葉であるのかとを再認識させられたほどだった。

一旦、そのことを認識してしまうと、今度は黄さんに話しかけるのが恥ずかしい気分となり、声が上擦ってしまっているのが自分でも判ってどうにも困ったものだった。純粋凍結された日本語だから、そうなのだろうと自ら納得させるのだが、この思いを持ったのは筆者だけでなく、何とその後、ツアー参加者の中からもバスの車内でこのことが話題となり、それからは普通に黄さんと対話をすることが出来たが、つくづく言葉というものは生き物なんだとハートで理解させて貰った一コマである。今や本当に日本人らしい日本の心を持った日本人は日本にはおらず、台湾に脈々と生きているのではとの感慨を持って台湾を後にした。

以上

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