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2006/10/09

ナマのベトナムが分かる、週刊ベトナムニュース第83号

ウィークリー・ベトナム・ニュース  
■ 平成18年10月7日 土曜日 第83号
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■ こんにちは!!

Vnnationalflag_47いつもお世話になっておりますベトナムからニャットアインです。

今日もここ一週間のベトナムの主なニュースをご笑覧下さい。

翻訳は直訳とせず、日本語に馴染む意訳としておりますので、ご注意下さい(笑)また、訳者の独断と偏見を交えた辛口寸評を入れてみました。内容が片寄り、言葉が多少過ぎる箇所も多々あろうかと存じますが、これもベトナムを愛するゆえの諫言とお許し下さい。
原則日本のメディアに掲載されるような記事については余程のことがない限りここでは取り上げません。

誤字・脱字はご愛敬ってことでお願いします<(_ _)>

尚、記事の転送は営利目的以外なら原則自由ですが、自己責任において行い、その中で被った被害・損害に対し筆者は責任を負えませんのでご了解下さい。

ベトナム・ニュース その83 今週のヘッドライン

*10月2日(月) ミス・ベトナム ミス・ワールドへ
*10月3日(火) APEC女性指導者ネットワーク会議
*10月4日(水) 豊かなくせに寂しい子供たち
*10月5日(木) 都市の住宅不足と将来像
*10月6日(金) 航空警察官搭乗計画
*10月7日(土) ベトナム一の虎飼育王

10月2日(月) ミス・ベトナム ミス・ワールドへ
* 今年のミス・ベトナムに輝いたMai Phuong Thuyさんはミス・ワールドドレスデザイン賞の決勝にノミネートされたものの惜しくも入勝を逃した。この賞に輝いたのはミス・クロアチアのLvana Ergicさんだった。Thuyさんは、ベトナムのアオザイをイメージした黒のロングドレスを着て審査に臨んだという。決勝大会にはミス・ベトナムの他、ミス・クロアチア、ミス・オランダ、ミス・インド、ミス・ケニア、ミス・アイルランドの顔ぶれが登場した。

Mai Phuong Thuyさんの服飾デザインを担当したデザイナーViet Hungさんに因れば、今回、Thuyさんが身に纏ったドレスの飾りは全て手作りだそうで、Thuyさんのためならいくらでもポーランドまでドレスを持ち込むよとジョークを飛ばしていた。今回のデザイン賞の審査は中国・チェコ・アイルランド・オランダ・ポーランド・クロアチア・レバノン・ルーマニア・イタリア・アルバニア・バルバドス・ドミニカ・コロンビア・アメリカ・ベネズエラ・アンゴラ・ケニア・モーリシャスなどの美人コンテスト入賞経験者たちに因ってなされた。

(辛口寸評)
この間、ミス・ベトナムに選ばれたThuyさんは副賞の日本観光をした後で、そのままポーランドで開催されたミス・ワールドに参加したようだ。残念ながら今回、大きな賞は適わなかったようだが、世界から集まった美女との美の競演は彼女にとって素敵な経験となったことだろう。歴代ミス・ベトナムでは最も高身長で179cmの彼女は、体型的にも恵まれている。少し話しは脱線するけど、若いベトナム人世代で25歳未満とそれ以上の世代では明らかに、体型に差が生じてきている。相対的に旧世代と比べ身長で8~10cm近くの差があり、やはり今の時代が昔と異なりかなり食えるようになったからに他あるまい。地域による格差はあるものの、それでも経済成長に伴い全体的な生活レベルのボトムアップに繋がっているようだ。

10月3日(火) APEC女性指導者ネットワーク会議
*「どこの国においても女性はいつも特別なポジションを保持しているものです。」とNguyen Tan Dung首相は、第11回APEC女性指導者ネットワーク会議の開会式において語った。この会議では共同体で活躍する女性や増え続けるビジネスウーマンに焦点を当てたもので、Dung首相は歴史的環境・伝統文化に於いて長い間、女性の積極性や社会性を注目されずに過ごし、期待もされずに来たことを訴えた。
10年前、APEC女性指導者ネットワークは設立以来、多くの良き提案が数々なされ、APECの共通問題として女性の社会経済発展における役割と貢献に寄与して来た。また、ネットワークは効果的な政策の想像や男女機会均等に力を注ぎ、実際に女性が活躍出来るためのルール作りをしてきている。

ベトナムでは男女機会均等はいつも最優先課題であると首相は語り、国家の独立と統一に向かういばらの道を乗り越えることが出来たのはまさにベトナム人女性の貢献のお陰であると絶賛した。
ベトナムの下院に占める女性議員の割合は27.3%で、一人の女性副大統領と三人の女性閣僚、そして多くの副大臣が女性で占められている。ベトナム政府は2001~10年の間に女性進出戦略目標を掲げ、現在22の目標の内10が計画前倒しで完了しているという。

第11回APEC女性指導者ネットワークは9月19日から22日の間、開催され増え続けるIT許容量や女性企業家へのサービス向上・環境整備について話し合われ、来るglobalエコノミー時代に備えるのだ。会議の期間中、女性経営者が率いる中小企業や社会環境問題に取り組む女性企業家のセミナーなどが行われ、ここではHIV/AIDS・人身売買・移民・DV・天災・環境破壊についてのパネルディスカッションが進められるという。

(辛口寸評)
東南アジアの女性は、実に良く働く。しかし、中国儒教の影響を受け歴史的に女性の社会的地位は低く置かれているのが現状である。ベトナムの場合、社会主義が打ち立てられた為、近隣諸国と比較すれば女性の社会進出は著しく浸透している方なので、そこから眺めれば、ベトナム政府の更に目標値を掲げてこれに取り組んでいるとは頭の下がる思いがする。寧ろ、日本政府にこのような努力がより求められているのではなかろうか?

私事で恐縮だが、ベトナム人のかみさんを持つ筆者も彼女に助けられて人様から、社長と呼ばれるポジションにいるが、やはり一豊の妻ではないけれど、何かと手を焼いてくれる。時にうざったく感じることもあるが、それだけ家族について心配してくれているのだろうと自分に言い聞かせ、素直に彼女の言うことに従っている次第である。

夫婦でいる時間が長いと、お互いそれに慣れてしまい、感謝に欠けることが多いように思う。多分、これは国籍を問わずそうだと云える。絶えず、ほんの少しでもいいから感謝の気持ちを表すことによって夫婦の仲は存外 上手く行くもので、そこには金もゴールドも必要ない。毎日、一言“ありがとう”って言うだけで、亭主も女房も新鮮になれるもの。本日の寸評、大脱線也!!(笑)

10月4日(水) 豊かなくせに寂しい子供たち
* 現代的でダイナミックなライフスタイルを親たちから提供され、ゆとりある生活を楽しむことが出来る今の子供たちは、家庭では疎外感を募らせているという。今年7歳のChu Hoang Tungくんの家庭では、両親は毎朝彼が送る前には仕事へ出掛け、帰宅するのは彼が寝てからの遅い時間だという。Tungくんは、学校への送り迎えはお手伝いさんに連れられてしているというが、両親にそうされている友達が羨ましいく感じるとのこと。Tungくんのせめてもの願いは週末に家族で外食に出掛けることだそうだ。もし、その夢が叶うなら、両親に色々な話しを聞かせてあげたいのだと語る。

今年8歳になるTa Ngoc Anhさんの状況は先のTungくんより厳しいものかもしれない。平日は寄宿舎付の学校へ通う彼女は土曜日の午後まで自宅で家族の顔を見ることがない。両親からは、何不自由のない生活をさせて貰っていると本人も感じているものの、もっと両親とのコミュニケーションやスキンシップをとって欲しいと願ってやまないのだという。

ホーチミン市社会科学人文大学地域郊外開発研究センター所長のNguyen Minh Hoa博士曰く、子供たちは愛情をもっと注がれ育てられるべきだという。ただ、食べ物や住まいだけを与えさえすれば良いというものでなく、如何に家族から世話をやかれているかを子供たちは実感したいと考えているものだと訴える。そのような環境で育てられた子供たちは、家族の中で良い人格を形成するばかりか、社会の中でもそれが醸造されるものだと博士はいう。

Hoa博士が最近行ったアンケート調査の結果に因れば、郊外の900世帯の18.7%の回答者である父兄は、仕事に忙しく子供たちの勉強を見てあげる時間がないとする。35%は、少なくとも日に10~15分ほど子供たちとの時間を作るようにし、14.7%の父兄は子供たちのために外出して遊んだことがないというものだった。心理学者Dinh Phuong Duy氏は、急速に進む社会変化と若い世代と高齢者世代の間に発生する社会矛盾によって多くの家族の絆が裂かれ始めており、これまでの家族の役割に大きな重要性を置くようになってきたとする。
Duy氏に因れば、家族はその構成員全て、愛情と安全、そして尊敬しあうことが求められ、良い家族とは伝統的な習慣に沿った老人に対する世話をし、その姿が子や孫に自然に引き継がれて行くものであるとする。そして家族で共に食事を摂ることが重要だと付け加えた。

元女性・家族研究センター所長Le Thi教授はDuy氏の意見に賛同し、特に家族で食事を共にすることの重要性を訴える。食事時に家族同士の悩みをテーマに語ったり、或いはあらゆる世代がひとつに集まるこの場は、子供たちがお年寄りの考え方や伝統に触れたり、またその逆もあり、意義深い時間となると断言する。Thi教授は、主婦が率先して家族が揃って語らいの時間を持てるようなメニューを意図的に検討することが大切ではないかと提案する。リー・クワン・ユー元シンガポール首相は、男のベストコンデションの源泉は家族で共に食事を摂ることにあると推奨していたものだった。

(辛口寸評)
ベトナムニュースで採り上げる話しは必ずしも、ベトナム全体のトレンドを表しているものではなく、都市部で起こりつつある風潮がメインになることが多い。ただ、これら風潮は、水が高いところから低いところへ流れるように、経済のボトムアップが計られると共に、都市部から郊外へ、そしてベトナム全体へと拡大して行く可能性が高いといえる。
つまり、局地的なトレンドでも、全体像を掴む上で示唆に富んでいると考えることが出来るだろう。

さて、前振りが長くなったが、丁度、筆者が小学生高学年の頃、「鍵っ子」という言葉が生まれた。幸か不幸か、田舎であったためか筆者の同級生には「鍵っ子」なるものは一人もいなかったものの、その言葉は常に暗いニュアンスを伴って、テレビなどで採り上げられていたことを思い出す。テレビで見る鍵っ子は決まって、紐に通した団地のドアの鍵を首からぶら下げ、食べ物は即席麺が主流だった。両親が帰る頃には既に寝ているのだが、それはあくまで寝た振りをしているだけで、両親が罵りあっている声を息を殺して聞いている。

こういうことを書くと誤解を招くかも知れないけれど、最近、筆者の世代に近い35~45歳くらいの人間が起こすおかしな殺人事件が世代的にダントツに多いような気がしてならない。統計に根付いたものでないため、断定は出来ないが、このような精神構造になってしまったのは、子供の頃、本来親から与えられるべき愛情を与えられぬまま、大人になってしまったことに起因しているのではなかろうかと思えてならないのだ。勿論、鍵っ子だったから、おかしいなどと言うつもりは毛頭ない。立派に大人に成長した人も大勢いるだろうが、しかし、親に構って貰えずに育った子は、一般的に他人に優しくなれないものだ。だって他者とどう接して良いのか判らず終いで大人になってしまったのだから、、、、。

10月5日(木) 都市の住宅供給不足と将来像
* ハノイ市は幾度となく低所得者用アパート建設問題を議論して来たが未だ解決なされずに到っている。主な問題点として地価の高い都市の土地に如何に安価なアパートを建設し低所得者層の住宅事情を満たすかに掛かっているのだ。市行政当局は、投資収益回収見込みがたち、その一方で、アパート建設費用を賄う投資先を掻き集めなくてはならず、その差を縮める為の対策に苦慮しているという。ハノイ市社会経済発展調査研究所の調査結果に因れば、平均的な市民の年収は約4000万ドン(US2500$)で、その内15%が住居費用に充てられるとすると、年間600万ドン(US375)が、その目的に使われることになるのだが、しかし、昨今、最も安いハノイ市のアパートでも3億ドン(US18750$)もするのだ。つまり、インフレ率をカウントせずに計算したとしても、このような住居を購うには50年も掛かることになるわけだ。要するに貧しい人々のみならず、一般の中流層にしても、外から資金を集めて来ない限り市内に住居を求めるのは困難なのである。

専門家の提案では、アパートの価値の20~30%を頭金にした上で、月々の支払い額はフレキシブルな方法をとり、利息と共に10~15年以内に完済すると言った形を推奨しているが、引き続き行政当局では慎重な姿勢を見せ議論を重ねている。そして別に過去の方法にも人気が集まってきている。その方法とは国家がアパートの個人登記を認ない代わりに、長期借用契約を結ぶとする。

イギリス・リード市の市場需要管理コンサルタントをしている私の友人Jeanne Clintonの年収はUS40000$で、彼の国では平均的な収入を得ている。彼女は住宅地に建てられたアパートを年US20000$で50年間借用する契約を結んだ。他国の風潮を眺めて見れば国家または民間不動産屋から不動産や家・アパートを借りるのが、低中額所得層の住宅需要の答えを解く鍵となっている。大金を投じてアパートを購入させる因りも、毎月80万ドン(US50$)で50平米のアパートを50年に亘り借りた方が低中額所得者に向いているのではないだろうかという意見もある。しかし、ベトナム人にとってこの方法は必ずしも好意的に受け入れられていないのである。というのも、古くから受け継がれた考え方の中に安定した“家”があって始めて一人前といった風潮が根強く残っており、賃貸アパート暮らしでは社会的に認められないという概念が支配的だからだ。

今年35歳のLe Van Tuyenさんには奥さんと二人の息子がいる。彼の家族は両親と弟夫婦、その子供たちと3階の家に同居している。公務員として働くTuyenさんは、家庭にも仕事を持ち込み総月収は約500万ドン(US312.5$)。これに奥さんのサラリー300万ドン(US187.5$)が加わる。それでも今のところ後10年は小さなアパートですら購入が難しいという。勿論、賃貸アパートなら今すぐにでも借りることは可能だが、Tuyenさんは自己所有出来るようになるまで待つ積もりだと語る。彼のような家に対する考え方が多くのベトナム人を代弁するものだと云える。

(辛口寸評)
ベトナムも日本の地方と同じように、“持ち家”に対する拘りが強い。
理想をいえば結婚前に家を取得していればこの上ないのだが、8年前に突如始まったベトナム版不動産バブルのせいで、最近では、結婚後の検討課題となった感がある。ところが、バブルの煽りで都市部の地価は軒並み上昇してしまい、一戸建てについては既に並の現地サラリーマンには手が出せないところまで来ている。(筆者のような現地在住外国人にも
安易に手が出せなくなってしまっている。日本の地価より高い!!)

自治体政府も、対応に苦慮しており何とか低所得者用住居整備を進めようとしているものの、地価の上昇が足枷となり、住宅用に回せず、都市部の土地は外資系企業用オフィスビルとしての需要に転用されてしまう始末なのである。ここへ来て土地バブルに関しては既に様々な法的規制を掛けたため一応の落ち着きは見せているものの、それでも天井が見えたといったところで、ここから値下がりを期待することは出来ない。

いずれにせよ、嘗て日本がそうであったように、都市化が今後益々進めば、地方から仕事を求め都市に流入する移住者数は拍車が掛かるだろうし、彼らに対する住居政策も考えて行かねばならない。社会主義を全面に出して、権力で流入者の規制に取りかかるかも知れないが、現実的に その方法はもはや通用せず、資本主義経済に洗われた人々の自由意志の波に押し流されることとなり、結果的に住居の対応をしなくてはならざる負えないのだろう。議論はなかなか結論を見いだせないようだが、実質 現在の住居不足数のみならず、今後の流入者のそれも含めた議論が今、重要なのである。

10月6日(金) 航空警察官搭乗計画
* ベトナム航空は、年末より幾つかの国際便(特にアメリカ便を意識した)に航空警察官を配置させる計画があると同社は発表した。「空の安全をより確かなものにするため、国際便への航空警察官の同乗を強制的なものとさせなければならない。特に来年就航予定のアメリカ直行便にはそうしたい。」とベトナム航空航空安全課Nguyen Si Vu課長は語る。

今回の措置は現在、運輸省にモニターをかけられている民間航空機保安プログラムの一環で、ベトナム航空としては今年末にもこのプログラムを実用化させたいと希望しているとVu課長。国際線のどの便に航空警察官を登場させるのかは、目的地国の要求・テロの驚異、或いは世界の管制ルールに沿ってなされることとなるという。以前は敵国同士、今では貿易パートナーとなったベトナムとアメリカは、これまでベトナムからアメリカへの直行便を就航させる為、話し合いを続けてきた。1975年に両国間の商業フライトが途絶えてから2004年12月にユナイテッド航空が今のところベトナムに就航する唯一のアメリカ航空会社としてサンフランシスコ・ホーチミン間を結んでいる。

先月、アメリカ貿易発展エージェンシー(USTDA)からベトナム航空当局に対す技術援助費として35万米ドルが贈られ、これを基にベトナムは航空管制システムの国際スタンダード化を推進させ、その一方でベトナムの航空機がアメリカへのアクセスを容易にさせ、二国間の貿易が更に促進することとなるだろうとUSTDA代表者は結んだ。

(辛口寸評)
このところホーチミン市の空の玄関タンソンニャット空港の拡張工事の進捗が目覚ましい。新しいターミナルビルの全容が現れ、現在のターミナルを上から圧するような異様を誇っている。グランドオープンの時期は人によって異なるが、恐らく来年2月中旬の旧正月前には晴れて使用可能となると思われる。また、件のベトナム航空だが、グリーンを基調にしたニューデザインの新機材が多くなったように思われる。特に最新鋭機のボーイング777は初めからこのデザインで投入されたようで、一代前のB767も順次デザインを書き換えて行っているようである。従来から筆者自身、ベトナム航空は越米航空協定でアメリカ直行便を就航させる為の交渉を重ねて来たことを存じてはいたが、正直なところ時期尚早で“片腹痛い”と考えていた。まだまだ政府の補助金に頼らなければならない体質のベトナム航空とはいえ、東南アジアの主力航空会社の一翼を担うといった目標は国策でもあるため、今後のベトナム航空の活躍に期待出来るかも知れない。

10月7日(土) ベトナム一の虎飼育王
* Ngo Duy Tanさんは、6匹の病弱の虎を健康に戻したり、産まれた虎の子を育てたりして個人としてベトナム随一の虎飼育家となった。

Tanさん自身がベトナム一の虎の飼育家になるなんてこれまで考えてもみなかった。しかし、自宅のあるBinh Duong省Di An村には19匹の虎が飼育されている。彼は、虎の飼育法に熟知しているのみならず、病気の治し方にも明るい。このため、虎の出産も促されその数が増してゆくわけだ。ビジネスマンのTanさんは、これまで6匹の病弱な虎を回復させ、2005年以来 産まれた13匹の虎を育てている。

ベトナム戦争時、Tanさんはベトコン民兵として従軍した。当時、彼の任務のひとつとしてTay Ninh国境ゲート付近の敵の強化された塹壕を調査することだった。敵の軍用犬に接近して中に入る為、オオカミまたは虎を飼育している地元住民との綿密な接触を計り彼らの臭いを得、軍用犬の嗅覚を鈍らせることに努めたのである。幸運にもTanさんは2匹の虎を飼う地元のカップルと出合うことが出来、彼らから虎の飼育法を教えて貰ったのである。それ以後、毎日、Tanさんはカップルの飼育を手伝いながら虎の知識を身につけていったのだ。

さて、2000年に話は戻り、ホーチミン市でレストランを経営するTanさんのお店に5匹の小さな虎の子が持ち込まれたことに始まる。小虎はいずれも足に障害を抱えており、凄く弱ってカンボジアから持ち込まれて来たのだった。そこでTanさんは昔、カップルから教わった持ち前のスキルを駆使し、内3匹の虎を育て上げ2004年には出産をさせるまでになった。
これまでにTanさんは自宅で19匹中13匹の飼育に成功し、その中の幾つかの2歳児は軽く2~300キロの体重に達するという。

Tanさんは飼育している虎の内で人に懐きやすいSimbaについて語ってくれた。「しばしば、私の子供たちやスタッフをSimbaはその背に背負ってくれます。ある日、年老いたスタッフの飼育係と遊んでいた際、Simbaは飼育係を押し倒すと彼の大きな手の平で飼育係の胸を押さえつけ、にこっと歯を見せて笑ったのです。飼育係に怪我はありませんでしたが、それ以来、Simbaの野生本能に恐れるようになり、放し飼いにすることは止めたのです。」

「身体が弱った虎を健康体に戻すのは簡単ではなく、世界広しといえどもこのようなことが出来る人間は多くありません。」とTanさんは胸を張る。実際、多くの中国人漢方専門家が彼の許を訪ね虎の飼育法を勉強してゆくのだそうだ。「私は多くの人々から高値で飼育した虎を買い取りたいとオファーを受けましたが、全て拒絶しました。」とTanさん。年内中に何匹かの虎が妊娠し、2008年には6匹前後の虎の子が産まれる予定で、Tanさんはいずれ行政当局からの助成を得、飼育所の拡大が出来ればと希望しているという。

現在、飼育総数19匹を有するTanさんは地元政府と動物園と提携し、飼育数を100匹まで増やしてゆきたいと考えている。何分、一匹当たり一日の食物摂取量は7~10キロにもなるのだ。Tanさんはこれまでに1bドン(US62500$)を拠出し、飼育所と二人の飼育員を雇って虎たちの世話をしている。Tanさんの将来の目的はこの虎を利用したエコツーリズムの発展に寄与することだという。今のところ彼の計画ではBinh Duong省に虎・熊・パンサー・鰐・孔雀などの飼育施設の建設をするのだという。地元行政当局もこの計画に乗り気で、飼育に必要な土地の提供を視野に入れ、エコツーリズム産業発展の一翼を担うそうだ。

ベトナム野生虎の生息数は100頭前後と試算されており、ベトナム政府は虎を絶滅危惧種に指定し保護しているという。ベトナム虎はインドシナ虎種で、以前は森林地帯や山岳地域に多数生息していたが、乱獲がたたり急速にその数を減少させている。

(辛口寸評)
虎といえば、かみさんの実家がある北部ソンラ省で、ある日、産まれたばかりの虎の子が実家に持ち込まれてきた。なんでも、漁師が母虎を仕留めたたその脇で2匹の子虎が母のお乳を飲もうとまさぐっていたのを不憫に思い、連れてきたとのこと。大きさは一歳半の猫くらいだろうか、結構まるまるしておりぬいぐるみのようで可愛いが、流石に怒ると牙を剥きだし、小なりといえ虎は虎の威厳を持っていた。結局、2匹の内1匹を義弟夫婦が残り1匹は燐家が引き取ることになった。

それから2年経った旧正月に里に帰って件の虎を見に義弟夫婦の家を訪ねると、玄関の入り口に剥製となったそれが飾られていた。義弟に聞くと飼って半年も経つことから食費にお金が掛かるようになり、しかも身体はどんどん大きくなり、襲われる心配が出て来たため、結局1年ほど後、薬で殺し、剥製にしたとのこと。ところでベトナム政府は野生動物の保護に熱心ではあるのだが、このことは余り一般のベトナム人には広く啓蒙させられていないようで、ホーチミン市内には動物市場なるものがあり、そこで珍しい動物を手に入れることが出来る。実は我が家では現在、犬と猫と金魚を飼っているのだが、これまでに猿・ナマケモノ・アルマジロを飼ったことがある。流石に自宅で飼うのは気が引けるので、工場の敷地内でそうしていたが、いずれも逃げられてしまった苦い経験がある。

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